12月24・25日。
臨時のバーテンダーを全員召集して挑んだその日は、普段に比べてカップルでの来店が多かった。
毎年この二日間は賑わうと言うほどでもないが、客入りは良い。
沢村はいつもよりも多く曲を演奏し、選曲もこの日に相応しいものばかり。
まさに、クリスマスムード一色だった。
この雰囲気を想定してか、馴染みの客は一人も顔を出さなかった。
開店前にいつものようにやってきた川中は、いつもより気合の入った従業員達を見回してから、
「ま、頑張ってくれ」
と、人事のように言い残して去った。
「お疲れさん」
25日がもう、3分もしない内に終わろうと言う時になって、カウンターの坂井に下村が声をかけた。
もう客は引いていて、店内には掃除に精を出すボーイの姿がある。
「あぁ」
流石に、疲労の色を浮かべた坂井が答えた。
いつもに増して多いカクテルの注文に、オタオタする臨時バーテンダーのフォローと言う余計な仕事まであってか、坂井は溜息を盛大について見せた。
「疲れた」
言って、肩を回す。
「たまんねぇよ」
言ったのは下村だった。
彼も疲れてはいるが、吐き出した恨み言は仕事の多忙さではないらしい。
「せっかくのクリスマスに、天使様は朝から通勤時間ギリギリまで寝っぱなしなんだもんな」
昨日・イヴは、坂井は家に辿り着くなりベッドへ倒れこみ、秒速で夢の国へ旅立ってしまった。
フランスで鍛えた気障っぷりを発揮しようと、この日を待ち兼ねていた下村は泣きたい気分で、天使の傍らに滑り込み大人しく眠りについた。
この年末の大きなイベントは、二日間に渡って行われるのだ。
チャンスはまだ、ある。
そう自分に言い聞かせていたが、時は既に刻一刻と冬の一大イベントの終幕へのカウンタダウンを刻む。
坂井は、グラスを丹念に磨きながら、
「何か、飲むか?」
さらりと、下村のセリフを流した。
最近、なんとなく下村の扱い方を心得てきた坂井であった。
「………いいよ。お前、疲れてるんだろう」
悲しい溜息を再び付きながら、下村はフロアを見渡した。
「お疲れさん。今日はもういい。明日、開店前にやっちまおう。解散」
おなざりな指示だけだして、ボーイ達を解散させてしまう。
「珍しく優しいじゃねぇか」
いつもは、妥協も容赦もないマネージャーなのに。
心外だと、下村は返す。
「クリスマスに甘い一夜を恋人と過ごせないことが、こんなにむなしい物だとは思わなかったんでな」
意味深な下村の言葉に、坂井は大いにイヤな顔をしてみせる。
ボーイ達はどこか浮き立った表情で帰り支度を始めだす。
クリスマスは無理だけど終わったら、と言う約束でもしているのだろう。
「なぁ、坂井」
「あん?」
ポーズを無くした坂井の、素っ気のない返事はもう慣れた。
下村は坂井の手元をじっと凝視していたが、その視線をふらりと外してシックな腕時計に目をやってから坂井の表情を見た。
「メリークリスマス」
手袋を外した下村の右手の指先が、ふわりと坂井の乾いた唇を掠めて去って行く。
呆気にとられた坂井の前で、下村はチロリと舌を見せて、坂井の唇に触れた指先を舐めた。
にやりと、下村の唇が弧を描く。
磨いていたグラスを置くと坂井は、大いに呆れた溜息を披露しながら、ボータイを抜き取った。
「明日だ明日。なんか、一気に疲れた。帰るぞ」
時計の長針と短針が既に離れてしまっていることに気が付いて、坂井はカウンターを出た。
「待てよ。坂井」
「何だよ」
「俺が作ってやるよ」
「はぁ?」
楽しそうに笑う下村は、坂井の肩にぽんと手をおいて、入れ替わりにカウンターの中に入る。
この男の酔狂でエキセントリックな言動はいつものことで、最近ではもうすっかり慣れてしまった坂井は、肩を軽く竦めると大人しく下村の正面のスツールに腰掛けた。
「何をお作りしましょうか?」
坂井の慇懃無礼な口調を真似た下村が、やや体を乗り出して尋ねてくる。
わざと落とした声のトーンは魅惑的に耳に響く。
坂井は眉を顰めながら、
「何が作れるんだよ」
と、素っ気無さを装い尋ね返す。
「そうだな……ヴィトウィーン・ザ・シーツとか」
「ドライ・マティニィ」
即答した坂井を物足りなさそうに見ていた下村は、ヤレヤレと笑う。
「シェイクしてないヤツ」
きっちり川中の専売特許だけは守って、下村の動きを眺める。
オーダーににやりと笑って下村は、ミキシンググラスに多少ぎこちない手付きで材料を入れてステアする。
分量を覚えているあたりは、感心した。
「どうぞ」
差し出されたマティニィを、坂井は一口で空けてしまう。
空のグラスを返して、感想も言わずに、
「トム・アンド・ジェリー」
次のオーダーを入れる。
下村の顔に困惑の表情が浮かんだ。
クリスマスのために考案されたと言われるエッグノッグだが……
「そりゃまた、手間のかかるもんを………」
卵の黄身と卵白を泡立てなければならないと言う、手間がかかるのだ。
坂井からクリスマスネタをふってくれたのは大変喜ばしいのだが、下村にはそんなカクテルを美味く作り上げる自信がない。
「じゃ、ブランデー・エッグノッグ」
その兄弟のようなカクテルに変える。
が、下村もはっきりとそのレシピを記憶しているわけではない。
坂井にレクチャーしてもらいながら、手を動かす。
材料をシェーカーに入れて、ボディを義手でしっかり挟んでぎこちなく振る。
カシャカシャと、氷のぶつかり合う音がフロアにやたら大きく響く。
牛乳を加えて軽くステアし、坂井に差し出した。
ブランデーの色を混ぜた乳白色のカクテルを、今度はちびりと口にする。
「不味い」
感想を期待して身を乗り出した下村に、快心の一撃。
「甘いし水っぽいし、シェイクしきれてないから卵の生っぽさが残ってる」
つらつらと批評を吐き出して坂井は、それでも綺麗に空けたグラスを返す。
「代われよ」
不味いカクテルを飲まされてバーテン根性に火が付いたのか、坂井はカウンターから下村を追い出し、流れるような仕草で同じ材料をシェイクする。
さっきと違って、氷の当たる音が小さい。
下村作のモノよりは、色の深いソレを差し出してやる。
「ほらよ」
いつもの立ち位置。
下村はそっとグラスを傾けた。
いつも、坂井に作ってもらうモノより甘ったるい。
「さすが」
「当たり前だ」
「こう言うの飲まされたら、クリスマス逃しちまってもいいかって思えるな」
下村が笑う。
ニヒルなものではなく、へらりと。
そうやってイベントがあるごとに、坂井に呆れられるのを覚悟で下村は、あの手この手でムードを出そうとする。
「よくやるよ」
その気障っぷりにはついていけないと、坂井はいつもそのムードを打破してやるのだが、それが坂井の照れ隠し故であると、下村は知っているからめげもしな い。
むしろ、坂井の反応を楽しんで仕掛ける傾向がある。
「何が楽しんだか」
カウンターの中を軽く片付けて、坂井が出て来た。
ぐっと、伸びをしてから下村の隣のスツールに座る。
「体だけ繋げる関係じゃ、愛がねぇじゃねぇか」
くっと、グラスを傾けて飲み干す。
「お前の愛とやらはもう十分溢れてる」
これ以上受け入れられるかと、坂井は胸内で吐き出した。
注がれるのはいいが、半分以上が溢れるか揮発するかだ。
そんなものはいらない。
そんなものが欲しいんじゃない。
欲しいものは、もっとささやかなこと。
誰にだって叶えられる。
どんなに俺が強請ろうとも、お前は決して約束してはくれない。
お前がくれるのは、欲しくもない大量の愛とやらだけ。
ちらりと下村を盗み見れば、くつくつと笑いながら器用に義手でマッチを擦って煙草に火を点ける。
白い左手が、伸びてくる。
頬に触れる、硬く冷たいブロンズの感触。
「疲れたか?」
「疲れた」
薄い生地を通して伝わる冷たさが心地良くて、思わず擦り寄る。
体に澱む疲労感を口にすると、一気に体が重くなった。
眠気のせいかもしれない。
「天使様は今日もお預けかよ」
溜息を付きながら、そんなことを言う。
「お前な………こう言う時にこそその溢れんばかりの愛を見せてくれ」
カウンターに伏しながら言うと、下村は喉の奥でこもった笑い声を立てる。
ブロンズの義手で、そっと坂井の頭を撫でる。
無機質なはずの、左手からはどうしてか温かさが伝わる。
「見せてやろうじゃねぇか」
静かに告げる。
返ってきたのは、僅かな寝息。
坂井が本当に欲しがるものの代わりに、下村はその頬に口付ける。
「起きたら覚えてろよ。俺の天使」
安らかな寝顔を大人しく見守りつつ下村が宣戦布告をかましたことを、坂井は覚醒直後に知ることになるのだった。
2000/12/16
やはり、一番調子がでている、下坂(笑)あっまー!!!!下村、やはり愛だけは溢れている男。BDの中では下村と叶さんあたりが、イベント好きそうじゃないですか?坂井、あしらえている様でやはり下村の毒牙にかかる………。うちの下坂は全部コレ(笑)
参照 「カクテル・ハンドブック ベストセレクション130」花崎一夫/著 永岡書店