駄菓子屋の前の薄汚れたベンチで、銀時は人を待っていた。
食い扶持をくれる依頼人ではない。探し人なわけでもない。
ただ、もしも今日この店の前を奴が通りかかったらなら一つだけ質問を投げかけようと出掛ける時に今日の目標をたてた。あくまでもパチンコ通いのついでの目標だったはずなのに、気付けば賑やかな空間に足を踏み入れるよりも前に駄菓子屋のベンチに縫いとめられている。
ぜんぶ新八が悪い。あの眼鏡のせいだ。
ある日、神楽が両腕いっぱいに花束を抱いて帰ってきた。
黄色やオレンジを基調とした花束に顔を埋めるようにした神楽はキレイキレイと上機嫌で、階下の大家から借りてきた水差しにそれを突っ込みいつまでもニコニコと眺めていた。
花より団子のくせに珍しい、どこのパーティーの残りもんくすめてきたとからかえば、貰ったのだと胸を張った。
『路上においてあるポリバケツの中身はお前のためにあるんじゃねぇぞ』
『本当に貰ったアルよ』
『誰に?』
『おきた』
その一言を聞いてしまったから、銀時は今日の糖分を狩りにいくこともできず、空っぽの懐を何度も手の平で摩りながら来る当てのない沖田を待っている。
『そんなに心配しなくても大丈夫じゃないですか? 神楽ちゃんにとって沖田さんって、思いっきりやりあえる喧嘩相手だと思うんですけど。定春みたいな』
それはあれですか、無二の相手と、そう言いたいわけですか。
聞き返した瞬間、新八が怯んだ。銀時の顔が歪んでいたせいだろうが、当人が意識したことではない。
『や、でもね、銀さん。神楽ちゃんだって年頃の女の子なんですから、いつかはね? そういうこともあるじゃないですか?』
手の平を銀時に向け、どうどうと宥めて見せた。
なんだ、その達観ぶり! そりゃお前だって年頃の一男子だからいつかはね?だよねー!
新八はいい。
もてない分耳年増だし、身を滅ぼしかねない優しさを思えば異性関係で騙されても自ら無茶を仕出かすことはないと確信できる。
しかし神楽は。
わかっているのかいないのか。大人をびびらす際どい発言をしたかと思えば、あどけない顔して素面では答えられない質問を口にしたりもする。
『じゃあ新八くん、君は神楽の小さいバージョンがこの世に発生して神楽並の胃袋を備えているとして、それでこの万事屋が破産しても構わないと。タダ働き上等と、そう言うわけか?』
『銀さん、相手は幕臣です』
キラリ眼鏡を光らせる新八にはちょっと引いたが、神楽に説くよりは心理構造が男と言う点で通じる沖田相手に一言忠告入れる方が簡単だ。
と言うわけで銀時は沖田の出現を待っている。
本来ならば、どこの娘がどこの男にたぶらかされ様と知ったこっちゃねぇし、好いただ惚れただ腫れただに第三者が口出しするのも野暮な話よと思ってはいる。本人達が幸せならいいじゃねぇかと思う。
思うが、好いて惚れたらどこが腫れるかわかっていないままに相手を求めるのは不幸じゃないの。
「相変わらず暇そうですねィ」
気だるげな声に閉じていた目を開けば、ターゲットが見下ろしていた。
隊服姿と言うことは勤務中なのだろうが、こいつの場合は制服姿で平気でさぼるから私服だろうが同じこと。
「サボリか? いいねぇ、税金泥棒はよー」
「今日は真面目にお仕事させてもらってますよ。最近、でけぇ事件もないせいで隊内の士気が緩んでるって土方の野郎がぼやきましてね。今年のボーナスは指名手配中の攘夷浪士ぱくって来た奴に優先的に与えるってことになったんで」
指名手配リストをちら見し、残念銀髪頭は載ってねぇやと呟いた。銀時が体を起こして空いたベンチに腰掛ける様子もない。本当に真面目に隊務についているようだ。
「意外だな。お前ぇはボーナスごときで態度改めるような野郎には見えねぇが」
「ちょいと要りようがありましてね」
話をどう切り出そうか、もうこのまんま自己責任にお任せして何が起きても知らぬ存ぜぬで通そうかと思っていた銀時の腹が決まる。
要りようとは? 要りようとはあれか、結婚出産諸々費用か。
思案が暴走して妄想に化ける。
「あー、あー、ところでよぉ。この前はうちの神楽に花なんかくれたりなんかしちゃったりして、どうもすみませんねぇ」
うちの、を強調したが目の前の相手に通じた様子はない。
「あー、あれですかィ。ありゃあ、要人警護の時に貰ったんでさァ。老中の娘からってんで無碍にするわけにもいかねぇから受け取りはしやしたが、Mを自覚しながらカマトトぶってるような女は面倒でいけねぇ。気持ちわりーんで途中で出くわしたチャイナさんに貰ってもらいやした」
結局無碍にしてんじゃん。あー、でもちょーすっきり。ちょー納得。
このサディスティック星の王子が神楽のために花を買い求めたとなれば本気度を覚悟するところだが、聞かされたオチは実に沖田らしい。安心!
「どうしやした? えらくイイ顔になってますぜ?」
「あ? そう? いやー、このところちょっとばかり胃が悪かったんだけど、今の沖田くんのサドっぷり聞いてすっきりしちゃったんだよね〜」
「はぁ、お役にたてやしたか?」
「おうよ」
安心してパチンコ行ける。今日はなんだか当りそうだ。
「食い気の塊かと思ってやしたが、そうでもないんですねィ」
「んん?」
「チャイナさんでさぁ。花。案外、喜んでもらえたようで」
良かった、とまでは続かなかった語尾が、銀時には聞こえた気がした。
沖田は相変わらず童顔の大きな瞳でいて、この可愛らしい容貌に真っ黒なサド魂が煮えたぎっているなど想像できない。青春期を謳歌する年頃の青年の、淡い、想い、みたいな? そんなもの、外面にだけは似合いそうだが沖田の本性を知っている人間であれば誰もが否定するだろう心の動き。それの欠片を覗かされたりしたら、どう反応していいかわかんねぇだろうがァアア!!
「……沖田くん」
「へぃ」
「つかぬ事をお聞きするようだが、君、赤ん坊ってのはどこからくるか、知ってるか?」
沖田はきょとんとした表情をして、質問の意味を飲み込んだのか腰に手を当て嘆息した。
「旦那ぁ、あんた俺を幾つだと思ってるんで? 俺の生活環境思い出してごらんなせぇ。むっさい性欲の塊みてぇな野郎の巣ですぜ? その手の話はガキの頃から嫌ってほどからかわれて教えられてまさぁ」
そうだよね。そうだよね。考えてみりゃ土方あたりがしっかり教育してそうだ。
「赤ん坊はコウノトリが運んでくるんでさァ」
あれ?
「そんなの、常識でしょうよ」
確認したくて仕方がなかった問いに返ってきた答えは非情だった。
「沖田くん、ちょっと屯所までご同行願おうか」
近付いてくる慌しい足音に、土方と近藤は事件発生かと身構えた。
障子がぶち破られた瞬間また総悟の度が過ぎるオイタかと思ったが、飛び込んできた物体が銀色だったので誤解は瞬時にとけ、かわりに土方がキレた。
「てんめェエ! 泣く子も黙る真選組に単騎討ち入りたぁいい度胸だ!」
近藤が止める間もなく刀に手をかけたが、
「泣く子は黙るかもしれねぇが怒れる保護者は黙りませんよォオ! ガキとの生々しい会話避けてそれで今時の若者の性の乱れを正せると思ってるんですかァ!」
「はぁ!? そんな議題はP○Aに持ち込みやがれ!」
「てめぇんとこの弟分の教育くらい責任持てやァ!」
「何の話だよ! 総悟か? あのガキはS星から来た王子なんだよ! 生まれつきなんだよ、どうしようもねぇんだよ! ってか、どうにかできるもんなら是非してくださいお願いします!」
「なんで半泣き!?」
ガヤガヤと賑やかなやり取りが、今日はイマイチ噛み合わない。いつもなら二言三言応酬した後には表に出て抜刀している。
「ちょー、二人とも落ち着けって。万事屋、うちの総悟がなんか迷惑かけたか?」
近藤が仲裁に入れば、銀時が血走らせた目を向けた。
「一歩間違えればこれからかかる。いや、一歩じゃねぇぞ! それは夕方の薄闇の中でうっかり起こるかもしれねぇし、どっかんどっかん喧嘩してる最中にもつれあった拍子かもしれん。十代ってのはな、どっちに転がり落ちるかわからん綱渡りなんだよ! これから大事な話しをしますから、ちょっとそこに座んなさい!」
強制帰営を口実に思う存分仕事放棄と惰眠を貪った総悟が夕食時で賑わう食堂に顔を出すとそこに局長副長の姿はなく、山崎が盆に熱燗と酒肴を準備していた。
「万事屋の旦那、まだいんのかい?」
「おそよーございます、沖田隊長。旦那ならまだ保護者懇談中です」
「なんでぇ、そりゃ」
数時間前に性教育講義が続く部屋にお茶を運んだ山崎は、銀時もたまには真面目なことを言えるのかと感心し、意外な熱心さで耳を傾ける男夫婦に心底呆れた。
そして、
「娘さんを僕にくださいって言う前に、既成事実つくっちゃう方が話はスムーズに進むかもしれませんよ」
歳近いこの青年が新たな家庭を築こうとする時に起こるであろう騒動を想像すると、同情の気持ちが沸き起こる。
不思議そうな顔をする沖田に暗い未来を語るよりはと話題転換。
「隊長、ボーナス狙ってたみたいですけど、なんか欲しいもんでもあるんですか?」
「あぁ、ちょいと土方いびりの道具をねェ。これがいいブツを見つけちまって……」
ニヤリ笑う姿を見て、己の危惧は遠い遠い未来の話だと思いなおす。
弟分妹分の結婚に対して熱い談義を繰り広げる独身男達のために用意した酒肴をつまみながら廊下を進む。
「しっつれーしまーす。ツマミ持ってきましたよー」
足で開けた襖の向こう、グダグダと徳利を傾ける男達の元へコウノトリがやって来ることはまず無かろうと思った。
2009/4/29
沖神、書きやすい。
これ、本当はコウノトリが近土ベイビーを連れてくる話でした。どっちに転んでも痛いな。
ドS王子が案外捻じ曲げられた性教育を受けていたらいい。