進路方向に唐傘とでかい犬の尻が見えた。
今にもアイマスクを引き下げそうな沖田の目がキランと輝いた。
堂々とさぼろうとしていたところを引き摺って巡回に出たのが不満とばかりの勤務態度を改めて、小走りに唐傘に向かって駆けていく。
「副長―、あれってもしかしなくても小さな恋の歌?」
「沖田隊長も年頃なんですねェ」
同行の隊士達が微笑ましく囁きあう。
チャイナ服が似合う色白の唐傘少女に駆け寄る、武装警察の制服を纏った幼い顔立ちの青年。
美しく飾ろうと思えば飾れないこともないだろう。
並んだ少女にバズーカの砲口をすかさず向ける無茶がなければ。
足蹴り一蹴で青年の体をコンクリート塀に叩きつけてしまう少女の反撃がなければ。
「小さな恋の歌ってのはあれか、バズーカの爆撃音か? コンクリート塀がぶっ壊れる音か? 隊長の代わりに誰が始末書書く?」
「俺ら一番隊は別名・沖田隊長の成長を見守り隊ですんで、涙をのんで隊長が始末書を書き上げるのを見守ります」
「見守ってるだけで始末書が書きあがりゃあ俺の日ごろの苦労はいらねぇなぁ」
うんざりするようなやり取りをしている内に、数十メートル先の喧嘩も終わったらしい。
くるりと唐傘が反転して、少女がこちらに向かってくる。
ぴたりと足を止めたのは土方の目前だった。
くるりとした目で挑むように見上げてくる。
「お前、そよちゃんに会うアルか?」
「……そよちゃん?」
誰だと聞き返す前に気付いた。
ちゃん付けでなど誰も呼ばないから反応が遅れたが、この少女はお姫様と“友達”だった。
「昨日、テレビに出てたネ。このダッセェ制服が、そよちゃんの周りに見えたアルヨ」
定期的に行われるお茶会の警備をした時の映像を見たのだろう。
「これ、渡して欲しいネ」
白い手が差し出してきたのは、水色の封筒だった。
ヒヨコなんだかブタなんだかわかりかねるシールがペトリと貼り付けられ、そよちゃんへと宛名がある。
差出人は、歌舞伎町の女王。
「タダでとは言わないアルヨ。ほら、これやるアル」
続いて差し出された酢こんぶ。
「安ぃ駄賃だなぁ、おい」
「どうせ仕事ついでに届けるだけネ。簡単な仕事だろーがー」
「馬鹿言うな。あのお姫様の周りは二十四時間侍女が張り付いてるんだよ。食べ物はもちろん、目に入るものも全て侍女を通してでないと彼女には渡らない。不良警官が直接何か渡せる相手じゃないんだよ」
「税金泥棒が。使えねーなー」
「そういうのは税金納めてる奴が言え」
「収めてるネ! この酢こんぶ買うのに搾り取られた分、お前の肺にこびりついたニコチンにかわってるアルヨ!」
あの銀髪、どんな教育をしてやがる。
差し出されたままの封筒を受け取ると、少女は実に素直な笑顔を見せた。
実のところ、お茶会警備の際にお姫様から尋ねられたのだ。
神楽ちゃんは、元気にしていますか。
消え入りそうな問いかけに、土方は何も答えられなかった。
説得力ある嘘で肯定することも否定も、彼女は望んでいないようだったので。
この可愛らしい封筒一つあれば、自分は舌先で言葉を紡ぎださなくて済む。
これを突き出せば、お姫様が望む言葉は全部そこに表されているだろう。
「おやぁ、土方さん。援交ですかィ? いけねぇなァ、天下の真選組の鬼副長が買春とは」
とか言いながら上司の手首に嬉々として手錠をかける馬鹿がどこにいる。ここにいる。
近藤さん、どんな教育してきた!
や、俺にもちょっとだけ責任があるのは認める。
「チャイナ、おめぇも趣味が悪ぃな。この人、万事屋の旦那に比べりゃ金はあるが性格は暗いしマヨプレイなんてマニアックな要求をしてくるぜ」
「なんだ、お前、妬いてるアルカ?」
にやり憎たらしく細められた目に、沖田が一瞬目を見開いて素の表情を晒した。
うわ、と隊列が動揺するほどわかりやすい反応だった。
「………………。妬いて欲しけりゃもうちっと女っぷりをあげてみろィ」
ばちり火花が弾けた瞬間、爆風があたりを吹き抜けていった。
「やっべ、俺にも聞こえるわ。小さな恋の歌。甘酸っぱくねぇけど。火薬くせーんだけど」
「副長、俺ら今日から一番隊改め、沖田隊長の初恋を応援し隊に改名します」
「おー、そうしてくれや。そんで、隊長の愛情表現の後始末しゃきっとしとけや。今日中に提出しなかったら切腹な」
絶対に、育て方を間違えた。
物騒な物音を立てながらじゃれあう少女と少年の姿から青々とした空へと視線を転じ、土方は煙を吐き出す。
「育児書でも買って帰るか」
「いやぁ、もう手遅れですわ」
あの少女はよく目立つ。
またも巡回中に唐傘を見つけた土方は、ハンドルを握る沖田に進路を変えさせる。
くるり傘が回って少女がパトカーに気付く。
最早条件反射なのか、瞬時に浮かんだ嫌そうな顔の前に白い封筒を見せると、チャイナ娘は少女らしい歓声を上げた。
「俺は飛脚じゃねぇんだけどな」
「渡してくれたアルカっ?」
「久々にあのお姫様が笑ったところを見たぜ」
頬を僅かに紅潮させ、返事を渡してくれますかと問うたお姫様を拒めるほど薄情ではない自分を笑いながら、清楚な白い封筒を受け取った。
そよ、と署名されたそれは、本来ならば不良警官の煙草臭い手によって門外に持ち出していいものではなかったが。
「うわぁっ、そよちゃんからの手紙アル! ニコ中、ありがとネ!」
規格外な部分はあるが、少女から無垢な笑顔を向けられるというのは悪いものではない。
例えこちらに将軍の妹に恩を売って真選組贔屓にし、何かと便宜をとりはかろうという下心がこちらにあったとしても。
しかし。
背中を向けた運転席から尋常ならざる殺気が放たれているのは、勘弁願いたい。
嫉妬くらいもうちょっと可愛くしてみろと言いたいが、慣れない感情に振り回される幼い恋慕の厄介さは土方にも経験がある。
沖田の場合、表現が極端すぎるが。
「次は来月の句会だな。返事があるんだったらコイツに渡しときな。次の警備担当は総悟の組だからよ」
総悟の刀が鞘から抜き放たれない前にと告げた言葉は少女を一瞬驚かせ、やがて満面の笑みを引き出す効果をもった。
そして背後の弟分の動揺も。
お姫様の警備など、飄々としているようで自分に似て短気な若者には任せられないと一任したことはない。
まぁ暫くは、少女たちの友情を取り持つ脇役にでも徹してみろ。
そうして女心を学べばいい。
女心と言うか、人の心を学んで来い。
総悟の飛脚を疑わしいと嫌がる少女に、総悟は酢こんぶ一年分を要求している。
「土方さーん、俺ァ、ちょいとこのチャイナと白黒つけてきますんで!」
くるくる回る唐傘とまるでダンスのようなバトルを繰り広げながら、総悟の姿はあっと言う間に視界から消えていった。
「あの野郎、さぼりだな」
この呟きは、今日に限り煙と一緒に空気に溶かしてしまおう。
ポケットの中には酢こんぶが一箱。
これはお姫様からの報酬で、受け取った時点で結局貸しは綺麗に清算されてしまった。
ペロリとした酢こんぶ一枚口に含むと、甘酸っぱく懐かしい味が口の中に広がる。
少女達の友情と、弟分の慕情とも呼べぬ動揺におあつらえ向きの味に思えた。
2008/6/29
やっちまったい。史実から銀魂に嵌る08年。
大体にして嵌ったモノの二次を書くと、マニアックな切り口から入ります。そよちゃん然り、タロさん然り、みゆきちゃん然り。
素直にはまったカプで書き始めない、世界観を探るようなモノの出し方から私のチキンっぷりがうかがえます。
総悟はこんなんじゃない、と思いつつも沖神大好き!近藤さん、土方さん、総悟のトリオは対等なのもいいんだけど、やっぱり年上ズにとって総悟は弟分として可愛がったり甘かったり、兄貴や父親気分が拭えない接し方をしてれば萌えます。実力とか剣士としては勿論認めているんだけど、沖田総悟個人として築く人間関係に関しては心配しつつ見守りのスタンスで二人でアワアワしたり宥めあったりしてればいい。あと土方さんとそよちゃんの大人の男と少女の共犯チックな関係も書きたかったんです。