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Weak Point



「んー、ねむいー」
 駄々を捏ねるような物言いに、頬は緩むが腕の力は緩められず、下村は半身にかかる坂井の体重を支えなおした。
「坂井、しっかり歩いてくれ」
 辟易したように言って、下村は坂井を引き摺るようにして寝室にまで運んだ。
 どすんと乱暴に坂井をベッドに沈めた。
 重荷のなくなった肩をゴキゴキと言わせて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、まず自分が口をつけた。
 疲労がどっと押し寄せてくる。
 今日は安見の誕生日で、親馬鹿の極みの秋山がパーティーもとい宴会を開いてそれに出席させられたのだ。
 店も休みの日で、川中やら土崎やら遠山先生とゲストを大勢呼んでのお祝いの席。
 安見は嬉しそうにしていたが、明日は明日で学校もあるからと、途中でおやすみなさいと言って姿を消した。
 毎年のこの集まりの後半は、安見の誕生会と称した飲み会になるのだ。
 その席でまるで申し合わせたように、みんながみんな坂井に酒をすすめた。
 秋山邸ではカウンターもなく、坂井はバーテンとして働かさせられることもなく、普段の労を労うように次から次へとグラスを満たされた。
 それを断れないところが狙いだったのだろう。
 直に坂井は酔った。
 前回、大人達の罠にかかり、酔えば子供返りすることが発覚した坂井だ。
 下村のハラハラした視線を他所に、坂井はくたんとして川中にもたれかかりドク達にからかわれた。
 勿論、からかわれたのは坂井だけでなく、坂井の挙動にいちいち反応を示す下村自身もからかいの対象になった。
 心身共に疲労しきった。
 以前はこの子供返りした坂井の可愛さに理性をぶっ飛ばしてしまったのだが、今日は疲れた。
 酔いも少しのこっている。
 風呂に入らないと……そう思いながら下村は坂井の傍らに転がって眠りについてしまった。


 妙な夢を見た。
 大きな大きな豹のような猫に圧し掛かられて懐かれる夢だった。
 やたらと暖かいそれが自分に肌を擦り付けるのが心地良く感じていた。
 赤い舌がのぞいて首筋を舐められる、その猫のザラザラした舌の感触に目が覚めた。
「…………………………さ、かい?」
 夢で首筋をべろりと舐めた猫の舌はざらついていたが、今現実で下村の首筋に顔を埋めて舌をのぞかせている坂井のソレは熱くてふにふにとやわらかい。
「…………………………坂井?」
 横になった自分の体を跨いで坂井が圧し掛かっている。
 妙な夢はこのせいか。
 耳の下の柔らかな箇所を吸い上げられている。
 だから坂井の顔は見えない。
 ……まだ酔ってるのか。
 耳朶を甘く噛んで、坂井がそっと下村を見下ろしてきた。
 まだトロンとした焦点の危うい双眸が切なげに揺れて下村を見下ろす。
 熱い指先が下村の唇をなぞるように辿り、口付けてきた。
 アルコールの匂いがするのはお互い様か。
 坂井の方から積極的に深い口付けに持ち込んできた。
 さすがに疲労も飛ぶ。
 積極的な坂井などこれを逃したら二度とお目にかかれないかもしれない。
 坂井は何度も角度をかえて、深く深くとキスをする。
 求めるのではないその仕草がどこか拙く、下村を煽る。
「……ふ……あ」
 息苦しさに坂井が唇を離した。
 荒い呼吸の坂井を宥めるように頬を撫でる。
「積極的だな」
「……ん……だって……」
 舌ったらずの声が恥じらいを含んで囁いた。
「……したい」
 坂井、それは反則。
 焦れたように下村が坂井の後頭部を包んで自分の方へと引き寄せる。
 今度のリードは下村がとった。
 それに抗議するように坂井が下村の胸をドンっと叩く。
「……どうした?」
「俺がする」
 怒ったようにそう言われて、下村は驚きに動作を停止させられる。
 まぁ、酔いの勢いもあるし……。
 思い直して、引き寄せていた手で頬を包む。
 キスの続きをしてくれるのかと思ったら、今度は不器用な手付きで下村のシャツのボタンを外し始めた。
「俺も坂井の外していい?」
 一応、お断りをしてから手を伸ばす。
 いつもは見下ろす坂井の顔を見上げているのが妙な感じだった。
 しかし願ってもないチャンス。
 肌蹴た下村の胸板に坂井が顔を埋めた。
 いつも下村がするのを真似るように、鎖骨や突起に舌を這わす。
 くすぐったい。
「さかいっ、くすぐってぇよ」
 クククと笑いながら身を捩ると動くなと叱られた。
「だって、お前な」
 クックと喉が震える。
 それが不満だったのか坂井が鎖骨を噛んだ。
「いてぇっ」
 痛かったりくすぐったかったり。
 機嫌を損ねないように笑いを殺そうとするが、直に触れ合う肌から下村が笑いを喉の奥で殺しているのが坂井には伝わる。
 ムキになったように坂井は下村の体を弄りはじめた。
 くすぐったさと嬉しさで、それでも下村の笑いは止まらない。
 このまま、この巨大な猫に食い尽くされてもいいかもしれないと思う。
 下村の愛撫に坂井がくすぐったそうな様子を見せたことはない。
 感じているという反応を見せる。
 やがて、坂井の手が下村のスラックスにかかった。
 もどかしそうに剥ぎ取られる。
「お前も脱げよ」
 言うと、素直にこくりと頷いてジーンズを脱ぐ。
 さぁ、どうするのかと様子を見ていると、坂井は腰のあたりの愛撫をはじめた。
 下村の弱点でも探っているのかもしれない。
 本当に猫みたい。
「坂井ー、くすぐったいって」
「動くなっ」
 むっと眉を顰めている姿はかわいすぎる。
「くすぐったいんだよ。こーゆーのは、こうするんだ」
 ぐいっと腕を引いて体を反転させた。
 抗議の声を坂井が発する前に塞いだ。
 こっちの方がやはりしっくりくる。
 が、
「しもむらっ、俺がすんのっ」
 顔を引き剥がすようにしてキスを中断させた坂井が、言う。
 なにやら今日のお子様坂井は自分が下村に愛撫すると言うことに執着しているらしい。
「……だって、くすぐったいんだよ」
「くすぐったくないようにするからっ」
 …………坂井、悩殺する気か。
「よぉし、じゃあやってみろよ」
 体が再び反転した。


 忍び笑いが絶えない。
 そのうち坂井もクスクスと笑い出して、愛撫と言うよりはほとんどじゃれあいになった。
 探り合うように互いの肌に触れ合って、キスをして。
 下村が我慢できずに笑い声をたてると坂井が怒って、キスをする。
 相変わらず坂井は下村の上にいて、弱点探しに勤しむ。
 そろそろ酔いも薄れる頃だが、どこか幼いような雰囲気は払拭できない。
 明日、眼が覚めて自分がしたことを知ったらどんなに驚くだろう。
 下村がそんな冷静なことを考えていると、不意にくすぐったさとは違う感覚が背筋を駆け上がった。
「みぃっけ」
 嬉しそうに坂井が顔を綻ばせた。
 坂井のしなやかな手にとられているのは下村の左手だった。
 先端は青銅。
 硬質で無機質なブロンズの手。
 その腕の肘から義手の付根……つまりは下村の切断された腕の先までを、坂井の柔らかで熱い舌が辿る。
 くすぐったいのとは違う。
 奇妙な感覚。
 坂井がもう一度、ゆっくりと下村の反応をうかがいながら舌を這わす。
 痺れるような感触が同時に生まれる。
 息が上がる。
「……坂井……」
「イイ?」
 いつもとは反対の問い掛けに、下村が笑った。
「イイよ。すごく」
 満足そうな坂井の笑み。
 引き寄せて口付けた。
 お返しにとばかりに圧し掛かられたままの体勢で腕を伸ばして、坂井の弱い腰や背中を辿った。
 些細な愛撫に坂井の体がしなる。
「イイ?」
 聞くと、ただ頷いた。
 ちらりとその双眸を覗き込めば、どこかはっきりと輝く光が見える。
 素直じゃねぇなと胸中で思いながら、今度こそ体を入れ替えた。
 今度は坂井は文句も言わずに、腕を伸ばして下村を求める。
 母親の手を求める子供のような坂井の額にかかる前髪をかきあげた。
 吐き出した坂井の吐息が熱い。
 じゃれ合いはいつしか終わり、本気で相手を求め合う。
 夜は何時の間にか明けようとしていた。



「……ん?」
 下村は腕の中にいるべきものがいない物足りなさに目を覚ました。
 ぱたぱたとシーツを探るが目的のものはいない。
「……っ」
 のろのろと頭をあげて、周囲を見渡す。
 時計に目をやれば10時をさしている。
 差し込んでくる陽射しは明るい。
 ペタペタと素足の足音がして、寝室の入り口に視線を投げると頭からタオルを被った坂井が入ってきた。
「坂井、二日酔いは?」
 あんな子供返りを見せた翌日はひどい二日酔いで獣のような唸りを発しているのに。
「昨日は飲む前に薬とか飲んだから大丈夫」
 学習能力がついたらしい。
 それでも気だるそうにミネラルウォーターのボトルを傾ける。
 そのまま下村の転がっているベッドに腰かける。
 ジーンズ一枚のかっこうの坂井の背中のラインが目の前に見える。
 綺麗なラインが見える。
 悪戯心を起こしてつっとそのラインを辿ってみる。
 ぐほっと妙な音がして、坂井が口元を拭いながら振り向いた。
 水を丁度口に含んでいたのだろう。
「何やってんだよ!」
 途端に飛んでくる怒号を窘めて、昨日の痴態を思い出す。
 坂井は酔って子供返りしている間のことは覚えていないらしいから、きっと今下村がにやにやしながら昨日のことでからかっても理解ができないだろう。
 積極的な坂井なんてのはそう見られるものじゃない。
 昨夜の出来事は大切に記憶に留めておこうと下村は思う。
「背中、弱いよな。坂井」
 笑いながら坂井の細腰に抱きついた。
「うわっ、なんだよっ!! 離せ、離れろ変態っ!!!」
 じたばたと暴れまくる坂井をベッドの中に引きずり込む。
「しーもーむらぁっ!! てっめぇ、いいかげんにしろ馬鹿野郎!!」
 シーツが翻る。
 そのシーツに拳を絡みとられて坂井は抵抗できない。
「キスマークみっけ」
「誰がつけたんだよ!!」
 叫んだ坂井が、下村をやっとのことで押し倒す。
 昨日とは大きく状況は違うが、こうして見上げる坂井の顔もいいもんだなと不埒なことを思ってしまう。
 不意に坂井がにやりと笑ったかと思うと、下村の左手をとって唇を滑らせた。
 羽根のような感触に下村が黙った。
 ちらっと顔を上げた坂井が、どうだとばかりに笑っている。
「……この野郎」
 ちょっといろいろと考えることもあったが、この状況はおいしいし。
 まぁ、いっか。
 押し倒されたままキスを強請れば、ゆっくりと天使の口付けが降りてきた。

 


2001/04/03
誰ですか、この人たち。襲い受け坂井のリクエストなのですが……どうもうちの下村はおいしいとこかっさらいの役ばっかですね。羨ましいったら……(笑)

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