二周年記念SS
Happiness on the Weddingcake



それは、見事な晴天の休日だった。

「あれ、安見じゃねぇか?」
 乏しくなった冷蔵庫の中身を補充しようと、坂井と下村は買い物に出かけていた。
 そこで、坂井が歩道を歩く顔見知りの少女を発見した。
「どこに?」
 下村はやや目を細めて、人ごみを凝視する。
「あそこ。赤い服着てる」
 言われて、やっと見つけられた。
 赤いシャツを来た少女。
 両手に荷物を抱えている。
「何やってんだ?」
 重そうな荷物を見かねた坂井が、安見の方へ向かっていく。
 お兄ちゃんらしいその行動に笑いながらも、下村も後をのんびりと追う。
「安見」
 坂井が声をかける。
 安見が、ちょっと驚いた顔をして前を向いた。
「坂井さん。下村さんも」
 普段、会うとすればレナかキーラーゴ。
 街中で会うことは珍しい。
「一人か?」
 近くに秋山の姿もなく、下村が尋ねると安見はちょっと困ったような顔で俯いてから、ぱっと笑顔を向けてきた。
「ね、坂井さん、下村さん。今、暇ですか?」
 きたきたと、二人は顔を合わせる。
「まぁ、暇だけどな。何、企んでるんだ?」
「企んでるって人聞きが悪い」
 むっと、見上げられた下村が肩を竦めた。
「今日、パパとママの結婚記念日なんです」
 不貞腐れたように告白した安見の言葉に、坂井はそう言えばと記憶を辿る。
 秋山夫妻は結婚式らしい式は挙げていないが、確か入籍する時に社長がブラディ・ドールに二人を呼んで酒を奢っていた。
 はにかむ秋山と菜摘の顔を思い出す。
「で、何を企画してるんだ?」
 言葉を変えて尋ねれば、安見は重そうに提げている買い物袋二つを持ち上げた。
「ウェディングケーキを作ろうと思って」
 袋の中には小麦粉やら生クリームやら果物やら。
 確かに、ケーキ作りの材料でひしめき合っている。
 坂井と下村の手が同時に伸びて、その袋を掴んだ。
「そりゃ、えらく大変そうだな」
「そうなの。だからね」
 この後の会話の行方をわかった上で、下村は話をすすめてやる。
「だから?」
「手伝ってくれません?」
 おねだりの眼で見上げられた兄貴分二人は、ちらりと目を見合わせた。
 それから、互いに肩を竦めあう。
「そんな目で見るんじゃねぇよ。fraulein」
 下村が見事な発音でそう言って笑った。


 秋山邸までスカイラインを走らせた坂井が、
ワンッ!! 
 車を降りるなり聞えた鳴き声に反応した。
「ケイ!」
 黄金色の毛並みをなびかせて、玄関口からゴールデンレトリバーがじゃれて来た。
 短い期間の同居があったせいか、ケイは坂井にやたらと懐いている。
 ケイが秋山邸に引き取られてからも、安見がケイをレナに連れてきている時には、誘われるままに散歩を付き合った。
「おー、久しぶりだなー」
 飛びついてきた犬に嬉しげに声をかける様は、同名の同僚を大いに妬かせる。
 下村には見向きもしない犬は、何故か秋山にもあまり懐いていないらしい。
 ブラディ・ドールで、ケイは下村そっくりだとぼやいていたことがある。
「でかくなるもんだな」
 坂井の足に頭を擦り付けるケイを見下ろし、下村が感慨もなく言う。
「下村さん、パパそっくりよ?」
「どこが?」
「私がケイと遊んでると、パパがそんな顔してるわ」
 坂井が声を上げて笑い出す。
 下村は面白くなさそうな仏頂面を引っ提げて荷物を手にした。
 そんな三人の後を、ゴールデンレトリバーはとてとてと追った。


 秋山邸のなかなか広い使い勝手のいい台所に、山のような材料が積まれていく。
 エプロンを締めた安見はやる気満々。
「こんなの、何処で手に入れたんだよ」
 サイズの違うケーキ型が三つ。
「友達の家がケーキ屋さんなの。そこで借りてきたのよ」
 レシピを睨みながら安見。
「昔、一人でスポンジケーキ焼いたんだけど、上手くふくらまなかったの。その友達のお母さんに聞いたら、卵の泡立て方が足りなかったんだって」
 随分気合の入っている安見の姿を眺めていた二人に、小麦粉と計り、卵とボールが渡された。
「下村さんは小麦粉を計って。坂井さんは、卵の泡立て」
 にっこり笑って、安見嬢のご命令がくだる。
「かしこまりました」
 半ば自棄になって二人の従者は作業にかかった。

 それから数分後。
 カシャカシャカシャカシャカシャ………………
 台所にひっきりなしで、泡だて器がボールに当たる音が響き続けていた。
「………なぁ、安見」
 カシャカシャカシャカシャカシャ………………
 その音を奏で続けている坂井が、辟易したように安見を呼ぶ。
 安見はダイニングの広いテーブルで、果物をカットしている。
「なぁに? 坂井さん」
「コレさ、電動の泡だて器とかでやるワケにはいかねぇのかよ」
 カシャカシャカシャカシャカシャ………………
「それでもいいんだけど、やっぱり手でやった方が美味しくできるし、愛情が」
「俺の愛情でいいのかよ」
 カシャカシャカシャカシャカシャ………………
 手首のスナップを利かせながら延々と泡立て続けているが、なかなかレシピの写真のようにとろりとしたクリーム状にはならない。
「頑張ってね。坂井さん。その作業してもらうために呼んだんだから」
「安見、計り終わったぞ」
 テーブルの上にきっちり分けられた小麦粉の山を作った下村が報告すると、坂井はすかさずボールを差し出す。
「手伝え。下村」
 一拍置いて、肩を竦めた下村は仕方なさそうに泡立て器を右手に持った。
「ボール、支えてろ。俺の義手じゃ安定しないから」
 カシャカシャカシャカシャカシャ………………
 再び、泡立て器が音を立て始める。
「コレ、三つ分?」
「そ。三つ分」
「安見」
「なぁに?」
「高岸、徴集しろ」

 と、言うわけで数十分後。
「お邪魔します」
 やけに緊張した面持ちで、でかい背を屈めた高岸がやってきた。
「おう、待ってたぞ」
 高岸が見たのは、可愛らしいエプロンを締めた安見と、どこかうんざりした、しかしそれほど嫌がってはいない顔の下村と坂井の姿だった。
「ごめんなさい。高岸くん。時間がなくて」
「あ、いえ。どうせ暇ですから」
 愛想のいい高岸に、坂井がほらとボールを差し出す。
「泡立てろ」
「……はい」
 来て早々これかと思いながら、早速手を動かす。
 解放された坂井は腕をぐるりと回す。
 作業場と化したダイニングのテーブルの上には、上手く焼きあがったスポンジケーキが半分クリームに埋もれている。
「上手ですね」
 手は動かしたままで言えば、
「坂井さんと下村さんのおかげなの」
 と、安見が答える。
 その表情がとても嬉しそうで、なんだか温かい気持ちがふわりと浮かんでくる。
 甘い匂いを邪魔したくないのか、下村も坂井も手持ち無沙汰でも煙草を銜えようとはしていない。
 差し込んでくる陽射しが、とてもこの風景を微笑ましいものにしていく。
 あぁ、こういうのも悪くないなと、しみじみと思った。
 多分、その思いは坂井も下村も同じなのだろう。
 一人の少女の、無邪気なお願いを叶えるための休日。
「わ、高岸くん、もうできてる。ありがとう。ご苦労様」
 高岸が抱え込んでいたボールを覗き込んだ安見が、感嘆の声を上げる。
「あ、もういいんですか?」
 さすが、元ラグビー部エース。
 タフだ。
「うん、ありがとう」
 ボールを受け取った安見がカウンターの向こうに踵を返せば、ふわりと甘いバニラの匂いが残った。


 最後の一個も、高岸の健闘によって意外な速さで出来上がった。
「すごーい。こんなに上手くできるとは思わなかったわ」
 三つ縦に並んだスポンジケーキは、ふんだんに甘い匂いを放っている。
「上出来じゃないか。これで綺麗にクリームとか塗ったら本当にウェディングケーキだな」
「秋山さん、泣いて喜ぶぞ」
 積み重なったケーキを見ながら、皮肉屋の下村の顔にも素直な喜びの色が浮かぶ。
 後は、安見のデコレーションだ。
「ね、坂井さんも下村さんも、高岸くんも、用事がなければでいいんだけどパパとママが帰ってくるまで一緒にいてくれない?」
 一仕事の後のコーヒーを安見がいれてくれる。
 それを飲んでいた三人に安見がそんなお願いをする。
「今日は店もないから、いいけど。なんでだ?」
 親子水入らずのほうがいいのではないかと思うのだが。
「だって、お世話になったし。それに、頑張りすぎちゃったからコレ、家だけじゃ食べきれないから、お裾分け。あ、川中のおじ様や宇野のおじ様にもね」
 川中はともかく、宇野が喜ぶかどうかは不明なところだ。
 ただ、安見が一生懸命作ったのだと言えば、渋面のまま口にはするだろうが。
「もうすぐ土崎さんも来るの。そうしたら、みんなでお祝いできるし……幸せのお裾分けもできるじゃない」
 かわいらしい発想に、思わず口元が綻ぶ。
 秋山の感激に噎せるような顔も一度拝んでみたいのは確かだ。
 もっと見てみたいのは宇野の渋面だが。
「いいぜ。幸せ者のパパさんをからかってやろうぜ」
「ありがとう」
 どうせ、安見のお願いを聞かずにはいられないのだ。


 久しぶりに味わった家族の温かさだとかが胸の底をくすぐるまま、坂井と下村と高岸は帰途についた。
 お土産にと持たされたケーキが甘い香りを放っている。
 普段なら辟易するような甘さも、少女の手作りならいつまでも残ってもいいと思うものになる。
 菜摘は顔を真っ赤にして、秋山は驚きと嬉しさで顔を綻ばせていた。
 安見は誇らしげで、土崎はそれを数歩下がったままにこにこと幸せそうに眺めていた。
 久しく感じたことのなかった空気だった。
 先に高岸を降ろして、川中の部屋へ車を走らせた。
「甘いな」
「車?」
「そう。多分、俺らも」
 くすくすと下村が助手席で笑いだす。
 確かに甘いが、窓を開けようとも煙草を吸おうとも思わない。
「なぁ、下村」
 広い駐車場にスカイラインを滑り込ませると、坂井がハンドルを抱えるように上体を倒して下村を覗き込んできた。
 言いたがっているその言葉を察した下村は、それでも意地悪く唇を歪めたままで、坂井の催促を待つ。
「キスしたくねぇ?」
「したい」
 下村が、そっと坂井の髪に鼻先を埋めてきた。
「甘い」
「お前も甘い」
 似合わないなと、二人同時に笑い出す。
 笑みを浮かべたままの唇がふわりと触れて、嗅覚だけでなく味覚にも甘さは染みてくる。
 たまにはこんな怖いくらいの幸せを、突っぱねずに受け入れてみるのも悪くはない。
「社長に幸せのお裾分けしに行こうぜ」


2002/12/02
誰や(笑)
えー、あまりのゲロ甘に加え別人化により、掲載を控えていた問題作です(笑)二周年SSとして、掘り出してみました。二周年を迎えることができた私の気持ちを表すSSとして(キショイよ)本当は高岸と安見の仄かな恋心をベースにした、暗い下坂だったのです。でもたまには(?)からっからに乾いた砂漠を皆さんのパソの前に作ってもらうのもいいかなと思いまして。どうぞ、これを読んだ後はしっかりと水分を補給してください(笑)

「FILMS」が二周年を迎えることができたのは、皆さんのおかげです。
更新ペースは開設当初に比べてウマと亀くらいに違うので、本当に申し訳ありません。その分息の長いサイトとして頑張っていこうと思いますので、これからもどうぞよろしくおねがいいたします。皆様に、最大限の感謝を込めて!

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