落下



「ジュテーム、とは、どういう意味ですか? フランス語らしいのですが」
 書類を届けにきた土方の問いに、江戸脱走からこちら考えなければならないことが絶えずに働きづめだった思考が久々に停止した。
 彼なりの冗談なのだろうかと顔を上げれば、端整な顔が大真面目にこちらを見ている。
「……、誰から、言われたのです?」
 フランス語を解さない彼に遠回りな告白をしたがる連中は多いかもしれない。
 もしかしたら青い目の侍が熱心に囁いたのかもしれない。
 何手でも浮かぶ推測への答えを単刀直入に求めると、
「市村と田村です」
 邪推を砕く可愛らしい結果が得られた。
「田島さんから聞いてきたらしいんですが、二人そろって念仏みたいに唱えるだけでどういう意味かは秘密だと面白がるんですよ」
 市村も田村も、五稜郭で英語やフランス語を学ばせている。
 得たばかりの知識は披露したいもの。
 その伝え方がまた微笑ましい。
「念仏みたいに、ねぇ」
 幾ら伝えても伝えきれない思いを覚えたての異国の言葉に託す少年たちの姿を想像すると、自然と頬が緩む。
 おそらくははにかみながら伝えられたであろう言葉を、土方は子どもの悪戯だと流してしまわずに耳で音を拾って答えを探りにきた。
 この告白は報われるたのだ。
「Je t'aime. あなたを愛しています、という意味ですよ」
 さぁどんな表情を見せてくれるのかと見つめた先、土方は大して表情も変えず、一つ頷いた。
「フランス人は落ちるように恋をするのでしょうかね」
「は?」
「Je t'aime. ほら、落ちるような音だ」
 Je t'aime.
 なるほど、落ちそうだ。


榎本さんあたりで。仏語の発音なんてぜんぜんわかんないんですが、映画等々で聞きかじった感じから。

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