桜上水の天才MF水野竜也のコイビトは、同じく桜上水のトリッキーなプレーも任せてな金髪FWの佐藤成樹である。
武蔵森の泣き黒子がチャーミングなストライカー藤代誠ニのコイビトは、本当に中学生なのか疑わしいが面倒見の良い渋沢克郎GKである。
武蔵森で登場回数は少ないが不動の人気を保持するDFの笠井竹巳のコイビトは、性格の悪さはピカイチだが不思議と人気のある三上亮MF。
いずれも前者と後者の年の差、一歳。
「だから、何でお前は授業サボるんだよ!」
「んー、タツボンの夢見とったから、起きたくなかったんやもーん」
「そんなのサボリの理由になるかよ!」
「タツボン、怒った顔もステキ」
「シゲ!!」
「藤代、にんじんが残っている」
「……さすが、キャプテン。目聡いっ」
「いいからきちんと食べろ。みじん切りになってるんだから、味もそんなにしないはずだ」
「えー、嫌なもんは嫌なんですー」
「……藤代」
「ぬー」
「笠井―、宿題まだ終わんねーのかよ」
「まだですよー」
「のろい! 見せてみろ!」
「もー、大人しく待っててくださいよー!」
「なんだよ、お前。あんだけ時間かけといてこんだけしかできてねぇの?」
「悪かったですね。俺は三上先輩と違って、数学なんか大っ嫌いなんですよ!」
「仕方ねぇなぁ。教えてやるからさっさと終わらせろ」
三者三様の一歳のビハインド。
だから悩みも三者三様。
それは偶然。
最近名実急上昇中の桜上水と王者武蔵森のサッカー部の練習が、ともにお休みになった日。
桜上水の主力MFとFWは、最近部員が急増したため不足気味になった備品の補充と言う名目のデートをしに出かけていた。
スポーツ用品店で小島に頼まれた買出しリストを見ながら店内を歩いていると、広い店内の一番奥から見たことのある顔二人がずかずかと近付いてきたのだ。
「あー、やっぱり水野と金髪だー」
無邪気とも言える声に呼ばれて二人は立ち止まる。
近付いてきたのは、
「藤代に笠井か」
「偶然―。買出し?」
そんなに何度も会ったわけではないのに、藤代は懐っこく声をかけてくる。
その一歩後ろでは笠井が戸惑ったように佇んでいる。
「まぁな。お前らは何しとんねん」
「普通に買い物。表で二人の後姿がちらっと見えたからさ」
通りに面している面が全てガラス張り。
なかなかの視力だ。
「なぁなぁ、飯、もう食った? まだだったら一緒に食おう。俺、美味くて安い店知ってんだ」
惚れた弱味でなくとも、この笑顔に勝てる人間がいるだろうか。
藤代のスマイルパワーで、果たして四人は昼食を一緒にすることになったのだった。
安くて美味い、そのうえ量的にも運動部の成長期の少年達が満足する昼食を取ると、お代わり自由の飲み物を手に話に花が咲く。
同じサッカー部同士と言うこともあり、『あの選手のプレーが』だとか『最近あの強豪国は調子が悪いよな』とかとか。
それでも、やはりサッカーだけで日々を費やしているわけではないから、
「水野ってさー」
恋の話にも花が咲くのである。
まずは、
「付き合ってるだろう。佐藤と」
武蔵森のエースストライカーの強烈なシュートから。
強烈なうえにその言い回しは、シュートに例えるとバナナシュートだろう。
絶妙なカーブを描いてゴール端に突き刺さる。
竜也は残念ながらGKではないので、そんなすっばらしいシュートには反応できずにゴールを許してしまうのだ。
ここでFWながら味方陣地内にまで下がって、あわやゴールかと言うシュートをオーバーヘッドでクリアしてしまう桜上水11番に向かってシュートしないあたりさすがである。
「あ、図星?」
「ばっ、誠二っ! いきなりそんなこと言うなよ。水野困ってるじゃないかっ」
常識人笠井では、藤代の速攻は止められなかったか。
いきなりの先制点を許した竜也は、弁解の余地があまりない状況に居た堪れなくなって俯いてしまう。
シゲはシゲで、
「藤代って意外と鋭いんやなぁ」
と白旗をあげる。
「えー? 見りゃ、わかるよ。水野の顔、佐藤の前じゃゼンゼン違うじゃん」
悪意なく言われて竜也はますます赤面する。
そんなに顔に出ているのだろうかと。
「ちなみに、藤代はキーパーの旦那と出来てるやろ?」
「えっ、わかるー?」
お前んとこは丸わかりだ。
竜也でさえもそれは薄々感じてはいた。
キーパー正面のシュートを藤代、取り損ねて股抜きになっちゃって同点。
「笠井はアイツやんな? 武蔵森の司令塔の十番」
「三上と!?」
「な、なんでわかるんだ!?」
「佐藤、すげー」
「でもさぁ、水野はいいよなぁ」
机にぺたりと頬をつけるだらしがない恰好で藤代が徐にに言う。
竜也は警戒する。
このストライカーはゲームの時だけでなく、私生活においても気をつけなければ思わぬ失点を許してしまうのだ。
「何が?」
できるだけ素っ気無く言い放つが、藤代には通用しない。
「だってさぁ。コイビトが同級生って、ちょっと羨ましいー」
コイビトの単語に赤面してしまう。
藤代は臆面なさすぎるのだ。
「あー、旦那、渋いもんなぁ」
「んー、なんか、俺ばっか我儘言ってるって感じでさー。ちょっと物足りないんだよなぁ。タクだってそう思うだろー?」
不意に話を振られた笠井は、竜也と比べて免疫があるせいかちょっとうろたえただけですぐに正気づく。
「俺は誠二みたいに我儘言わないけど。でも、年上だとやっぱ気、遣うかなぁ」
「だろー? 特に三上先輩なんか年の差に物言わせて、タクのこと丸め込むことあるじゃん! 先輩に向かってーとかよく言うじゃん! あの人!」
「それは誠二が実際先輩に失礼なこと言うからだよ」
「だからっ、水野と佐藤が遠慮なく喧嘩とか言い合いとかしてんの、ちょっと羨ましいなぁって思ったんだ」
笠井の話はさらりとクリアして、藤代、シュートを打ったがバーの上。
「あ、でもどんなに言ってもキャプテンが一番好きなんだけどね」
一瞬後にはそんなセリフ。
翻弄されている竜也の隣でシゲは笑いを噛み殺している。
「おもろいなぁ。自分ら」
「なんだよー。これでもけっこう真剣に悩んでんのに」
藤代がテーブルに伏したまま、指で鉄砲の形を作って人差し指の銃口をシゲに向ける。
シゲもおどけてホールドアップする。
「言っとくけど、俺、いろいろあって一年ダブりやから、ホンマやったら旦那や三上とタメなんやで?」
藤代と笠井が固まった。
チョンっと蹴っただけのボールが、コロコロと転がってゴールになったようなもんである。
「マジ?」
「マ・ジ」
「じゃあ、佐藤って水野の一個上なんだ」
「ホンマやったらな。一つ間違えば、タツボンの先輩やな」
そんな貫禄を一切感じさせずにシゲはしれっと言う。
「先輩、ねぇ」
竜也がポソリと言った。
「水野、敬ってないんだー」
「どこに敬う余地があるって言うんだ?」
竜也のキラーパス通る。
「あっ、そっかー」
「でも、水野もなんだかんだ言って佐藤に頼ってるんじゃないのか?」
笠井の素直な感想。
竜也は言い返せずに沈黙する。
沈黙は肯定。
「いーないーなぁ」
「ちがっ、別に頼りになんかしてない! 利用してるだけだ!」
「タツボン、それは悪女のようなセリフや」
「うるさい、シゲ!」
「いーな、いーなぁ! 俺もキャプテンのこと克郎―♪って呼び捨てにしたーい!」
「すればえぇやん」
「キャプテン、シャイだから嫌がるもーん」
「誠二、声大きいよ! 恥ずかしいな」
若者の活気溢れる会話に、竜也は途中でついていけなくなって眉間に皺をざっくり刻む。
常々、シゲの突拍子もない発言で慣れてきたとは思ったが、藤代はさらに上手だ。
会話だけでこんなに疲れるなんて。
付き合いはフィールド内だけで充分だ。
重い溜息をつくと、シゲがそれに気付く。
「さて、そろそろデートに行こか。タツボン」
「えー、もう行くのかよ」
「たまぁの休日のデートやもん。えぇ加減二人きりにさせてや」
竜也の手を引くと、行こうと促す。
「ちぇー。ますます羨ましい」
「確かに、羨ましいかも」
「ま、自分らも頑張りやー」
ヒラヒラと手を振って、自分達の分だけ会計を済ませるとさっさと店を出て行った。
「あんなにイチャイチャしてりゃわかるよなぁ」
「……あれ、水野が一方的に怒鳴ってるって図だと思うけど?」
友達にしては近い距離で歩いていく二人の後姿を見ながら、武蔵森の誇るプレーヤー達はそれぞれの感想を漏らした。
一点のビハインド。
サッカーはそれからが面白い。
一歳のビハインド。
恋が面白くなるかどうかは、本人達次第である。
「ターク、はぁい、あーん」
「あーん」
「美味しい?」
「うん。はい、誠二もあーん」
「あーん」
「鳥の皮、美味しい?」
「うん。よかったー、タクがにんじん、食べてくれて。毎日、鶏の皮がでてくれたらタクと交換して食べれるのになぁ」
「あんまり出ないからね。仕方ないよ」
「……三上」
「……渋沢」
「何故、こんなに腹が立つかな」
「言っちまえば、アレ、間接キスだもんな」
「そうだな……」
「腹の虫がおさまんねぇな」
「信じてないわけじゃないんだが」
「ガキがじゃれあってるだけって、わかっちゃいるんだけどな」
「今晩は部屋、トレードだな」
「あぁ」
少年達が恋の行方を支配する日は意外と近いかもしれない。
「たーつぼん」
「なんだよ」
「眉間に皺、ざっくりー。テレカ、挟めそう」
「……」
「まぁた、難しいこと考えとったん? あんまり一人で考えすぎてるとパンクしてまうで?」
「……、なんでわかるんだろ。考え事してんの」
「そんなんわかるに決まってんやん。俺、タツボンのことずっと見てるから」
「……へ、ぇ」
「一人で背負わんと、のんびり行こうや」
一年の差はやはりどうあっても埋まらない差なのかもしれない。
一歳のビハインド。
けれども想いは同点。
2003/07/22
こっぱずかしいタイトルですね。笛にはまったはじめの頃の杉山の好きなカップルが、シゲタツ、三笠、藤渋です。後半になるとシゲノリとか昭カズにはまる。三上、渋沢の先輩同士の会話も好き。