後輩の山本がバイクを買った。
バイクは詳しくないけれど、でかいヤツ。
それまで乗っていた軽自動車は後輩に安価で売りつけて、コツコツ積み上げたバイク貯金で念願の愛車を買ったらしい。
ガレージ、と言っても寮にあるのは屋根がついた自転車置き場で、その下におさまったバイクを少し離れたところからうっとりと眺めている。
寒空の下、本日納車のそれにはまだ手も触れず、ちょっとずつ角度を変えながら眺め倒している。
その様を視姦プレイだと昴さんが昂さんらしく表現したが、否定できない。
「マニアって言うよりは、変態の域だな」
「キショイでしょ。今日はあいつに近付かない方がいいっすよ。バイクの話しかしないですから」
「おう、そうするわ」
酷な会話が飛び交うのは食堂で、集まった寮生の視線は窓越しの山本にむいている。
しばらく観察していると、山本は恭しくバイクに近付いた。
美女に握手を求めるが如く、ジーパンで手を拭いてからハンドルに触れた。
感動の面持ちでキーを取り出し、ゆっくりと差し込む。
そして、山本の念願の彼女が咆哮をあげた。
「お、さすがにいい音」
ぐぉんっと、迫力のあるエンジン音が聞こえてくる。
山本はもう恍惚の表情で、細かく振動する車体を見つめている。
山本が危険な表情でエンジンをふかす。
その瞬間だった。
山本の変態っぷりよりも、コンビニの新作デザートに夢中になっていた英介の肩が跳ねた。
一瞬、目を見開いて固まったように見えた。
驚いたような怯えたようなそれはすぐに消え、再びエンジン音が聞こえてきても反応はなかった。
リラックスしていた体勢がやや緊張したように力んでいるのがわかる。
狭まった肩幅、閉じた膝、伸びた背筋。
目の前のデザートに向かってきゅうっと絞られた視線は、甘いものに夢中になっているそれではなく、周りを警戒して視覚を放ったらかしにしているそれだ。
また、山本がエンジン音を奏でる。
「うわぁ、あいついっちゃってるよ」
悶えるように身を震わせてバイクを愛でる姿に、同期のユーキが本気で引いた発言を口にする。
英介が一度目を閉じる。
次に目を開くと、いつも通りの彼に戻ってスプーンを手にし、プラスチックの容器を開け始める。
誰にも何も悟らせないための他愛ない嘘で包まれたティータイム。
形の良い頭の中には、俺の知らない記憶が蘇っただろうか。
恐怖や焦燥や悔しさや。
彼が乗り越えてきた大きな大きな出来事が。
食堂のマガジンラックに突っ込まれている黄色い表紙の電話帳を引っ張り出して、目的の番号を幾つか書きとめる。
翌日、まだ夢心地の山本に簡単な事情を話して契約しておいた貸し倉庫の鍵を渡した。
さっと顔を青くした山本は、廊下で土下座をせんばかりに謝ってきた。
気にするなと言ったところで、タイミング悪く通りがかった英介が後輩を苛めていると言いがかりをつけ始める。
更に青くなった山本が食って掛かる英介を必死に宥めている間に、自室に逃げ込んだ。
暫くすると英介が俺の部屋を訪れる。
なんとも言えない複雑な表情をして。
山本の愛しい彼女が最後のエンジン音を残して、貧相な自転車置き場から近場の貸し倉庫へと引っ越す頃には、英介は俺の腕の中にいて、小さな体を強張らせることはなかった。
2007/7/13
高山は他愛なく甘い優しさをみせたがる男です。わりとかっこつけまん。