「まったく、どいつもこいつも医者を何だと思ってやがる」
わだかまりを忌々しげに吐き出した。
血で汚れた手袋を外してゴミ箱に投げ捨て、手を洗う。
「医者だなんて思っちゃいませんよ。宇野さんも社長も。ドクを友達だと思ってる」
壁に凭れている坂井が、煙草を銜えたまま低く笑った。
「光栄だとでも思えばいいのか? 医者の友達の前で平気で死んでいく連中ばかりだ」
珍しく、気持ちが苛立っている。
救えなかった男達は、みんな自分から死んでいった。
自分が差し伸べようとする手を、苦笑いながら跳ね除けて。
「ドクのせいじゃない」
ぼそりと、坂井が言った。
「あんたのせいじゃない」
もう一度、俺の方は見ないまま。
抑揚のない声に、疲労が滲んでいる。
虚空に投げ掛けられた視線は、虚ろと言うよりは静か過ぎるようで、短い間しか関わりのなかった昔のフロアマネージャーを思わせた。
「坂井」
呼べば、ゆっくりと首を巡らせて俺の姿を認める。
川中や宇野が抱える暗さを、この青年も背負うようになってしまったのか。
あの笑顔はもう見えないのかと、居た堪れない思いを抱く。
彼の周りに存在した、歳が近く喧嘩でもなんでもし合えた相方と交わしていた、歳相応の表情はもう微塵もない。
もう、あんな顔をすることは二度とないのかと思うと、やりきれない。
「お前のせいでもないだろう?」
唇が笑みを模ろうとしたのか、動き曖昧な表情になって消えた。
「………天使………」
「?」
「あの時は、帰って来たのにな」
独白のような言葉の意味を解す。
その横顔をじっと見つめた。
坂井を天使と間違えたと、気障な男は言った。
「俺は、憎んでたのかもしれない。あいつが生きてる時は、一緒にいるのが心地良くて安心して、ひょっとしたら、俺もそこにあるのは恋愛感情なのかと勘違い
しそうになってた。でも、気付きましたよ。俺達の間にあったのは憎しみに近いモノだって」
失ってから。
そんな言葉が続きそうだったが、坂井はあえて口を閉ざした。
過去と各々の胸内にしか存在しなくなった野郎への感情をどうしていいのかわかわずに、憎しみなんて言う言葉にすり変えて、自分を納得さようとする坂井の姿
は痛々しい。
「否定しなくても、いいんじゃないか? お前が、あの気障で鼻持ちならない野郎と笑っていられた時間は、否定しなくてもいいんだ」
「………慰めてるんですか?」
苦く笑って見せた。
自覚症状はあるらしい。
「俺に精神科医が勤まると思うのか?」
今度は声をあげて笑った。
けれど、途中でその声は途切れて俯いてしまう。
心の傷は俺には縫えない。
坂井もそれは診察させはしないだろう。
いつも傷口をぱっくり開けて、血を滴らせ化膿させ、決して癒えないようにその傷を自分でいじくり回していればいい。
きっと、その方が楽だ。
ただ、どうか天使が、その傷ついたままの羽を広げようなんてことを思わないように。
「坂井」
天使が顔を上げる。
「川中の面倒、見てやれよ」
お前を繋ぎとめるのには、そんな言葉しかないような気がして。
「俺ももうごめんだ。誰かが、死んでいくのなんてな」
こんな言葉しかないような気がして。
「………わかってますよ」
それでも、その心を救うことは出来ない。
静かに静かに沈み、研ぎ澄まされていく坂井の瞳の奥の光。
もう、子供のように輝くことはないのか。
「わかってます」
瞑目したその横顔が、
「行きます」
幼いななどと思うことは、もうないのだろう。
「また、来ます」
踵を返すその背中に、深く癒えることのない傷を刻み込んで、傷だらけの天使は姿を消した。
「………何が医者だよ」
独白はただ苦く、聞く者もいない。
もう二度と、そんな約束も決意もない。
けれど、暫らくは。
あの天使の、開きっぱなしの傷口から滴る血が凝り固まるまでは。
街よどうか静かに眠れ。
2001/01/16
たまには、シリアスタッチでいこうと。ドク、好きなんですよ。あの好色男(好きなんですよ。ホントに)なところとかが。「ゾクゾクする」発言とか「セックスが過剰で、充分に眠る時間が必要なんだ」(残照)とか、最高vv下坂と絡ませやすさ最高潮(自爆)