8th記念企画
正義の葉


 近藤を見送ってから土方は執務室にこもった。
 言いつけられた隊士が何度も書庫へ出入りし、シュレッダーの屑が庭で火にくべられる慌しいデスクワークだ。
 煉獄関一件の口火を切った沖田は何をするでもない懐手で障子にもたれ、中庭を眺めている。
「総悟」
「……」
「暇なら、これ、目ぇ通してろ」
 バラバラと分厚いファイルを捲る手を止めず、土方が差し出してきたのは一冊の冊子だった。
 沖田総悟でもわかる真選組事務マニュアル。
「……こりゃぁ……、なんですかィ?」
「見てのとおりだろうが。お前ぇにもわかるようにまとめてある。一言一句もらさず目を通して暗記してモノにしろ」
「あんたが作ったんですかぃ?」
「山崎に作らせた」
 パラパラと捲ってみれば、始末書はじめ報告書の書き方が図説で並び、ほぼ全ての漢字に振り仮名がふってある。
「近藤さんなら大丈夫さ」
「俺の赤褌のご利益ですかィ?」
「俺のマフラーだろ。ってか、お前ぇのガキの頃の褌って、あの人が使えるわけねぇだろ」
「下半身だけは女泣かせって? むしろ土方さん泣かせか」
「黙って読め。近藤さん一人ならまだしも、あの松平のとっつぁんが一緒なんだ。生還は確実だろう」
 捲れあがる紙面を手で押さえ、もう片方の手は煙草のソフトケースを掴む。
 一振りして飛び出たそれを銜え火を点ける、一連の仕草に迷いはない。
「処分も回避できるだろうが、万が一ってこともある。しっかり、読んどけ」
 万が一のための引継書を閉じ、中庭でもくもくと立ち上る火に向かって放り投げた。
 舞い上がった火の粉に火の番をしていた隊士が苦情を上げかけ、連れに止められている。
 土方は横目でちらりとそれを見ただけで何も言わなかった。
 真選組一番隊隊長では自分の貫いた正義の結果を背負うこともできないと思い知れば、剣一本で築き上げてきた自信にミシミシと亀裂が入る。
「土方さん」
「あー?」
「土方さん」
「なんだよ、うるせぇな」
 この男は、なんと軽やかに覚悟を決めるのか。
 朝起きて誰とも知れない偉くて力のある何者かに、今日があなたにとって最後の一日ですよと告げられて、それでもあの男は何食わぬ顔で一日を過ごすのだろう。
 煉獄関の件で幕府が何か処分を下そうとするのなら、それは現場を指揮した土方かもしれない。
 斬首がいつ言い渡されてもおかしくない状況で、動揺せずに真選組のために最期の一日を過ごすことができる。
 ようやくこちらを振り返ったいつもの仏頂面は、近藤の理想を叶えるためには必要なのだと思い知る。
「なんだ、お前。後悔してんのか」
 ふーっと顔面に吹き付けられた紫煙は苦くてただ煙たくて、何でこんなものを好き好んで吸い込んでいるのか理解しかねる。
 わざと咳き込んでやったら、口に紙巻を一本突っ込まれた。
「近藤さんは、今回のこと喜んでるぜ。まぁ、俺もだが」
「……勝手なことしたのにですかィ?」
 統率の乱れはこの男が最も嫌うところのはずだ。
 烏合の衆をまとめるために鬼の徒名を背負ってきた。
「お前は昔から近藤さんが言うことなら何でもホイホイ聞いて実行して、自分じゃろくに進路をとれねぇへタレに育っちまわねぇかと密かに心配してやってたが、いらぬ心配ってやつだったな」
 近藤がカラスを白と言うのなら、総悟はカラスの持つ色を白というのだと覚えるだろう。
 そういう風に育った。
 ただ一つ自分で考え選んだのは、近藤勲を大将として生きることだったはずだった。
 煉獄関を潰そうと思ったのは、決して自分だけの判断ではない。
 近藤もきっと、そうするだろうと思った。
 自分の正義は近藤の正義の枝葉だ。
 近藤の意思を確かめる前に手を出したことは、沖田総悟の人生の中で異例の出来事ではあるが。
 それを嬉しいと、土方は言う。
 近藤も同じだと言う。
「だからよ、俺はお前ぇに首とられるのは勘弁だが、俺が消えた後にゃお前に副長の座を譲ってやるのも悪くはねぇと思ったんだよ」
 目の前に灯されたライターの炎が煙草の切っ先を焼く。
 立ち上った煙を吸い込むと、思った通りに咽た。
「まぁ、まだ百年ほど早いけどな」
 自分の短くなったそれのかわりに取り上げられて、見回りがてら迎えに行きなと追い出される。
 憎くて、苛めやすくて、使いやすくて、敵わない男。
 バカばかりの集団の暴走に存在意義を持たせることができるただ一人の男。
 敵わないからこそ、その座を射止めたくなるというもの。

 燻されたような口の中の不快さを持て余しながら言われるままに屯所を出た総悟は、川原で頭頂部にでかいたんこぶこしらえて伸びている近藤を発見する。
 一瞬肝が冷えたが、川向こうに唐傘と白い巨大犬が見えたことから加害者に思い当たる。
 こりゃあ無罪放免といくしかなさそうだと、往来のど真ん中で伸びている近藤の傍らにしゃがみこんだ。
 今日の占い、カニ座の運勢を思い出す。
 頑張ってきた仕事が周囲から認められます。
 あなたの力を必要としている人が身近にいることを再認識し、仕事への熱意がわいてくるでしょう。
 あの占いは馬鹿にできないらしい。
「大将の回収も幹部の役目か」
 そんな独り言に返るのは呻り声ばかり。
 それでもこの気絶顔は平和な部類だと思えば安堵する。
「近藤さーん。起きてくだせぇ。マイホームで鬼嫁がお待ちですぜ」
 気苦労かけてすみませんでした。
 そんな謝罪のかわりに体格のいい近藤を背負おうと試みる。
 意識のない近藤はずしりと重く、背中に乗せるにも一苦労。
 三歩進んでは潰れかけていると、クラクションに呼ばれた。
「お勤めごくろーさんでーす」
 真選組のパトカーから見慣れた顔がのぞいている。
「ナンパされてくれますかー?」
「でっけぇゴリラも一緒だけど、かまわねぇかぃ?」
「むしろ歓迎」
 一人で支えるには重過ぎる大将だが、黒い隊服が寄り合って支えるのなら心地よい重さになる。
「副長がお怒りですよ。遅いって、心配してます」
「ポーカーフェイス気取りがざまぁねぇや」
「あれ? 沖田隊長、今日はなんかご機嫌ですね」
 ざまぁねぇ。
 自分達はまるで子どもだ。
 この男の役に立ちたくて、認められたくて、精一杯に生きている。
 己一人に近藤は重すぎる。
 近藤一人に江戸の街は重すぎる。
 集って、絡んで、結びあって、影響し合って、育まれて。
 いずれ死を迎える時は、魂一つ分の平和を残して。
 この身に宿る正義を誇り、精一杯に、真っ直ぐに、生きている。


2001/07/11
8周年記念企画のリク募集から、近土←沖で書かせていただきました。が、どこが近土じゃーい!とちゃぶ台ひっくり返されても仕方ないような内容になってしまいました。近土要素って十四郎泣かせな近藤さんの下半身と鬼嫁ってくだりだけなんですけど、一応できてる局長副長コンビってことで!どこが←沖かって問題も残りますが。総悟の←は憧れに近いのかもしれません。

NOVEL TOP   BACK