2008年4月中旬。
幕末胎動の地・山口県は萩へ行ってまいりました。
新選組から幕末は佐幕派に嵌っていたのですが、深みに足を突っ込んでいくと「じゃあ、新選組の敵である討幕派の人たちは何を思っていたのだろう」と言う疑問から長州題材の小説を読んだりして、尊皇攘夷を叫んで散っていった多くの志士にもまた魅せられたのでした。
母を同行させた母娘二人旅は萩の人の大らかさと故郷自慢に癒された旅となりました。
| 1日目 | 野山獄、萩史料館、萩城跡(指月公園)、旧厚狭毛利家萩屋敷長屋、萩博物館、円政寺、木戸孝允旧宅、高杉晋作誕生地、明倫館跡、久坂玄瑞生誕地、菊ヶ浜 |
| 2日目 | 松陰神社、松下村塾、吉田松陰歴史館、伊東博文旧宅・別邸、東光寺、瑠璃光寺(山口市) |
●朝6時に晴れの国を出発。ガラガラの中国道をひた走り、萩へ着いたのは11時でした。
萩城下の出島のような部分をまずは車で一周。それほど広いわけではないけれど、徒歩だとあちらこちらに散らばる史跡を廻るのはしんどいか。やっぱり自転車がちょうどいい、そんな規模の町です。今回私たちは自家用車で移動。
まずはホテルの場所を確かめて、野山獄へ。野山獄は松陰が投獄された牢屋、向かいの岩倉獄は松陰と共に密航しようとした弟子の金子さんが入れられた牢獄跡。
大きな通りからちょっと入ったところにありますが、巡回バスのバス停が近くにあるので割と簡単に発見できます。罪人を入れる牢獄が史跡として残る萩。萩と言う土地が僅か29歳で散った吉田松陰と言う青年を愛していた証拠のような気がしました。
●そして車で指月公園へ移動。無料駐車場に停めて、すぐ萩史料館へ。
小さな史料館ですが、萩の時代別地図がいっぱいあったり鎧があったり。毛利家万歳な史料館。この後も幾つかの博物館・記念館へ行くのですが、どこ行っても色んな時代の萩の城下地図が展示されています。司馬リョ先生も書かれていますが、確かに萩の地図は美しい。その美しい土地を地元の人たちが誇らしく思っている証拠なのかもしれません。
そして指月公園へ!
萩城は背後にこんもりした指月山を背負ったお城です。萩城は明治7年に解体されていて、今は石垣が残る公園となっています。入園料を払っていざ城へ!
母がふらふら〜っと石垣に近付いていったかと思うと、階段になっている部分を発見。「ここ上ってえぇんかな?」と言いつつ上ってしまい、ついて上がると石垣の上へ!特に柵も設けられていなくて、他のお客さんも石垣の上からお堀を眺めてたり。天守閣跡にも柵はあることはあるけど、ここにも必要じゃない?って部分になかったり。なかなかフリーダムな公園でしたよ!私はその自然体が気持ちよかったですが。
中にはお殿様が使った茶室や家老の書院が残っていました。お茶室では希望すれば抹茶をいただけるようです。そして毛利輝元、元就、敬親をまつった志都岐山神社もあります。
●ここで正午になったので、萩博物館へ移動し昼食。
博物館内のレストランで限定の見蘭牛ローストビーフ丼にありつけました。美味!
博物館は綺麗な建物でした〜。学芸員のおじちゃんが親切に説明してくれました。
歴史展示室は気合の入ったVTR資料の放送が。展示パネルが左右に開いてスクリーンが出てきて、VTRの上から照明効果も演出されるという、お金と愛と意欲がたっぷりかかったものでした。
他、萩の城下の模型や暮らしぶりについてなど、わかりやすい資料がたくさんでした。
高杉晋作資料室に釘付けでした〜v
新選組の大野さんとの交流について言及してある展示物があったり、直筆の書もたくさん!うはうはしながら眺めてました。
●そしてまたまた車で移動。市民球場の端っこに駐車場が整備されつつあって、まだ工事中の箇所がたくさんある中に開放されていた駐車場に停めることができました。山県有朋騎馬像の近くです。
ここから歩いて武家屋敷散策〜v
とりあえず木戸さん家と高杉さん宅を見ようと歩き出していると、お寺の前でおじちゃんに「どっから来たの?」と声をかけられました。
「武家屋敷見て歩くんなら、まずはこの円政寺をおさえとかんとー。わしは別にこの寺の関係者じゃねぇんじゃけどなー。タクシーの運転手しょーって、お客さんが帰ってくるの待ちよんよー」と言う、親切なタクシー運転手さんの助言もあって円政寺へ。
私、迂闊なことにこの円政寺をノーチェックだったのです。後々考えてみれば、この円政寺はキーポイントでした。おじちゃんに感謝!!!
円政寺は神仏混合のお寺です。お寺ですけど、鳥居があります。
晋作が見てびびったと言う巨大な天狗面、また伊藤博文が雑用しながら手習いをしたお寺でもあります。二人が遊んだと言われる木馬もあります。そんなお寺をノーチェックでした。本当におじちゃん、ありがとう!!
ここで他所のツアー客に案内していたおじさんガイドのお話を聞くこともできました。
ここから何軒向こうが木戸さん家で、その隣がお医者さんとか皇族のお后修行をした人がいたとかなんとか。
「高杉晋作も伊藤博文も木戸孝允もご近所さん。いわば町内の子ども会で明治維新を起こしたようなもの」
そんな言い方に納得したり、地元ガイドさんならではの「そこの家はお医者さん、あっちは○○党、こっちは□□党、この辺りの半数は東大出身」と言う町内語りにも萩の濃密さを感じました。
そのガイドさんのお話を頼りに木戸さん家へ移動。木戸さん家は開放してあって見学が自由でした。木戸さん家は……いっぱい木戸さんの写真がありました(笑)幾松姉さんの写真もあって、ちょっとほんわか。
続いていよいよ高杉晋作誕生地……!と思っていたら! 門前に「春期休」の文字が……!! 晋作ー!!!
ところでこの時期、萩は夏みかんが盛りの時期。
普通の家の庭木に夏みかんがあって、そこにたわわに黄色くて大きな夏みかんが成っています。公園のようなところにも夏みかん。武家屋敷の白壁に夏みかん。びっくりするくらい普通に夏みかんだらけで、しかも実もいっぱい成ってて、不思議な風景でした。
あと木戸さん家をはじめとする古い武家屋敷も最近のお家も、庭がたっぷり余裕のあるつくりでした。
ところどころ公園や駐輪場があるんですが、そこもきっと古いお屋敷が潰れた跡なんでしょう。どこも広々としていて、しかも砂やアスファルトを強いてなくて雑草が茂ってる自然な野原が出来てました。
そしてお寺にある松がどれも立派!松ってこんなに立派になるのー!?ってくらい。松陰の名前はこの松からきたのか、それとも松陰が生まれたから萩では松を植えたのか。どっかにそんなエピソードあったかな?
●ちょっと足を伸ばして明倫館へ。
今は小学校となっていますが、古い建物も残っています。
明倫館が出来たのは1719年ですが、残っている建物は明治になってからのものだった、と、思い、ます。
日曜だったので学校開放で門が開いているのをいいことにフラフラと入って行ってしまったのですが、たぶん入っちゃいけません。
今も古い建物は学校施設として利用しているとのことです。入った門とは反対側に案内板がありました。木造の校舎は懐かしい趣ですが、それが何棟も現存しているのはびっくり。維持費が大変そうですよー。
●再び車に乗って、平安古の久坂玄瑞生誕地へも寄りました。ここも小さな敷地に碑が残っています。
萩の石碑は、石碑のための小さな広場があって、これもやはり萩人の郷土愛を感じさせます。
晩ご飯は気前のいい女将さんのお店でうに丼v
そのあと、指月山の向こうに沈もうとする夕日を菊ヶ浜から眺めました。薄雲が出ていて夕日ははっきり見えなかったけど、これは綺麗な風景でした。お城があったらもっと綺麗だっただろうなー。
一日目の萩散策で感じたのは、萩の人がいかに萩出身の偉人たちを誇りに思い愛しているか。それを自慢したい伝えたい、そんな気持ちが伝わってきました。そんな心意気があるせいか、博物館や史跡はどこ行っても綺麗でしたよ〜。
道を尋ねた方、史跡を案内してくださったガイドさん、みんなびっくりするくらい柔らかい応対をしてくださいました。そんでそれがお節介なところまでいかない、ほど良きところでそっと引く、そんな気持ちのいい距離でした。
●ホテルの朝ごはんが美味でした。そんな始まり。
二日目は松陰神社へ!松陰神社の中には松下村塾、杉家、歴史館があります。
松陰神社。
考えてみれば罪人として処せられた一藩士が神様として祀られているのは凄いことだよなー。
納屋を増改築した松下村塾はこじんまりとしていて、この小さな家から日本を変えようとどこまで本気で思い、どこまで信じることができていたのか。無理だろう、と思う人はいなかったのか。そんなことを思う小ささでした。
ここに高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文が通い論じたわけか……と思うと、後々に語り継がれる彼らの壮大な物語の発生源にしては驚くほど小さな空間でした。
それに対して杉家は想像よりも広々としているように思えたのですが。松陰が幽閉されていたという小さな小さな間はリアルでした。
そして歴史館……!蝋人形の歴史館……!これがまた、リアルでした。わかりやすいと言われればわかりやすいのか。
野山獄時代の高須久子さんが細かいけれども現実的!
松陰神社から移動し、伊藤博文旧宅・別邸へ。旧宅は見た目は小さいですが、中をのぞくと意外と広い。その隣にある品川から移築した別邸は半端なく広い。カメラの二コン社の保養施設として使われていたらしいですが、旅館とかにできそうな広さです。廊下も二人が並んでも十分広い。灯りがシャンデリアなのは昔からなのかな?ともかくなんとも豪華なお宅で、隣の旧宅と比べると成り上がってきたのがよくわかります(笑)
伊藤氏旧宅はじめ松下村塾も杉家も、今でこそ歴史的価値はあるけれど当時は一家臣の家ですよ。それが長い年月を経て尚、萩に多く残っているのは一重に萩の人の愛だと思いました!
そこから東光寺へ向かう途中、松陰誕生の地と玉木先生の家があります。この近くにお墓があったらしいのですが、うっかりスルーしちゃいました!!(痛恨のミス)
東光寺は長州藩奇数代藩主を弔うお寺で、石灯籠が500基並んでます。新緑の中、整然と並ぶ石灯籠は不思議な雰囲気がありました。渋い。椿も咲いてました。また元甲子殉難烈士墓所もあります。禁門の変で幕府への謝罪のために自刃した三家老や周布さんのお墓もあります。
●そろそろ帰途へつこうかと、維新ロードを南下。涙松をちら見し、萩往還公園で松陰記念館へ。この記念館もうっかりハイテクです。銅像もあります。
みかん色のガードレール連なる国道を南下し、萩とサヨナラ〜。
山口市では昼食場所を探すついでに瑠璃光寺へ寄り、五重塔を眺めました。こちらの五重塔は風景に溶け込んでいて美しい。司馬リョ先生が呻った石碑も建っています。岡山出身の雪舟が過ごしたんですって。岡山嫌じゃったか?
木戸神社が近くにあったらしいのですが、こちらも見逃したー!!
お昼は市内の商店街に迷い込んだところで。帰りのBGMに母がCDを探して行こうと言い出し、商店街の中のCD屋を求めて徘徊したのですが見つからず。小さな飲食店の方に尋ねたところ、従業員の方みんなで「あそこのは潰れたし、あっちは中古だし」と考えてくださいました。教えてもらったCD屋は残念ながら外出中で開店休業中だったのですが、今回の旅で言葉を交わした山口の人はみんなびっくりするくらい親切でした。本当に気持ちがいい土地でした。
●たっぷり巡ったつもりでしたが、見過ごしてしまった場所もちらほら残りました。
また行きたいと思います!萩!楽しかった!優しかった!
長州小説を読むと、松下村塾の風景が脳裏に浮かびます。
幕末の深くて熱くて悲しい物語の始まりの地へ行けて良かった。
更新日 2008/4/23