言ノ端七題_ver1【A】
4:ささやかな仕返し



「お前、なんか、腕が……」
 Tシャツを脱いだ英介の腕を見て、昴が発した言葉は最後まで続かなかった。
 指摘されてにかっと笑った英介が、徐に右手を曲げる。
 筋肉が隆起して丘を作る。
「志澤さんとスパークリングした成果っす」
 格闘技ファンの英介は、最近ある空手家と親交を深めているらしい。
 ずっと応援してきた人物で、それがマスコミを通じて志澤氏当人が耳にするところとなり、兵庫出身の彼もまた地元プロサッカーチームの看板選手である英介と近しくなることを望んだらしい。
 道場を見においでと声を掛けられたのが一年ほど前。
 それから何度か食事やら互いの試合観戦を通じて仲良くなり、ボディバランスを気にする英介は格闘家のアドバイスを受けながらスパークリングも始めた。
 志澤は、背が高く手足が長い男前で、年齢は俺達の二つ上。
 人よりも長いリーチで薙ぐように繰り出すパンチは強烈で、前蹴りに効果を持たせることができる肢体を持つ。
 英介はテレビで大会を見る度に、体が綺麗だと褒め倒していた。
「成果っつーか、細いのにその筋肉は……、凶器だな」
 昴さんは呆れ顔で英介の力瘤に触れている。
 一見、以前と変わらないように見える腕だが、ちょいと力を入れれば盛り上がる筋肉は隠しナイフのようでもある。
 英介はその変化にご満悦らしい。
「だいぶ安定良くなってきたでしょ? ちょっと踏ん張れるようになった」
「いいけど、お前はファウル誘ってタカに見せ場を作ってやった方がいいんでないの?」
「わざと誘えるならいいけど、本気で吹っ飛ばされてるのはかっこ悪いじゃないですか」
 さっさと素っ裸になって昴さんと浴場に向かう背中を見ながら、毎度のことながら溜め息が出る。
 腕っ節が強くなるのは歓迎だ。
 英介が英介らしくあるために必要なことだとも思うし、そういう彼に惹かれている。
 だけども、俺が言うのもなんだけど、仮にも同性の恋人がいる身でありながら、やはり同性の友人と二人きりで会ってみたり、寮の大浴場で躊躇いなく裸になってみたりというのは、なんとも複雑だ。
 自覚がなさすぎると怒るに怒れないのは、同性同士の難しいところなのか。
 俺達がもつ友人は当然ながら男がほとんどで、それらとの関係を絶つなんてことはできないし、させたくもない。
 大所帯の寮で暮らすにおいて、風呂ごときで一々恥らわれてもどうかと思う。
 あの無防備さ、無自覚さ、奔放さ、粗雑さ、乱暴さを持って江口英介と言うのだからなおのこと。
 だがどうしたって、この複雑な気持ちを拭えないのだ。
「お前も苦労性だねぇ」
 笑いを噛み殺した富永さんがポンと肩を叩いてくる。
 こうやって労ってくれる人がいるのは嬉しいことだと思っておこうか。
 俺の溜め息など知らない英介は、湯船に浸かって手足を伸ばしている。
 英介の外見に惑わされる多くの輩は、華奢にも見える手足に隠された凶暴性や性格の奔放さに呆れて返り討ちにされるだろう。
 俺のものに手を出す連中に対するとてもとてもささやかな仕返しは、英介を野放しにしておくこと。
 縛り付けず、野に放っておくこと。
 綺麗な花に誘われた連中は、その蜜が甘くないことを思い知るだろう。 
 ざまーみろ。


2007/09/19
隠れマッチョな受けとどこまでも精神的へたれな攻めです。

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