クリスマスメドレー:秋山律と秋山菜摘の場合
リフレイン



温もりはいつもここにある。

「浴衣ってのも悪くないな」
手酌でのんびりと地酒をやっていた秋山のセリフに、菜摘はコロコロと笑って見せた。
「安見が聞いたらおじさん臭いって言われるわよ」
「あいつも最近、言うようになったからな」
浴衣に丹前を羽織った菜摘を、秋山はどこか子供のような笑みを浮かべて手招く。
誘われるままに隣に腰を降ろした菜摘に、淡い色合いの盃を渡してやる。
「安見の洒落たプレゼントに感謝だな」
北陸の山間の古いが格式ある旅館への温泉旅行は、安見からのクリスマスプレゼントだった。
クリスマスに温泉宿かと言ったら、
「不満なら、ホテル・キーラーゴのスウィートに変更するわよ?」
言い返されて、この宿のパンフレットと地図をありがたくいただいたのだった。
自分の貯めた小遣いとささやかなバイト代だけでは当然賄えるランクの宿ではなく、裏で土崎が支援していたことは容易に窺えた。
折角の心遣いだ。
ありがたく受け取って、巷ではホテルのスウィートで過ごすのが理想的とされるこの聖なる夜に、二人は客のかき入れ時のホテル・キーラーゴを抜け出して今に至る。

「悪くないわね。クリスマスにクリスマスソングの聞えない所にいるのも」
注がれた地酒に口をつけて、菜摘は満足そうに微笑んでみせる。
考えてみれば、こうして夫婦で旅行など本当に久しぶりのことだ。
お互いに客商売をしていると、どうしても時間が空かない。
夫婦らしくないと日頃から安見や川中に言われているが、確かに思い返せば夫婦らしい夫婦ではなかった気がする。
今のこの状況が少々気恥ずかしいくらいだ。
「そう言えば、君からだったな」
「何がです?」
「プロポーズ」
何を突然と言う顔から、そう言えばと言う顔になる。
それから、忍び笑いながら秋山の盃を満たす。
「君も母親になった」
「昔はもっと蓮っ葉だった?」
窺うような上目遣い。
秋山は困ったように笑う。
「そう言えば、そうだったかな」
とぼけて見せたが、脳裏に浮かんだ酒場の女であった秋子の姿と、目の前にいる菜摘の姿とがどうもかち合わなくて笑い出してしまう。
「ひどい人」
「いや、今俺の目の前にいる女性が、アメリカン・クォーターホースみたいに飛ばしてたって思い出したら、信じられなくなった」
「ホントに、ひどい人ね」
もう一度、呟いて菜摘はそっぽを向いた。
苦笑いながらその横顔を、秋山は暫し眺める。
川中や宇野や、N市の親しい人物達が時々秋山にこう言う。
安見と菜摘は、本当の親子よりもずっと親子らしいと。
この横顔を見て、なるほどと思う。
似ているのかもしれない。
まったく、自分は恵まれすぎている。

「あ」
ホロ苦いような、甘いような思いに浸っていた秋山を、我に返したのは菜摘の小さな声だった。
凛とした目元が子供のように輝いて、雪見障子に注がれている。
ちらちらと、白い障子紙に映し出される灰色の影。
「あぁ」
手を伸ばし、カタリと古風な音をたてて障子を持ち上げる。
綺麗に磨き上げられているガラスの向こうに広がる凝った中庭に、ちらちらと舞う雪。
「こんな景色を見ながら言うのもなんですけど、ホワイトクリスマスね」
クスクスと笑い声を上げながら、菜摘は盃を空けた。
「安見に感謝だな」
「土崎さんにも」
仄暗い中庭に舞う雪に視線を注いだままの菜摘の肩を、秋山の大きな手が不意に抱いた。
大人しく抱き寄せられた菜摘は肩を震わせて笑いながら、広い肩口に頭を預けて身を委ねる。

独りで見れば、この雪景色はもの淋しくしか映らなかっただろう。
何か暗いものを暗示するような、不吉な景色にしか見えなかっただろう。
でも、この温もりの近くであれば、それは静謐で綺麗な一夜の風景。

「愛してる」
菜摘の手が、自分の髪の毛を梳いたところでピタリと止まった。
「普段は言えないから、今、言っておこう」
どこかで聞いたようなセリフだったけれど、
「私もよ」
当然のように菜摘も応える。
「今は、私のことだけ考えてて」


今年も、クリスマスソングが流れてくる。
傍らにあった温もりはもうないけれど、あの年の聖夜に見た雪と彼の真摯な告白を、女はこの年も思い出して静かに眠る。
男の遺した温もりは、その胸の中に………


2000/12/10
無理はするもんじゃない。実感。難しいよう!!秋山夫妻!!何がいいたいんだって感じ………(>_<)秋山夫妻をメインに書くのには、数年早かったってことか。ダメダメでした………。

NOVEL TOP   BACK