映画のような恋をしよう



 まいったなとシゲは思った。
 とても幸せそうな表情の下で。
 膝の上には柔らかな髪の毛が広がっている。
 右腕は抱き枕のように拘束されてしまっている。
 それがとても幸せだった。
 シゲの膝を枕に眠る竜也の表情は穏やかで、それを見て安心する。
 まだ涙のあとが見えたが、それでも寝顔は安らかだ。
 シゲはさっきから何をするでもなく、ただ竜也の寝顔を見つめ続けている。
 物音のしない静かな時間が過ぎていた。

 それを破ったのは数分後の玄関から聞えてきた人の気配だ。
「ただーいまー」
「おかえりなさーい。お邪魔してまーす」
 真里子の柔らかな声に、シゲが小声で返事をした。
 買い物袋を提げている真里子は、笑顔でいらっしゃいと告げる。
「アラ? 竜ちゃんは?」
「あー、それが……ココに」
 苦笑を浮かべてシゲが指差したのは、自分の膝の上だった。
 ソファーの背凭れでちょうど隠れてしまっている。
 それを覗き込んで、真里子は忍び笑った。
「なんや、恋人のママさんにこう言う現場をモロに発見されたら流石に照れるなぁ」
 苦笑いの理由を口にしたシゲに、真里子はアラ? と意外そうな顔をする。
「そう?うちは公認だから、大丈夫よ? あ、でもお父さんはわからないけど」
 嬉しい言葉と複雑な言葉を同時に発して、真里子は竜也とやはりよく似た綺麗な笑顔を浮かべる。
「はは、複雑やなぁ」
 公認の言葉も父親の存在も。
「シゲちゃん、晩御飯食べて行くでしょう?」
「あ、すみません」
「いいのよ。あ、来週にね、お好み焼きをしようと思うんだけどシゲちゃんよろしくね」
「モチロン」
 前に一度、水野家のお姉さま方に強請られてお好み焼きを焼いたらえらく好評で、水野家の夕食がお好み焼きになる日にはシゲが必需品となった。
 そうやって、誰かに必要とされるのは悪くない。
「たっだいまー」
「ただいまー。おなか空いたー」
 そうしているうちに、孝子や百合子が帰ってくる。
 賑やかな声にも竜也は起きる気配を見せない。
「孝ちゃん、百合ちゃん、おかえりなさい。ねぇねぇ、見て見てー」
 仲のいい姉妹なのはいいが、真里子が笑顔で見てと言ったのはソファーで手持ち無沙汰なシゲと眠っている竜也の姿だ。
「アラ、かっわいー。シゲちゃん、よかったわねー」
「それって、なんか普段のシゲちゃん、報われてないって聞えるんですけど」
「アラ? 違ったかしら?」
 普段から、人前でのスキンシップを求めては竜也の鉄拳やらサッカー選手の足での蹴りを容赦なく頂いているシゲだ。
 あまり報われているとは思われがたいのかもしれない。
「違いません」
 素直に認めたシゲに、シゲちゃんは素直よねーと綺麗な笑顔が返される。
「竜ちゃん、どうしたの?」
 確かに、竜也がこんな風に素直にシゲに甘えるのは珍しい。
 涙の後も見て取れる。
「映画、かな」
「映画?」
「そう。で、二人で見てたら途中からなんや様子がおかしいなぁ思って覗き込んだら涙ぐんでて」
「この映画、何? 知らないわ」
 古いパッケージを見ながら百合子が言う。
「けっこう昔のヤツやし、マイナーな映画やったから」

 悲しい物語りだ。
 シゲはヒッチハイクの途中でこの映画を見たのだ。
 きっかけは何だったか。
 昼寝目的で入ったボロイ映画館で見たのだ。
 眠ろうと思ったのに、いつの間にか見入っていた。
 主人公は旅の途中の若者で、立ち寄った先の町の娘に恋をする。
 娘も若者に夢中になり、親の目を盗んでは二人で時間を過ごすのだ。
 それはそれは幸せそうに。
 しかし、その幸せも長くは続かない。
 若者は、また旅に出ようとする。
 同じ場所に留まることができない性分なのだと娘に告げる。
 一緒に行こうと若者は言うのだ。
 娘は温かな家族と愛する若者との間で葛藤する。
 そして、若者が町を出ると告げていた夜に、娘は町に残ることを伝える。
 また若者に残るようにも言う。
 しかし、若者は首を横に振る。
 そして、娘は残り、若者は旅立つ。
 そして、映画は終わるのだ。

 ありふれたようなストーリーが、綺麗な映像で展開される。
 二人ですごした日々があまりに鮮やかに撮られていてその分、別れてしまう二人が切ない。
 旅の途中だったシゲは、この話を見てほんの少しの羨望の念を抱いたのだ。
 一度でいいから、こんな風に誰かに引き止めたり、足を止めてくれるような人に出会いたいと思った。
 自分のこの旅の終止符を打ってくれるような人に会いたいと、闇の中の映画館で一人思った。
 中古屋のワゴンセールで売られていたビデオの中から偶然発見した時に、竜也と見ようと思って買っていた。
 映画の途中で竜也は、何でこんな映画を見せるんだと怒ったように言った。
 俯いた竜也の膝に、ポタポタと雫が落ちるのを見てぎょっとしてしまった。
 そんなつもりはなかったから。
 主人公の若者とシゲは同じ旅人で、同じくらい幸せな恋をした。
 違うのはエンディングなのだと告げたくて。
 枷だとか重荷だとか、そんなものじゃなくて、自分の意志でこの街にいる自分を教えたくて見せたのに。
 でもシゲはそんな擦れ違いが嬉しくて思わず笑ってしまって、喧嘩をして。
 誤解を解いてキスをして。
 恥ずかしがる竜也を自分の膝の上に転がせて続きを見た。
 映画が終わる前に竜也は眠ってしまっていた。

 そして今に至る。
「愛されてるわね。シゲちゃん」
「それはそれでなんだかムカツクわねぇ」
 微笑ましい図だが、可愛い甥っ子が自分達に懐く以上にシゲに懐いているのが面白くないのか面白いのか。
 美人さんの微笑みが怖い。
「竜ちゃん、起こしたくないでしょう?」
「じっとしてなさいね」
 ジリジリとにじり寄られてシゲは竜也が見ていれば、珍しいモノが拝めたと喜びそうなほどの恐怖を感じていた。


――数分後――

「……っ……ん?」
 それまでぴくりともせずに心地良さそうに眠っていた竜也が、瞼を震わせた。
「あ、起きた」
「起きちゃったわね」
 いくつかの声が近くでして、竜也は自分の状況を確かめるためにパチリと目を開いた。
 すぐに自分が眠りについた時の状況を思い出して、起き上がる。
 シゲの膝を枕に眠っていたのを思い出したのだろう。
 上半身を勢いよく起こした竜也はもう真っ赤だ。
「おはようさん、タツボン」
 いつもの明るい声で告げられる。
「……お、はよ……」
 真っ赤になりながらもここはさすがと言うか、きちんと挨拶を返す。
 おはよう、の時間ではないが寝起きの挨拶だ。
 そろそろと顔を上げた竜也がシゲの顔を見て停止した。
「……ナニやってんの?」
「タツボンが気持ちよさそうに寝てるから、俺、動かれへんやん? で、お姉さま方の玩具になってしもうたの」
 シゲの頭は何故か三つ編みにされている。
 しかも、左右二つにわけて。
 それは清楚な女の子がしていれば可愛いのかもしれないが、シゲがしてれば可愛げも何もない。
 似合わない、とは言わないが、なんだかイロイロ企んでそうに見えて嫌だ。
「あー、楽しかったー。面白い物イロイロ見えたし」
「お姉さま、コレほどいてもえぇですか?」
「ダ・メ」
「言うと思うてましたけど」
 まだ寝起きの顔でシゲを見上げていると、シゲがそれに気付いて笑いながら似合う? と茶化す。
「似合わねーよ」
 やっと自分のペースを掴んでほっとする。
 映画を見てからグズグズと崩れた自分のペースがやっと戻ってきた。
「タツボン、顔洗っておいでや。目、重たいんちゃう?」
 食事の用意に孝子と百合子が立ち上がってから、シゲがポソっと言った。
 確かに瞼がまだちょっと腫れぼったい。
 そんなに泣いたわけではなかったはずなのに。
 頬に手をやりながらきょとんとしていると、
「ウサギちゃんになっとるで? 俺、ライオンやから食ってまうぞー」
 そんな風に笑われる。
「馬鹿言ってんじゃねーよっ」
 いやらしい笑みを浮かべたシゲを一発叩いて洗面台に向かった。
 シゲの一言で、いつもの自分に戻れる。
 最初に気持ちを乱したのはシゲの行動だったのに。
 自分も大概現金だよな。
 洗面所の鏡に映る目はまだ少し赤いが、最初よりは引き締まったと思う。
 それでも、さっきまでの状況を思い出してまた顔に朱が昇る。
 母親や叔母たちの前であんな……
「たっちゃーん、ご飯よー」
 母の呼ぶ声にはっと我に返った。
「今、いくー」
 洗面所の電気をパチリと切って、スリッパをパタパタ慣らしながらダイニングに戻れば、相変わらず三つ編みのままのシゲが竜也がいつも座る席の隣ですでに待っている。
「シゲ、お前明日、その髪形で学校行ってみろよ」
「これ以上シゲちゃんファン増やしてどないせーっちゅーの」
「うっわ、自意識過剰っ」
「そりゃ、タツボンにふかーく愛されとるなんて自分、ちょっと自信つくで?」
「誰が深く愛してるって?」
「えっ、あれで浅いん? タツボン、甲斐性持ちー」
「そう思っとけ、バーカ」
 そんな他愛のない会話をする二人の無意識ないちゃつきっぷりにあてられながらも、水野家の人々は微笑ましくそれを見守ったのだった。


2001/08/14
シゲは水野家に愛されててほしい!!たとえ、いつの日にかジャンプ紙上でシゲが真里子ちゃんを「おばさん」と呼ぶかもしれなくても。そん時はこの話はなかったことにしてください(笑)
BDを書いてても思うんですが、私はやたらと甘々のカップルにはギャラリーをつけたがるらしいです(笑)野次馬ワラワラな話大好き!笛も、水野家とか出てたり、部でも高井や小島ちゃんや不破センセが絡んでるパロが大好きです。
ちなみに、この話に出てくる映画は最初は「マディソングンの橋」にしようと思ってたんですが、ちょっと渋いかと思って架空の映画にしました。

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