サポーター達への10のお題
06:試合からの帰り道


 休日午後二時の電車は平和だ。
 梅雨明けのカラっとした青空には雲ひとつなく、色んな形のビルや団地が流れていく。主婦とご老人の姿が目立つ車内も平和。電車の走行音がのどかさに拍車をかける。
 私ものどかさを堪能したい。
 けれどずっしり重いカバンの中には、図書館で漁ってきた論文資料。
 恐ろしいことに厳粛なる我がゼミの教授殿は、夏休み前に卒業論文の要旨をまとめたものを提出せよと厳命を下してきた。夏休み明けには中間提出。学生最後の夏休みを怠惰若しくは弾けて過ごすことは許されないらしい。
 恐ろしい。
 帰宅して資料に目を通して、未だ梅雨空のようにどんよりしている考えを入道雲のようにとは行かなくてもうろこ雲程度のまとまりにはしておきたい。この夏の予定を思い描きにやけたいところだが、後半に追われるであろう中間提出に苦しめられるのは間違いない。
 重い溜め息は車内アナウンスにかき消され、私の憂鬱と平和を乗せた電車が停車する。
 自宅のある駅まではまだまだだ。一眠りしようかと体勢を整えかけたところで、視線が奪われた。
 乗車してきたのは男子高校生の一群だった。
 ブレザーにそろいのスポーツバック。
 それだけならば部活帰りの高校生で、珍しくもない。
 車内の視線を釘付けにしたのは先頭に立っていた男の子が、同じ制服姿の男の子を背負っていたからだ。
 一瞬、車内の空気が凍りついたように感じられたが、背負われた男の子の右足にアイシングが施されているのを見ると事情を察し、不躾な視線達は散っていった。
 この辺りでは見ない制服だから、遠征かな?
「すげー恥ずかしい」
 か細い声は背中の男の子。
 体格のいい友人に抱えられ、空いている席に降ろされたところだ。
 彼らが陣取ったのは私の斜め前。
「仕方ないだろ。英介はうちのエースなんだから」
 恥ずかしそうに俯いた子の頭を、背負っていた子があやすように撫でる。
 そういう接触が奇妙に見えないほど、エースケ君は可愛らしかった。
 目鼻立ちのはっきりした、王子様のようなお顔。それに強気な眼差しがまた可愛らしい。
キラキラしてる。体つきも周りのお友達に比べると随分と小さいけど、エースと言われているのだから運動神経はいいのだろう。
 周りの子達は彼の足の具合を本当に心配している。王子様ならぬお姫様を扱うかのよう。
「アキラ、荷物もたせてゴメンな?」
 一番背の高いアキラ君のブレザーの裾を引いて上目遣い。
 アキラ君は何も言わずエースケ君の頭を撫でた。
 可愛い。
 どうしよう、この子可愛い。
「明日、グランド使えるんだっけ?」
「ばっか、お前、その足で練習する気か? 明日はお前は休み」
「えー、さっき先生大したことないって言ってたじゃん!」
「駄目。無理して悪くしたらどうするんだよ」
「みんな休みにすりゃいいだろ。俺だけ休みとか、無理! ずるい! サッカーしたい」
「……じゃあ、英介別メニューで」
 周りを囲む子達が譲歩してよと宥めると、頬を膨らませつつわかったと答える。
 同い年の同性とは言え、これは可愛がりたくなるってもんだ。
 それから彼らは車内を騒がせない程度のボリュームで明日の練習についての打ち合わせを始めた。
 サッカー少年達の顔つきは爽やかで好ましい。
 暫くすると、エースケ君がコクリコクリと舟を漕ぎ出した。
 つつ……、と頭が右に傾くのを一人が頬に手を添えて修正している。右側に居た子は恨めしげだ。
「笹岡よ……。お前の大人げはどこにいった」
「いやぁ、お前も疲れてるだろうからって言う、キャプテンのあったか〜い心遣いだよ」
 おかしい、この子達。
 会話の内容は他愛なくて子どもっぽいのに、ケラケラと騒ぎまわるわけでもなく車内の様子をちゃんと気にしながら声のボリュームも絞って、大きなスポーツバッグが邪魔にならないように気をつけている。
「やー、でも今日勝てて良かったな」
「うん。一点目のさ、宮木から英介へのパスがあったじゃん」
「あぁ、あれなー。俺もちょっと感動した。プレスかけられたからやべぇな、戻そうかなって思ってたら、後ろから英介の声が聞こえて走るのがわかったんだよ。見えてないんだけど、英介が走る風圧みたいなの感じて、前に出してみたら繋がった」
「あぁ言うのがぽんぽん出るようになったらいいよな」
「ゴール前もうちょっと落ち着けたらなー」
「人数かけられない分余計にな。次の試合どこだっけ? ディフェンス減らす?」
 じゃれあっていたかと思うと今度は真剣にサッカーの話を始める。
 仕事の話をしている大人の男のような顔に、拭いきれない少年の無邪気さがちらつく。
絶妙な年頃。
 彼らのアイドルらしいエースケ君は相変わらずコクリコクリと舟をこいでいた。
 それが突然、ビクンと跳ねた。
「うおっ、なんだよ、英介。びびった」
「試合の夢見てた。シュートしてた」
「夢ん中でくらい休んどけよ。そろそろ着くよ」
 さぁ、とばかりに笹岡君が両手を差し出す。
 そこからが大変だった。
 彼らはそれまでの大人げが幻であったかのような子どもっぽさで、エースケ君を背負える権利を争奪するためのジャンケン大会を繰り広げた。
 次の停車駅で一群は下車していく。
 ホームに下りるなりエースケ君が恥ずかしいんだと叫んでいた。
 車内には再び平和が満ちる。
 次の駅で降りた私は携帯電話を取り出し、一斉送信の準備をする。
『私立K高校サッカー部に総受けちゃんあり!』


2011/3/5
Jリーグ開幕記念にチョー久々にBSシリーズアップしてみました。
だいぶ前にストックしておいたネタなんですが……。こういう集団に会ってみたい。
部活の遠征帰りの車内の雰囲気って、好きだったなぁと思いながら。

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