同じ校舎で学び、同じグランドでボールを追いかけ、時に反発したり、時に同じ方向を向いて走ってみたりしたのはもう十年も前のことになるのだと、電話の向こうでシゲはしんみりと年月を数えて見せた。
『十年後の自分なんか想像できんかったのに、実際二十四歳になるのなんかあっちゅーまやったなぁ』
竜也は曖昧な返事をしながら持ち合わせの少ない慰めの言葉を探す。
Jリーグにはディビジョン1とディビジョン2が存在し、ディビジョン1で下位になれば降格し、2で好成績を出せれば昇格できる。
この降格昇格がJリーグの喜怒哀楽を激しいものとし、同時に発展にも繋がっているのだと思っている。
落ちたくないから高見を目指す。
上がりたいから高見を目指す。
この激しい流れの中でJリーグは切磋琢磨しレベルを上げていく。
シゲの所属チームは、流れに抗いきれなかった。
J2降格。
竜也のチームが今シーズン最後に対戦した時には残留争い真っ只中だったが、シゲはまだ飄々とした態度を崩してはいなかった。
何をやっても空回る。
そんな自己暗示にかかりかけているチームを引っ張るべく、金髪をなびかせピッチを駆け回っていた。
あれから数節後、最終節を待たずしてシゲのチームは降格が決定した。
同じ時間帯に試合をしていた竜也は帰りのバスでその結果を知り、寮に戻ってからニュース番組で映像を目にした。
悲鳴と落胆に包まれたスタジアムの中、うずくまったチームメイトを促してサポーターへ頭を下げたシゲは見慣れない表情をしていた。
笑みのない顔を、初めて見たかもしれない。
俯き加減のその背中に、たくさんの声が掛けられていた。
力不足を詰る声なのか、それとも一年復帰を共に目指そうという約束だったのか。
まいったまいったと彼らしく茶化したような第一声で始まった電話だったが、やはり普段とはテンションが違って聞こえる。
お疲れさんと、万感の思いを込めた一言には重たい溜め息が返ってきた。
それが何故か中学時代の他愛のない日常を語り合い、ふと途切れた会話を埋めるようにシゲは十年の月日を算出し、
『チーム、決めたで』
覚悟を決めたようにシゲは本題を切り出した。
リーグが終了すれば、契約更改が待っている。
自然、降格チームからは移籍していく選手が多くなる。
シゲの実力を欲しがるチームはたくさんあって、J1からも多くのチームがラブコールを送っていた。
竜也の所属するチームも欲しいと手を挙げていたはずだ。
もしかしたら、同じチームでプレーできるかもしれない。
かつて無名の中学のグランドを駆け回った時のように。
そうなったら、きっと面白い。
プレーヤーとしての期待と一緒に、一個人としての願望も含まれた思いを抱いていた。
期待したくはないけれど、そんな想像をしたのは事実。
浅ましいと反省しながら、ついチームメイトになった時のことを想像しては胸を弾ませていた。
竜也の期待と反省の日々に終止符を打つ、シゲの答え。
『京都、残るわ』
毅然とした声に、胸が痛むことはなかった。
どこかでそんな気もしていたのだ。
強く堅い地盤に立つことを望むよりは、落ちたチームを引っ張り上げる状況に楽しみを見出しそうだとは思っていた。
そうでなければ、この狭い島国を飛び出していってしまうのかと。
「……、そっか」
『正直、タツボンのおるチームからのオファーはどないしよかーって、かなり迷ったけどな』
でも、とシゲは理由を説く。
『行かんでくれって、男として言われてみたい言葉やろ? それを、ぎょーさんの人から言われんねんで? 俺の今後のこと考えたら、J1のチームでプレーしてもらいたい。でも、言わずにはおれんって。そんなん言われたら、残るしかないやろ?』
オファーしたチームの数をはるかに凌ぐ老若男女からのファンコール。
彼らに差し出せるものは高額な契約金でもサッカーをするのに適した環境でもなく、ただひたすらに信じ続けると言う約束だけだ。
それは、かつて風のようにふらりゆらりと流れ続けた男を留めるだけの力を持っていたらしい。
『ほんまは、タツボンの近くに行きたかったんやけど。ごめん』
「待ってたのに」
シゲが持つ残留の理由が嬉しいから、零した本音には笑い声が混じった。
『俺も久々に、苦渋の決断っちゅーやつをした』
誤魔化すのを止めて何年経っただろう。
シゲは、愛着あるものに愛しいと応えることができるようになった。
それは、自分も同じか。
『まぁ、あんだけ負けてよう言うわって思われるかもしれへんけど、最近、サッカーするのがおもろい。上手くいかんのもな、あぁこれが醍醐味っちゅーことかーって思うし。あんな結果になってもうても、応援してくれる人がおるっちゅーのも、有り難いし。どんな無様な負け方しても離れられへん人がおるって思ったら、罪深いなぁとも思う』
訥々とした語り草も、シゲが誤魔化すことを止めた証拠だ。
武装した言葉を捨てた。
『桜上水に行かんかったら、こんなにサッカーが楽しいて思うことも、なかったんかなぁってな』
思うんよ、と語尾だけはおどけてみせた。
十年前、自分達は枷を外した。
世界の広さを素直に認めることができた。
窮屈さにもがいたり、拗ねたり逃げ出したり憤ったりした日々は塗り替えられた。
けれどあの日々も愛しいと、十年経った今だから思える。
『暫くタツボンとサッカーすることできへんのは、残念やけど』
「珍しく弱気だな。J2チームに所属する選手は代表出れないのかよ」
『お、挑発してくれるやんけ。やったろ』
電話越しの気配を直に感じたい気持ちはあるけれど、清々しい彼の声を聞いていたら少し落ち着いた。
会いたい。
同じチームでサッカーができるかもと僅かでも期待した分、落胆がないとは言えない。
でも、覚悟を決めたように残留を選んだシゲの選択が嬉しいとも思える。
「シゲ」
『ん?』
「十年経って良かった。俺、今のシゲの方が好きだ」
柔らかな胸の内を晒して見せたシゲに倣うような竜也の言葉は、電話回線を一時停止させた。
いつもシゲの言葉に翻弄されているから、たまにはいい気味だと思いながらその沈黙を味わっていると、インターホンが鳴り響いた。
「ごめん、誰か来みたいだから。また掛けなおす」
まだ立ち直らないシゲの返事を聞く前に閉じた携帯電話を手にしたまま、慌てて開けたドアの向こう。
同じく携帯片手に立っているのは、会いたいと思ったその人だった。
「……シゲ!」
「いやー、まいったまいった。びっくりさせたろ思うたのに。やられた」
照れたように笑った拍子、竜也の部屋から零れた灯りを受けた金色の髪の毛が輝いた。
驚くほど素直に飛び込めた腕の中、逞しさを増した手がしっかりと背中を抱いてくれる。
会いたかったとどちらともなく告げることができるのも、きっと十年の効能。
2008/05/08
7周年記念企画のお題募集でいただいたお題から「問わず語り」と「シゲタツ」で。
久々に書いたらタツボンが誰!?ってくらい丸い性格になってしまいました。でもタツボンは大人になるにつれてすんげぇ穏やかな性格になって欲しいと思います。怒った時に若かりし頃抜いたはずの棘が突き出る、と言うような。久々に笛の最終巻あたり読み返したら、シゲちゃんの男っぷりに痺れました。笛はどストレート青春スポーツ漫画であったと思います。