潮風の匂いがする海岸線を、深紅の跳ね馬が疾走してくる。
減速し、下村の行く手を阻むように停車した。
「性質悪いことしないでくださいよ」
眉を顰めた自分の顔が、男のサングラスに反射する。
その下の唇がにやりと笑った。
「心配してやってるんだ」
どうでしょうねと言うように下村が嘆息する。
「今日も坂井が来てたのか?」
どうしてこの男がソレを知っているのだろうと思ったが、車が走ってきたのは病院の方からだ。
お喋りな殺し屋と同じくらいお喋りな医者が話したのかもしれない。
「来てましたよ。また来るって飛び出していったんですが」
「ふうん」
微妙なニュアンス。
この街に流れ着いて日が浅い下村でも、ブラディ・ドールや他で見かけるお喋りな殺し屋と店の中では慇懃無礼なバーテンダーの仲がただの客とバーテンと言うふうにも、知人とも映らなかった。
ひょっとしたらひょっとすることがあるかもしれない、そんな下世話とも言える勘繰り。
「随分気に入られたもんだな」
どこかふてぶてしい、叶の子供のような拗ね方を察して、下村は薄く笑みを刻んだ。
何言ってるんですか?
そんなふうに流してしまうつもりはさらさらない。
「悪くないですね」
ふっとサングラスから僅かに見える眉が動く。
なんとなく。
なんとなく、坂井にはその気は全くないように思えたのだ。
叶に声をかけられて応じる表情や、意味ありげに触れられての反応とかが叶が意図するものとは違うということを、客観的な視点から見て下村は感じていた。
叶がどこまで本気なのかは想像しにくいところがあるが、少なくとも叶は坂井に惚れている。
が、坂井はあくまで尊敬し憧れる一人の男として見ているのだろう。
「悪くない、ねぇ」
この男前のことだ。
例え相手が男であろうとも、落とそうとして落とせないことはないと踏んでいたのだろう。
「綺麗、じゃないですか? 坂井って人間は」
挑発に聞えるかもしれないが、下村の本心でもあった。
「綺麗?」
「上手く言えませんけどね。姿勢とか目とか空気とかが。だから、叶さんはあいつに夢中なんでしょう?」
叶が薄い唇が深い笑みを刻んだ。
どこか不穏なそれに表れるのはわずかな諦めと牽制。
なかなか複雑な、いい歳した男の慕情。
あ、人のこと言えねえや。
「まぁな。お前もそのうち俺の苦労がわかるさ」
肩を落としながらゆっくりとした仕草でサングラスを取る。
露わになった殺し屋の鋭い双眸は、下村ではなく海の方へ向けられていた。
「手におえないかもしれないぜ? お前じゃ」
「わかりませんよ」
「自信ありげだな」
「ないですよ」
「気があるんじゃないかって態度をちらっととられるんだ。あいつにその気はないんだろうけど、勘違いするには充分すぎるようなな。気を付けろよ」
陽光が眩しいのか、僅かに顔を顰めて叶が言った。
「綺麗な人間だな。坂井は」
ちらっと、叶が自分の唇を舐めた。
意味深な仕草。
「体格も、綺麗なラインしてるし?」
叶の双眸にのぞく、どこか子供地味た挑発的な煌めき。
「抱き寄せると意外に腰細いしな」
いつぞやの記憶を辿るように眼を細める叶が挑発しているのだとはわかっている。
わかってはいるが………
「寝顔がかわいいとか」
「叶さん」
「朝起きる前に、ベッドの上で伸びをする仕草が猫にそっくりだとか」
「叶さん、もういいです」
誤解をほいほいと呼べるようなセリフを吐く。
深い仲なわけじゃない。
そう言い聞かせて平静を保つ。
「言っときますけどね」
大怪我をした人間相手に、遠慮なく精神的ダメージを与えてくれる男をしっかりと見据えた。
下村の言葉を待つように、受けるように叶も下村を見返してくる。
「張り合うわけじゃないけど、負けませんよ」
叶が意外なほど柔らかく微笑んだ。
どこか儚いそれに、なんでか惹き付けられた。
バタンとフェラーリのドアを閉めて、エンジンを吠えさせながら、叶が言った。
「下村、いい事を教えてやる」
数秒前の儚さなど微塵も感じさせない笑み。
「……遠慮しときます」
「そう言うなよ」
ケラケラと笑う叶の視線が海岸線のずっと先を見る。
その視線を追って、こちらに向かってくる一台のバイクを発見した。
「坂井の唇、けっこう柔らかいぜ」
「――――――――――っ」
たちまちに去っていく深紅の跳ね馬。
胸中で苦虫を噛み潰しながら見送っているうちに、坂井のバイクがやってきた。
ついつい口元に視線をやってしまう下村の困惑ぶりに、坂井はただただ首を傾げたのだった。
それから、ほんの少し後のこと。
叶は死んだ。
それから、負けませんよと宣言したその言葉を、下村は撤回せずにすむようになった。
そして、叶の言っていた言葉をいちいち正しかったと確認することになった。
けれど、きっとそれだけじゃない。
下村が知ったのは、もっとたくさんの坂井の表情、仕草、感情、癖、他にもたくさん。
シーツの波を泳ぐように坂井が体を伸ばす。
猫の伸びのようによく伸びる体のラインは綺麗だ。
ラインを辿るように唇を滑らせると、逃れるように寝返る。
細い腰に腕をからめて、引き寄せて自分の方へ向かせると、寝惚けた眼が睫毛の下に開かれていた。
笑って、キスをする。
柔らかな感触にどうしようもない幸福感を得る。
その体、体温、柔らかさも。
それから、叶が知る術も持たなかっただろう坂井の叶への気持ちも。
2001/06/06
生冬雪ダーリンからいただいたリクだったのですーvv
時間設定をどうしようかなぁと悩んだんですが、こんな時間にしてみました。微妙な時間帯です。
ネチネチした叶さんのいじめを書きたかったのですが、下村サン坂井のことになると妙に強気でして……(苦笑)こんな感じになっちゃいました。
リクいただいたら、けっこうがーっといっちゃうタイプなんですが、生ダーリン(なんだか、妙な言い方…)から直にいただいたことに緊張したのか、迷いましたね(笑)どうかな、ダーリン?