あいのうた 前



「富永さん」
「うぃー?」
 高山の呼びかけに妙な返事をした富永の前では、片岡昴が酔いつぶれていた。
 神戸RCの年間王者の祝勝会は、ハワイで行われていた。
 選手やスタッフ、関係者揃って、飲んで歌えやの大宴会となっている。
 まだ始まって一時間だが、早くも昴は潰されていた。
 潰したのは勿論、チームキャプテンで冷静沈着と評価される富永。
 酔っているようで実は本人はまだまだ素面なのだから、性質が悪い。
 酔っていようが素面だろうが、酒の席での出来事は全て無罪だと思っているのも更に性質が悪い。
「そろそろ英介、連れてってもいいですか?」
 後方で選手の奥方に絡まれている英介を指差した。
 だいぶ酔わされているらしく、顔が赤くなっている。
 あそこだけホストクラブに見えなくもないが、それにしてはホストが遊ばれている。
「そうだなぁ」
 本当はこっそり抜ける手もあったのだが、後で何か言われるのはたまらない。
 事情を理解している富永はダメとは言わず、無言でカウンターに向かうと一杯の酒を手に帰ってきた。
「飲み干したら、煮るなり焼くなり好きにしろ」
 差し出してきたのは、ショットグラスに並々と注がれた透明なアルコール。
「……コレ、火を近付けたら燃えます?」
「燃えます」
 平然と言ってのけた。
 高山もそれなりの量を飲んでいた。
 この一杯はさっきまで煽っていたビールなんかと格が違う。
 それでも英介との約束もある。
 ショットグラスを握り締めると、いただきますと一言。
 ぐっと口の中に放り込んで飲み干した。
 かっと火を飲んだような感覚が、咽から胃へと流れ込んでくる。
 咳き込んでしまいそうになるのをぐっと耐えた。
「……ご、ちそうさま、で、した」
「よくできました」
 にこりと笑ってグラスを受け取る富永の顔には、気が済んだと書いてある。
 胸に灯ったアルコールの炎を持て余しながらも、高山は英介の下へと向かった。


 選手側の幹事役は富永が勤めていた。
 そのおかげなのかどうなのか、高山と英介は同室になれた。
 クラブには公認の二人の仲だ。
 キャンプではそうはいかないが、祝賀会などの無礼講には気をきかせてもらえる。
 ありがたい気持ちもあるが、気恥ずかしさもある。
 自分はまだいいが、そういうことに極端に疎い英介は毎回赤面している。
 慣れてしまえば開き直って平気な顔をしているのに、最初のうちはいつもこうだ。
 今も大人しく高山の後をついてきてはいるが、そこに普段の強気で明るい英介の姿はない。
 目元が赤く、言葉少なの英介はらしくないが、しおらしく可愛い。
「英介、酔った?」
「少し。タカも、酔ってる?」
 珍しい、と英介が言う。
 富永に強烈な一発を食らったとは言えずに、高山はまぁなと曖昧に答えた。
 恩を仇で返すわけにはいかない。
 部屋へ着く。
 高山が鍵を開ける間、英介は今にも逃げ出したさそうにしている。

 チャンピオンシップで勝利を収めJリーグ王者に輝いた。
 高山は自身初のハットトリックをセカンドステージにマーク。
 約束の絶対条件は果たした。
『リーグタイトル獲って、お前がハットトリックしたら考える!』
 ぶっちゃけ、セックスがしたくてしたくてたまらなかった高山が、寮内で夜這いをかけたところ、スピードと瞬発力を秘めた黄金の右足でのキックと、そんな言葉をいただいたのだ。
 英介に対しては誠実な高山は、見事その公約を守ったわけで。

 逃げ出すわけにはいかない英介は、開いたドアに体を滑り込ませた。
 海沿いのホテルは全室オーシャン・ビューで、カーテンを開いたままの窓からはぽかりと浮かんだ満月と漂う雲と広がる海が見渡せる。
「うっわ! すっげぇ、綺麗!」
 その景色が目に入ったのか英介は表情を輝かせ、広いベランダに出て月明かりを浴びる。
 英介は複数のことを考えるのが苦手だから、景色に見とれれば高山との約束を果たさなければという緊張は忘れてしまうらしい。
「昼間ん時も綺麗だったけど、夜は夜で綺麗だな」
 明りをつけなくても充分互いの表情が見て取れる。
 微かな風が頬を撫でた。
 アルコールで赤くなっている頬に手の甲を当てると、体を竦ませて一歩離れた。
「英介」
 強い口調で名前を呼んで、逃げられた一歩を詰める。
 更に逃げようとする体を襲い掛かるようにして抱き締めた。
「男に二言は?」
「……ない」
 抱き締められた腕の中で英介は認める。
 長い間拒みつづけていた英介に、やっと白旗を振らせたのだ。
 よっしゃ! と拳を固めたい気分だが、それは腕の力に替えて抱き締める。
「タカだから、いいんだからな」
 高山が隠そうとしている嬉しさが伝わってきて、英介は余計に恥ずかしくなる。
 自分が一つ頷いたことで、高山をこんなに喜ばせることになるなんて思ってもいなかったから。
 指先に触れたタカのシャツを掴むと、それを合図にしたように口付けされた。
 痛いほどの力で背中を抱かれ、いつになく激しいキスをされる。
 何度も繰り返した軽いキスとは違う。
 ディープキスもしたけれど、それよりももっと濃厚で頭の芯を痺れさせるような。
 歯の裏を擽り、舌を吸い上げられる。
 飲み込むことが出来なかった唾液が口唇から零れる。
 それが恥ずかしくてキスを止めたいのに、高山はそうはさせない。
 より深く、貪られる。
 英介の理性や羞恥を食い尽くそうとしているように。
 嵐のような口付けは、英介の膝が崩れることでやっと止む。
「大丈夫か?」
 大丈夫だと答えようとしたのに、舌が痺れて声が出なかった。
 体に力が入らず、高山の腕が支えてくれているからようやく座り込まずにいられるような状態。
 その腕が英介の腰に回って、いきなりひょいっと担ぎ上げられた。
「……! ぎゃぁ!」
「お前、本当に色気ねぇな」
「うっさい! 降ろせ!」
 暴れる膝が肩甲骨に当って痛いが、高山は我慢してさっさと部屋に入ってベッドの上に英介を放り投げた。
 英介が体を起こす前に、その上に圧し掛かる。
「……」
 文句を言おうと思ったらしい口唇は、一瞬震えてすぐに引き結ばれた。
 挑むような目を向けてくる。
 原因は自分の目にあるんだろうなと、高山は英介に手を伸ばしながら思う。
 多分、今の自分はピッチの上にいる時の戦う目をしているだろうから、英介も自然と感化されて剣呑な目つきになる。
 そう言う意味じゃねぇよ、馬鹿。
 こういう時くらい俺だけに雄らしい顔させろ。
 と言ってしまいたいが、通じない可能性の方が高そうだ。

 Tシャツの上から鎖骨を辿った。
 こくんと英介の喉仏が動く。
 そこに口唇を寄せ、突起を食むように口唇に力を入れると体が固くなる。
 怖がらせたくはないからすぐにそこから離れ、耳や頤に音をたててキスをしていく。
 服の下に手を滑り込ませて脇腹や胸を撫でる。
 しなやかな筋肉が皮膚の下で緊張するのが手の平に伝わってくる。
 やり場に困っていたらしい手が、ぎゅっとシーツを掴んだ。
 表情を窺うと、負けるものかとでも言うような目をしているものだから、高山は思わず笑ってしまった。
「お前、喧嘩とセックスの違いくらいわかってんだろ?」
「喧嘩はしたことあるけど、セックスしたことねぇから違いなんてわかんねぇよ、馬鹿!」
「それは知ってるから、怒るなよ。本当に色気なさすぎ」
「色気なんてあってたまるか!」
「だから怒るな!」
「タカの方が怒ってる!」
「怒ってねぇよ、お前のこと抱きたいだけなんだよ!」
 南国のリゾートホテルで月の綺麗な夜で二人きり。
 これ以上望めないほどの絶好のシチュエーションなのに、どうしてムードが出ないのか。
 理由は一つだ。
 英介と高山という二人だからだ。
「あぁ、もう」
 そんな溜息にも笑いが混じる。
 これを惚れた弱味と言うんだっけ?
 さすがの英介も、この状況と言い合いの噛みあわなさに笑い出す。
 笑いながらじゃれ合うように互いの体に触れ合い、キスをする。
 クスクスと擽りあうような笑い声。
 見慣れた素肌を晒しあい、英介の肌を愛しそうに撫でた高山が頬を摺り寄せる。
「……ぁ」
 英介が急に早まり出した鼓動に戸惑い、小さく声を上げた。
 高山の口唇が英介の体の奥から快楽を吸出し、弾けさせていく。
「大丈夫」
 戸惑う英介を宥めるように、低く心地良い高山の声が囁く。
 赤みを帯びて立ち上がった乳首を舌で転がしながら、手の平で脇腹や体のラインを辿る。
 どんなに食べても太らない体質だと言えば羨まれるが、スポーツ選手にとってはあまり嬉しくない体質だ。
 自慢のスピードを生み出し、尚且つ当り強い体を作るためには人より多くの努力が必要となる。
 その努力を重ねて保つ絶妙のバランスに、高山は欲情する。
 少年と呼ばれる時期はとっくに過ぎたのに、今も尚英介の体はその頃の名残を見せ若木を連想させる。
 ハーフパンツを脱がせようとして引っ張ると、慌てたように手を掴まれた。
 まだ無駄な抵抗を続けるのかと顔を上げると、困ったような泣き出しそうな、切羽詰った顔を向けてくる。
「俺、マジで初めてなんだって。だから……、その……」
「大丈夫だから、全部俺に任せて。英介は俺にされてることを感じてればいい」
 困惑顔で頷いて、手を離す。
 ハーフパンツを脱がし、まだ誰も触れたことがないと言うペニスを手の中に包む。
 ぶるっと英介の体が震えた。
 ゆっくりと強弱をつけて握ると、だんだんと熱と硬度を増す。
「……ぁ、……ん」
 小さな声が耐え切れないように喉から溢れる。
 聞いたこともないような、か弱い声に高山の中にある支配欲が刺激される。
 手の平が濡れ始めたから、今度は扱いてやる。
 そうしながら英介も自分で抜いたりするのかな、なんてことをふと考えた。
「なぁ」
 手の動きを止めて呼びかけると、潤んだ目が見上げてきた。
「英介、自分でするときは何考えてしてる?」
「……え?」
「一人でこうしてる時、俺のこと考える?」
「……や、言わない」
 首を横に振り、目を反らした。
「俺はお前のこと考えてしてた」
 真っ直ぐに英介の目を見て、高山は言う。
「お前が俺の部屋で寝てるときとか、寝顔見ながら隣でしてた」
「うそっ」
「本当。英介にこういうコトしたら、どんな顔するんだろうとか、どんな声出すんだろうとか、想像してた」
「うそ」
「ホント。セックスでお前のこと俺のものにできるなんて考えてないけど、でもやっぱりしたかった」
 付き合った相手に肉体関係を持つまでの時間を、ここまで待たされたことはなかった。
 英介だから待てたのだ。
「お前に、飢えてたんだよ」
 ゆっくりと口唇を合わせて舌を絡める。
 そうしながら再び手を動かすと、じわりと蜜が溢れてきた。
 合わせた口唇と、触れた下肢が濡れた音をたてる。
「……タ、カ」
 切れ切れに名前を呼ぶ声は、今までに聞いたどの声とも違う。
 縋るような声色をもっともっと引き出したくて、高山は英介の足の間に顔を埋めていく。
「タカっ」
 焦る英介を簡単に押さえ込んで、勃ちあがったペニスを口に含む。
 高山も男を抱くのは初めてのことで、勿論それを咥えるのも初めてだが、不思議と躊躇いはなかった。
「あっ、……んんっ!」
 悩ましげな声は高山を楽しませるが、本人は恥ずかしいらしい。
 手の平で口を覆って、声を噛み殺そうとしている。
 根元から先端へと舐め上げて、わざと卑猥な音が出るようにすると体が震えた。
「やだっ。……っ、もう駄目。タカっ、離して」
 英介の手が高山の頭に触れる。
「イっていいよ」
「無理! 馬鹿! 離せ!」
 いいかげんに流されればいいものを、英介の本能なのか、なかなか快楽に流されてくれない。
 ならばと高山の中にもある勝負師の本能が、急激に英介を追い上げさせる。
「やっ、あぁっ。……っ、タカ、タカ!」
 いつもより高く、甘えを含んだ声色。
 退けようとして伸ばした手が髪の毛を掻き乱し、踵がシーツを蹴ろうと足掻く。
「はっ、あぁ……、ぅんっ」
 不意に英介の体が突っ張るように緊張し、絶頂を迎える。
 口内に吐き出された精液を舌で受け止めながら飲み干す間、英介の指が髪の毛を痛いほど掴んできて、少し困った。
 いじめているような気分になる。
 英介は腕で顔を覆って、横を向いていた。
 ピンク色に濡れた口唇だけが見えて、そこは薄っすらと開かれている。
「英介」
 名前を呼んでも反応しない。
「英介、こっち見て」
 もう一度。
 そうするとやっと、腕をどけて見上げてきた。
「ごめん。強引すぎた?」
 上気した頬を撫でると、英介は首を横に振る。
「気持ちよすぎて、びっくりした」
 素直な感想は英介らしく、高山はこれから自分が抱くのが確かにあの江口英介なのだと今更ながらにしみじみ思う。
「俺も、する」
 高山の下肢に伸びかけた手をとって、
「お前はいいの」
 そう言うと不満そうな顔をする。
「なんで」
「今日は、いいよ。また今度。だから、今日は英介の中に早く入らせて」
 頬を撫でて囁くと、大人しく頷いた。
 こつんと額を合わせてから、ベッドサイドに置いてあったローションを手にとる。
 その隣にはコンドームも用意してある。
「……用意いいね」
「そりゃ、今回のV旅行の目的はこの時間だからな」 
 手の平で温めたローションを、英介の足の間に塗りつける。
 男同士のやり方なんて知らなくて、ただ突っ込む場所が違うのだとしか思ってなかった。
 英介という存在を好きになって、抱きたいと思った。
 思い始めて今に至るまでの時間は高山には不本意でも、たっぷりあった。
 今日日、情報なんて素人でもいくらでも集められる時代なので、インターネットなんかでそれとなく調べてみたりして、これはかなり慎重に大切に扱わないと傷付けるだけになるのだと学習した。
「力抜いてて」
 それは英介も同じだったのか、素直に力を抜いた。
「指、入れるぞ」
「説明しなくていい」
 小さく笑い合って、痛みを与えないように、窄まった蕾を指の腹で押すようにする。
 指を差し込むと、英介がぎゅっと目を閉じた。
「痛くない?」
「……ん。へ……き」
 そう答えて、もう少し足を開いた。
 差し入れた中指を英介の中で泳がせるように蠢かすと、ぎゅっと締め付けられる。
「英介」
「ご、めん。……は、ふ……ぅ」
 力を抜こうと不器用に深呼吸を繰り返す。
 吐き出すタイミングを見て、奥へと進める。
 まだ締め付けは強く、ここに自分を入れたら裂けるし、食い千切られる気がしてしまう。
 皺の寄った眉間にキスして、そのまま鼻筋や頬にも口付ける。
 陶然とした吐息が耳朶を擽ると、指を締め付ける内壁が淫らに蠢いた。
「英介」
「……ぁ、あ、なに?」
「好きだよ、英介」
 なんとか開いた瞳が、恥ずかしそうにそっぽを向いて、また高山を捉える。
「すげぇ、好き」
 言葉を紡ぐだけなのに、それだけで英介は感じるのか体を捩る。
 馬鹿みたいに好きだと繰り返しながら、指を増やしてかき回す。
 英介の表情をうかがいながら、感じる場所を探しあてる。
 言葉と指の愛撫で、英介の体は熱を帯びる。
「……あっ、や、そこ、やだっ」
 体全体で反応し、声を奮わせる。
「ここ? いい?」
「やだっ! だめ、触んないで。おかしくなるっ」
「おかしくなっちまえよ」
 ふるふると首を横に振るが、英介の体は半分快楽に流されて色付いている。
 触っていないのにペニスは昂ぶり、腰が浮いて高山に突き出すように蠢く。
 指を引っ掛けるようにすると、喉を反らして艶やかな声を上げた。
「英介、気持ちいい?」
「うんっ……はぁっ、タカァ」
 耳元で囁くと素直に返事をして、シーツを握っていた手を首に回してきた。
 ぎゅっと抱きついてくる英介は子供のようで、可愛いし愛しい。
 けれど同時にいいのかな、と罪悪感を抱かせる。
「タカ、もう……」
 高山の頭を抱くようにして、英介がそんな催促をする。
「大丈夫か?」
「ん。早くしないと、また一人でいっちゃいそう」
「馬鹿、可愛いこと言うな」
 額を合わせてから、体を起こしてズボンを脱ぐ。
 ベッドサイドをちらっと見てから、高山は英介の前髪をかきあげた。
「この前血液検査しただろ?」
「……?」
「俺、オールグリーンだったからさ、最初だけゴムなしでもいい?」
「……え?」
「中出したら後とか大変らしいんだけど、俺、ちゃんとするから。最初だけ、我侭言わせて」
「……いいよ。俺もオールグリーンです」
 緊張はしているだろうに、英介は笑って額を押し付ける。
 いつもの天真爛漫な笑みとは違い、甘えるような笑みだった。
 もう一度ローションをとって、赤く色付き解れた場所に塗りつける。
 そこに高山は恋焦がれた存在を前に暴走しそうになる熱量を押し付ける。
 英介の喉仏が、緊張でこくりと動いた。
 膝を抱え、ゆっくりと侵入する。
 やっぱり無理なんじゃないかと不安を感じるほど英介の中は狭く、異物を阻むように綻びかけていた蕾は閉ざされようとしている。
「……っ」
 声にならない悲鳴を上げる英介の表情は、指を入れたときとは比べ物にならないほどに辛そうだ。
 無理だと思って体を引こうとしたら、英介に引き止められる。
「大丈夫、だから」
「大丈夫じゃねぇだろ」
「や、だ。タカに……抱かれたいよ」
 そう言って、自分から腰を押し付けてくる。
 ズズっと肉を押し分けるような感覚。
 強烈な快感が背筋を駆け上がり理性を破壊しようとするが、耳を打つ英介の辛そうな悲鳴がそれをさせない。
 傷付けたいわけじゃない。
 愛して大切にして、愛してもらいたいから。
 英介の頬に涙が伝っている。
 昔は泣き虫だったと、いつだったか英介が言った。
 すぐに泣いてたよと。
 そんなことが信じられないくらいに英介は強くて、例えあと一歩でタイトルに手が届かない敗戦で涙を流したとしても、それは弱さなんて微塵も感じさせなくて、むしろボロボロと涙を零す泣き顔の方が強さを感じさせた。
 そんな英介の泣き顔に、ドキドキした。
 根元まで収めて、暴走しそうになる熱をなんとか自制して英介が落ち着くのを待つ。
 高山が少しでも身動きすれば、それが痛みになるのか喉の奥で悲鳴を殺す。
 啄ばむようにキスをして、抱き締めた。
 そうしながら、自分によくここまでの忍耐力が備わっていたなと改めて思った。
 今までの付き合いはもっと即物的で、お互いに我侭でお互いに突き放していた。
 遠慮とは違う、相手を本当に思いやる関係をもつのは英介が初めてかもしれない。
 好きなら何をしてもいいと思っていた自分がいた。
 そうじゃないと知った自分がいる。
「……タカ?」
「ん?」
「動かなくて、いいの?」
 高山が耐えれば、英介が応えてくれる。
「大丈夫なんだな?」
「ゆっくり、ね」
「痛かったらすぐに言えよ」
 神妙な顔で英介は頷いて、高山の背中に手を回した。
 言われた通りに、ゆっくりと英介の中を動き始める。
 眉間にまた皺が寄る。
 痛いかと尋ねても、英介は大丈夫だと言う。
 ローションの助けを借りているから、動き出すのは簡単だった。
 痛いほど狭かった英介の中も、徐々に柔らかく律動をはじめる。
 きゅっと高山の体液を吸い取るように壁が絡みつき、ぐちゅぐちゅと濡れた音が大きくなる。
 痛みに萎えていた英介のペニスも、二人の体の間で勃ちあがり蜜を溢れさせていた。
「はぁ……あぁっ。ぅんん……」
 喘ぐ英介の声には艶やかな響きが混ざって、抑えることもできなくなっている。
 体を走る快楽を熱を逃がすように首をり、渾身の力を込めて背中を掻き抱かれる。
 汗で滑るのか何度も何度も背中を掻く爪は女じゃないから短くしてあるけれど、明日には蚯蚓腫れができているかもしれない。
 ならばと高山も英介の首筋や鎖骨に吸い付いて鬱血させて、痕を残す。
「タカ……タカっ」
 抱えていた足が腰に絡みついてくる。
 英介の理性も吹き飛び、快楽に飲まれようとしているのだ。
「好き、タカっ。好きだよ」
 息を乱し、しがみ付きながら英介が叫ぶように言う。
 サッカーが全てだった英介が、自分を求めている。
 時々見失ってしまう英介の想いを、今しっかりと噛み締める。
「俺も……、すげぇ、好き」
 もういい歳になったんだから、もっと気の利いた言葉が出てこないのかと自分で呆れてしまう。
 けれど英介は満足したのか、快楽に彩られた双眸を嬉しそうに細めた。
 過ぎる快楽からか、涙が浮かんでいる。
 突き上げるペースを早くして、英介の嬌声を導き出す。
 ほわりと開いたままの口唇は、惜しげなく喘ぎを発して高山を煽る。
「や、やぁっ、ん。タカ……!」
 英介が喉と背を反らした。
 無意識に上へと逃げ出そうとする体を引き摺り下ろして深く突き上げる。
「あぁ、ふ……ぅんん!」
 ぎゅっと英介の中が収縮し、震えたペニスが白濁の精液を散らして腹部を濡らす。
 締め付けられた高山も、英介の中に熱い体液を注ぎ込んだ。
 腕の中の体が緊張から解放され、幾度か痙攣してからがくりと弛緩した。


 暫らくはお互い絶頂の余韻に身を委ね、呼吸が落ち着くのを待った。
 先に回復した高山が、ティッシュをとって英介の腹部や中から溢れてくる残滓を拭う。
 英介の焦点はなかなか戻らず、呆然と脱力した四肢を投げ出していた。
「英介? 大丈夫か?」
 頬を撫でて呼びかけると、我に返ったように焦点が高山にばちりと合う。
「あ……、ぅ、ん。平気」
 そして恥ずかしそうに視線を反らした。
 まるっきり処女喪失のシチュエーション。
 英介らしいと言えば英介らしい。
「後悔、してないない?」
「してない」
 答えがわかっている質問をすると、まるっきり予想通りの答えが即行で返ってきて嬉しくなる。
「どうだった?」
 今度は答えが予想不可能な質問。
 英介は赤くなる。
「ずるい」
 そしていきなりそんなことを言う。
 口調は照れを隠すときのぶっきらぼうなものだ。
「ずるい?」
「ずるい。俺、タカのことこんなにかっこいいって思ったことねぇもん。こんな時にあんな顔するの、ずるい」
 理解不可能、と顔に出てしまったのか、英介はますます怒ったような照れたような顔になる。
「タカ、普通に俺の傍いたから、ファンの子とかが言うみたいにかっこいいって思ったことなかったの。好きだけど、その、改めて思うことがなくて……。でもさっき、ドキドキするくらいかっこよくて、どうしようかと思った」
「それまではそんなに魅力がなかったってこと?」
「そうじゃなくて。タカ、普通に優しいじゃん。俺には無理なことしないじゃん。だから、さっきはなんか、別に無理じゃなかったんだけど……」
「男の顔してたって?」
 ペタペタと高山の顔を確かめるように触れながら、英介は頷く。
「怖かった?」
「惚れ直した」
 クスクス笑う英介の眦に残る涙を舌先で舐めとる。
「自分でもびっくりするくらい、タカのこと好きって思った」
 目を閉じていた英介が不意にそんなことを言う。
 拭ったはずの涙が、またそこに溢れた。
「英介?」
「あ、ごめん。……俺、あんまり人に執着したことないからさ、タカのこと好きすぎて……なんか……怖い」
 あまりに自然に流れる涙を英介は自分で拭おうとするから、その手をとって指を絡めた。
「俺も、好きすぎて怖いよ」
 一瞬きょとんとした英介が次の瞬間には破顔した。
 一緒なら、怖くない。
 強気な光が瞳に戻り始める。
 クルクルと変わる表情。
 出会った頃から英介は変わらない。
 素直すぎて、真っ直ぐすぎて、強すぎて。
 本当に、変わらない。
 込み上げる愛しさを腕の力にかえて抱き締めると、英介も擦り寄るように体を寄せる。
「愛してる」
 付き合うって言葉は自分たちには似合わない。
 キスを交わす親友同士でいいじゃん。
 想いを告げあった当初はそんな軽い言葉で充分だった。
 もう、それじゃ足りない。
 どちらからともなく紡がれた言葉は幾度となく繰り返され、柔らかく二人の気持ちを包んだ。


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2003/02/11
やっちゃいました編。しかもハワイでハネムーン。勝手にしてろ、って感じですわ(笑)
書いてるうちに高山視点になりました。あー、腰にくるようなエロが書きたいわ。杉山が書くオリジナルの受けは初物が多い……。

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