世界で一番可愛いのはだぁれ?



 シゲは手先が異常に器用である。
 成績も家庭科だけはずばぬけていい。
 あとは体育だけだ。
 他は平均以下が常習なのだが、家庭科で見せる手先の器用さや家事に対する知識は家庭科の教師も驚くものがあるほどである。

 竜也は手先が異常に不器用である。
 他の成績はずば抜けていいのに。
 勿論、体育だって優秀だ。
 ほとんど文句のつけようのない秀才だが、家庭科で見せる手先の不器用さは家庭科教師を呆然とさせることがしばしばある。


「水野―。今日、私、部活出れないかも」
 昼休みの屋上。
 部長である竜也にそんな報告をしてきたのは、小島だった。
 その声にはうんざりとした色が滲んでいる。
「あ……、俺もだ」
 竜也が似た響きでそう言った。
「どうしたんだよ?」
 サッカー命な二人が出れないとは珍しい、と高井が尋ねる。
 竜也と小島は同じような苦い表情を浮かべる。
「家庭科の提出、今日までなのよ」
「家庭科―? 自由製作のヤツだろう? なんだよ、お前らそんなに手のこんだもん作ってんのか?」
 二年生の前期の家庭科は被服で、前期いっぱいの授業を全て使って自分の作りたいものを製作することになっていた。
 器用な子や女の子達はちょっと手間のかかる服や比較的簡単にできる浴衣の製作。
 ずぼらな男子や不真面目な生徒は袋やティッシュケースに取り掛かっている。
 簡単すぎるものだけだと、それなりに低い点数つかつかない。
 竜也も小島も取り組んだのはティッシュケースだった。
 それがなかなか上手くいかずにやり直しを何度も繰り返して、あと一歩で完成に漕ぎ着けれていないのだ。
 ミシンを踏めばたちまちに糸が絡まるし、針を使えばせっかく選んだ布に赤い染みができてしまうありさまなのだ。
 おかげで、竜也の手にも小島の手にも数枚のバンドエイドが巻かれていた。
 持って帰って製作できれば竜也には洋裁学校の先生をしている叔母もいるのだが、生憎、教材は持ち帰り不可なのである。
「不器用、なんだな」
 不破の何気のない言葉に竜也は何も言えないが、
「失礼ね! 私は裁縫が苦手なだけよ! 簡単な料理くらいだったらできるんだからね! 家事のかの字もできない水野と一緒にしないでくれる?」
 小島は果敢にも言い返す。
「……小島……」
 それでもやはり竜也は言い返せない。
「まぁまぁ。あれって、間に合わなかったら点数もらえないんだよね」
 将の仲裁は二人を落ち込ませるだけだった。
「まっ、そう言うことなら今日は仕方ねぇよ。二人とも頑張れよ」
 そんなこんなで、サッカー部部長と女子サッカー部部長の部活不参加は決まったのだった。


 被服室では何人かの生徒が作業を始めていた。
 竜也と小島は窓際の席で溜息をつきながら作業を始める。
 校庭に面している教室だから、サッカー部の練習風景はよく見えたし、開け放った窓からは掛け声もよく聞えていた。
「小島、もうできてるじゃないか」
 小島の手の中にあるティッシュケースは完成間近。
 竜也よりは今日の締め切りに間に合う可能性は高い。
「まぁね。友達に聞きながらやったもん。……水野はちょっと苦労しそうな感じね」
 お互い、ソレ何? と指差されそうなできだが、竜也の完成への道はまだ長そうだ。
 竜也が重い溜息をついたその瞬間、
「おー、やっとるやっとる」
 聞きなれた声がした。
 空気の沈んだ被服室に明るく響く声。
「アラ、佐藤じゃないの」
「サッカー部のぶきっちょ二人が、泣いてへんかなぁっと思って覗いてみました」
 そう言ってサッカー部一器用で生活能力のあるだろうシゲは、二人の手元を覗き込む。
「誰が泣くか」
「手、痛そうやな」
「「うるさい」」
 器用なヤツにはぶきっちょの苦労なんかわからない。
「あんたは何作ったのよ?」
「ナイショ。せやけど、すぐに完成したで? あ、でも姐さんもあとちょっとやん? 何に困っとんの?」
 小島の手元を覗き込みながらシゲが何気なく問う。
 不器用な二人を思って手伝いに来たのだろう。
「ココ。後ろのホックのトコ」
「あぁ、そこはこっちから通して、そうそう。で、そこで止めたらできるやん」
「あ、こっちなんだ? で、ここで止めちゃっていいの?」
「そう。姐さん、玉止め下手やね」
「うっさいわねっ」
「ま、でもそれで完成しましたけど」
 シゲにそう言われて、小島は自作ティッシュ・ケースを少し離してしげしげと見つめる。
 あまり出来がいいとは言えないが、完成は完成だ。
「いいや。お兄ちゃんに使ってもらおっと」
 女は開き直りが肝心。
 さっさと提出用の用紙に氏名やクラスを書き込むと、安全ピンで貼り付けて教壇の上の完成品の中に並べる。
「よしっ。終わり!! じゃ、水野、頑張ってね! 佐藤、水野の手伝いをするのよ? 邪魔じゃなくてね!!」
 手早く自分の裁縫道具を片付けるとさっきまでの沈み具合はどこへやら。
 意気揚揚と教室を去って行った。

 のこされたのは、呆気にとられたままの竜也とその隣に腰を降ろしたシゲと、あと数名の生徒達。
「タツボン、ホンマぶきっちょやなぁ」
 俯いて、チクチクと針を動かしている竜也の手元を見ながらシゲにしみじみ言われたら、なんだか腹が立つより先に居た堪れない気分になる。
「どうせ、俺はお前みたいに自分のこと、何一つ自分じゃできねぇよ」
 女ばかりの家庭の中。
 女が家事、なんてのは最近じゃ否定されてるけれど水野家の場合は如何ともし難い。
 掃除だってほとんど自分じゃしないし、洗濯だってマトモにやったことがない。
 料理なんかもってのほかで、ボタンが取れそうだったのも気付かないうちに直されていることがある。
 家庭科の授業で壁にぶち当たる度に、自分がいかに甘やかされているかを知ることになるのだ。
 シゲがいかに大人かとか。
「そのまんまやと絡まってまうよ?」
「え?」
 シゲの指差す糸は確かに絡まってしまって修正不可能寸前だ。
 危うくまたやり直さなければならなくなるところだった。
「貸してみ? そこだけ解いたるから」
 妙に優しいシゲの申し出に、素直に差し出す。
 器用に手先を動かしてあっと言う間に絡まっていた糸を解いてしまう。
「ホラ」
「……あ、りがと」
「どーいたしまして」
 明るい笑顔。
 シゲは何に対しても器用。
 家事だって、人付き合いだって、サッカーも。
 羨ましいなと、竜也は思う。
「痛っ」
「あ? 刺したん? 大丈夫か?」
 覗き込んだ指先にはプクリと血が盛り上がっている。
「絆創膏あるん?」
「ある」
 シゲにぺたりと貼ってもらったソレはもう何枚目になるのか。
 指先だけ見れば満身創痍だ。
「ボタン付けくらいができたらあとのことなんか必要なさそうなのに、なんで被服の授業なんかあるんだろう」
 自分の指先を見ながらポソリと漏らした竜也の言葉にシゲがくっくと笑いを噛み殺し、やがて耐えられなくなって声に出して笑い出した。
「なんだよっ」
「いや、ソレいっつも俺が言うとるセリフやなぁって。タツボンもそんなことを思うときがあるんやな」
 確かに。嬉しそうにシゲが笑っているのが癪だ。
「うるせぇ。誰にだって向き不向きがあるんだよ」
「そうそう」
 シゲのペースに巻き込まれている。
 くだらない会話を断ち切って、竜也は手元に視線を戻した。
 作業を再開したが、絆創膏だらけの指先は感覚が鈍く針も滑ってしまう。
「タツボン」
 しばらく大人しく竜也の手元を覗き込んでいたシゲが声をかける。
「なんだよ」
 注がれる視線がやりにくいと思っていたから返事はぶっきらぼうだ。
「貸してみ?」
「え?」
「いっつもタツボンのノートとか借りとるし。せやから、今日は俺にタツボンの手伝いさせてや」
 出せ、と手を差し出してくる。
 このペースでは間に合わないかもしれないし、指の絆創膏のせいで作業ももどかしい一方だ。
 しかし、ここで素直に助け舟に乗らないあたりが竜也だ。
「いい。課題なんだから、自分でやる」
 生真面目な性格そのものな返事に、シゲはやっぱりとどこか柔らかい溜息をつく。
 それでも、竜也の意志を尊重してやるにはその手は痛々しすぎる。
「じゃあな、タツボン。取り引き、しよ?」
「取り引き?」
「せや。俺にタツボンの手伝いさせてくれたら、一個、なんでも言うこと聞く」
 それってなんだか違わないか?
 そんな疑問も口をつくかけたが、なんでも言うことを聞くという言葉に少し考える。
 それはここでシゲに手伝ってもらえばかなり楽だし、練習にも出れる。
 ……たまには……いいかな?
「……わかった」
「よっしゃ。取り引き成立。ほな、貸して」
 早速とばかりに竜也の手から布と針を奪うと、まるで手品でもするようにチクチクと指先を動かしていく。
 いつ見ても感心してしまう。
 刺繍も編物もミシンかけもこなしてしまう手先。
 料理もレパートリーは多いし、味だって美味しい。
「……お前、いつでも嫁に行けるって状態だよな」
 一緒に住んでいる叔母達のことなんかを思いながら言ってみた。
 家でも母さんはシゲが夕飯の手伝いなんかを手際よくこなす度に、「シゲちゃん、うちにお婿さんに来てくれないかしら」と呟いている。
「タツボンが貰ってくれるから、俺は売約済み」
 手を動かしながらシゲはさらりと返す。
「……貰ってやってもいいけど、それって返品可能?」
「不可や、不可っ」
「何年間の保証付き?」
 シゲがちらっと上目で見てきた。
 にっと笑うその表情、その角度。
 かっこいい、と竜也は思わず思う。
「一生涯幸せになれる保証付きです」
「……そ」
 自分で話を振っておいて照れてしまって顔をそらす竜也に忍び笑って、シゲは作業を再開する。
 竜也の不器用さにあわせて、ちょっと歪んだ縫い目を作る。
「でっきたっ」
「えっ? もう?」
「シゲちゃん、舐めんでやー。家庭科やったら学年一位取れるっちゅーねん」
「授業でないから取れないだけだよな」
「むぅー」
 拗ねてポンっとティッシュケースを放ると、竜也は慌てて、
「ごめんって。さんきゅ」
 そう言って、微笑んだ。
 途中から縫い目が微妙に真っ直ぐになっていたり、しっかりしていたりするが、まぁ大丈夫だろう。
 提出カードを書いて教壇に置いておく。
 時計を見ればもう部活も終了の時間になっていた。
「結局間に合わなかったなぁ。部活」
「せやけど、こっちの締め切りには間に合ったやん。えぇことにしよ」
 窓から見下ろしたグランドでは既に片付けが始められている。
 この分だと部誌は小島か他の誰かが書いてくれるだろう。
 竜也が片付けるのを待って二人で教室を出ると、いつもより少しだけ早い下校になった。
「……なぁ、シゲ」
「んー?」
「さっきの、取り引きなんだけどさ」
「おー、何? ベッドの上でのポジションチェンジは勘弁なんやけどなぁ」
「それもいいけど、今の俺にはまだ自信がないからそれは今度の機会」
 あ、考えてないわけやないんやな……
 そんなシゲの将来への一抹の不安を口にしながら、竜也はシゲの横で耳を赤くして言いあぐねている。
 放課後の下校時間間近の校内には、下校の準備をする部活生がちらほらと見える。
 部員が多くて、着替えるスペースのない大所帯の部の部員が自分の教室にユニフォーム姿で向かう。
 野球部のマネージャー達が大きなクーラーボックスをさげていたり。
 放課後独特の空気が、オレンジ色の背景に溶けていく。
 喧騒と緊張感のある練習から解放された生徒達ののびやかな声。
 いつも味わう放課後の空気とは少し違う。
 今日は客観的に見ているからだろうか。
 黙ったままの竜也が言い出すのを待っている間に、玄関にまで差し掛かった。
 履き潰したスニーカーの紐を締めなおして、シゲが体を起こした。
 その瞬間に、

ちゅっ

 と、軽く触れるだけのキスで時間が止まった。
「っ!? タツボン!?」
「これで成立、だろ?」
 普段、学校では手を繋ぐことさえさせないのに。
 他に人はいないけど、遠くから声は聞えるのに。
 こんな大胆な。
 珍しく赤くなって立ち尽くしているシゲに背中をさっさと向けて、竜也はもう玄関を出ている。
「早く来いよっ」
 そこで足を止めて、照れ隠しで怒鳴る。
 可愛すぎる。
 シゲは緩む頬をそのままにして、駆け足で竜也の隣に並んだ。
「ぅんじゃ、帰ろか」
「ん」
 いつもの下校時間には生徒がほとんどいない時間を帰る。
 今日はまだ早くて、校門の周りにはまだ生徒が何人もいる。
 金髪の桜上水一の不良と、潔癖とも言える優等生が並んで下校する光景を珍しそうに眺めている。
 人目を気にしないシゲと、人目は気にするが意識しない時は鈍感なほどに頓着しない竜也は、いつもの通り、じゃれ合い怒鳴りながら帰っていく。
「なぁなぁ、タツボン」
「んだよ」
「あんな、あのティッシュカバー、返却されたら俺にちょーだい」
「そりゃ別にいいけど、あんな不恰好なのでいいのかよ」
「ん。タツボンの手作りやもん」
「……ふーん」
「でな? 俺の作ったヤツ、タツボンに貰ってほしいねんけど」
「お前、何作ったんだよ?」
「それはナイショ」
「変なもんだったら貰わないからな」
「変なもんちゃうわ。まっ、楽しみにしといてや」
 いつもと違った帰り道。
 いつもと同じ調子の会話。
 これが僕らの愛すべき日常。


〜後日〜

「はい、タツボン。貰ってや」
 放課後の部室。
 そんなシゲの声と突き出されたブツに視線が集中する。
「……何、ソレ」
 竜也のティッシュケースなんかよりは一目瞭然のそれは、
「何って、シゲちゃん人形」
 シゲの手の平に乗っているのは、髪の毛が黄色くてバンダナを巻いていて、耳にビーズのピアスが数個あって、桜上水の青いユニフォームを着ている人形。
 ユニフォームの背番号は11番で、SHIGEの文字までご丁寧に書かれている。
 布のせいか、ちょっとだけくたんとなっている姿が可愛らしい。
「それって家庭科の課題?」
「そう」
「シゲさん、凄いんですよ。その人形、あっと言う間に作っちゃって、あとは先生と一緒にわからない人に教えてあげてたんですよ」
 同じクラスの風祭の言葉に、さすがだよなぁと周囲で感心する声。
 渡された竜也の手の平の上で首を傾げている人形はちょっとだけ重い。
 お手玉のような感触だ。
 傾いだ顔を指先で上げさせると、釣上がり気味の眉の下に似ても似つかない可愛らしい目が縫われていた。
「これ……俺にどうしろって言うんだよ」
「タツボンの側に置いたって?」
 にっこりと笑って、シゲは言う。
 竜也のボロボロな上に血の薄っすら滲んだティッシュケースは既にシゲのカバンの中。
「……人形の方が可愛いじゃん」
「なにぃー! そんなこと言うんやったらやらんっ! 俺がタツボンの側におるもん!」
 ぽそっと竜也が零したセリフに過剰に反応して、人形を取り返しにかかるシゲを竜也はにやっと笑って簡単にかわしてみせる。
「やだ。もう貰ったから、コレ俺のモン」
「あかんっ。人形なんかに負けてられへんから返せ!」
「やーだよ」
 部室の中で始まった痴話喧嘩と追いかけっこを、うまく避けながら部員達は着替えを始める。
「このボン! 逃げんなや!」
「ボンって言うな! 馬鹿シゲ!」
 痴話喧嘩は練習にまで及び、紅白戦は白熱。
 部室棟からは他の部の部員達が、サッカー部は頑張ってるなぁと感心していた。
 シゲ人形は結局竜也が無事にお持ち帰りとなった。

 そして、本人よりも可愛らしいシゲ人形は竜也の部屋の本棚に居座ることになった。


2001/09/16
シゲちゃんの過去に触れる話以外のものをアップ(笑)
タツボンは家庭科絶対悪そうだし、小島ちゃんもなんとなくそんなイメージが……シゲちゃん人形はコミックの折り返しのトコロにちらっと写真が載ってましたよね。あれで思いついたんです。
サッカー好きはサッカー好きらしく、爽やかにサッカーに思いっきりのめりこんでる二人が書きたい………しっかし、今の中学生って私が中学生だった頃と大きく違う気が……うちらが中学ん時って缶蹴りとか元大中小とかやってたし。男子とかはいきなりガラっと教室のドア開けて「なんじゃ、こらー!!」とか言ってお互いの襟首掴むという喧嘩ゴッコとかしてた。楽しかったよ……(遠い目)

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