※注意!!
死んだはずの人がでてきて、ありえない会話が成立しています。
原作に忠実なパロがお好みの方はご注意ください。



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坂井直司、食欲不振の謎



 それは、昼下がりのホテル・キーラーゴのレストランでのやり取りから始まった。
 朝から坂井直司は上司所有の船の整備を済ませてきた。
 昨日の夜、店の営業時間帯に秋山と気紛れに船を走らせていて、どうも調子が悪くなってしまったらしい。
 それの整備を終えての食事だった。
 いつも彼の側にいて行動もともにする下村は、川中エンタープライズの新しい取引先との打ち合わせのため東京まで出張中で不在。
 テーブル席についたのは、坂井と川中、秋山と土崎の4人だった。
 ちょっとした労働を終えた腹ペコの男達は、勿論シェフ自慢のステーキセットをオーダーした。
 が、それが3人前なのだ。
「……坂井、お前何頼んだ?」
「え? 俺、オレンジジュース頼みましたけど?」
「……それだけか?」
「ちょっと食欲なくて」
 困ったような曖昧な笑みを浮かべる坂井に、春の陽光がたっぷり差し込むレストランが凍りついた。
 オーダーをとりにきたボーイまでもが硬直した。
「なんですか? 俺が食べないの、そんなに変ですか?」
 心外だとばかりの坂井の抗議に、一同固まったままの首をぎこちなく縦に動かした。
 坂井の食欲といえば、底なし無分別だと決まっているのだ。
 その坂井が食欲がないと言って、オレンジジュース一杯のオーダー。
 これは何事かあると思うしかないだろう。
 異変以外の何ものでもない。
「どうした? 体調でも悪いのか!?」
 真剣な顔で尋ねてくる川中に、坂井はやはり困惑した顔で、
「そう言うわけじゃないんですケド……ん、ちょっと」
 珍しく口篭もる坂井に、それ以上何も聞けなくて大人しく川中は浮かせていた腰を戻した。
 今朝だって、なかなかの重労働をこなしてきたのだ。
 空腹でないわけがないのに。
 秋山も土崎もそれ以上何も坂井に聞けず、どこかぎこちない食事になった。


 今日は店に清掃業者が入るからと、坂井は本当にコップ一杯のオレンジジュースを飲み干すと、お先に失礼しますと席を立った。
 その姿が消えるなり、オトナ三人は顔を突き合わす。
「どうしたんだ、川中! 坂井に何があった?」
「そうだぜ、あの坂井が食欲がねぇだなんて信じらんねぇ!」
「俺もだ。体調が悪いようには見えなかったが……」
 真剣に話し合う3人の前で、すっかりステーキが覚めてしまった頃、
「よう、なんだ、妙な顔していい大人が。まぁた、何かあったのか?」
 と呑気な桜内の声が振ってきた。
 相変わらずどこか退廃的な空気を背負った男に、真剣な声がかかる。
「ドク! いい所にきた」
「そうだ、ドクなら何か知ってるかもしれねぇな」
 坂井の座っていた席に桜内を座らせる。
「おいおい、何があったんだよ」
 状況の掴めない桜内は、3人の表情をうかがう。
 抗争だとかというようなそんな物騒な話ではないらしいが。
 わけのわからないまま、とりあえず煙草を銜える桜内を川中の真剣な眼差しが見据える。
 飄々とした態度の不良医師も、さすがにその視線に奇妙なものを感じて、銜えた煙草を指先に挟んだ。
「何があった?」
「実はな、坂井のことなんだが……」
「坂井?」
 坂井なら、ついさっき道で擦れ違って手を上げて挨拶されたところだ。
 別にいつもと違うようなところはなかったはずだが。
「坂井がな、食欲がないと言ったんだ」
 低い声で告げられた話題に、笑い飛ばそうとした桜内の眉間に皺がザックリ寄った。
「坂井が食欲がないだって?」
 さも怪訝そうに問い返す桜内に川中も秋山も土崎も、神妙に頷いて見せた。
「さっきも、昼にオレンジジュース一杯飲んだだけだ。体調が悪いのかって聞いても曖昧に流すだけだったし、何か知らないか?」
 はて、と桜内も考え込む。
 体調が優れないということも充分考えられるが、風邪をひいても飯だけはしっかり食って治す坂井だ。
 腹が一杯だったということも、労働の直後なので考えにくい。
 考え込む桜内の目の前で、坂井が飲んで空になったグラスの氷がからりと鳴った。
「妊娠だったりしたら笑えるのにな」
 食欲なくて、オレンジジュースなんて酸っぱいモノ欲しがるなんて症状はピッタリじゃないかと笑おうと思って、口を閉じた。
 川中の鬼の形相を見てしまった……。
「妊娠……だって?」
「え、いや、川中? 冷静に考えろよ?」
「相手は誰だ………?」
「…………坂井の相手っつったら……そりゃあ、一人しかいねぇよなぁ」
 土崎がさり気無く海の方を見ながら呟いた。
 神妙な顔をして俯いていた秋山も、
「……………………あいつなら……有り得ないこともないようなあるような…………」
 どっちやねん、と突っ込みたくなるような独白をする。
 いや、独白ならいいのだが、しっかり川中には聞えているだろうし。
「坂井を独り占めして、可愛い声で鳴かせて、あまつさえ俺のかわいいかわいい弟分の腹を膨らませたのか………………俺のもう一人の弟分は」
 桜内が自分の失言の失敗の度合いの桁の違いに少々青ざめていると、川中はぽつりぽつりと呟きだす。
 普段、快活という言葉がよく似合う男なだけにこうして暗い顔をされると、怖さは倍以上。
 おまえけに、秋山と土崎の顔色もあまりよくない。
 これはいかんと、桜内はオーダーもせずにそそくさとその場を去ったのだった。


 で、宇野法律時事務所。
「なにぃ!? 坂井が下村のガキ孕んだぁ!?」
 と声を上げたのは来客用のソファーに踏ん反り返っていた叶で、この事務所の主は整理したばかりの書類を見事足元にばら撒いた。
 しまった、ここもかと桜内は苦笑する。
 もはや坂井の事に関して正常な判断をできるものはいないのか。
「下村か!? 下村なんだな!? あの野郎、俺、坂井のことちょっとだけツマミ食いしてやろうと狙ってたのに!!」
「……………………叶、その件については後日しっかりゆっくりじっくり語るとしよう。それより、未来の父親はどうしてるんだ?」
「あ? あぁ、今は確か出張だったかな。今夜には帰ってくるはずだが……」
 宇野も駄目かと桜内は胸中で項垂れた。
「婚前交渉か……」
「俺達も同じじゃないか、キドニー。手続きはお前がしてやればいい。祝いの品は何がいいかな。ベビーベッドなら、いっそのこと二台買っていつか俺達の子供にも………ぶは!!」
 叶が最後までセリフを吐けなかったのは、宇野が投げた分厚いファイルが、見事叶の顔面にクリーンヒットしたせいで。
 まともに見えたこの二人も何か桜内には見えない何かに毒されてると、肩を落として法律事務所を出たのだった。


 で、お次に失言大王・桜内が向かったのは、海沿いのレナだったりして。
 人畜無害なようでそうでない仲の良い親子に癒しを求めた桜内だが……。
「えー、坂井さん赤ちゃんできたのー!?」
 思わず桜内がむせ返る。
「相手は当然、下村くんなんでしょう?」
 菜摘の言葉にも眼を見開く。
「…………菜摘さん、わかってるのか? 坂井と下村なんだぞ?」
「えぇ、でも、下村くんならなんとなく……」
 既に人間視されていない男・下村敬、恐るべし。
「坂井さんみたいにかわいー子だったらいいわね」
「そうねぇ、少なくとも性格は坂井くんに似たほうがその子のためよね」
 親子の朗らかな会話にも、極上のコーヒーにも癒されることのなかった桜内は、カウンターに一人突っ伏して、暫らくは坂井に恨まれることを覚悟した。


 その頃のブラディ・ドール。
 清掃業者がプロならではの手際のよさで仕事を片付けてしまった店内の最終点検を終えた坂井は、駐車場に蹲っているスカイラインを発見した。
 昨日の朝、下村が乗っていったスカイラインがここにある。
 バタンとドアを閉めて、下村が顔を出した。
 秋山並みに様になるスーツ姿だが、ネクタイはだらしなく緩んでいる。
 銜え煙草が加われば、どうやっても堅気には見えない。
「帰ってたのか?」
「あぁ、さっきな」
「お疲れ」
「あぁ、たまに仕事らしい仕事すると疲れるな」
 首をゴキゴキいわせながら、言うと坂井が笑う。
「仕事らしい仕事ね。フロマネだって仕事だろう?」
「ありゃ、日常だ」
「なるほどな」
 珍しく声をあげて笑う坂井の腕を下村が引き寄せる。
 至近距離に迫った下村のアップに、坂井は条件反射で目を閉じる。
「ただいまのキス、いただき」
 浮かれたセリフを吐きながら、ちゅっと音をたてたキスを坂井の頬にする。
「……………………………………さむっ」
「ひでぇな。おかえりのちゅーとかしてくれねぇの?」
「するとでも思ってんのか?」
 辛辣な切り替えしに、これ以上ふざけても引かれるだけと自覚して、下村は思いませんと殊勝に応える。
 可笑しそうに笑う坂井にネクタイをぎゅーと絞められる。
 そんなじゃれ合いをしながら、下村が不在の間に何か変わったことはなかったかと問うと、坂井がしばし考え込む。
「お前がいねぇ間さ、久々に自分の部屋に戻ったんだけど、冷蔵庫開けたらほとんど賞味期限やばくてさ。でも食うもんねぇし、買いに行くのも面倒臭いし、勿体ないしで、適当に大丈夫そうなの食ったら、やっぱ駄目で全部吐いちまった」
「……………………………………。」
 坂井らしいと言うか、なんと言うか。
 きちんとしているかと言えば、へんなところでそうでない。
「だから、なんか胃とかおかしいんだよ。んで、今日、社長達と飯食いに行った時に食わなかったら、社長とかすっげぇ驚いてんの。でも、なんか事情とか言うのも恥ずかしいしで、はぐらかしてきた。心配してるかも」
 確かに、坂井に食欲がないとでも言われたら驚くだろう。
 普段、人の食べ残しまで綺麗に平らげる坂井だ。
 四六時中一緒にる観のある下村でも、坂井が食べ物を残している姿は見たことがない。
「で、朝も昼も抜いたのか?」
「そう。だから、腹減った」
 そうくると思った。
「帰るのも面倒臭いし、店の厨房でなんか作って」
 満面の笑顔でおねだりされて、下村が断れるわけもない。
 しかし、それを素直に引き受ける下村でもなく、
「じゃあ、おかえりのキス」
 自分の唇を指差して、狡猾な男が言う。
 食欲に負けたのか、それとも愛情か判断しかねる理由でそれを承諾した坂井が店の裏口前でおかえりのキスをした。

 その瞬間を、坂井直司の父親役を自称する川中が目撃していて、勘違いなまま踏み込むことも、そんな川中の様子を見ていた秋山が、愛娘が巣立つ時はここまで見苦しい姿は見せまいと決心したこと、この後叶から馬鹿でかい荷物を受け取ることも、街に珍妙な噂が飛び交うことも、今の下村は知る由もなかった。


 その頃、蒲生沖田記念病院では、神経衰弱状態の桜内が山根に事情を話して聞かせ、
「できるんじゃないですか? 下村さんなら」
 こともなげにそんな感想をいただいて、午後の診察を休診にしてしまったことも下村は後になって知るのだった。


2001/04/29
ごめんなさい――――(>_<)全然、アイドルじゃないですね、坂井(笑)いろーんなトコロで話題になっている、坂井妊娠話に触発されました。見事に。リクエストいただいた、房原さまには申し訳ないです……。
可愛い坂井とかっこいい下村希望とのことでしたが……そこは……そこだけは密かに応えられたかなと……思わないこともないのですが……。スーツシモムが……。ちょっとだけでも、笑っていただければ幸いです。

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