十和茅様よりいただきましたv
ある晴れた日に



 墓の前にたたずんでいた喪服の女性がいた。
 葬式は二ヶ月近く前にすんでいる。
「そいつは倅のガキだろう?」  
 墓の主の父親は彼女にそう問いかけた。
 女性は驚いたような表情をしたが、彼が誰であるか知っていたらしい。
 ぺこりとお辞儀をすると頬を染めて微笑んだ。
 手が自然と下腹部をかばう。
「達っちゃんと順ちゃんの子供です」
「上等だ」  


 美和のお腹がまだ膨らんでいなかった頃の話。


   *  


 ほぎゃあ ほぎゃあ 
「じゃあ、いってきます、お義父さん」
「おう、気ィつけろ」
 振り向きもせず、日高はいう。  
 玄関の引き戸を引いた音がした。  
 それを聞くとすっくと立ち上がり玄関先まで走る。
「お義父さん?」
 顔を上げて、きょとんと日高を見る美和。
 腕には丸々とした赤ん坊を抱いている。  
 駆けつけてきたわりには急ぐ用事もなく。
「……気ィつけて、行けよ」
 不器用な男である。
「いってきます」
 幸せそうに笑う。
 心配してくれているのだと、ちゃあんと分かった。  
 ほんとにお義父さんは達っちゃんとそっくりだなあ。
 一番肝心なところが、そっくり。

   *

「順ちゃん」
 刑務所の面会室。
 強化プラスチックの壁越しに順也は美和と子供を見た。
「達っちゃんと順ちゃんの子供だよ」
 順也は美和が達郎に抱かれたのを知っている。
「……どっちの?」
 動揺するまいと気を付けたのに声はうわずってしまった。
 本当は聞いてはいけなかったかもしれない。  
 だが美和は
「だから、両方だよ」
 と、なんでもないことのようにいうのだ。
 母親となっても少女のような美和。
 順也は苦笑する。
 変わってねえなあ、と安心したように昔のままの笑顔を返す。
 美和に会うといつも昔の自分に帰れる。 「お義父さんがね、順ちゃんも会いたいだろうっていってた。だから会いにきちゃった。もう来るな、って最初の面会のときにいわれたけど……」  やっぱり怒った?  
 上目遣いに順也を見る。
「怒っちゃいねえよ」
 二人、顔を見合わせて笑った。
「男の子なんだよ」
「何? 美和ちゃんに似るといいんだがな。俺に似ちゃ最悪だ」
「そんなことないよ。順ちゃんはいい男だもん。達っちゃんもいい男だったしね。……そういえばね、日高のお義父さんは本当に達っちゃんとよく似てるんだよ」
「親父さんと暮らしてるのか」
「うん」  
 美和が未婚で子供を産むときに一悶着あっただろうことは順也にも容易に予想がついた。
 そのときに美和の保護者代わりとなったのが日高幸太郎だ。
 息子が惚れた女が抱えてる子供は別の種かもしれない、と分かっていながら、引き受けた懐の広さはさすが、あの達郎の親父である。
「なあ、美和ちゃん。その子、タツとの間の子供、ってことにしておいてくれないか」
「……でも二人の子供だよ?」
「分かってる。俺の子だよ。んで、美和ちゃんの子供でタツの子供だ。けど、世間ってやつはそうは見てくれないんだよ」  
 美和の顔がくしゃりと歪む。
 順也の胸も痛んだ。
「俺は親父がやっぱり塀の中だったから、なんとなく分かるんだ。その子がどんな思いをして育っていくのか。殺人犯の親父を持つより殉職警官の子供ってほうが子供は嫌な思いをする機会が減ると思う」  
 美和はとうとう泣き出した。  
 無理もない。美和もその「世間体」で傷つけられてきた人間である。
「美和ちゃん、お母さんだろ? 子供のこと考えてやってくれよ」  
 なだめすかす順也の声も美和には届かなかった。  
 面会時間は短い。
 美和がなんとか泣きやんだのを見て、順也は腰を上げた。
「……産んでくれてありがとな」  
 愛してるよと小さくつぶやいて、背を向けた。


「違うよ」  


 順也が振り向いた。
 看守が急がせるが、かまわない。
「誰かのために産んだんじゃない。この子が生まれたいっていったから産んだんだよ」  
 美和の顔が輝いていた。  
 少女のまま止まっていた美和の時間は動き始めていた。
 そこにはもう少女の顔はなく、一人の母親の顔になっていた。  
 腕の中で子供が目を開けた。
 黒い瞳が母親を見上げていた。
 美和は母親の顔をして微笑みかけ、そして透明の壁の向こうを指差した。
「ほぅら。もう一人のお父さんよ」  
 小さな二つの瞳がちょっと動いて順也を見た。  
 ……。
 

順也が対面できたのはそこまでだった。  

  *

「只今帰りました」
「あぁ」
 スーパーのビニール袋を両手に下げて美和が台所に入っていく。
 日高は目を瞠った。
「荷物が多いなら呼べばいいだろうが!」  
 美和の手から荷物をひったくって台所に運ぶ。
 子供が手からずれて落ちそうになっていた。
 抱きかかえなおして、美和は笑った。
 どっちに似たのか手の掛からない子供である。
「お義父さん、今日は何にしますか」
「なんでもいいから早く食わしてくれ」
「はい。じゃあ、先におつまみ作ってしまいますね」
 

 仏壇で達郎の遺影がしかめ面をして見守っていた。

   *  

 塀の中。
 順也は虚空を見つめていた。


「今日、美和と俺の子が来たぜ」
 ――馬鹿野郎。ありゃ俺の子だ。


 聞こえるはずのない笑い声。


「どっちにしろ美和の子だ」
 ――あいつじゃなきゃ産ませねぇよ。
「まったくだ」
 ――お前、あれが自分のガキだって疑ってねえだろう?
「ああ。……お前もだろ?」
 ――だからお前が親父面しても許せるんだよ。……お前もだろ?  


 苦笑。


 幸せになれるといいな。  
 それはどちらがいった言葉だったか。
 どっちでもいい。
 想いは同じ。
 その夜、二人して愛した人と自分の分身の幸を願った。



2001/04/19
<先輩よりあとがき>
10000hitおめでとうございます。拙いですが、私の中でRDのその後。 妊娠・赤ん坊ネタは私の十八番でございます。なのでこういう話になった……(-_-;) ちなみにタイトルはオペラ「蝶々夫人」のテーマ曲より。

<杉山よりお礼の言葉v>
私の敬愛する先輩からの贈り物でございます――――vv
私の中の登場人物達のイメージを崩すことなく描いてくださいましたv
以前、オフラインで「美和ちゃんの子どもはどっちの子なの!?」と詰め寄られたのです。
そん時に男の子できっと名前は「達也」で、美和ちゃんは定年退職で刑事を辞めて、知人のツテで田舎の教習所の教官になった日高父と暮らしてるんだよとお話しました。
美和ちゃんが巻き込まれる事件、美和ちゃんのお子様が巻き込まれる事件も用意しております。
ありがとうございます――――vv
先輩の柴犬しててよかったvv(誤解を呼ぶ表現:笑)

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