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Eyes



「イテっ」
 軽く背を曲げようとした下村が、小さな声を漏らした。
「なんだ?」
 例え闇でもマッドでも、痛みを訴えられればその理由を聞かずにはいられないらしい桜内が、カレーライスを口に運ぶのを止めて尋ねてきた。
「いや、別に」
 応えた下村の歯切れの悪さに、
「背中の爪痕は男の勲章ってな」
 そっちの方面にはやたら聡い桜内は、しれっとして言ってみせた。
 下村が眉を寄せる。
「まぁ、そんなかわいいもんじゃないよな。野郎の力で爪たてられるんだから」
 桜内の追い討ちに、下村は降参だと手を上げる。
「消毒だけでもしてやろうか?」
「いつものことです」
 下村と天使の関係は、どうやら既にこの街の変人方には公認されているらしい。
 もっとも、自分で言い触らしたようなものだから気にもしないが。
 それで、天使が自分のものであると言う所有権が認められたのならかまわない。
「なぁ、下村」
「なんです?」
「ひょっとして、天使様は嫌がってんのか?」
 勝手につくったインスタントのコーヒーを口にしていた下村の動作が、一瞬ぴたりと止まった。
「………素直すぎたら可愛げがないでしょう。坂井だし」
「そりゃあ、毎晩ご苦労なこった」
「毎晩なんかさせちゃくれませんよ」
 コトに及ぶととなればなったで、大変だし。
 背中の爪痕も甘い疼きではあるのだが、なんと言うかもっとしおらしくてもいいのではないかと思う。
 最終的には、自分の腕のなかでしどけなく快楽に溺れる坂井は、なんとも言えずに愛しいのだが。
 セックスと言うよりは、格闘に近い夜の営み。
 なんとなく………どうにかならないものかと下村は思ってしまうのだ。
 我知らず嘆息が漏れていた。
「なかなか………大変そうだな」
 ニヤニヤと笑いながら桜内。
 そう言うあんたはどうなんだと尋ねても、軽くかわされてしまうのは必至。
「やっぱ、男相手だと勝手が違うんですよ」
「しかも、坂井ときた。そりゃ大変で当たり前だ」
「ドク………」
 楽しそうな桜内を睨み上げる。
「その目じゃないのか?」
 不意に、桜内の人差し指が下村の鼻先に突き出される。
「は?」
「目だよ。目。お前がそのどっか鼻持ちならない余裕綽々の眼で、圧し掛かってくるから坂井も喧嘩腰になるんじゃないのか?」
 それは、豊富な性生活からの助言だろうか。
「大切に大切に扱って、恋人見る眼で見てますけどね。俺は」
「ウソつけよ。愛しいだけじゃないだろう。お前らの間にあるのは」
 くっくと笑いを噛み殺して桜内が言う。
 その通りだが。
「ろくな会話にならねぇな」
 苦笑いながら下村が立ち上がる。
「目隠しでもしてやったらどうだ?」
「変態ドクターめ」
 にやにやと笑ったままの桜内に一瞥くれて、下村は診察室を後にしたのだった。

が、

「ざけんな!! こんの変態野郎!!!!」
 数時間後の深夜。
 下村のアパートからは、威勢のいい怒声が加減もせずに喚き散らされていた。
「ちくしょう!! てめぇ、後でぶっ殺してやるから覚悟してろよ!!」
 物騒なセリフを口にするのは勿論坂井で。
 言葉と共に、鉄拳に膝蹴りが飛んできそうなものだが、今日はそんな力業にでることさえできない状況。
「もう少し、可愛いセリフが吐けないものかね。この唇は」
 坂井の上に圧し掛かる下村は、口元に卑猥な笑みを浮かべて坂井の更なる罵声をさらっていった。
「……っけんなっ。何のつもりだよ!」
 顔を横に背けることで口付けを中断させて坂井は、下村をきつく睨み上げた。
 そのきつめの双眸に本気の怒りの色がチラホラと見えてはいるが、下村はそれを無視した。
 ここまできて、ただで済むとは思っていない。
 どうせ、ボコにされるならやることはやってしまわないと損である。
「下村、お前こんな趣味があったのか?」
 深い深い皺を眉間にざっくり刻んで、坂井が問う。
 問うた坂井の両手首は、一括りにされてベッドヘッドに固定されていた。
 風呂を交代して、テレビを見ながらぼんやりと見ていたらいつの間にか眠っていたらしい。
 それで、起きてみればこの様だ。
 上からなにやらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた下村が、見下ろしていたのだ。
「あるかもな」
 坂井の問いにさらりと答えて、下村は坂井のジーンズに手を掛けた。
「下村っ、解けよっ。手ぇ!」
 足をばたつかせて暴れだした坂井の足首を掴んだ下村が、坂井を覗き込む。
 怒りに燃えるその双眸に、面白そうな嗜虐の笑みを浮かべた自分を見る。
「俺がお前になんかしたかよ」
 ふっと、坂井の眼に不安が過ぎった。
 かわいすぎる。
「なんにも?」
「じゃあ、なんでこんなこと……」
「たまには、こう言うのも燃えないか?」
 その一言で、坂井の表情が一転した。
 さすがに心配したのだ。
 坂井も。
 普段、気を使わないで済む関係だから手を出すのも容赦がないし、随分我儘も言っている。
 それが下村には、どこかで嫌がられていたのではないかと心配してしまった。
 そんな自分が嫌になる。
「てめぇ、本当に後でぶっ殺すからな」
 一際低い声が出た。
 それには、下村も苦笑いを浮かべたようだった。
「いいよ。お前に天国見させてもらってからならな」
 けれど直ぐに気持ちを目の前の欲望に切り替えて下村が、圧し掛かってくる。
 遠慮なしにかけられる体重のせいで、身動きもできなくなる。
「重いっ」
「まぁ、待て」
 ごそりと下村が動いて、坂井に深く口付けた。
 坂井が知らず翻弄される隙を縫って、閉じられたままの坂井の視界を覆った。
「………オイ」
「んー?」
「何しやがった」
「目隠し」
 表情を計り知れることのできる、唯一の口元。
 その並びのいい歯が、ぎりりとくい縛られた。
「下村」
「んー?」
「お前がサドっ気あるのは前々から薄々と勘付いてたが、俺にはマゾっ気はねぇ」
 努めて冷静にそう言った坂井の視界を布地で覆った下村は、海辺の病院のマッドドクターよりもヤバイ笑みを湛えたが、幸いなるかな目隠しをされた坂井にはわからない。
「SMっつーのにはちょっと甘いんじゃないか? 拘束・目隠しなんかザラじゃねぇの?」
「お前の常識は通じねぇんだよっ」
「痛いのがお好みなら努力してやるぜ?」
「いらねぇ」
「優しいのが好きなんだよなぁ。坂井は」
 暗く閉ざされた坂井の聴覚を、下村の低い笑いが擽る。
 擽るのは声だけでなく、冷たい左手がさわりと脇腹を撫でていく。
 ほんの少しだけ、坂井の体が強張ってびくりと背中がしなった。
 過剰な反応。
 唇に浮かぶ感情の現われには、悔しいと大書してある。
「敏感になってるぜ?」
 今度は舌を使って肌を滑る。
 腕に残る桜内の手術痕がなんとなく癪に触って、そこを執拗に弄んでやる。
 拘束され、圧し掛かられてろくに動けない躰を捩って坂井が抵抗を見せる。
 けれどもそれは、体が反応している証拠。
 坂井の躰は下村のいつもと違った愛撫に悦んでいる。
 声を殺す様はいつ見ても煽情的で下村を煽るのだが、そんなことは坂井には教えてやらない。
 その頑固な唇が結局は、艶やかな喘ぎを零す。
「………っ」
 引き攣った呼吸が手に取るようにわかる。
「感度上がってるな。坂井」
 聴覚から犯すように嬲るのはいつものこと。
 文句を言おうとした坂井の口は、下村に先を読まれて塞がれた。
 器用だと自他ともに認める舌が、坂井の口内を好き勝手に動き回る。
 口の端から溢れそうになる唾液を、坂井が苦しげに嚥下する。
 視覚が遮られるとやはり、他の感覚が敏感になるのか。
 坂井の体は、いつになく素直に下村の施す愛撫に反応する。  
「や……めろっ」
 目隠しの下から覗いている唇が、妙に艶っぽい。
「そんなこと言っても、ソソルだけだぜ。坂井」


 食いしばった歯の間から、時折どうしようもなく甘い嬌声が零れ、下村の耳をうった。
 義手と生身の手とで坂井の感じるところを思う存分弄び、坂井の体が自ら下村を求め始めるのを待つ。
「……しもむらっ、もう……」
 吐息に混ぜて名前を呼ばれる。
「ん?」
 言いたいことなんかわかりきっているけれど、下村は知らぬふり。
 悔しそうに坂井の唇が、一度噛み締められる。
 痕がつくと、下村は器用な舌でその意地を解きほぐす。
「焦らすなっ」
 切れ切れの言葉が、中途半端な快楽に惑う。
「色っぽいなぁ、坂井」
「馬鹿なこと、言ってねぇで……さっさとしろ」
 どんなに視覚を塞ごうとも相手が坂井じゃ、期待したほどの反応は返ってこない。
 もう少し、しおらしい言葉を返して欲しかったものだが、まぁこの初々しい反応だけでも充分と言えば充分だ。
「じゃあ、さっさとするか」
 長くしなやかで、その分強烈な蹴りをお見舞いしてくれる坂井の脚を抱え上げる。
 右手の指を坂井の唇に這わせて、反応を見る。
 坂井は暫らく荒くなる息を整えてから、舌を伸ばしてきた。
「いやらしい口だな」
 笑うと、顔を背けようとする。
 ついでとばかりに、突っ込んだ指に歯をたてる。
「痛ぇって、坂井」
 大人しく引き抜くと、坂井の唾液に濡れた指を奥まで差し入れる。
 見つめていた喉元が怪しげに蠢いた。
 昼間の毅然とした坂井の姿勢とも、夜の老人めいた空気をまとっている無表情な坂井とも、今の坂井の姿とはギャップが激しすぎる。
 自分の腕の中の坂井の姿は、自分だけのもの。
「たまんねぇな」
「この……っエロ親父、ん……」
 過ぎる快感に必死で身を捩るが、頭上できつく拘束されているためままならない。
 どうにか逃れようと力任せに引っ張ると、ぎしりと音がする。
「あんまり、手ぇ引っ張るな。痕になる」
 抵抗する僅かな力を溶かすように、下村の指先が妙にゆっくりと出し入れされる。
 口付けの合間に声にならない声が、喉を震わせる。
 ……なんだか、物足りない。
 唇をゆっくりと下降させながら下村は、そんな勝手なことを思う。
 濡れ解れた坂井の中に、わざと焦らすように自身を押し入れる。
「くっ………はぁ……しもっ……むら」
 しなる背中を抱き締めて、深く体を繋げる。
 自分の中に侵入してきた存在に坂井が翻弄されている隙に、下村は坂井の後頭部に右手を回し目隠しをはらりと取り払った。
 露わになった坂井の双眸が、驚愕に揺れた。
「――――っ」
 かぁっと坂井の頬が赤くなる。
 いつもは悪態をつくことで隠そうとする羞恥心と、それとは裏腹の甘えとが合い混じった表情を晒している。
 が、瞬時にその表情は欠片もなくなり、一般人が見ればすくみ上がるようなきつい視線を投げてくる。
 けれど今は、どうしようもない甘さを含んで潤んでいる。
 下村の欲望を煽るだけだ。
「すっげぇ、色気」
 満足そうに笑う下村が、腰を揺する。
 坂井が罵声を吐き出そうと開いた唇に、喘ぎをのせた。
 挑発なんかするつもりはさらさらないのだろうが、下村は坂井の眼にいつだって煽られる。
 快楽に溺れながらも、忌々しげに下村を睨んでくる。
 そう言う坂井の矜持が好きだ。
 そこに、自分がもたらす快楽の色を濃く滲ませることも。
「んっ……、あっ、あぁっ……」
 その眼がきつく閉じられて、仰向く。
 その喉に食らいつくように口付けながら、下村の手が坂井の手首を結んでいた紐を解いた。 
 自由になった坂井の手が、迷うことなく下村の背中に回る。
 縋るようでも、引き寄せるようでもある仕草だ。
 汗で滑る手で、何度も下村の肩甲骨辺りを撫でていく。
 ぴりぴりと、治りきる間もない爪痕が痛んだ。
 坂井の手首を掴んで、顔の横に押し付けて再び拘束した。
「下村っ、右手が……痛い」
「あぁ、わりぃ」
 ブロンズに押さえつけられる右手から、下村は慌てて手を離す。
 自由になった坂井の右手は、自ら頭上のシーツを掴むことで下村の背中には回さないようにする。
 下村の一連の動作で気が付いたのだろう。
 自分のつけた爪痕のことに。
「坂井……」
「いいからっ、はや……くっ」
 これ以上、余計なことに気を回す余裕がない。
 焦れた坂井の腰が、誘うように揺れる。
 下村は坂井の体温を移した左手で、意外なほど細い腰を引き寄せて律動を再開させる。
 下村とのセックスにすっかり慣らされた坂井の体は、容易く蕩けていく。
 本当に最初に体を重ねた時は、下村は勢いはあるものの男同士は初めてで、「どうすりゃいいんだ」と坂井に尋ね、坂井を居た堪れない気分にさせたのだが、最近ではすっかり坂井の扱いに慣れたようだった。
 勿論、下村が坂井をいいように扱えるのはベッドの上でだけの話だが。
 最奥まで突き上げては、焦らすようにゆっくりと引き抜く。
 坂井が眉を寄せて、やがて歯を食いしばって声を殺す行為も放棄して、惜しげない嬌声をあげる。
 シーツを掴んだ手が、もどかしそうに開閉を繰り返す。
 坂井の左手を掴んだ右手の指は、いつの間にか坂井の指と絡み合っている。 
 わざとゆっくりと腰を使うと、坂井はたまならいと言うようにしどけなく首を横にふる。
 坂井の羞恥心を煽るような言葉を導き出してやろうかと思ったが、自分もそろそろ限界らしい。
 下村は坂井がきつく瞼を閉じているのをいいことに、決して品がいいとは言えない笑みをちらりと浮かべて自分の唇を一舐めした。
 今までの行為とは一変して激しく、坂井を攻めたてた。
 義手で坂井の左腕を辿る。
 坂井の手が、感覚のない下村の手に自分の手を重ねた。
 口付ける。
 坂井の悲鳴に似た快楽の声は、下村の口腔に飲み込まれた。
 抱き締めた坂井の体が幾度か痙攣し、白濁した欲望を吐き出した。
 締め付けてくる坂井に、下村もまた愛しくも一筋縄ではいかない恋人の中に自分の感情をぶつけた。


「明日になったら覚えてろよ」
 荒い呼吸が整ってきた頃に、坂井が下村に抱き締められたまま言った。
「余計なことばっかり考えやがって」
 悪態ついて下村の腕の中から逃れた。
 気だるい体を動かして、ベッドサイドの煙草に手を伸ばした。
 その手を攫って、下村が再び坂井に圧し掛かる。
 坂井も特に抵抗もせずに、下りてくる唇を受け入れた。
 どうせこの落とし前は、明日まとめて払ってやるつもりだ。
「なんかさ、目隠しとかしてたら自分のこと抱いてるのが俺じゃないかも、とかって不安にならねぇの?」
「お前、そーゆービデオとか本とか読みすぎだ」
「研究してるんじゃねぇか」
「んなことしなくていい」
 坂井の顔に呆れ果てた表情が浮かぶ。
 それを気にする男でもない。下
 村は問いを重ねる。
「不安にならねぇの?」
 坂井は黙る。
 けれど、下村を直視しない双眸には答えが存在している。
「言えよ」
 尊大な物言いに、坂井がむっとする。
「片手に義手して、俺を抱こうなんて考える大馬鹿野郎はお前一人で充分だ」
 怒鳴るように言われたセリフに、下村がにぃっこりと笑った。
 坂井はうんざりと眼を反らす。
「もう、寝るっ。お前、どっか他んとこ行けよっ」
「ヤダ。ホント、お前ってかわいいよなぁ」
「ざけんなっ。マジ、ムカツクっ」
 きつく自分を睨み上げてくる双眸に下村は、愛しさを募らせて抱き締める腕に力を込めた。
 情事の直後の体では、殴り飛ばそうにもままならず。
 坂井は今だけはと、抵抗をやめてその腕に収まった。
 髪に鼻先を埋められる。
 あっという間に下村は眠りについた。
 なんてしょうがない男だ。
 自分だって、本当のことを言うと下村と抱き合うのはキライじゃない。
 妙なマネをしなければのことだが。
「ホント、明日覚えとけよ」
 すやすやと、気持ちよさげに眠る下村の腕の中で身じろいで、安眠できるよう態勢を整えた坂井もまた、眠りについた。


翌日。
「イテっ」
「そりゃ、いてぇだろうよ」
 下村が漏らした言葉に、桜内が呆れた。
「ドク。もうちょっと優しく手当てってもんができないんですかって、痛いんですけどっ」
「凶器が匕首あたりだったら、そりゃあ丁寧に治療したがな」
「似たようなもんですよ」
 朝一番に桜内の元に駆けつけた下村の姿を見て、桜内はまた騒動かと一瞬危惧したのだが、
「ちくしょう。坂井のやつ、本気で手加減してねぇな」
 痴話喧嘩の末の来院だと知ると、桜内は寝起きを起こされた不機嫌さを露わにして、下村の傷の手当てにかかった。
「……なぁ、下村よ」
「なんですか」
「お前、まさかとは思うが……」
「……」
「したのか。坂井に。目隠しプレイ」
「……」
「お前さ……まさかとは思うが」
「……」
「本物の馬鹿だったのか」
 桜内宅では暫らく、下村の悲痛な呻き声と、桜内の心からの溜息とが繰り返された。


2001/01/13
1234hitのキリリクは忍様からのリクエストで「下坂のあまあまえろえろ」でした。
ちょっと頑張りました(笑)いきなり目隠しかい、みたいなぁー。
下村、エロ過ぎですね………「残照」で復讐したのですが、意味なし(爆)
甘さは多分、これ以上摂取したら生命に関わるのではないかというくらいに甘いと思うのですが、えろえろ部分は、かなり失敗です(T_T)でも、杉山のエロエロはこのくらいです。ハイ……(T▽T)

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