クリスマスメドレー 弁護士と殺し屋の場合
聖夜の浜辺



今日のような日は自分には似合わないと自覚している弁護士は、早々に事務所を閉めるとフランス嬢を走らせた。
今日のような日………クリスマスにわざわざ法律事務所にやって来るような人間は少ない。
みんな、自分の予定で精一杯だ。
かと言って、早々に仕事を切り上げた弁護士に特別な予定があるわけでもなく、この浮き足立つような街の喧騒から暫らくの間離れていたくてそうしただけのこと。
定時より早く仕事が終わることに、事務員は喜んでいそいそと帰り支度をして去って行った。
喧騒を逃れるように足を運ぶいつもの店は、今日はかえっていただけないスポットと化す。
ならば、弁護士が足を運ぶ場所は一箇所しかない。
冴え冴えとした波音は賑やかなクリスマスソングとは違い、弁護士の疲れた心身を癒すようだった。
ひっそりと存在する、椅子の形をした岩のある浜辺。
肌を刺すような冷気の中、弁護士は闇の中を進んだ。
通いなれた自分の居場所だ。
迷いなく進んでいた歩が、不意に止まった。
それと同時に、眉間に刻まれる皺が意味するところはと言えば………

「メリークリスマス。キドニー」
不法侵入者の存在だ。
「何故、ここにいるんだ」
「俺は、この土地に入る権利をいただいたはずだがな」
侵入者は、白い息を吐きながら相変わらずの饒舌を発揮してくれる。
なんてことだ。
宇野は隠そうにも、白く色付いてしまう溜息を風に流した。
これでは、群集を離れた意味がまるでない。
喧騒を離れたくてやってきたのに、この男一人の存在でぶち壊しだ。
これはさっさと部屋に帰って、法廷の資料でも読み返していた方がいくらかはマシな過ごし方だったような気がする。
「そんなに露骨にイヤな顔をしなくてもいいと思うがな」
漆黒のコートの裾を翻して、殺し屋は軽やかな足取りで宇野に近付いてくる。
海風に掻き消される白い息。

あぁ、この男は――――――――――――

「せっかくの夜だぜ? 一人きりで過ごすには淋しすぎないか?」
聖夜には、あまりに不似合いな肩書きを引っ提げているくせに、
「男同士で過ごす方がもっと淋しいと思うが。最も、俺にはなんで赤の他人の誕生日にここまで大騒ぎをしなけりゃならんのか、さっぱりわからんがな」
憮然として吐き出した自覚もあるやっかみに、殺し屋は低く笑う。
「いいんじゃないか? こんな不可思議な夜も」
「弁護士と殺し屋が一緒に過ごすクリスマスか。確かに、不可思議だ」
「不可思議だが、俺にとっては願ってもない幸せな一夜なんだが」
ザリ……と砂を鳴らして叶は、宇野の肩にそっと額を押し付けた。
その仕草が普段の悠然として、自信に満ちた厚かましいものとは、あまりに違って感じられる。
宇野もいつものように邪険に扱うことなく、応えこそしないが嫌がるふうでもなくじっとそこに佇む。
コートのポケットに手を突っ込んで、叶の存在を受け止めるでもなく受け止めて毅然とそこの立っている。
叶の漆黒のコートに包まれた姿は闇に溶け、一歩でも離れてしまえばこの闇に飲まれてしまいそうだった。
甘えるように、叶は宇野の首筋に顔を埋める。
ぴんと張り詰めた空気とはうって変わった熱い吐息が、襟元を温める。
いつもなら鬱陶しいほどに漂うシガロリとパイプの香りも、今夜はその存在をひっそりと潜めているようだった。
「お前でも感傷的になることがあるんだな」
半身に掛けられる体重と体温を感じながら、宇野は変わらずに寄せては返すを繰り返す海を見つめる。
その向こうに、何が見えるわけではないけれど。
「今日みたいな日は、俺には似合わない。そう、思わないか?」
心細さを訴える子供のような仕草で、叶は宇野の背中にゆるりと腕を回した。
抱擁というよりは、甘えに近い。
殺し屋に、こんな夜。
「お前が神を信じているとは思えないが」
神々しい逸話溢れるこの夜に、殺し屋は身の置き所をなくしてこの地に逃げ込んだのか。
らしくない。
「なぁ、キドニー」
「なんだ」
この腕を存在を、振り払ってしまえないでいる自分もらしくない。
「俺にプレゼントをくれないか」
「なぜ」
「そんなにイヤそうな顔をしなくてもいいだろう。聖夜に独りで過ごす羽目になりかけた者同士、傷を舐めあおうぜ」
口調はいつもの叶のものに戻りつつはあるけれど、覗き込んでくる双眸の奥には言い知れない翳りがある。
殺し屋ならではの哲学を披露して迷いなど滅多に見せない男が、今日はなぜか小さく頼りなく見えるのは宇野の思い込みだろうか。
「何が欲しいんだ?」
たっぷり間を置いて、宇野が低く尋ねる。
無視されるだろうと踏んでいた叶は、その脈有りの反応に驚いたのか、宇野の肩口から顔を上げた。
「モノによっては考えてやる」
「キドニー」
叶が困ったように笑った。
宇野の視線は叶の視線と絡もうとしない。
そんなお前の姿は見たくないとでも言うように、闇色の海に投げ掛けられたままだ。

「じゃあ………」
言いながら叶はゆっくりと、宇野から体を離した。
正面から宇野の、研ぎ澄まされた光を湛える瞳を見る。
叶の双眸は研ぎ澄まされた銀のナイフを思わせ、宇野のそれは一点の曇りもないクリスタルを思わせる。
どちらも冴え冴えとした光を放つ。
けれど、今夜は、
「一緒に過ごそう」
ほんの少しの人恋しさと感傷にそれらを濁らせて。
「ワインでも傾けながら、セオリー通りの恋人たちの夜を過ごそうぜ」

まったく、この男は―――――――――

「ワインはありがたくいただくが、セオリーってのはなんだ」
眉を顰めた宇野に、叶は唇の端を吊り上げる。
「こう言うことだろう?」
そのシニカルな唇が、素早く弁護士の卑屈な唇を塞いだ。
こんな夜が、よく似合う。
人肌を欲した時に、まるで宇野の胸内を察したように現われる。
「………却下だ」
「ワインはどうする?」
「………ワインはもらってやる」
「心の狭いサンタクロースだな」
「サンタクロースは、いい子にしかプレゼントを配りに来ないそうだ」
白い息とともに吐き出されるくだらないやり取りも、今夜は心地いい。
こんな夜だからだ。
「俺のサンタさんは、元から心が狭い」
憮然として呟いた叶に、宇野は低く笑い出す。
薄い唇から零れた白い吐息がゆらりと流れていく。
「お前にはよく似合うよ。こんな日も」
ぽんっとその胸を叩いて宇野が笑う。
「お前にはこんな日は似合わないな」
叶も薄い宇野の胸を叩いて言う。
それから、手を伸ばし宇野の髪の毛に触れた。
「それでも、雪はよく似合う。ホワイトクリスマスだ。キドニー」
はらりと、宇野の視界に白い影がちらついた。
「メリークリスマス」
「………メリークリスマス」
俺達には、こんな闇夜がよく似合う。


2000/12/11
初叶×キドニーです。笑いも泣きもできやしねぇ………下坂みたいにいちゃいちゃできたら、簡単なのに………雰囲気でてません。宇野さんがオカシイ。そして、殺し屋さんもセンチメンタル………ジャーニー♪はっはっはー。アデュー(書き逃げ)

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