カウンターの奥で坂井は、口を濯いでいた。
濡れた口元を拭った坂井が顔を上げて固まった。
目の前に、下村。
「………なんだよ」
思わず警戒心が出てしまう。
「わかってるくせに」
「………知るかよ。不可抗力ってやつだ」
僅かに潤んで赤くなった目元が余計に下村の嗜虐心だとか嫉妬だとかを煽ることになっているとは、坂井には想像も出来ないだろう。
「坂井」
「なんだよっ」
猫が逆毛をたてるように、食いつく坂井を可愛いなと眺め、下村が更に声を低くして言った。
「ちょっと、抜けようぜ」
顎の先で控え室を指してにやりと笑えば、その誘いに乗ってついて行けばどんな結果が待っているのかくらいは、いかにそういうことに鈍い坂井にも想像できた。
それでも坂井は、下村の眼に肯定の意思を伝えてみせた。
控え室へ忍んだ坂井が扉を閉めて前を向き直った途端、下村の顔が息が掛かるほど近くにあった。
坂井の双眸が、慄くように揺れた。
開きかけた唇は、おそらく抗議の声を上げようとしていたに違いない。
ここまで来ておいて今更だと、下村が塞いでしまったからわかりはしないのだが。
ねっとりと絡みつくように、下村の舌が坂井の冷えた口内を蹂躙していく。
いつもは、盛りのついた動物のように貪られる口付けも、今日は味わうかのように執拗にゆっくりとされる。
応える暇も余裕もない。
下村の左手は、顎を捕えて息をつく暇も与えさせない。
右手は腰を絡めとり、身動きすら許さない。
けれど、口付けだけは冷静だ。
息苦しさに坂井が抵抗を見せ始めるまで、封じ込んだ下村は思うままに坂井を味わい、それからやっと解放してやった。
坂井の手は、下村のシャツをしっかりと握っていて、下村がさり気無く支えていないとその場に崩れ落ちそうだ。
「叶さんのとどっちがお好みだ? 坂井」
答えるわけがない問いをわざと口にする下村の表情は、卑猥。
こういうところが、どこか叶に似ていると坂井は時々思うのだ。
酸欠にまで追いやられた坂井は、ぜえぜえと荒い息と必死の思いで整えながら下村を睨み上げた。
「自分で確かめてみりゃいいじゃねぇか」
睨まれたまま叩きつけられた言葉の意外さに、下村が眼を見開いた。
その言葉の真意を測りかねているようにも見える。
「……どうやって?」
「こうやって」
間近にいる坂井が、ひょいと顎を浮かせる。
それだけで、二人の唇は重なった。
触れるだけで離れたキスは、ゲームのキスより軽いのに熱い。
下村が眼を細めた。
坂井は、その視線から逃れようと軽く俯く。
「じゃあ、確かめさせてもらおうかな」
耳元で下村の囁き。
一度坂井が瞑目した。
また、触れるだけの口付け。
坂井が瞼を持ち上げた。
挑むような、誘うようなそんな眼が、下村は好きだ。
笑ってやると、むっと眉を顰める。
「なぁ、坂井」
「なんだよ」
「俺は妬いたよ」
唇の薄い表皮に、下村の唇が動いて言葉を紡ぐ感触が伝わってくる。
「………知ってる」
ぽそりと、坂井が吐き出した言葉を掬うように、下村は再び天使の唇を味わった。
2000/12/28
なんか、この二人キスしかしてないですね(^^;)こんな感じのイチャイチャを書くのが楽しくて(笑)すみません。ホンマ、私の趣味で書いてます………