一度だけ、黒いスカイラインGTSとバトルをしたことがあった。
追いかけてくる、黒い車影が愛しかった。
ポルシェのハンドルをきりながら感じたのは、安堵感と満足感だった。
あの男といて、そんな感情が満たされたことなどなかったのに。
どんなに近くに居ても、漠然とした不安を抱かされたのに。
追いかけてくるスカイラインの影は………………
「無茶な運転をするのは、坂井だけじゃなかったようですね」
レナの船上にいつの間にか上がり込んでいた影が、開口一番そう言った。
キャビンに潜っていた川中がひょこりと頭を出して、少年の顔で笑う。
「初めてだな」
「何がですか」
「お前から、俺に仕掛けてきたの」
にやっと笑われて、藤木は困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「たまには構わないと、つまらない男だと言われますから」
「まるで、子供扱いだな」
自分のことを言われているのだと自覚があるのか。
川中は声を上げて笑った。
12月下旬の高い高い青の薄い空は、この男によく似合うと藤木は思った。
真夏の入道雲立ち込める空も悪くはないが、それだけではこの男を本当に表現できない気がする。
どこか物悲しい冬の空は、川中と言う男が内に抱いている暗さを思わせる。
「たまには、お前にあんな風に追いかけて貰うのも、悪くないな」
冷たい風が船上を吹き抜けていく。
その風に掻き消すように吐き出した言葉に、何か返さなければと藤木は言葉を探す。
けれど、
「藤木」
不意に、名前を呼ばれる。
迷いもなく呼ばれてしまう。
藤木の視界に氾濫する、真っ直ぐだけれど暗い光。
「でも、追いかけられるよりは、隣がいい」
身の置き所のないケダモノに、居場所を与えた酔狂な男が笑う。
臆面もなくこんなセリフを吐ける男の隣に、藤木年男の居場所を用意して。
ゆるく、藤木の口元が綻んだ。
「そう言えば、さっき秋山さんとお会いして預かり物をしたんです」
ごそりと、コートのポケットを探って藤木が取り出したのは、可愛らしいリボンの付いた紙袋だった。
「なんだ?」
「お嬢さんからのプレゼントだそうです。今日はクリスマスだそうですから」
川中が受け取って開いた紙袋の中には、可愛らしい形をしたクッキーが入っていた。
手作りらしく、形がややいびつなものもある。
拙い手付きで安見が一生懸命作ったのだろう。
それを藤木に渡したときの、秋山の表情が容易に想像できる。
「クリスマスか。今年も終わるな」
キツネ色に焼けたクッキーを一つ摘むと、川中はひょいと口の中に放り投げる。
「美味い。お前も食えよ」
ん、と差し出されるクッキーを苦笑しながら受け取り口にする。
甘い。
けれど、このクッキーを手ずから作った少女に対しては苦い思い出が渦を巻く。
「美味い、ですね」
返した言葉の苦味に気が付いたのか、川中は深い湖水を思わせる眼差しを向けてくる。
「船、正月には出したいな」
「今日は、どうしますか? 波は良さそうですけど」
「坂井に黙ってか?」
「坂井のことだ。まだ、寝てますよ」
確かにと、川中が笑いながら、煙草を銜えた。
愁いの薄まったかに思えるその笑顔が、藤木を救う。
「船、出しましょうか」
その煙草にジッポでライターの炎を近づける。
「いいな。海上のメリークリスマスか」
「貴方らしい」
「藤木」
また、呼ばれる。
「メリークリスマス」
こんなケダモノのような男を気に入る、貴方の気が知れない。
けれど………
冬の空のような、貴方の笑顔の側で、もう少し生きてみたい。
あれから、何年かが過ぎて、いろんな流れ者がこの街に流れ着いた。
何人かの男とバトルをしたけれど、あの奇妙な安堵感は感じない。
冬の空のように静かで、冬の風のように鋭利な男は、もういない。
ただ、この季節に空を仰いで、お前を思う。
2000/12/13
難しい………!!クリスマス関係書き出してから、コレばっか(泣笑)下坂以外のカップリングがこんなに難しいとは………!!大人な雰囲気が出せねぇ………(>_<)ごめんなさいー。