「アラ? 高岸君?」
普段の倍以上の人ごみの中から、不意に名前を呼ばれ高岸少年は立ち止まった。
呼びかけたのは、聞き覚えのある少女の声だった。
「秋山さん」
振り返れば、温かそうな水色のダッフルコートに身を包んだ秋山安見が立っていた。
手には人気のブランドの紙袋を一つ、大切そうに抱えている。
「買い物ですか?」
この同世代の少女に、どんな話し方をしたらいいものかわからないままの高岸は、結局敬語で接している。
「そう。高岸君も?」
少女は、少年の戸惑いなど気にもとめないで、極普通に接する。
このへんは男子と女子の大きな差だろう。
「いや、店の時間まで暇だし、せっかくのクリスマスだからぶらぶらしてみようと思って」
普段はどこかぎこちなくなってしまう会話も、今日はスムーズだ。
いつもは、お目付け役の坂井や下村や安見の母親の菜摘がいるから、その眼を気にしてしまうのだ。
「ふうん。一人?」
「えぇ」
「じゃ、さ。一緒に行かない? 買い物」
今の時代、女の子は積極的なのだ。
思わぬ誘いに高岸は赤面してしまう。
思わず、脳裏に「デート」という単語が浮かんでしまったのだ。
高校時代は部活動に明け暮れ、今は夜の仕事。女の子と接する機会は極端に少なかった。
「いいんですか!?」
勢い勇んで尋ねた高岸に、秋山律氏がナントカ馬鹿と言われるのも大いに頷けるような笑顔を向ける。
「高岸君に予定がなければでいいんだけど」
「ありません!!」
「じゃ、行こう?」
「はい!! あ、荷物持ちます!」
お姫様をエスコートする従者宜しく、抱えていた荷物を受け取った。
「ありがとー。助かったわ。ねぇ、土崎さん♪」
無邪気な呼びかけに、高岸は凍りついた。
山中で熊に出会うこととも、海上で鮫に出会うこととも等しい。
街中で、安見嬢と仲良くしているところを、父親・秋山氏又は土崎氏に発見されるということは。
ギンギンに冷えた視線が、高岸少年を刺す。
両脇に荷物を抱えて黒いロングコートを纏った海の男と、愛らしい少女の組み合わせは傍目からは随分滑稽に、そしてヤバイものに映るだろう。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
周囲の眼など気にしてはいられない。
今は自分のたった一つの、しかも恩師・西尾が自分の命を引き換えに守ってくれたこの命が大切なのだ。
こんなところで、しかも世間が浮き足立っているクリスマスに、無残な死を遂げたくはない。
安見嬢のじいやは、高岸に紙袋をごっそりと手渡す。
「坊主、お嬢に気があるんじゃねぇだろうなぁ」
手渡しがてら、地獄から這い上がってきた亡者のような声で牽制をかましてくれる。
ブンブンと勢いよく首を横に振った高岸は、大人しく大量の荷物を手に取った。
「さー、お嬢。次はどこに行くんだい?」
ぱっと、安見を振り返った土崎は、孫を愛しむじいさんのような表情と声で安見の肩に手を掛ける。
「んとねー、この先のビルに新しい雑貨屋さんがオープンしたんだって。そこに行きたいの」
「あぁ、いいぜ。オラ、行くぞ。坊主」
腕を組んで先を行くお姫様とじいやの背中を、しばし呆けたように見つめた高岸はその広く逞しい肩を落とし、深い深い溜息をついたのだった。
サンタクロースに扮したケーキ屋のアルバイターが、店名の入った看板を掲げながらメリークリスマスと唱えて高岸にチラシを押し付け去って行く。
「………メリーじゃない………」
独白は吹き付けた、北風にさらわれたのだった。
2000/12/18
ははははー。高岸ごめんよー。嫌いじゃないのよー。BD最強の安見嬢には誰だって敵いませんもんねー。私の中で、安見と土崎さんってのは、孫とおじいちゃんの関係なんですけど(笑)土崎さんのファンの皆様、すみません!