「あっぶねぇなぁー」
「馬鹿、こっちむけんなよ!」
「置いてやるヤツまだある?」
防波堤沿いにはずらりとバイクが並び、砂浜からは賑やかな声が聞えてくる。
生気に満ちた声と、海辺に咲く色取り取りに流れて消える炎が浜辺を賑わせていた。
「打ち上げやっていいッスか?」
「おー、やれやれー」
「ビール瓶―」
「馬鹿、手で持ってやるから面白れぇんだよ」
「いっきまーす!」
高校を卒業したばかりの少年が、手にした花火を頭上に向ける。
「いーちっ」
ポーンと間抜けな音をたてて、筒状の花火から打ち出された橙色の火種が弧を描き夜空へ吸い込まれて行く。
「にーい、さーん、しーぃ、ごぉーお……」
打ち出される度に、カウントする声が重なる。
普段は世の中を斜めに見て、慣れない者に声をかけられればすぐに吠え立てるような連中が花火に夢中になっている様子は見ていて微笑ましい。
「ろぉおおお……くぅ!しぃち……」
猛暑が続くこの頃、若い連中が意味なく殺気だっているのを感じた。
喧嘩が増えて、仲間内でも険悪な空気が立ち込めていた。
まだ精神的にも未熟で、大人になりきれていない連中だ。
坂井が大人しくしろと一喝すれば大人しくはなるだろうが、それではますますストレスを溜め込ませてしまうのではないかと考えて、砂浜に集合しろとだけ告げた。
今日も熱帯夜。
暑さにげっそりした連中の前に、大量の花火をぶちまけた。
遊ぼうぜと笑ってやったら、最初は乗り気ではない様子だったのが、今では最高潮の盛り上がりを見せている。
半分も消化しないところで坂井はばててしまって、砂浜に転がった。
「ねずみ花火じゃーん。懐かしいなぁー」
「知ってるか、これ水の上走るんだぜ!」
「マジでっ? やろやろ」
ゲラゲラと馬鹿笑い。
内容は本当に他愛がなくて、小学生レベルの会話だ。
笑いは絶えない。
砂にまみれながら浜辺を駆け回り、花火の炎を散らしていく青年達。
青春だなぁ、と坂井はらしくもなく思う。
煙と花火の火薬の匂いが、潮の匂いに混じって漂う。
生き物の、生きている匂いがする。
少年達が無邪気な顔を見せるときに、坂井はその匂いを感じるのだ。
彼らは無意識だろうけど、強烈に感じさせる、生きている者の印象。
くだらない悩みを持ち込んで、考えなしの喧嘩で問題を起こす。
そういう時期が、自分にもあったよなと思うのだ。
自分が彼らの年の頃は、彼らほど生き生きしてなどいなかったのにと。
仲間がいるといないとでは、大きく違うのかもしれない。
自分にはこんな風に、夏の浜辺で花火をして無邪気に走り回れるような仲間はいなかった。
「坂井さん」
感慨に耽っていた坂井に声をかけたのは、彼らの中でも年長にあたるカズだった。
リーダー格でもある青年で、若い連中もカズの言うことにはだいたい従うくらいの貫禄はある。
「コーラ、飲みます?」
そんなカズが悪戯小僧のような顔をして、赤いコーラの缶を差し出してきた。
「ビールじゃなくて?」
「若々しくていいじゃないですか」
受け取った缶はひんやりとしていて、プルトップを空けるとプシュっという音とともに、ビールとは違い甘い匂いがした。
笑いが込み上げてきて、坂井は咽の奥で笑った。
「若いなぁって、そんな顔してますよ?」
「いや、若いだろー。自分で仕掛けといてなんだけど、自分の年を感じるな」
口唇をつけた缶から流れ込む炭酸が、口内から咽を刺激して降りて行く。
懐かしい味に思わず笑いが零れる。
「そりゃまだ十代とかいますからね。ちゃんと高校生してる奴も何人かいるんだから、年の差感じてあたりまえっス」
そういうカズもまだまだ若い。
弾けるような笑顔を向けて、少年達は次々に花火に火を灯していく。
楽しさを感じるはずなのに、何故か坂井は息が詰まるような切なさを胸の奥に感じて目を細めた。
少年達が日頃発している生き物の匂いを、たまにしか感じさせてくれない奴がいた。
考えてみたら、あれほど『死』というものが似合う男もいなかったのかもしれない。
少年達が下村をどこかで遠ざけていたのは、あの死の匂いを嗅ぎ取ったからかもしれない。
本当のところは、坂井を巡る因縁からなのだが、坂井は未だにぴんとこないでいる。
「坂井さん」
「あぁ?」
「坂井さんが、川中社長のことを大切に思われてるの、知ってます」
「カズ?」
「だけど、坂井さんは……。俺達が坂井さんのこと、大切に思ってるの知ってますか?」
「……」
「坂井さんが川中社長のこと思ってるのと、同じくらいだって言う自信、みんな持ってますよ」
見つめるカズの横顔は微苦笑を浮かべて、気恥ずかしいのか浜の砂を弄んでいる。
なんだ。
坂井は思う。
連中の世話をするつもりで呼んだのに、自分の方が諭されている。
坂井は手の平で顔を覆った。
自分も、彼らと同じように生きている匂いがするだろうか。
「……あ、の。坂井さん?」
心配そうなカズの声。
顔を上げた坂井はにっと口の端を吊り上げた。
ごろりと転がったかと思うと、腹筋をつかって一気に立ち上がる。
「坂井さん?」
不思議そうに見上げるカズに無言で手を差し出すと、カズははてなマークを飛ばしながらもその手をおそるおそるとってみた。
しっかりと握られたかと思うと、力強く引っ張られて立ちあがらされる。
さらにそのまま海の方へと坂井が走り出し、カズもつられて足をふらつかせながら続く。
「うっわっ。坂井さん! ちょっと、待ったぁ!」
カズのそんな叫びも無視して、ずかずかと海へと向かう。
ばしゃりと坂井の靴が波に濡れた。
花火に興じていた連中も何が始まるのかと注目する中、坂井は腕力に物を言わせてカズだけを海面に放り出した。
「わー!」
叫び声を上げながら、カズは頭から海中へと突っ込んでいった。
ばしゃーんとなかなか派出な水しぶきが上がった。
「その年からそんな老成してたら、可愛くねぇぞ、カズ」
ケラケラと坂井にしては無防備に、そして幼い笑い声をあげる。
海面に顔を出したカズは、呆気にとられた顔をだんだんと『やられた』という悔しそうなものにしていく。
可愛いのは坂井さんだけで充分です。
そんな心の声が聞えてきそうな砂浜。
それでも普段、割とクールで通っているカズの姿にくっくっくと忍び笑いが広がり始めた。
「あー、ちっくしょう!」
ざばーと水音をたてて立ち上がったカズは、笑いを含んだ大声をあげると、手近にいる連中に向かって水を蹴り上げた。
勿論、それは正面にいた坂井にもかかっているが、もうこの際気にしない。
「うわー、カズさんが切れたー!」
「壊れたー!」
「お前らみんな、道連れじゃー!」
ひゃひゃひゃひゃひゃと、深夜の砂浜に近所迷惑な馬鹿笑い。
いつ間にか、坂井も背後からの勇気あるタックルに海中に沈み、水浸しになった。
潮の匂いだけじゃない。
『生』の匂い漂う自分を、下村はたぶん、求めていた。
そして、『死』の匂い漂う下村を、坂井もたぶん、求めていた。
それは、とてもとても幸福なことだった。
少年達の記憶に残るだろう、この夏の浜辺の花火大会と同じように、坂井の記憶にずっとずっと残る、真実。
2002/09/30
なんか青春っていうのを書きたかったんですよね。舎弟が主役になってます(笑)しかも微妙に季節がずれてるし。BDパロにあるまじき爽やかを目指してしまいました。スミマセン。久々に書くとHD色が出てこないよ……。