その代表戦には、イングランドで活躍中の小倉隆宗が参加していた。
海外組のパイオニアとも言える存在で、ドイツに移籍して結果を残した後、更にイングランドに移籍し、ここでも次々と結果を残すミッドフィールダーだ。
サッカーセンスも素晴らしいが、ファッションセンスやライフスタイルがお洒落だということでファッション誌にも取り上げられている男前でもある。
「あー、小倉さぁん!」
試合に向けた合宿の初日。
一日遅れで合流した小倉は、まだスーツ姿だった。
監督やコーチへの挨拶を済ませてからロッカーへ向かう途中の廊下に、英介の嬉しそうな声が響いた。
「お、英介か。久しぶり」
小倉も後輩の姿に双眸を細めて手を上げた。
英介がプロ入りする頃には、小倉はもうドイツで活躍していたから対戦経験はない。
代表で日本のトップとして一緒にサッカーをすることはある。
冷静なゲームメイクや驚くほど正確なパスを持つ小倉を、英介は純粋に尊敬している。
小倉もまた、才能もあるが、それにも増して闘志と根性が際立っているこの後輩を可愛がっている。
「お久しぶりです。今日、日本に着いたんですか?」
「おう。さっきな。すぐに着替えて行くよ」
「大変っスね」
「そうでもないさ」
穏やかに笑う顔は大人の男で、紳士だ。
英介には、同じく尊敬できる先輩に小倉と同い年の富永真吾がいる。
海外経験こそないが、彼もまた巧みなゲームメイクをする日本の司令塔だ。
しかし富永は同じJリーグチームに所属し、更には同じ寮生でもある。
普段あまりに近くにいすぎるせいなのか、ボロが見えすぎて困る。
外面は紳士的で信頼もある男だが、寮では気を抜きすぎて親父臭い。
酒の席では人をとにかく酔わせる癖があり、性質も悪い。
だから遠くにいる小倉の方がかっこよく見えてしまう。
隣の家に芝は青く見えるものだ。
英介は思わずしみじみと呟く。
「かっこいいなぁ」
「おだてても何も出ないからな」
笑いながら英介の頭をくしゃりと撫でて、ロッカールームへと向かった。
その後姿を見送って、英介は気合を入れる。
小倉の華麗なプレーを生かす動きをしなければと。
「よぉ」
「あぁ」
ロッカールームに入った小倉の第一声はこれ以上ないほど短く、たった一人残っていた富永の返事もそれに負けないほど短かった。
「英介は相変わらずだなぁ」
「可愛いだろ」
富永の羨ましいだろう、と言わんばかりの言い方に、
「うん」
とあっさり返す。
同じ年代のプレーヤーとしてユース時代から一緒にプレーしてきた二人は、理解し合える仲だ。
富永は小倉のからかいがいのない性格をけっこう気に入っていて、小倉は富永の外面と内面のギャップを気に入っている。
つかず離れずな友情を築いている。
「英介は海外からのオファーはないのか?」
「さぁ?」
「もったいない」
「……なに? お前はイングランドでJリーグを見てるわけ?」
念入りなテーピングをしている富永の口調は、これ以上ないほどぶっきらぼうになっている。
「うん。けっこう面白いんだ。客観的に見れるからかな」
「若返ってる気になるって?」
「そうそう」
さらりさらりと流しながら、小倉は久々に日本代表ジャージに袖を通す。
「ところでさ」
「あぁ」
「高山の怪我はどうなの?」
ピッチにもロッカールームにも、若き司令塔の姿はない。
代表落ちしているのだ。
「大したことはないってよ。シーズン中だし、無理させられないからな」
足に違和感があると訴え、大事をとって代表は辞退した。
それさえなければ、当然ここにいるべき選手だ。
「お前は、あれだね。野心がないのか、他の奴の心配をする余裕があるだけなのか」
「別に高山の心配はしてないんだけど、可愛い英介がへこんでないかと思っただけ」
へこむわけがない、と富永は胸中で呆れる。
代表発表があった日の夕食で、英介はきっぱりと言い切った。
『さっさとコンディション万全にしないと、置いてくよ』
歩幅を思いやって並ぶのではなく、負けん気を発揮して並んでいく二人だ。
『俺のこと気にしてる余裕があるなら立派なもんだ』
と高山は返していた。
心配する隙なんかありはしないのだ。
「いじらしいよなぁ」
テーピングを終えた富永の先に立って、青いジャージに着替えた小倉がドアを開く。
「英介に下手に手を出さないように」
一応大切なチームメイト達を保護するための忠告はしておくが、それに対する小倉の返事がないのは気にしない。
そんな二人がピッチに顔を出すと、ピッチの空気がピンと引き締まった。
ぱらり、と英介は雑誌を捲り、パタパタとベッドの上で足を上下させる。
虹明寮の自室でリラックスしているせいか、鼻歌を紡いでいる。
英介のすぐ横で寝転んでいる高山は、その鼻歌を聞きながらうとうとする。
間近にある高山のまどろみ顔をちらりと見た英介は、幸せそうにふわりと笑った。
「なぁ、タカ」
「……ん?」
呼びかけには律儀に返事をして、目を開けようと努力する。
「この前の代表の時にさ」
「うん」
「小倉さんがタトゥー入れてたの」
「うん」
「腕のところに、これくらいの十字架みたいなの」
指で小さな枠を作る英介の話に、高山の眠気はだんだんと飛んでいく。
「かっこよかったんだよね」
「……で?」
「俺もしたいなぁって」
「……」
「サッカー選手ってけっこうしてるじゃん。ちょっといいかなって」
これくらいのでいいからさ。
指先で作った枠は本当に小さいけれど。
「小倉さんにいいなぁって言ったら、お店紹介してやろうかって言ってくれたんだ。羽とか鳥とか、お前似合いそうだなって」
確かに、似合うかもしれない。
天使の羽。
鳥。
蝶々。
空を飛ぶものは、英介を連想させる。
ピッチの上でディフェンダーのタックルをかわす後姿には、羽が生えているんじゃないかと錯覚するから。
「こう、背中のへんにさ」
うきうきとした口調は、ちょっと乗り気らしい。
高山はすっかり覚醒した頭で考える。
タトゥーを入れた英介を想像する。
例えばその背中に天使の羽。
ぴったりすぎて怖いくらいだ。
例えば、その肩に飛ぶ鳥。
これも似合うだろう。
例えば、その腰に舞う蝶々。
蝶々を思わせないスピードだが、絶妙な緩急をつけたフェイントは蝶の羽ばたきに似ている。
ピッチの上で、ゴールを決める。
思わず捲り上げるユニフォームの下に、浮かび上がるタトゥー。
ヒートアップした肌に映え、きっと鮮やかだ。
だけど、同時に想像することもある。
情事の最中、熱の篭る肌に舞う天使の羽や鳥や蝶々。
たぶん、きっと、どうしようもなく艶やか。
「駄目」
想像の海から抜け出して、高山は渋い顔をしてみせる。
思わぬ駄目出しだったのか、英介は不満そうに口を尖らせた。
「なんで」
疑問調になるよりも先に喧嘩調。
「似合いすぎるから」
「なんだよ、それ」
「駄目なものは駄目」
目が離せなくなるから。
それに、小倉に触発されてというのも面白くない。
それではまるで、小倉の印みたいで。
高山も小倉を尊敬しているが、面白くない。
文句を言おうとする口唇をキスで封じ、うつ伏せになっている体を押さえ込んで項にキスをする。
「これで我慢しとけ」
そこで囁かれ、ぞくっと体が反応する。
微かな痛み。
一つ、二つと肌を吸い上げて残される鬱血痕。
再び顔を合わせた英介は、赤い顔をしながら、
「……これでいい」
と、蚊の鳴くような声で言った。
「だろ?」
他人が施したタトゥーの傍で、自分がつける所有印の効果が薄れてしまいそうだから。
そんな独占欲が伝わったのかどうなのか。
英介は軽く首筋を押さえて、悔しそうな顔をする。
「じゃあ、タカも髭剃って」
「何がどうなって、じゃあ、なんだよ」
英介の手は、高山の顎に生えた髭を弄る。
最近イメージチェンジを計ろうとしているのか、顎鬚を蓄え出したのだ。
元が男らしい精悍な顔立ちだからか、髭を生やすとますます男らしさが増して、女性ファンやチームメイト、果ては監督にも受けがいい。
英介も賛成していたのだが、
「だって、キスするときに変な感触」
「……」
「それ以外の時も、なんか……集中できない」
「……剃る」
高山の返事に英介は口角を上げて、ドアを指差す。
早速剃って来いという意味らしい。
渋々起き上がった高山に、英介は止めの一言を投げかける。
「剃ったら戻ってきてな。しよ?」
自分でもなかなかイケてるなと、気に入っていた髭を剃るには充分の理由だった。
江口英介の肌に鮮やかなタトゥーが刻まれることはなかったが、そのかわりに高山浩二の好評だった髭はあっさりと剃られてしまった。
余談:浪花桜の西澤の入れてるタトゥーはなんなんだろう?
「6月の勝利の歌〜」で、けっこうみんなタトゥー入れてるんだぁと思って出て来たネタです。
スポーツ選手のタトゥーとかいつもつけてるアクセサリー類とかって、思い入れありそうで好きだ(笑)
昴とかは彫ってそうです。高山浩二は地味に髭を伸ばしてアピール。