「佐藤! お前、いいかげんに髪の色をどうにかしてこい!」
「へーい」
色を抜いただけでなく、肩に届くほどの長さがある髪の毛は普通に廊下を歩いているだけでも目立つ。
オマケとばかりに、両耳のピアス。
生徒指導といわず、教師達から目をつけられておかしくない存在。
「返事だけで終わらせるなよ! 明日はちゃんと戻して来い!」
「へーい」
がみがみと厳しいことで有名な体育教師の恫喝にもどこ吹く風で背中で応えると、かったるそうに頭をかいた。
「うっさいのぉ」
うんざりした顔。
サッカーの試合や喧嘩の時には、ぎらりと光る双眸も今は半眼の状態でいかにも無気力そうだ。
「シゲさん、その頭自分でやるんですか?」
教師とシゲのやり取りをシゲの隣で聞いていた将の言葉に、シゲはおうよと景気よく応える。
「店でやってもろたら高いからなぁ。俺、器用やしー」
自分の痛んだ髪の毛の先をいじる。
その指にはごつめの指輪が一つ。
校則違反のシャツはボタンがはずしてあって、鎖骨のところにはフェザーのネックレスがのぞいている。
「年頃の男の子」でも、サッカーにしか興味がない将には、シゲのそんなスタイルが大人にみえる。
ちょうど、ホストをしている兄のような。
兄のは仕事というのもあるが、女の人の気をひくための装飾でもある。
じゃあ、シゲは?
女の子には人気があるけれど、特定の付き合いはないような感じ。
将から見れば、怪我を省みないプレーをするシゲがピアスなんかをつけていたら、余計に危ないんじゃないかと思う。
「おっまたせー」
シゲの陽気が声が、屋上でのサッカー部の主要メンバーのミーティングの輪にかけられた。
「おっそーい」
「しゃーないやん? 授業長引かされてしもたんやから」
小島の非難にもさらりと答えて、シゲは当然のように竜也の隣を陣取った。
こうしてみると、シゲの頭はめちゃくちゃ目立つ。
基本的にサッカー部の面々は学業の成績は問わなければ真面目な生徒だ。
素行はいい。
そんな生徒達の黒々とした髪と対照的なシゲの髪の毛は、屋上にでると鮮やかさを増した。
太陽の熱や匂いを、人よりたくさん吸い込んでいそうな。
「珍しく真面目に授業に参加してたんだな」
「いや、一時間目に寝て気付いたら昼休みに……っ」
明るく言いとばすシゲの後頭部には竜也の手、額には小島の手。
ダブルでくらったツッコミに、シゲは頭と額を押さえて不服そうに唸った。
「真面目にでなさいよねー。今度テストで赤点とったら、部費とか削減になるかもよ」
「だいたい、お前学校になにしに来てるんだよ。寝て、食って、部活だけじゃねぇか」
「もう一個ある」
「なんだよ」
「そりゃ、タツボンと会うことにきまっとるがな」
臆面のないセリフに、竜也は真っ赤になる。
周りはいつものことに盛大に肩を落としてあからさまな溜息をつく。
例外もある。
不破はもくもくと弁当を平らげながら、シゲのこの手のセリフがどれくらいの頻度で口にされているかを計算中。
そして、将は、
「なんや、ポチ。そんなに俺のこの頭、気になるんかいな? お前も色、抜いたろうか?」
目聡いシゲは先刻からの将の視線に気が付いていて、自分の頭を指差し笑う。
急に話を振られて将は一瞬面食らうが、将が金髪?的な訝りの視線を受けて、真っ赤になって首を横にふる。
「ちっ、ちがうよっ。ただ、なんでシゲさん、髪染めてるのかなって思ってただけでっ」
あまりに将らしい考え事。
失礼だと思うから、全員口元を押さえつつ目は笑う。
だから余計に失礼な笑い方になっているのだが。
「あー、別に理由なんてないで? でも似合うやろ? 俺の金髪て」
自信過剰なセリフもこの男が言えば妙に様になるし、許せる範囲におさまるのは何故だと、笑いをおさめた部員は思う。
試合中でも視界の端にちらつく金髪は異色で、すぐにシゲだとわかるからはっきりいって便利なのは便利だ。
似合うかと問われれば、ここにいる全員がシゲの金髪頭しか見たことがないのだから、この頭が普通だと思っている。
黒い髪のシゲ……想像しようとしてもできなかった。
「でも、あんたずいぶん髪の毛傷んでるじゃない」
さすが小島。
猫の皮は捨てても女の子ではあるらしい。
「んー? まぁ、しゃぁないわ。シャンプーかて、寺の連中と共同やからそんなえぇもん使われへんしな」
枝毛もあるし、脱色を繰り返したせいで生来の髪の毛よりも細くなってしまっている。
「……禿げるわよ」
「あ、それは禁句……」
がくりと肩を落としたシゲを見て笑いが起こる。
和やかないつも通りの昼休み。
竜也だけが、紅茶缶に唇を押し付けたままじっとシゲの髪の毛をみつめていた。
予鈴が鳴れば解散。
ミーティングと言ってもたいしたことがなければ雑談で終わるのだ。
それぞれの教室へ帰って行く。
「水野―、先戻るわよ」
「あ、あぁ」
いつまで経っても腰を上げない竜也を置いて同じクラスの小島が去って、同じくすでに昼寝の体勢に入っているシゲに一声かけてはぐらかされた将も大人しく去った。
屋上にはシゲと竜也だけ。
「タツボン、どないしたん?」
もうそろそろ帰らなければ、遅刻になってしまう。
屋上の入口の上。
屋上で一番高いところがシゲの昼寝のいつもの場所。
「早行かな、遅れてまうで」
そう言う声はもう眠そうで、朝から昼間でぶっ続けで寝てたと言ったくせに、よくもまぁまだ眠れるものだと思う。
こいつの背が自分よりも高いのはきっとこの過剰な睡眠のせいだろう。
風祭に教えてやれば喜ぶかもしれない……。
高い位置から取り付けられている梯子に足をかける。
コンクリートに広がる噂の金髪。
太陽を浴びて熱を吸った灰色のコンクリートと、シゲの金色の少し痛んだ髪の毛のコントラストはあんまりにも似合いすぎている。
あどけない寝顔に脱色しすぎた髪の毛に、耳朶で光る幾つかのピアス。
何時の間にか伸びていた竜也の手が、シゲの額にかかる細い髪の毛を梳いていた。
ぱさぱさして乾いた感触は太陽の光を具現化したようだ。
「なんや、自分、どないしたん?」
億劫そうに瞼を上げたシゲが眩しそうに目を細めて見上げてきた。
「べつに」
素っ気無い返事はいつものことだが、微妙に普段の竜也とは違うことにシゲは気付く。
「たつぼん?」
呼びかけと同時にチャイムが鳴った。
その瞬間、竜也は後ろめたさのためか、ここに居続ける事を逡巡するように視線を彷徨わせる。
その迷いを打ち消すのはシゲの笑顔だった。
「一緒におさぼりしーましょっ」
眩しいくらいの笑顔に見惚れた隙に、シゲの手が竜也の後頭部から引き寄せて自分の胸を枕にさせる。
「えー天気やなぁ」
本当に満足そうな声でシゲが言う。
シゲのシャツには太陽の匂いが染み込んでいて、暖かくて気持ちがいい。
「タツボンも一緒やし、もー、言うことなしっ!」
ぎゅーっと抱きしめられる。
側にいればどうしても視界に氾濫する黄金色。
シゲの色。
「なぁ」
怒られるかなと思っていたから、竜也のポツリと呟かれた声にシゲは竜也の様子がいつもと違うことに気が付いて驚く。
竜也が授業をさぼることは、過去にも何回かあった。
本当に稀だけれど、シゲが強引に引き止めることもあったが、竜也がこうして甘えるようにしてさぼることも過去数回。
勿論、年に片手で数えられるほどだが。
「んー?」
「なんで、髪の毛染めてんの?」
先刻の将の疑問と同じことを竜也がボソリと小さな声で聞く。
「どないしたん?」
胸元に顔を押し付けている竜也を覗き込もうとするが、表情はうかがうことができなかった。
「別に……ただ」
「ただ?」
「知りたいだけ」
他のみんなには理由なんかないとは言ったけれど。
本当はあるはず。
その飄々とした態度にも、執着しない姿勢にも。
人よりも少しだけたくさん知っているシゲの理由。
本当はもっと知りたい。
もっともっと。
「俺のこと、もっと知りたいん?」
「うん」
「なんで?」
やられた……
シゲの声は笑いを含んでいて、嬉しそう。
「………………す……、き、だから、だろっ?」
途切れ途切れの竜也の告白に、シゲの胸が震える。
「えーよ。タツボンは特別やから、教えたるわ」
よいしょと体を起こしたシゲの動きに合わせて、竜也はシゲの膝の上に頭を落としてしまう。
「あぶねぇなっ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。俺がしっかりついとるから」
「だから、大丈夫じゃねぇんだよ!」
「ひどいわ、タツボン」
「気色の悪い声だすな!」
「気色悪いなんてひどいわぁん」
変わらず裏声を使いながらだが、竜也の栗色の髪の毛を梳く手は優しい。
「タツボンは、脱色したり髪染めたこと、ある?」
不意にトーンの変わる声。
普段は陽気に聞えてしまう関西弁は、トーン一つで物憂げにも怒っているようにも聞える。
今の声は、どうとも捉え難い。
過去を語る時のシゲの声は、少し淋しげで、それでも今があるからと幸せそうで。
「ない」
「じゃあ、ピアスは?」
こめかみから手櫛で髪を梳いて、それから耳朶を撫でる。
「……な、い」
「せやろな。タツボンは真面目な子やから」
からかいを含まないシゲの声。
後ろから照りつける太陽のせいで、シゲの表情はよく見えない。
ただ、ばらばらと広がる髪の毛があんまりにも綺麗に見えるだけ。
「生まれたまんまやん」
竜也の髪の毛は綺麗な艶があって、健康なもの。
自分のとは違う手触りに、シゲは目を細める。
「俺は、それが嫌やってんな」
人事のように語る声は静かで、普段の態度がいくらか飾ったものだと知らしめる。
「俺は、あの人の子供やなくて、俺として生きたいから。あの人にもろたモン捨ててしまいたかったんやろなぁ」
あの人、と人事のように語る。
遠ざけるように。
そして、
「難しい言葉使うたら、アイデンティティの確立っちゅーやつやな」
すぐに茶化して笑う。
「……俺は」
竜也の手が持ち上がって、シゲのぱさぱさした髪の毛を自分の指に絡めた。
それから、少しだけつよく引っ張る。
「お!?」
顔が近付いてシゲの方がドキリとする。
間近にある竜也の目はまっすぐシゲを見上げてくる。
「俺は、目立つからだと思ってた」
「あ……、まぁ、それも理由の一つではあるんやけど……タツボン?」
「どこにいても、すぐに見つけられるからだと思ってた。俺が」
「……竜也?」
「俺のためだと思ってた」
そんなこと、シゲの方から言い出せば「馬鹿言うな」とか言うくせに。
まったく我儘で、自分勝手なお姫様。
「それが、一番の理由なんやけど、ばれてもうたか」
愛しくて愛しくてシゲはうまく笑えなくて、キスをする。
頬や額に降り注ぐシゲの髪の毛はさらさらと衣擦れのような音をたてる。
日向の匂いが近くなる。
触れるだけで離れた唇が、タツボンにはかなわんなと笑う。
「シゲ」
「ん?」
「俺、お前の髪、好き」
「……おおきに。俺も、タツボンの髪の毛好きや。えぇ匂いするし」
額に口付けくんと鼻を鳴らす。
「そりゃ、うち女ばっかだからな」
シャンプーもいいもんそろえてるから。
「俺も気にした方がえぇんかなぁ」
「なにを?」
「傷み。禿げても愛してくれる?」
「あー……それはちょっと自信ねぇなぁ」
クスクスと笑いながら竜也は枝毛になってしまった毛先を弄ぶ。
それから視線で引き合って、太陽色のベールに包まれキスをした。
2001/07/24
我儘なタツボンが好きらしい(笑)ある程度開き直りながらも、やっぱり初心いタツボンが。んで、シゲちゃんは大人なの。だけど、タツボンには敵わないのが理想。シゲちゃんの髪の毛とかピアスの小話とか読むの好き。あと、いつかジャンプで覆されるのかもしれないシゲちゃんの過去の話が(苦笑)でも、中学生だしラブラブさせてあげたいなぁと思ってます。