01:澄んだ空(史実パロ:斉藤一)
02:掌 (BSシリーズ:市井、内田、矢良)
03:フェイク・ファー(BSシリーズ:内田、矢良)
04:灯り (BSシリーズ:市井、内田、矢良)
05:白 (史実パロ:高松凌雲、市村鉄之助、田村銀之助)
■お借りしたのはコチラ……COUNT TEN.
「俺が死んで、お前が生き残っちまったその時は、斉藤よ。お前ぇ、この墓に手を合わせるんだぜ」
冗談めいた遺言を律儀に守る夫の横顔を、時尾はそっと盗み見る。
ここに眠るのは新選組局長近藤勇の会津への忠義と、副長土方歳三の、
「ここには俺の未練を埋めていく」
未練。
夫は吸い慣れぬ紙巻煙草を一息吸って墓前の土に突き刺した。
煙は線香のそれよりも図太く、ゆらゆらと天へと伸びていく。
「ここに来る時は、いつもいいお天気ですね」
携えた菊を供えふと思いついた感慨を伝えれば、夫は言葉につられたように上空を見上げた。
光を浴びてきらきらと輝く新緑のむこうには雲ひとつない空が広がっている。
闇の色より血の赤より、浅黄に似た空色はあの二人に似合いに思えた。
微かな感嘆の声が聞こえた。
時尾は天を仰ぎ見て、聞こえぬふりをした。
あとがき>明治、天寧寺。
ドイツチームへの招待状が届いた。
まだまだ駆け出しのスポーツドクターの何を買ったのかは知らないが、是非とも一緒にチームを支えてくれとの申し出。
伝統あるチームに、伝統ある最先端医療チーム。
とてもとても美味しい話には違いなく、それを市井に相談したらば一言、
「行けよ、お前にとっても有意義なことだろう?」
と我がことのように目を輝かせた。
内田に相談したらば一言、
「行くな。困る」
データ整理の手を休めもせずきっぱり言った。
わかりやすく的確なアドバイスが二つ揃った。
行け。
行くな。
「お前の好きにしな」と言う日本人らしさを持ち合わせない両極の二諭を前に、ブラブラと天秤を揺らす。
深層心理をごそり探れば、俺は市井の言葉にも内田の言葉にも傷付いた。
行けよと、何の躊躇もなく遠い国へと背中押す市井に。
行くなと、力強く引きとめた市井ではない内田の声に。
何にbyeと手を振ろう。
そして何に縋ろうか。
あとがき>市井←矢良←内田のオーバー40片恋物語(笑)本編とは切り離してください。
知り合って二十年の月日。
こんなに、近くで内田を見たことはない。
胸の広さは知っている。
抱擁を交わす、その腕の力強さも知っている。
汗の匂いも、興奮した時の鼓動すら知っている。
サッカーを通して知った距離。
けれどこの距離は知らない。
鼻先が触れそうになる、この距離。
焦点が絞れないほど近くに迫る内田の目が、どんな表情を浮かべているのかわからない。
「薫」
二十年と、これから。
自分達の関係は何一つ変わることなく、いいおっさんになってもいい爺さんになっても、友人で仲間で、ダラダラと、そう何一つ変わることなくあり続けるものだと。
きっかけを殺し続ける関係が、永遠に続くのだと。
信じていた。
内田の貫く揺ぎ無い不変の日々を。
勇気のなさを。
信じていたのではなく。
「お前は俺に、何を期待してんの」
Fake
Far
喪失する距離を惜しめ
あとがき>本編とは切り離して読んでください。たまには本気モードなコーチ。
新築の家は希望の匂いがする。
絵本にでも描かれるような幸せの色で満ちている。
家を建てるなんて、いや、もうタイヘン。
様々なパンフレットを前に市井がついた溜め息も幸せの色をしていた。
ありったけの要望と将来への期待を込めた設計はその通りに形を成した。
初めて招待された日、ご要望の観葉植物の鉢を抱えながら見た市井家の窓からは橙色の灯りが漏れていた。
横で薫が煙草を携帯灰皿に押し付ける。
真新しいインターホンを響かせ、木目の美しいドアが開くのを待つ。
卵型の門灯が片足の影を長く伸ばす。
ドアが開く。
はにかんだ市井の笑みと寄り添う妻の笑窪、駆け出してきた娘が差し出す小さな手の平。
新築の家から希望の匂いを嗅いだ時、薫の長い長い片恋は息を止めた。
断末魔を聞きながら、俺の想いも塵となる。
あとがき>本編とは切り離して読んでください。痛々しいオーバー40恋物語(笑)
訪ねた病院はいつも賑わっている。
雪がちらつくはじめた寒空の下、訪れる人々はみな貧しい身なりだがその表情に悲愴さはない。
ここに来て得られる安堵を彼らはみな知っている。
預かってきた文に目を通してもらっている間、田村は軒下にひっそりと寄り添う兎を見つけた。
「黒田さんも粘り強いお人だね」
貧民救護を目的とした医師の組織を発足させようと準備に奔走する高松に向けて、黒田が送った恋文は火鉢にくべられた。
戊辰の役以降の高松は、町医者以上の者になろうとしない。
「先生」
「うん?」
「あの兎は」
小さな兎が三匹と、それより少し大きな兎が一匹。
南天の赤い目と緑の耳を持った雪兎。
「今朝早くに、市村くんが訪ねてきたよ」
火鉢を汚す黒い灰をかき回した高松は、労わるような眼差しで田村を見た。
かつての子ども達は箱館以降、顔を合わせたことはないはずだ。
三匹の子兎と片親兎は彼らの合言葉のようなものらしい。
午後には田村が訪ねてくる予定だと告げると、市村は座り込んで雪を握りだした。
高松が診療に忙しく動き回っている間にそれは兎の形を成し、市村は他の医師に暇を告げて姿を消していた。
「元気に、してましたか?」
「随分と背が伸びていたよ。今は薩摩の桐野……中村半次郎のところにいるらしい」
暫く沈黙した後、振り向いた田村はいまだあどけなさを残す笑みを浮かべた。
「箱館にいた頃に、良蔵の見舞いにと土方先生が一つ小さな兎をこしらえてくださったことがありました。それを持って歩いていると野村さんがやってきてまた一匹。野村さんは不器用な方でしたから、不恰好な兎になってしまって。そうしたら春日様がやって来られて、野村さんに手本を見せるように綺麗な兎を作ってくださいました。子兎三匹、まるでお前達のようだと春日様は言ってくださいました。良蔵は本当に喜んでくれて、自分でも一つ。これは土方先生だと言って、丁寧に。その後に高松先生に雪遊びが見つかって、お小言をいただきました。覚えてらっしゃいますか?」
覚えていると、高松はゆっくりと頷いた。
痩せ細った手を真っ赤にして、長く見なかった笑顔を顔いっぱいに浮かべて、小さな新選組隊士は小言などどこ吹く風で喜んだ。
窓辺に置いた四匹の兎をいつまでも眺めて、それが溶けると次の冬が早く来ればいいとぽつり零して死んでいった。
あれは、そう昔のことではない。
証拠に市村も田村も、笑うと幼さが滲む。
親に手を引かれ診療所の門をくぐった少女が、並んだ雪兎を見てにっこりした。
それを見た田村も微笑み、腰を上げる。
「黒田さんにはいつも通り断りをしておきます。私はまた、春に。もしかしたら、市村が来ることになるかもしれません」
蝦夷での戦争が終結して落ち着いたかに思えた明治政府はまだまだ腰が落ち着かないらしい。
西との対立が表面化してきている。
西郷の懐刀である中村の傍にいる市村の立場と、黒田との繋がりある田村の立場。
一匹の親兎の傍で身を寄せ合った彼らが、ぶつかり合う二つの波の中にある。
「ここに来るとほっとします。高松先生はどこでお会いしてもお医者様ですから」
「町医者には旧も新も西も東も、官も賊も関係ないからね」
皮肉な運命を嘆いてしまわないように、笑って見送ってやれるように。
市村に渡したのと同じく、僅かながらの薬を餞別にと渡した。
蝦夷で軍神と謳われた軍神のしゃんと伸びた背中によく似たそれらが角を曲がって見えなくなってしまう直前、
「晴れたら、二人で遊びにおいで」
一方的な約束を放って高松は門をくぐった。
あとがき>いつか書きたい明治小姓ズ物語。