言ノ端七題_ver1【A】
7:綺麗な人



 高い場所からピッチに散った同僚達を見下ろす。
 神戸レインボーチャーサーの試合が始まる。
 久々にマッチデイプログラムを開いてみると、両チームの選手名がずらりと並び、自分の名前の前には黄色いカードが重なったマークがついていた。
 累積警告出場禁止。
 久々に食らったペナルティに、ホームスタジアムの芝の上に立つことを許されず、関係者席からの観戦となった。
「どう? こういう角度で自分のチーム見るのって」
 付き添いになったのは、偶然か作為か仕事で神戸に来ていた高校時代の友人だった。
 マニアの間では神様的扱いのB級映画監督が、神戸でどんな胡散臭い映像を撮ろうとしているのか。
「新鮮」
「端的すぎるコメントだな。もどかしいとか思わない?」
「思うけど、どうしようもないだろ」
「だよねー。クーポン貯めこんだんだもんな」
「カードな」
「わかってますよ?」
 せっかくなのでと俺が座ることになった関係者席の隣に案内してやったが、失敗したか。
 久々の再会に興奮しているわけでもないだろうが、喧しい。
「ミヤ、ちょっと黙ってろ」
「え、久々に会ってその態度はなくない? って言うか、まだ怒ってる?」
「……なにを」
「お前の彼氏と勝手に会ったこと」
「……怒ってねぇよ」
「よくわかった」
「怒ってねぇよ」
 言葉は重ねると説得力を失くすものなのか。
「よくわかったよ。両思いってことが」
 宮川が笑う。
 キツネ顔が更にキツネっぽくなる。
 見ていられなくて、俺はピッチを見る。
 今日も今日とて真剣試合。
 王座へ登り詰めるための勝ち点三を得るための九十分は始まっている。
 俺が抜けた穴を埋めるため、ポジションがいつもと異なる。
 昴さんをトップに、英介がいつもより下がった右サイドを上がったり下がったり。
 その姿を客観的に見ているというのは、なんとも不思議な気持ちだった。
 薄く軽く進化するユニホームは英介の体のラインをそのまま映し出し、大柄な相手ディフェンダーに囲まれると頼りなくも見える。
 腕を上げて声を出す、ディフェンダーを背負い粘る、走る、切り込む。
 サポーターの目にはこんな風に映るのか。
 英介が声を上げる。
 もっと前へ。
 もっとボールを。
 もっと速く。
 体全体で叫ぶ姿は研ぎ澄まされて、この緑の芝の上でのみ生きることを許された野生の獣のようだ。
 俺はあれを抱いているのかと思うと、とんでもない過ちを犯しているように思えてならない。
 ボールを持った英介がドリブルでディフェンスを交わす。
 ルーレット。
 思わず感嘆の声が出るフェイントをかけたファーストシュートはキーパーの正面に飛んだ。
 天を仰ぎ、ユニホームの裾を引っ張って頬を滑る汗を拭った。
 日に焼けていない腹がさらされる。
 あほ、と胸の内で毒づく。
 同じピッチに立っていれば気にもならない仕草が妙に気になる。
「そんなサービスせんでいい、って思ったろ?」
「……思ってない」
 宮川は声もたてずに笑っている。
「しかしまぁ、メロメロだね」
「仮にも新進気鋭の映画監督が死語を使うな」
「おっと、勝手に言葉を殺すなよ。メロメロなのは事実だろ。グラマー美人が素っ裸で跨ってきても“はぁ、そうですか”ってリアクションしかとってこなかったお前が、サッカー小僧のヘソ出しで顔色変える現象をメロメロと言わずしてどう表現してくれようか。ゾッコン?」
「どこで見てたんだ、お前は」
「隠してたけど俺、実はここに第三の目があるんだ」
 ポンポン返ってくる減らず口にはどうせ負けるから黙っておく。
「あの子が、綺麗なだけの子じゃなくて良かったな」
 目を合わせずに聞く宮川の声のトーンが低くなる。
 茶化すのではなく、真面目に思ったことを伝えようとする時、宮川の声は一段落ちる。
「自分の目的のために手段を選ばないタイプだろ。そういう意味で自分に甘い。他を多少不幸にしてでも、自分の欲しいものを手に入れる。我慢を選ばない」
 見なくてもわかる。
 宮川の目は今、悪巧みをする狐の目をしている。
 浅はかな知恵を絞ってほくそ笑むそれではなく、人の世の面白さを楽しむ神の使いのような顔。
「そうやってサッカーを選んできた男が、お前のことも欲しいと思ったんだ。狭量な高山浩二にとって、これほど安心することはないよな、と思った」
「安心、ね」
 思わず反芻した言葉に、宮川は我侭だねぇと呆れたように視線をピッチへと投げた。
 眼下のピッチを見て、おっと声を上げる。
 ボールが繋がる。
 中央で受けた富永がワンタッチで流したボールを英介が胸でワンワントラップ。
 そのままコンパクトなアクションでシュートを放つ。
 ボールはキーパーの手前でワンバウンドし、ゴールネットを揺らした。
「おぉーっ!」
 隣の宮川が歓声を上げ、立ち上がった。
 スタジアムが沸き返る。
 ガッツポーズで喜びを表現した英介をチームメイトが囲む。
 英介はゴール裏のサポーターと共有しながら、珍しい仕草をしてみせた。
 自分の左手に、キスをした。
 歓声の中に笑い声が混じる。
 “わかってるよ”とか、そんな雰囲気の笑い声は隣からも聞こえてきた。
 心なしか頬が火照る。
 試合中の選手は一切の装身具を装着することを許されない。
 俺と英介の左手薬指を飾る指輪は試合前になるとまとめて保管しているし、二人そろってピッチに立つことの多い俺達に気障ったらしいパフォーマンスは不要だった。
 俺が出場停止の今日は、俺が英介の指輪を預かり小指に引っ掛けている。
 悪戯を成功させた子どものような表情も、センターサークルに戻るときゅっと引き締まる。
「俺がいなくても楽しそうじゃんって不貞腐れてたダーリンへの、プレゼントかな」
「いい男だろ、俺の彼氏」
「お、開き直りとか新技を覚えたか。悪い男に引っ掛かったな、お前」
 我侭で強欲で、奔放で勝手で気まま。
 悪い男はスタジアムのボルテージを上げる。
 歓声を浴び、期待を背負い、信頼で繋がる君は、綺麗だ。



2008/12/24
タカと宮川の密会は6th記念企画SSの「Catch Me」に。タカに「俺の彼氏」って言わせたかった。

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