※ご注意ください!!
この話は北方謙三著「ブラディ・ドール」(角川)と、よしながふみ著「西洋骨董洋菓子店」(新書館)の世界がリンクしてます。



アンティークとブラディ・ドール




 閑静な住宅地を走るスカイライン。
 運転しているのは片手がブロンズの男だった。
 点在する街頭に時折浮かび上がるその顔は整っていて、作り物めいている。
 その顔が不意に情けなく歪んだ。
「……迷った……」
 独り言を聞く者はいない。
 川中エンタープライズの幹部でもある下村の仕事はフロアマネージャーだけではない。
 まともな会社勤めの経験のある数少ない幹部だから、出張の役回りはよく回ってくる。
 今回も無事に取り引きを終えて、さっさと帰ろうとしたのだが渋滞にひっかかり、それを回避しようと脇道に逸れたら迷った。
 一泊してくる予定を日帰りにしたのは下村だ。
 時間はブラディ・ドールの閉店時間を過ぎた。
 この住宅地に人影もなく、下村は途方にくれた。
 地図なんてものは持ち合わせていない。
 迷い込んだのが住宅地というのも悪かった。
 同じような風景が続くのだ。
 コンビニでも見つけれればいいのだが、それも発見できない。
 途方に暮れながら辺りを見渡すと遠目にぼんやりと灯りが灯っているのが見えた。
 その灯りに照らされたフェラーリらしき車体も。
 店か何かの照明だろうか。
 車を走らせると、洒落た一軒の店がはっきりと見てとれた。
 こじんまりとしてはいるが、外装からはセンスのよさが感じられた。
 何の店だと車の中からショーウィンドウをのぞくと、美味そうなケーキが見えた。
「……ケーキ屋?」
 こんな時間に開いてるのかと首を捻るが、開いているなら幸いだ。
 道を尋ねがてら、家で自分の帰りを待っている天使の土産も買ってやろうと車を止めた。
 店前のフェラーリは手入れがされている。
 深紅のボディを横目で見ながらドアを押した。
 僅かに照明を絞ってあるものの、ブラディ・ドールの酒場のそれに比べれば断然に明るい。
 しかし、酒場であるブラディ・ドールでさえももう店仕舞いをした後なのに、このケーキ屋は何時まで開けているつもりだろうか。
 つらつらとそんなことを考えながら、店内を見回した。
 店の名前は確かアンティークとあったか。
 その名の通り、内装も骨董品が並べられていた。
 高級そうではあるが、どれもさり気無い。
 センスのよさは店内にまで生かされている。
 席の数は多くはないが、狭さは感じない。
 へぇ、と感心しながら足を進めると、人の気配がある。
「いらっしゃいませ」
 低い男の声だ。
 ギャルソン姿の男は二枚目だが、下村に向ける笑顔は明らかに愛想笑いのようだった。
 女受けはいいかもしれない、と思いつつ、薄く色の入ったサングラスの下で見分する。
「イートインになさいますか、テイクアウトもございますが」
 慣れた接客態度にはそつがない。
 ブラディ・ドールのバーテンのように慇懃ということもなく、フロアマネージャーのように顔仕草共に整いすぎて怖い、ということもない。
 面白い。
 好奇心を刺激され、さして甘いものが得意なわけではないが席についた。
 何も言わないままだが、意図を察したのかメニューが差し出される。
 メニューには名前の長いケーキの名前が並んでいる。
 それと一緒にコーヒーや紅茶の名前もかなり詳しくある。
 下村はカクテルの名前であれば仕事柄お手の物だが、ケーキとなればさっぱりだ。
「じゃあ、エスプレッソとモンブランを」
 聞いたことのある無難な線でオーダーすると、かしこまりましたと丁寧なお辞儀をしてからオーダーを厨房の方に告げに行く。
 歩き方も静かだ。
 奥の厨房から入れ違いにサングラスをかけた長身のギャルソンが出てくる。
 さすがの下村も一瞬絶句した。
 明らかに接客向きの人物ではなかったからだ。
(……まぁ、女性相手なら受けがいいか)
 いらっしゃいませと告げる声はやはり低く、男相手だとどうもケーキ屋に来たという実感も、喜びも薄い。
 コツっ。
 不意に自分の手元からした音に下村はやっと自覚する。
 自分の左手もよほど接客向きではないことに。
 テーブルの上に無造作に置かれた左手には手袋。
 そこから響いた硬質な音に、長身の男がサングラス越しに視線を寄越してからゆっくりと慌てることなくそらした。
 へぇ。
 と、そんなところにも感心しながら、下村は天使に電話するためジャケットを漁った。



「堅気じゃねぇな」
 その頃厨房では例によって橘の推理が行われていた。
「あのお客が?」
 言われてエイジも小野も厨房の小さな窓からフロアをのぞいた。
 一番見通しのいい席に座った客は色素の薄い二枚目だ。
 スーツ姿ではあるが、シャツやネクタイのセンスはいい。
 サラリーマンには見えない。
 サングラスをとった顔は整っていて精悍という印象だ。
「手、見てみろ。アレ、義手だ」
「えっ、マジで!?」
「でもヤクザには見えないけど」
「最近のヤクザなんてインテリとか大学出とかいろいろだからな。ま、買ってくれるんならヤクザでもいいや」
 この根性はすごいと思う。
 フロアのヤクザのような客は携帯を耳にあてて、表情の薄かった顔に微笑が浮かぶ。
 長い足を組んでネクタイを僅かに緩める仕草は様になった。
「おっ、なかなかいい男」
「「………………」」



『お前、何やってんの?』
 呆れたような怒ったような声に問われて、下村は苦笑を零した。
「わりぃ、道、迷った」
『道に迷ったぁ? だっせぇ』
「お前ね……」
 出張疲れの相棒にかける言葉は他にないのだろうか。
 まぁ、坂井に労いの言葉をかけられても戸惑うだけだろう。
「土産、買って帰るよ。寝て待ってろ。それとも俺がいないと眠れない?」
『もう帰ってくんな』
 電話は見事にブツリと切れた。
 どうも電話だと味気ない。
 下村の臆面のない言葉からボタン一つ押すだけで逃げてしまえるからだろうか。
 それでめげる下村でもなく、通話時間を表示する画面を暫らく眺めてから仕舞いこむ。
「おまたせしました」
 タイミングをはかったかのようにケーキが運ばれてくる。
 アンティークの皿に綺麗にデコレーションされたケーキは甘い物が苦手な下村でも美味そうに見える。
 坂井はデコレーション問わず食べられればいいだろうが、安見なんかを連れてきたら喜ぶかもしれない。
 安見の分も買って帰ってやろうかと思いながら、やはりアンティークのフォークを手にとった。
 綺麗なモンブランの線で覆われたケーキを口に運ぶ。
 見た目に劣ることなくかなり美味い。
 甘い物が苦手な下村でも、美味いと素直に思う。
 エスプレッソも飲みなれたレナのものは違うが、美味かった。
 坂井ならコンビニのケーキでもなんでも喜ぶが、安見なんかは大満足だろう。
「ちぃ、俺のお持ち帰り分残ったか?」
 奥から出てきた若いパティシエ姿の青年を、下村は思わず注視してしまった。
 黒々とした髪の毛とか、艶々して少し切れ長の双眸が、坂井に似ている。
「いえ、まだ」
 サングラスの男が答え、下村の存在に気が付いたのかペコリと会釈していらっしゃいませと口にする。
 その頭の下げ方とか挨拶の仕方の端々に、体育会系な性分が残っている。
 仕草はまだ少年らしい落ち着きのなさが滲んでいるが、生き生きした表情は下村の前の坂井が時折見せるものにも共通している。
 ともかく容姿は似ている。
 坂井がN市に流れてきた頃なんていうのは、こんな感じだっただろうと思わせる。 
 コーヒーに口をつけながら、不躾にならないように視線を投げる。
 素直そうだよなぁ、と想像する。
 坂井も素直に好きなものを好きと言えばいいのに。
 溜息を密かにつきながらコーヒーを飲み干した。
「テイクアウト、頼めますか?」
 でかい男ではなくて、坂井に似ている青年に告げると多少残念な顔をされたがはいと威勢はいい返事をした。
「ちぇー、今日のお持ち帰りなさそー」
 厨房に戻って冷蔵庫から残っている数少ないケーキをトレーに乗せながら、エイジががっくりと肩を落す。
「商売繁盛けっこうなことだな」
 フロアへ続くドアを開けてやりながらからかうように橘が言えば、貫禄のある舌打ちが返って来た。
 客が男前一人だからか、後ろからは小野もついてくる。
 男前の客は曰くありそうな白い手袋をした左手で、退屈そうにテーブルを鳴らしていた。
 その音は硬質で、さすがのエイジも一瞬引いた。
「いかがいたしましょう」
 しかし、さすがはオーナー橘。
 いつ何時も変わらぬ笑顔で一歩でる。
 トレーに乗っているケーキは5つ。
 男前はトレーを覗き込み、そうだなぁと呟くとエイジの方をちらりと見ながら、
「じゃ、コレ全部」
 軽い口調でそう言った。
 明らかに肩を落すエイジの姿はまるで死刑判決を受けた被告人のようだ。
 溜息をつきかけたエイジの耳に忍び笑いが聞えてくる。
 顔を上げると男前が笑っていた。
 サングラスをかけながら、
「やっぱり四つ、どれでもオススメのものお願いします」
 そう言った。
 橘はかしこまりましたと頭を下げてテイクアウトの準備に下がった。
 男前がエイジの目を捕えて口角を持ち上げた。
 そして次の瞬間にはそんなことなかったかのように、道を尋ねる。
 箱詰めされたケーキを受け取って、店を出る男前にエイジはいつも以上に威勢のいい『ありがとうございました』を投げかけたのだった。


「あのお客さん、いい人かもしんないっすね!」
 喜色満面で振り返ったエイジはたった一個残った自分の持ち帰り分を嬉しそうに見つめた。
「現金な奴だな」
「買ってくれるんならヤクザでもいいんじゃなかったんですか?」
「そりゃそうだけどな。どうせなら、全部買ってくれりゃあよかったのに」
 あーあ、と今度は橘の方が肩を落す。
「恋人に土産、かな?」
 肩を落すがすぐに持ち前のペースで推理をはじめる。
 あてにはならない推理だが、今回の客は好奇心をそそる人物であったのも事実だ。
「電話してただろう? 一見ポーカーフェイスな男が相好を崩すなんてのはよほど惚れてんだろうな」
「あの、若」
「なんだよ」
「電話の相手、男性のようでしたが」
「あん?」
「あ、そうだと思うよ」
「へ?」
 三人の視線が小野に向かう。
「なぁんとなくね」
 にこにこといつもの表情でさらりと言われて、そこに橘のインチキ推理よりも説得力があることに気が付く。
「で、たぶんその恋人は神田くんに似てるんじゃないかな」
「えっ、俺っスか?」
 自分を指して驚くエイジに、こくりと頷く。
 やはり説得力はある。
 鬼気迫ることのない表情で、橘のケーキ屋に関する様々な夢を撃ち破った伝説のパティシエですから。
「そーゆー目で見てたんだけどね。神田くんは気が付かないか」
「ひょっとして、それでテイクアウト、わざと全部って言っといて四つにしたのか?」
「そうじゃないかな? 神田君の反応見てたし」
 そう言われて、エイジは複雑な反応を示す。
 恋人に似ている、と女に思われるのならまだしも、野郎に思われては得にはならないし、嬉しくない。
 でも野郎の恋人に似ているおかげでお持ち返り分は手に入ったわけで。
「きっと、素直じゃないけど可愛い恋人なんだよ」
 こうして、見習パティシエのお持ち帰り分は確保され、洋菓子店アンティークは今日も閉店時間を迎えた。



「ただいまー」
 駐車場から見上げた自分の部屋の明かりが点いていたから、坂井は起きているのだろう。
 声をかけて上がると、ソファーでテレビを見ている坂井がおかえりと滅多に聞かない挨拶をしてくる。
 店の日は一緒に帰ってきたりするから、違う時間に帰ってきてこの挨拶を交わすのはどちらかが出張だったりするときだ。
 黒々とした髪、艶々した目は今は眠そうだ。
 やはりさっきの若いパティシエは坂井に似ていると思った。
「ホラ、土産」
 ケーキの箱を差し出せば、ぱっと眠気が吹き飛んだ顔をする。
 その表情が若いパティシエに似ていた。
「うわっ、なんか高そう」
「全部食うなよ。安見と菜摘さんの分もあるんだ」
「そんなに食えるかよ」
 憮然として見せたそばから、シュークリームを取り出して目を輝かせる。
「お前、食うの?」
「いや、俺食ってきた」
「へぇ? 珍しいな。甘いもん苦手なくせに。それに、お前がケーキ屋で食ってくるなんて似あわねぇ」
 あーん、と大きな口を開けてシュークリームを頬張る。
「道聞こうと思ったんだよ。面白い店だったから、寄ってみただけ」
 ふぅん、とさほど興味をひかれたような様子もなくもぐもぐと口を動かす。
「美味いか?」
「んー、今まで食ったシュークリームの中じゃ一番美味いかもしんない」
 聞きようによってはけっこうな賞賛のはずなのに、坂井が言うとそうでもなく聞える。
「他のよりあんまり甘くないかもな」
 食べやすい、と二口目で完食。
 腹、減ってたのか、と下村。
「それでもやっぱり甘いけどな」
 ついっと体を寄せて、坂井が舐め取ろうとしていた指先のクリームを下村が舐めた。
「何すんだよ!」
 当然のように蹴りをいただいた下村が思うのは、それは羞恥のせいでもらった一発なのか、自分のクリームを横取りされたせいからなのか。
 そんなことだった。
 ブラディ・ドールの閉店時間はとうに過ぎ、バーテンダーとフロアマネージャーの夜もここに訪れようとしていた。


2001/11/09
ふっと。ふっと思いついたんですよ。下村inアンティーク、坂井そっくりのエイジと出会う。面白いんじゃないかなと思って、ぱぁっと書き上げたんですが、それほど面白くもなかったですね(自爆)小野さんは下村に同じ匂いを感じるんじゃないかと直感的に思ったりして(笑)エイジが可愛すぎるかなぁーとか、心配です。普段書いてるBD以外のキャラを書くのはなんだか、不安と面白さ半々です。「西洋骨董洋菓子店」、BDファンの中じゃ有名ですよね???

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