2月14日


 2月14日。

 くだらないとか、お菓子屋の策略だとか、チョコあげるのは日本だけだとか、義理チョコの不要論だとか、まぁいろいろな話題があがりますが、2月14日は毎年毎年やってくる。
 そして、チョコレートは市場を賑わせ彩り飛び交う。
 時にそれは、全く心のこもらない正真正銘の義理であったり、一世一代の決意と想いを込めたものだったり、すくすく育つ我が子への愛情を込めたものだったり、多忙でコミュニケーション不足ではあるけれど頼りにしていると父に伝えるためのものだったり、友情を示すものだったりする。
 様々な意見があるであろうイベントだが、男性も女性もこの時期になると大切な人の存在をちらっと思い浮かべてみる。
 そんな機会を与えてくれるものでもある。
 寒いからこそのイベントに乗じて、彼らもまたちらっと考えてみていた。
 大切な人の存在を。


 英介と高山と、どちらが先に言い出したのかもわからない。
 恋人達のイベントを目前に、さて自分達はどうするべきかと迷っていたのはお互い様だったらしい。
 照れと戸惑いが遠回りな会話をさせて、それがどうやら招いたらしい勝負ごと。
『もらったチョコの数が少なかった方が、多かった方の言うことを一つだけ聞く』
 ありきたりな賭け事に、ファンの気持ちのこもったチョコを使うのは罪悪感が生じるが一度言い出した勝負を撤回することはできなかった。
 本当に言いたかった言葉は、
『チョコ、欲しい?』
 というたった一言。
 賭け事を持ちかけるよりもずっと簡単な言葉なのだが、言えなかった。


 そして迎えた14日。
 今年のバレンタインデーは水曜日。
 試合でもオフでもなく、練習が入っている。
 当然、二人が赴いた練習場にはいつもの倍のファンが駆けつけていた。
 いつもの倍、女性が多い。
 スタッフがチョコレートは練習終了後に渡してあげてくださいと、クラブハウスに集う選手の姿に熱狂するファンに注意を促す声がしていた。
 黄色い声援に包まれたハードな練習が終わると、もっとハードな戦場を潜り抜けなければならなかった。
「誰が一番多いだろうな」
 妻子持ちは関係ないからと言いつつ、毎年それなりの量を持ち帰っては娘にヤキモチを妬かれている坂本が汗を吸った練習着を脱ぎながら呟いた。
 両手に抱えた煌びやかなチョコレートたちは、スタッフがすかさず差し出した紙袋に投入された。
「帰ってチョコレートケーキを焼いてもらうんだ。そしたらヒカリも喜ぶから」
 今年は娘のヤキモチ対策を考えたらしい。
「うっわ、昴さん、すっげぇー」
 若手が驚嘆の声を上げた先、ロッカールームに辿り着いた昴がドアに縋りながら姿を見せていた。
 その両手には紙袋。
「スバルは寮にも荷物が届いてただろ。差出人がキャバレーだったりしてたけど」
「カニが届いたって馬越さんがびっくりしてたな」
 さすがだと妙な感心の声があがる。
 続いてロッカールームに辿り着いたユーキはそれなりの量を両腕に抱えてホクホク顔だった。


 こうして、神戸RCのバレンタインデーは過ぎ……
 結果発表は翌日に行われた。
 クラブに送られたもの、選手が手渡しされたもの、プライベートでもらったもの等いろいろ統計してみると、
「富永さんと英介は桁が違ったよ」
 人がもらったチョコを数えるはめになったスタッフの一人も呆れ顔。
 桁の違ったチョコレートの山は、手紙などを残してユースの寮に送られたらしい。
「ありがたい」
 届くか不安だったブロンド美人な彼女からのプレゼントは、昨夜無事に富永のもとに届いたので今日の富永キャプテンは機嫌がいい。
「富永さんが昴を超えたかー」
「昴さんが遊んでる噂はかなり有名ですもん。それよりは彼女がいるけど堅実でファンを大切にしてくれる富永さんにあげたいですよ、きっと」
 冷静な分析がなされる中、英介は勝ち誇った笑みを高山に向ける。
 結果は結果。
 勝敗を受け入れられないほど子どもじゃないと高山は両手を上げて負けましたと呟いた。
 とにかく今年も過ぎていった2月14日が残した甘いチョコレートの匂いが漂うロッカールームで、選手達は自分達を支えるサポーターの愛に感謝し、気合をいれて練習場へと向かっていった。


 結局、高山と英介の間で交わされた賭け事は英介の圧勝で終わった。
 その勝者は今、高山の部屋でファンからもらった高級チョコレートを口に放り込んでいる。
「やっぱ名店のチョコは味が違うね」
 ユース寮の少年達の活力になる予定だったチョコの一部は、当面の英介のおやつとして持ち帰られた。
 二人の間の小さなテーブルにはブラックコーヒーの入ったマグカップ。
 カップから立ち昇る湯気の向こうでは、敗者の高山が命令を待っている。
「食う?」
「……食う」
 上機嫌で差し出された丸いチョコレート。
 ぱかりと口を開け、英介が放り込んできたチョコレートを咀嚼する。
 英介は、さっきからニコニコしっぱなし。
 どんな難題を突きつけられるのか、高山の気持ちは重い。
「やっぱりバレンタインデーは楽しいよなぁ。いっぱい手紙ももらえた」
 机の上には開封されたファンレターの数々。
 甘い匂いのする手紙は、英介の頬を緩ませる。
 ホワイトデーには、勇気を出してチョコレートを渡してくれたり送ってくれた女性のもとに、英介からの感謝の手紙が届くだろう。
 拙い言葉に不揃いな文字で書かれた葉書は、彼女達の口唇を微笑みの形に変えるのだろう。
 溶けて流れていったはずのチョコレートの濃厚な甘さを持て余しながら、高山はそんなことを考えた。
 ブラックコーヒーで流す甘味とファンへの嫉妬。
「で」
「で?」
「王子様のご命令をまってるんだけど」
 英介が笑う。
 幸せそうに。
 高山の嫉妬すら見透かして、それを喜んでいるように。
「チョコ、ちょうだい」
 わざとあどけない口調を装って、確信犯は上目遣い。
「タカからの、チョコレートが欲しい」
 山のようなチョコレートを溜め込んでいるくせに。
「変にウェイト増やしたら薫さんに怒られるぞ」
「命令」
 嫌ならいいけどという本音が隠れた命令は、高山を複雑な心境に陥らせる。
「なんで、俺の」
 時々、もっと大人っぽく、余裕と駆け引きを楽しむようなやり取りがしたいと思うこともある。
 そんな演出が、この二人にできるわけもないのだけれど。
 そこは憧れと言うか、男の夢というか。
 それをぶち壊し壊されるのも悪くないと思ってはいるのだけれど。
「ファンからもらうのも嬉しいけど、好きな人からもらいたいじゃん」
 高級チョコを前に、英介は頬をほんのり染める。
「チョコは昔からいーっぱいもらってたけど、本当に好きになったのはタカが初めてだから、好きな人からもらったこと、まだないし」
 ブラックコーヒーを口に運んで、苦いと顔を顰める。
 こういう不器用で直球なやり取りが、ものすごく愛しい。
「口、開けて」
 突然の高山の言葉に首を傾げながら素直に口を開く。
 そこに小さなチョコレートを放り込んだ。
「……なんで?」
 まだ硬いチョコレートが英介の歯にあたってカコンと小さな音をたてた。
「この勝負に俺が圧勝したら、可哀相なエースケを慰めてやろうと思って買ってたんだよ」
 高山の手にあるのはチロルチョコの包装だった。
「お前の嫌いなウィスキー入りにしようか迷ったんだけど、安い方にした」
 言い訳は英介を喜ばせるだけなのに気付かず、高山は視線をあちこちに泳がせる。
 これからコンビニにでも買いに行かせようと思っていた好きな人からのチョコレートが、今口の中で溶けていく。
 ブラックコーヒーの苦味を消し去っていく。
 今のような可愛げをファンにも見せれば、チョコレートの数は一桁増えただろうに。
 子どものような仏頂面をつくる高山の口唇を、下からすっと近付いて奪う。
「ホワイトデーはピッチの上で3倍返しにしてやるよ」
 舌先に残った甘味を、高山がさらっていく。
 じゃれ合うようなキスは徐々にそれじゃ済まなくなって、英介の体は高山の膝の上に引き上げられる。
 愛する人に想いを馳せるのは、甘い香り漂うバレンタインデーだけではとどまらない。
 2月14日を幸せな一日に過ごすために必要なのは、広い心と深い愛情。
 そして、大切な人の存在。

 一頻りのキスのあと、顎と頬をさすって英介がはにかむ。
「顎、いてぇ」
 例えそんなムードのない一言でも、英介という存在とその表情が口にするのなら別格だと、そう思った。
 仏頂面の自分に泣きそうな顔で頬を真っ赤にしてチョコレートを差し出してくれた女性ファンに、高山は心の中で謝罪する。
 支えてくれて、想ってくれてありがとう。
 けれどやっぱり自分は、英介のムードのない言葉や温もりが一番嬉しかったからと。


久々にイベントに乗ってみました(笑)
非常勤で行ってる職場は荷物預かったりするのですが、たくさんのバレンタインプレゼントが通っていきました。14日に間に合うようにと慌てて荷物をつくるお客さんの姿とか、いいなぁーって思いましたよ。プレゼントを贈るのってやっぱり理由が欲しかったりするから、バレンタインはいいイベントだなぁと生まれて初めて思ったよ(笑)

NOVEL TOP   BACK