「ねっむい。眠すぎる。あかん、今日はもう無理や」
綺麗なターンを決めた佐藤の動きに合わせて、束ねられたツバメの尻尾のような金色の髪が跳ねた。
「今日は無理しても出席するんだな」
その尻尾を遠慮なく捕まえた水野は、痛いと喚く声を無視して校門をくぐった。
校門の脇には普段はない大きな看板が据え付けられている。
三年間の最後を飾る、最大のイベント事。
桜上水中学校卒業式。
顔を真っ赤にする後輩が、おめでとうございますと言いながら制服に赤い花を模った徽章をつけてくれた。
送られる側である印だ。
「今日で東京と大阪の往復生活なんて、よくもまぁ体がもったよな」
「最近、動かんところで眠っとっても体が揺れとる気がしてな」
サッカー部の面々でくだらないやり取りをしながら玄関で靴を履き替え、自分達の教室へと向かう。
いつもの同じ動作なのに、学校の雰囲気がいつもと違う。今日は自分達を送り出すために浮き足立っている。だからこそ、いつもと同じ他愛のない会話と同じ動作を繰り返す。今日で最後だとは誰も口にしないけれど。
「ちょっと佐藤、式の途中で居眠りしないでよ」
「小島ちゃんのために頑張るわ」
ここを出てからの道はそれぞれに既に掴んでいる。不安はあるけれど、その道を自分の足で選んだという自信がある。
だけどだけど、桜舞う別れの日を、特別に思わないわけがない。切なさを感じないわけがない。
精一杯に走った時間があるからこそ。
卒業式の途中で案の定居眠りしてしまった佐藤が、ちょうど背後に陣取った小島にイスを蹴っ飛ばされて意味なく立ち上がってしまい延々続く来賓祝辞に水をさす一幕もあったが、そこは卒業生代表で答辞を読んだ水野の堂々たる姿勢によってサッカー部最後の汚点は雪がれた。
感動的な内容のはずなのに淡々と答辞を読みすすめる水野の口調のせいか、会場に聞こえてきた啜り泣きは僅かなものだった。
旅立ちの儀式は終わった。
あとは、名残惜しむだけだ。
三年間使った部室は既に下級生のための空間となり、卒業生のロッカーは存在しない。その部室も今日は飾り立てられて、ミーティングの度にラクガキが増えた机の上にはお菓子やらジュースが並んでいる。
存在意義の薄かったサッカー部を盛り立てた学年の卒業だ。続く下級生にとっては憧れの学年でもある。既に渡していた卒業生からの色紙は額入りで飾られている。その中には、今日の卒業式を欠席している風祭からの手紙も一緒に入れられている。
どこから出てきたのか、卒業生が一年生だった頃からの活動写真が出てきてそれを眺めては思い出を語って笑って、自分達が巣立つ場所の今後に思いを馳せる。
そうして語ってばかりいられないのが運動部の性で、自然の流れに身を任せてふと気付けば会場は部室から離れてグランドへと移る。
幾つものサッカーボールが転がり始めている。
「シゲ」
声をかけられ振り向けば、賑やかな場所ではいつも眉を寄せているキャプテンが穏やかな顔をして立っていた。
「なんや、タツボン。今日は大人しいな」
「最後の日くらい、羽目外して騒いだっていいだろ」
「場を読んだっちゅーわけやね」
「最後だからな。だからシゲ、俺と賭けをしようぜ」
近くにあったボールを一つ蹴り上げて、自分の手の中へ落とす。
「賭け?」
「一対一の勝負」
佐藤が最初にサッカー部に入部した時、水野が挑んだ勝負だ。
「あれは俺の勝ちで勝負がついたはずやけど」
「あの時はお前がボールキープしてただろ。今度は俺がキープするから、お前が奪ってみろよ」
「細かい男やなぁ」
懐かしいと目を細めながら、佐藤は目の前の友人を見る。融通が利かなくて、意地っ張りで、頑なで、思いを曲げることができない可愛げのない少年。それが三年で少し変わった。頑なな部分も意地っ張りな部分も変わりはしないけれど、三年間で目に映したものが彼の内側を作り変えようとしているのは事実。
共にあったフィールド上や対峙したゲームの中で積み重ねたものが、自分達を変えてきた。
大人はそれを成長と呼ぶのだろう。
「えぇよ、やろか」
自分も変わったと、思いたい。
「そんで、何を賭けようか」
「俺が勝ったら、退部の理由を聞かせてもらう」
古い話を、とは思わなかった。
あのいい加減な退部理由が嘘だと水野に確信させるだけのひたむきさを、自分はサッカーやチームメイトに対して曝け出すことを怖いと思わなくなったのだから。
「えぇで。俺が勝ったら、だんまり続行や」
お互いの胸の内を見透かすような笑みは、どうも芝居がかっているような気もしたけれど、最後のこの日だからこその勝負だ。
三年前の勝負とは違う答えがでるかもしれない。
その結末を、卒業の日を迎えた佐藤も水野も飲み込んで行けるはずだ。
自分達は真っ直ぐに歩くことを覚えた。
自分の力を知って、相手の力を知って、周囲の助けを得て。
巣立ちの時、雛は飛べなかった時代を忘れ振り切って飛ぶのではない。
地面を見下ろし怯えた自分ごと抱えて飛ぶのだ。
2010/1/6更新
Films 9周年に一話三題として、三つセットのお題を募集しました。
久々に笛を読み返しつつ書いたのですが、ブランクをひしひしと感じます……。
でも、タツボンとシゲちゃんの間にある、「シゲちゃんの退部」と言うシコリは書いてみたかったのです。
なんだかんだで二人の間の誤解(?)は解けないまま原作は終わってしまったわけですが、タツボンはどっかでシゲちゃんの嘘を嘘だと確信しちゃってくれたらいいなぁという願いもこめて。正直に話してもその理由をちゃんと飲み込める精神的強さをタツボンが持ったって知ってても、シゲちゃんは自分の中のルールとして本当のことは言わない。タツボンもシゲちゃんのそんなルールをわかってる。そんなしっくりきてるようでぎこちない二人の友情がハイティーンから続けばいいと思います(笑)