「俺、坂井さんが好きなんです」
酒の力はなかなか恐ろしい。
高岸がかなりの量を飲んだからといって、そんなセリフを吐き出したのはいつもの赤提灯の店の中で、正面には下村敬がいる状況。
下村と坂井の仲がほとんど公認されているこの街で、高岸は堂々と下村本人に自分の気持ちを打ち明けたのだ。
店の中は一気に冷え切った。
蒸し暑さが我慢ならなくなったこの季節には大変喜ばしい現象だが、決して気持ちのいい涼しさではない。
店の大将や常連客はおそるおそる、壁に背中を預けてコップ酒を煽った下村の表情をうかがった。
下村は異常にゆっくりした動作でコップを机に置くと、一言言った。
「無理だ。諦めろ」
せせら笑いさえ滲ませて。
そりゃ、そうだ。
高岸の恋敵は下村自身で、はっきり言って下村と坂井の間には誰も――川中良一氏をのぞいて――割り込むことはできないだろうから。
「そんなのっ、わかんないじゃないですかっ」
何が恐ろしいって、高岸少年がいくらこのこの街に来てから日が浅いからといっていまだに下村と坂井の関係に気付いていないらしいこと。
でなければ、下村の前で坂井直司に気があるなどとは気が触れても口にはできないはず。
実際、坂井に好意をよせて飲み会の席で寄った勢いで坂井にキスを迫った少年は翌日桜内の診療所で目を覚ました。
退院後、仲間であるメンバーからもボコにされた。
高岸少年、確かに色恋沙汰には疎そうな感じはあるが、これは鈍すぎである。
ぼちぼちボーイとして店の中に入れてやろうと思っていたが、撤回だ。
あと数ヶ月は駐車番だ。
「無理だ。高岸。諦めたほうが身のためだ」
普通なら坂井に関して邪な思考の人間だとわかるや否や言い訳無用で打ちのめす下村が、今回に限ってこんな優しい助言をするのは、下村だって高岸を可愛く思っていないわけではないからだ。
他のボーイに比べて根性もあるし、真面目でもある。
ここぞと言う時には頼りになる男だ。
下村は下村なりに高岸を見込んでいる。
だからこそ忠告してやるのだ。
「男同士ってことが問題なんですか?」
「そうじゃない」
「じゃあ、俺が力不足ってことですか?」
「まぁ、それはある。けど、そんな問題じゃねえよ」
憮然となった高岸の頬はアルコールで上気してはいるけれども、まだ正気らしい。
下村を正面から見つめてくる視線は真っ直ぐだ。
「………どこに惚れたんだ?」
「えっ?」
下村のすぐには繰り出されないままの鉄拳に、店の中は相変わらず凍りついたままだ。
客の聴覚は店の奥の二人の会話に集中されている。
「坂井のどこに惚れたのかって聞いてるんだ」
「……そりゃ、坂井さん、すごい人だし、でもそれだけじゃなくて………その、こんなこと言ったら坂井さんは怒るんだろうけど、笑った時とか可愛いし」
なるほど。
「抱きたいわけか?」
ぼっと音がしそうなほどの勢いで、高岸の顔が真っ赤になった。
沈黙は肯定になる。
下村は高岸の目を見据えたまま、やはりゆっくりした動作で煙草を銜えた。
「無理だ。無理」
「だからっ、なんでなんですか?」
高岸にしてみれば、こうして下村と向き合って意見するだけでも相当の勇気だろうに臆すことなく対峙している。
なかなか、鍛え甲斐があるのは確かだが、それには坂井への気持ちをあっさり断ち切ってもらわないと困る。
「あのなぁ、高岸。よぉく聞けよ」
高岸が一つ頷く。
「坂井は他の奴に惚れてる」
いけしゃあしゃあとこの野郎。
という空気が店内に密かに漂う。
「……それって、あの、社長、ですか?」
「違う」
「俺、勝てる見込みないですか?」
「ないな」
きっぱりと言い切った下村が煙草の灰を弾く仕草に目を留めたまま高岸は小さく溜息をついた。
「坂井さん、惚れてるんですか? その人のこと」
「あぁ」
よく言うよ。
と店の空気は言う。
「相思相愛、新婚さんよろしくやってるぜ?」
「坂井さんが、ですかぁ?」
訝しげな高岸。
へんなところで聡い。
脚色が過ぎたかと下村は変化しない表情の下でちっと舌打ちする。
「そう、坂井が」
けれども顔色の変わらない下村の表情は説得力があった。
高岸にしてみれば、あの坂井がそんな風に誰かと接するのかと思うと到底勝目はないなと知らされる。
「……そう、なんですか」
「そうなんだよ」
がっくりと肩を落とした高岸のコップに酒を注ぎながら下村は、
「ちなみにその相手、俺な」
トドメをざっくり刺す。
しばし、下村の気色悪い笑顔と高岸のなんともいえない表情が見詰め合う。
「………………………………………………………………っ」
高岸はこの意地の悪い兄貴分兼上司に何か言ってやろうと口を開いたが結局何も言えないままに、坂井のこよなく愛する豚足に齧りついて一時の恋の終焉とした。
その後、調子にのった下村は、赤提灯の大将から情報を得た愛すべき天使様によってそれなりの制裁をくわえられることになるのだが、二人の仲が蜜月だと信じたままの高岸はそれを知らないままである。
2001/07/06
本当は下村風邪でダウンネタを書いていたのですが、それを消失していることに最近気が付いて急いで書き上げました(>_<)ダーリン、こんなんで大丈夫かしら?
もっとネチネチいじめてみたかったんだけど、高岸が可愛そうになって(笑)叶さんとかならいじめられたんですけどねぇ。私は叶さんをいじめる話は書き易いんですけど、下村・高岸イジメは書けないようです(笑)なんででしょう(笑)男前はいじめやすいのか!?(何気に暴言)この借りは学祭ネタで必ずや!!