忘年会2001



 昨年の忘年会はブラディ・ドールの面々と常連とで行った。
 坂井にとってはあまり思い出したくない出来事だった。
 酔いの回った女性陣と悪乗りしだした男達によって王様ゲームに突入し、くじ運の悪い坂井は見事あたりくじを引いて、社長達の目がある中で 叶とキスをかまされたのである。
 しかも、濃厚な。
 妬いた下村の機嫌とりをするわけでもなく、途中で忘年会を抜け出してしまった。
 あの後、川中や桜内の追及にあったのは苦い記憶である。
 今年も、忘年会は勿論行われる予定である。
 準備係りとなるブラディ・ドールの社員は今からあの苦労に構えている。
 しかし。
 しかし、である。
 今年、坂井はいろいろ考えた。
 考えた結果、ブラディ・ドールでの忘年会を早々に退席して、自分が面倒を見ている若い連中に、毎年誘われては断っていた忘年会に途中参加することにしたのである。
 最初から蹴ってしまわないのは、やはりあの藤木でさえもげっそりとした表情を見せる準備を一人抜けるわけにはいかないという坂井らしい責任感からと、普段世話になっている感謝を示さなければという律儀さもある。
 自分よりはるかに上手な連中にからかわれるよりは、まだ若い青い連中がつぶれた時の面倒を見る方が楽だろうと踏んだのだ。

 狭い厨房で今年もがたいのいい男4人が窮屈そうに作業をしていた。
「あー、また材料足りねぇよ。俺、ちょっと買出し行ってくるけど、他に何か足りないもんあるか?」
「酒だな」
「あと、安見が去年デザートがほしかったって言ってたろ。アイスクリームか何か買っといてやれよ。って、高岸! お前、鍋から火柱立ってんじゃねぇか!」
「へ? うわぁああっ!」
 そんなこんなで、高岸の起こした火災は藤木の冷静な対処によって鎮火した。
 今年も変わらぬ苦労である。
 まぁ、これを終えれば今年も終わり。
 ここ数年でそれを悟ったブラディ・ドール従業員であった。
「今年も豪勢だな」
 夜、ブラディ・ドールにやって来た川中の感想。
 これを聞くと、ほんの少し報われた気がする。
 続々と顔を見せる常連達が揃い始めて乾杯をして宴会の始まりとなる。
 最初から抜けるのも気がひけるし、断りをいれると川中にも下村にも絶対にダメだと言われるのは目に見えている。
 坂井は自分の計画の通り、氷を作ってくると席を立ち厨房に消えた。
 まめに動く坂井の行動を不審に思う者などおらず、宴会は少しずつ盛り上がっていく。
 賑やかな声を背中で聞いて、坂井は厨房のドアを閉めるとメモを残してそっと店を出た。
 駐車場に出て少し考えたがバイクは置いていくことにした。
 場所は面倒を見ている連中の一人の実家が居酒屋をしているらしく、そこを貸し切るらしい。
 確か距離はそんなにないはずだ。
 どうせ自分も飲まされるだろうし。
 コートは店だが、歩けば温まるだろう。
 そう思って坂井は夜道を歩き出した。

 居酒屋に坂井が顔を覗かせた時には、もうすでに何人かの脱落者がでていた。
 今年も坂井の出席は諦めていた面々は、憧れの坂井の出現に色めきたった。
「坂井さん、会社の方はいいんですか?」
 彼らの中でリーダー格のカズが声をかける。
 あまり酔っている様子がないのは、後々の面倒を考えてのことなのだろう。
 カズの気質は自分に似ているのかもしれないと坂井は思った。
「ずっとあっちを優先させてきたしな。顔は出してきたから」
 大丈夫だと告げて上がりこむと、上座の席を勧められた。
「外、寒いでしょう。飲んで暖まってくださいよ」
 早速手渡されたコップにビールを注がれる。
 至れり尽せりな立場に慣れていない坂井は、言われるままにコップに口をつけた。
 いつもは自分の前では緊張しきってしまうような面々も、酒の力か幾分リラックスしているようで安心した。
 今まで店の忘年会ばかりに顔を出していた理由には、それもあるのだ。
 せっかくの無礼講なのに、いつものように硬くなってしまっていれば彼らも楽しくないだろうが、坂井も申し訳ない気持ちになる。
「坂井さん、じゃんじゃん飲んでくださいよ!」
「お前、ずっりぃ!」
 坂井へのお酌権をかけて、じゃんけん大会やらポーカー大会が始まった。
 ここに集まった面々は、坂井に憧れるあまりお互いを牽制しあって妙な不文律をつくってしまっている。
 カズを始めとするリーダー的存在はともかく、他の面々はマンツーマンで坂井と会話すると後で酷い目になるとか。
「坂井さん、かっこいいよなぁ」
「俺、こんなに近くに寄れたの始めてだ」
「同じ建物の中にいるのが始めてだよ……」
 そんな会話をするのは、坂井から一番離れた席に座っている若者である。
「あの腰に一度でいいから抱きついてみたい……」
 と、思わず口走ってしまった青年の口には一升瓶が押し込まれて相殺された。
「でも、あれだよな」
「あぁ。坂井さんが下村さんのことほったらかしてこっちに来てくれただけで幸せだよな」
「だよなぁ」
 しみじみとそんな会話が五百メートルほど離れた居酒屋でなされた頃、ブラディ・ドールの厨房で、癖のある文字の書き置きを目にしたフロアマネージャーは、ダウンのコートを片手に、裏口から忍び出た。
 考えてみれば、今日の昼間から何も口にしていないのだった。
 準備に終われ、味見程度のものは口にしたのだが。
 しかも、勧められるままにかなりの量を口にした。
 空きっ腹にアルコール。
 いつものペース配分もできないままに酔った。
「あぁっ、坂井さん、酔うとさらに色っぽい……」
「食ってみたい……」
 気だるげに片肘をついて、ぼうっと視線を投げている坂井への視線がだんだんと不穏になってくる。
「坂井さん、酔いました? 水、どうぞ」
「あぁ、サンキュ」
 氷の入ったグラスを受け取り、それを頬や額に押し当てる姿はかなり色っぽい。
 ここで酔いが一気に回って脱落した者多数。
「お疲れだったんじゃないですか?」
「んー、だいじょーぶ」
 呂律の回らない応答に、カズは周囲を窺った。
 陶然とした野郎の視線。
 鼻血を気にして、何度も鼻の下に手をやる仕草も多数。
「さ、坂井さんっ、もう休んだ方がいいですよ。俺、送って行きますからっ」
 酔いは理性を溶かして、下手をすればとんでもないことに発展しかねないとカズは焦った。
 理性には自信があって、しっかりと可愛い彼女もいるカズでさえもちょっとマズイと、酔いのせいではない動悸の乱れを感じていた。
 普段、あれだけかっこいいと思える人物がたまに見せる笑顔だとか、子供のような仕草が可愛いという印象を与えることはある。
 しかしそれはあくまでほんの一瞬の、極刹那的な瞬間にちらつくものであって。
 こんな風に明らかな可愛らしさを継続的に見せられると、さすがに目の毒。
「いい。カズも飲んでるだろ?」
「少しですよ」
「いいーから、ちょっと眠らせて」
 にこにこと惜し気のない笑顔を見せて、坂井はころりと横になった。
 坂井さん、下克上って恐ろしい言葉をご存知ですかとカズは問いたい。
 上気した頬で無防備に横になった坂井の一挙手一同を見つめていた連中が、ずずずっと詰め寄った。
「カっ、カズさんっ。俺、ここに偶然にもインスタントカメラなんてものを持ってるんですけど!」
「そのコンビニの袋はなんだ……」
「一枚だけっ! と、言うか触らせてください!」
「坂井さんはパンダか」
「アイドルです!」
「落ち着けよ、お前ら!」
「これが落ち着いてられますか!? 憧れの坂井さんが! あの坂井さんが同じ空間で寝てるんですよ!」
 圧倒数を敵にして、カズは説得を試みた。
 こいつらをまとめる役として、坂井から頼りにされているという責任感がある。
 それを知って知らずか、こいつらは。
「そりゃ、カズさんはいいっスよ! 坂井さんに一番頼りにされてるし、いっつも声かけてもらえてるし。俺らなんて、俺らなんてぇ!!」
「しかも、カズって名前の呼び捨てだし」
「俺なんて苗字だし」
「俺なんか、まだ一度も名前を呼ばれたことなんてねぇんだぞ!」
 自分の不幸な境遇の言い合いが続き、ふと途切れた。
 仲がいいのか悪いのか、彼らはいっせいにカズに恨みがましい視線を向ける。
(…………ヤバイ)
 カズが思った時にはもう遅かった。
 一瞬で結束した彼らは兄貴分であるカズを押さえつけたのだ。
「阿呆っ、妙なところでだけ結束してんじゃねぇ! それに坂井さんが起きたら殺されるぞ!」
「坂井さんになら殺されてもいいです」
「あほ――!!」
 カズ共に坂井、絶体絶命の大ピンチである。
 カズは心の中で坂井に対して土下座した。
 俺が不甲斐ないばかりにすみませんすみませんすみません。
 しかも、俺もちょっとだけムラっとしちゃいました。
 すみませんすみません!!
 今まさに、じゃんけんで勝利をもぎ取った一人が、カズの胸中など知る由もなく眠る坂井に向けて、いただきますと手を合わせようとしていた。
 坂井さん、殺すならまず俺から……
 とさえカズが思ったその瞬間。
 パァアアアン!!
 吉良邸討ち入りの際には、これと似た音をたてて何枚の襖や障子が開かれたのだろう。
 貸切の宴会場に乱入してきた人物に、その場にいた全員の視線が向けられ空気が凍りついた。
「……し、し、しもむ……ら、さん…………」
「呼ばれてもないのに邪魔してわりぃなぁ」
 語尾がやたらと乱れるけれども、下村の顔には笑みが貼り付けれらていた。
「どどどど、どぉしてここが……!?」
「バイク、駐車場にあれだけ停まってりゃわかんねぇ方が馬鹿だな」
 場に落ちる沈黙。
 気まずいを通り越して恐ろしい。
 この空気だけで殺されてしまいそうだ。
 坂井には殺されてもいいとは言ったが、この男にだけは死んでもごめんだ。
「あれぇー? しもむらー?」
 凍りついた空気を溶かしたのは、坂井の相変わらず呂律の回っていない声だった。
「お前が途中で抜けたのがわかって、社長たちに探してこいって言われて探しに来たんだよ」
 それは真実でしょうか?
「ふぅん。俺、酔ったー」
「はいはい」
 下村はさっさと上がりこむとへたりこんでいる坂井の前に膝をついた。
「帰るか?」
 それは誘導尋問です。
「んー、かえるー」
「じゃあ、ホラ、ちゃんとコート着ろよ」
 持って来たダウンのコートを着させてやるその様子を、殺意混じりの視線が凝視している。
 カズはちょっとだけ思った。
 自分ならこんなねちっこい男の嫉妬の視線には耐えられない。
 下村敬はやはりちょっと偉大かもしれないと。
 そして、さらに思った。
「坂井、俺のこと好き?」
「んー、好きー」
 偉大かもしれないが、それ以上に憎たらしい奴だと。
 偉大は偉大でも人間性には欠けた偉大さだよなと。
 打ちのめされた連中は、皆一様に項垂れていた。
「ちゃんと立って」
「立てない」
「しょうがねぇなあ。ホラ、しっかりつかまって」
 と、自分の首に腕を回させて抱き起こす。
「じゃあ、わるいけど、先に連れて帰るな」
 何処へでしょうか。
「……はい、どうぞ……」
 カズにはそれだけしか答えることができなかった。
 そうして、乱入者・下村は鮮やかに坂井を連れ去ったのだった。
 後に残ったのは忘年会ではなく、自棄酒の集いだった。

「油断も隙もねぇな」
 遠慮なく体重をかけてくる坂井を支えなおしながら下村は静まり返った居酒屋を振り返って不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、気持ちはわかるんだがな」
 半分眠りの中に足を突っ込んでしまっている坂井を覗き込んで、下村の笑みは柔らかなものになる。
「お前が悪いんだぜ? 天使様」
 厄介な酒癖をもつ天使の口唇に、天使が面倒を見ている連中にとっては悪魔とも思える男が口付けた。


2001/12/19
本当は親衛隊日記とか書こうと思ってたんですが(笑)
酔っ払い坂井第3弾くらいですか?カズくんが微妙な位置付けでもうしわけないですが。
ともかく、この作品が2001年書きおさめ(更新おさめ)作品です。読みかえればかなりの量ですが(笑)量産だけはしてるなぁとしみじみ思いました。来年の目標は男前坂井と男前下村の両立です。

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