翌日も晴れ渡った晴天。
今日の予定は国営沖縄記念公園内での自由行動となっている。
沖縄の北部に位置する国営の亜熱帯公園で、園内には水族館や海洋博物館・アトラクションが設置されている。
海沿いに広がる公園で、公園の北端にはエメラルドビーチと言う海水浴場もある。
この園内に、放し飼いにするには少々の不安の残す生徒を放すことになる。
集合時間の厳守と他校の生徒と喧嘩をしないこと、園内から勝手に出ないことをしつこく言われて一時解散となった。
この間に斉木は彼女と仲直りをして今夜の計画を練っておくことと約束してある。
「坂井」
当然のことながら坂井とのんびり回ろうと思っていた下村の隣の坂井を、教師陣が呼び止めた。
いやな予感がする……
「悪いが一緒に回るぞ」
そう言ってきたのは宇野だった。
暑さに標準装備の不機嫌が割増している。
「へ?」
「お前のお友達が来てるんだとよ」
サングラスがやはり教師には見えない叶が言う。
「お友達って?」
「昔お前が喧嘩したことのある高校」
喧嘩っ早いこの学園の代名詞のような生徒である坂井だ。
坂井にぼこぼこにされたと言う連中は両手でも数え切れないかもしれない。
売られれば買う心情の坂井を野放しにはできないのだろう。
「ふうん」
当の坂井に問題意識はない。
だから、
「お前らを自由行動させるわけにはいかないんだ」
というわけだ。
下村は深く溜息をついて、雲ひとつない空を見上げた。
なんだか……ついてない。
サングラスをかけた叶に、きっちりした服装にしかめっ面の宇野。
無表情について来る藤木に、子供のようにはしゃいでいる大男の川中。
それらを引きつれた坂井と下村は目立つ。
教師達の思惑とは別に、目立つのだ。
だから、途中観光客と始め園内のスタッフから視線を露骨なほど浴びせされるのだ。
イルカやマナティーを見て植物園を回っててきとーに疲れたところで、園内徘徊は終了にした。
あまりふらふらしていると、生徒同士どころか教師同士の喧嘩に発展しかねない。
浜辺に下りて、時間つぶしをすることにした。
照りつける陽射しを避けて岩陰に腰を降ろす。
こうしていると、波音がいっそう穏やかに聞えてくる。
「下村」
波音を聞いていた下村に坂井が声をかけ、振り向いたところによく冷えたジュースの缶を押し当てる。
「つめてっ」
藤木と一緒に買いに行っていたのだ。
生徒からは疎遠にされがちの藤木だが、何故か坂井はやたらと懐いている。
川中なら納得なのだが。
坂井曰く「かっこいい」だそうだ。
いつも川中の側に控えていて、表情をあまり変えない男だが、坂井の前では多少違うらしい。
坂井は人の内面を見抜くようなところがあるから、その鼻をもってすると藤木は懐くに値する人物なのだろう。
「な、斉木上手くやるかな?」
教師達には聞えないようにこっそりと耳打ちしてくる。
「どーだろうなぁ。あいつ俺みたいに口が上手くないから」
状況的に、斉木達と自分達はよく似ている。
幼い頃から一緒で、気を一切使わない仲だ。
それが、ある日を堺に恋人と言う仲になる。
気恥ずかしさとくすぐったさが素直にさせなかったり。
それを下村は口の上手さで坂井を丸め込んできた。
はてはて、正直な斉木はどうか……。
喉に流し込んだ炭酸は、心地良く体に染みる。
隣に座っている坂井も、喉を鳴らしている。
ふっと悪戯心にかられて、坂井の半袖の袖口に指先を滑らせた。
二の腕をすっと撫で上げるような仕草に、坂井が体を竦ませて下村を見た。
こんなところでと、大きく開かれた眼が言っている。
「いや、焼けたなと思って」
にんと口元を曲げて、下村が抜かす。
頬を薄っすらと染めた坂井が可愛い。
「教師の前でそんなことすんじゃないの」
不意に背後から聞えてきた叶の揶揄に、坂井がますます赤くなる。
「別にやましいことしてないでしょう?」
むっとして返した下村に、
「なんだ、欲求不満か?」
川中がけらけら笑いながら言ってくる。
「先生方みたいに、二人っきりって環境がないもんですから」
「下村っ」
坂井の鉄拳が飛んで来て、下村は黙った。
悪戯を叱られた確信犯なガキの顔をする。
出発の朝からずっとキスすらしていない。
昨日もチャンスはあったのだが、睡魔に勝てなかった。
「自分の欲求はらすのはいいんだが、坂井の欲求をはらさせるなよ。特にホテルじゃお前がよぉく見張っておけよ」
旅行先で問題でも起こせば、次の学年に迷惑がかかるんだと釘を再びさされる。
「わかってますよっ」
食ってかかる坂井の姿を眺めながら、まぁ悪くはないよなと下村は南の空を見上げた。
教師陣の努力あってか、その日は絡まれるようなこともないままに予定はこなし、ホテルへと到着した。
あとは、斉木の問題だ。
「で、仲直りはしたのか?」
エキストラベッドを一つ入れたトリプルで、下村は神妙な顔の斉木に問うた。
「したっ」
と、気合満々で斉木は言う。
「で、彼女の部屋がツインなんだ。それで、その同室の娘も今日は彼氏の部屋に潜り込むからってことになってるらしいから……」
きらーんと下村の眼が輝いた。
坂井がその不敵な双眸を察知して僅かに身を硬くする。
「そうか、頑張ってこいよ、斉木!」
気味が悪いような笑みを浮かべている下村の気迫のようなものに押されて、斉木は深く頷いた。
下村の思考には、ところてん方式で部屋を追い出されるであろう同級生の存在はもはやない。
どこか浮き足たったような下村と坂井は、人の行き交いが途絶える就寝時間までを過ごすべく部屋を出た。
たまにきつい視線を感じるものの、ホテル内ではさすがに手を出してはこない。
売店で、飲み物を買って浜辺に出てのんびりしていると、他のクラスの女の子が声をかけてくる。
「ねぇねぇ。下村くん、坂井くん。これから私達の部屋でゲームしようって言ってるんだけど、二人も来ない?」
沖縄でなくても修学旅行の夜は熱い。
「あー、悪いけど先約が」
下村がやんわりと言うと断ると、残念そうな顔でブーイング。
「先約ってー?」
「ナイショ」
「坂井くんも?」
「……まぁ、似たようなもん」
難攻不落と見たのか、肩を落して退散していく。
思い出作りもなかなか大変そうだ。
浜辺には公認カップルがいちゃついていたりして、シングルの若者は余計に燃えるのかもしれない。
「ここでキスしたら怒る?」
不意に下村がそんなことを言ってくる。
「怒るに決まってるだろう。ばぁか。がっついてんじゃねぇよ」
容赦のないお断りに苦笑が浮かぶ。
「じゃ、部屋戻ろうか」
ポンっと坂井の背中を叩いて先を歩いた。
ややあってから坂井が歩き出す気配を感じる。
「……がっついてんじゃねぇよ。ばぁか」
照れ隠しの罵声にくっくと笑って、下村はしなやかな指先にこの指を絡めたいのを抑えて、背後に続く気配に胸を満たした。
部屋に戻ると、斉木がベッドの上で気合を入れているトコロだった。
まるで試合前のような顔をして、自分の頬を一度二度叩くと、やっと帰ってきた二人に気がつく。
「じゃ、俺、行ってくる」
まるで、そのまま戦地に赴くようなガチガチの斉木に二人は思わず笑い出しそうなのを必死で堪える。
「おう、頑張ってこい」
「今日は喧嘩するんじゃねぇぞ」
「おう!!」
強張った顔で返事をすると、斉木は部屋を出た。
彼の成功を祈る二人の耳にオートロックの扉が閉まる音が聞える。
まるで、それがスタートの合図であったかのように、下村の腕が坂井を捕えた。
間近に下村の顔があって、坂井は一瞬眼を見開く。
腰を抱く腕にこめられるいつもの力が、体を仄かに熱くする。
坂井が頤を軽く上げれば唇は触れ合う。
けれど、二人の距離はそのまま縮まらない。
触れ合えなかった数日間の欲求を簡単に晴らしてしまうのを惜しいと感じている。
焦らしあうように互いの体温だけを伝え合う。
先に行動を起こしたのは下村だった。
指先で、坂井の唇の表皮を一撫ですると、噛み付くように口付けてきた。
いつもよりも激しいソレに坂井は本能的に体を竦ませるが、ゆっくりと背中をさする手の平の動きに緊張を溶かされる。
空調が役に立たなくなるほどの体温が、熱を訴える。
空調を強めるよりも、気温なんか感じられなくなるほど夢中になればいい。
坂井も下村の首に腕を回した。
そうしていないと立っていられない。
廊下から女子生徒の甲高い声が聞えてきて、今が修学旅行中で周りの部屋にはクラスメートがいるのだと知らせる。
けれどそれも上昇した体温に溶けた思考では、逆に興奮を煽るものでしかない。
「ん……ふぁ」
息を継ぐ坂井の呼吸に色が混じる。
深く入り込んでくる下村の舌が、坂井の口内に溜まった二人分の唾液をかき混ぜて卑猥な音をたてる。
それを嚥下した坂井の喉がたてる音に下村はまた煽られる。
今度は深い口付けから一変させて、啄ばむような軽いキスを繰り返す。
暫らくそうしていると、今度は坂井が焦れて自ら舌を差し入れてくる。
「……いつもより、興奮してるんじゃないか?」
ひとしきり味わい合ってから、ゆっくりと唇を離すと下村がヒトのことを言えないくらいにぎらついた眸で見据えてきた。
返事はせずに軽く口付けると、トンっと胸を押される。
足腰に力が入っていない坂井は素直に重力に従って後ろに倒れこむ。
「わっ!」
転倒に思わずきつく眼を閉じるが、体が落ちたのはベッドの上だった。
圧し掛かってくる下村を睨みつけながらも、伸ばされる手は拒めない。
下村の手はシャツの裾から潜り込んできて直に肌に触れてくる。
抗い難い興奮と安らぎと言う両極端の感情を坂井に持たせる下村の手に翻弄されながら、坂井は何度も下村に口付けをねだった。
二人分の荒い息と、衣擦れの音と微かな波の音。
ベッドの中で一糸纏わぬ姿で抱き合っている二人の体温は高い。
この状況がそうさせるのか、いつもより感じてしまう坂井は必死で声を殺していた。
いつも抱き合うのはお互いのどちらかの部屋で、そこは勿論家族と一緒の家の中。
自分自身の手で口を覆ったり、シーツを噛み締めたり、時々は下村が口付けで封じたりというのが癖になっているのだ。
今も、顔を覆うようにしている片腕に自分で歯型をつけている。
「坂井、声……」
指を坂井の体内に埋めてその反応を見ていた下村が唆すように囁くと、いやいやと首を振る。
坂井が声を殺すこともなく艶を存分に含んだ嬌声を下村に聞かせたのは、小旅行先で体を重ねた最初の一回くらいだ。
あの時の、どこか鼻にかかったような甘い声を下村は思い出す。
「我慢するなよ。いっつも我慢してる分、鳴いて?」
埋め込んだ指で坂井が感じる箇所を残酷なほど激しく責める。
「ふぅっ……あっ」
噛み締めた坂井の唇が解けて、嬌声が漏れる。
背筋をその声で撫で上げられるような倒錯的な快楽を下村は感じる。
羞恥に顔を染めた坂井が、そっと眼を開ける。
潤んだ漆黒の瞳はどこか幼げなのに艶っぽい。
「……しもむら、もう……っ」
熱い吐息にのせられた誘いに、下村が優しく笑ってみせる。
狡猾で獰猛。
そんな下村が、自分のために浮かべる笑みが坂井は好きだった。
あまり乱れたところを見せない下村の髪が僅かに乱れるところも。
汗ばんだ額も。
余裕を欠いて、求めようと伸ばされる手も。
下村の意図するそのままに、坂井の唇は解かれて喘ぎを発してしまう。
抱えるように坂井を抱き込んだ下村が、首筋にキスを惜しげなく与えながら押し入ってくる。
蕩けそうな表情を浮かべる坂井の体を深く抱いて、焦らすように穿つ。
甘い声が耳に染み込む。
声一つで、いつもよりも激しい快楽の波が押し寄せてきてか、限界はすぐにきた。
「……さかいっ」
呼べば、こくこくとなす術もなく頷く坂井も一緒に絶頂に導こうと、浮き出た鎖骨に舌を這わしかけた。
そこに、
コンコンコンコンッ。
無粋なノックの音が二人の動きを止めた。
体が硬直する。
大きく見開かれた双眸がしばし見詰め合った。
「しもむらー、さかいー。俺―。開けてくれー」
ドアの向こうから聞えてきたのは斉木の声だった。
「……なんて野郎だっ」
呟いてから、このやばい状況の対処方法を考えようとしたが、体の下には坂井がいてその坂井とは繋がったまま。
余裕がなさそうに、不安そうに見上げてくる坂井を見下ろす。
「とりあえず、イケル?」
マヌケな問いだが窮地脱出には仕方ない。
坂井も強がったり抵抗できる状況でないから、素直に何度も頷いた。
萎えかけたところを無理矢理に快楽に染めて、不本意な情事にピリオド。
その間も、コンコンと控えめなノックと情けのない声が続いている。
余韻に浸る間もなく、坂井をとりあえずバスルームに放り込んだ。
自分も適当に体裁を整えて、ドアを睨みつけた。
それから、下村にしては乱暴な足取りでドアを開けてやる。
「すまんっ。本当に悪いっ」
眼が合うよりも先に顔の前で両手を合わせて頭を下げられる。
「とにかく入れ」
深夜のホテルには巡回のガードマンもうろついている。
斉木は部屋に入ると、坂井の姿を探したようだがシャワーの音に気が付いて下村に尋ねる。
表情が変わりそうなのを抑えてそうだと頷く。
「で、どうしたんだ? 二夜連続で喧嘩か? それとも勃たなくて罵倒されたか?」
乱暴な物言いが下村の怒りを如実に表している。
斉木はベッドでなく地べたに座り込んでいる。
「部屋をあけてくれてた彼女の友達が……彼氏のとこで喧嘩したって……部屋に戻ってきて……追い出された……」
逆ところてん。
気の毒だが、自分自身も気の毒な下村は容赦のない溜息で追い討ちをかける。
「ごめん! 本当に昨日といい、今日といい、二人には迷惑をかけた!」
手をついて謝られて、下村も仕方ねぇなぁと頭をかく。
「いいよ。もう。残念だったな」
「……うん」
「ま、頑張るこった」
そして沈黙。
バスルームの方で物音がして、坂井が顔を出した。
紅潮した頬は湯上りだからではないはずだ。
斉木は事情を坂井に話して、同じく深く頭を下げる。
苦い苦い笑いしか浮かんでこない坂井のお許しに、再び斉木は頭を下げる。
考えてみれば、かわいそうではあるのだ。
幼馴染とはいえ、斉木は斉木なりに気を使っているのだろう。
下村と坂井の場合はけっこう容赦のないところがお互いにある。
気を使うというところがいっさいない。
恋人とはいえ、根本は男友達だ。
「いーよ、斉木。帰って頑張れ」
もう寝ようと坂井が言う。
僅かながらいつもと違う緊張を強いられた情事に疲れているのかもしれない。
返事を待たずにことりと横になる。
斉木と下村と、眼を合わせてそれぞれ違った意味での溜息をつくと、坂井にならって横になった。
なにはともあれ、明日はこの南の島を立つのだ。
修学旅行最終日の朝食を終えて、下村が女子生徒に呼び止められて坂井は先に部屋に戻っているといってしばし離れた。
呼び止めたのは確か斉木の彼女で、迷惑をかけたからと一言の謝罪。
それから、
「坂井くんと付き合ってるんでしょ?」
などと度肝を抜くことをそっと囁いた。
「アイツがそんなこと言ってたし、なんとなくね。噂とかもあるし。だから悪いことしたなって」
苦笑しか浮かべられない下村ににっこりと笑って、
「誰にも言わないから安心して」
と言い残し、彼女は斉木の方へ意気揚揚と歩いて行った。
なるほど、この内容は坂井には聞かせられない。
ま、いっかと思いながらエレベーターに乗り込んで、部屋に戻る。
戻ると坂井がベッドに伏していた。
眠っている。
やっぱ、体きつかったかなと罪悪感に苛まれながら坂井の転がっているベッドの端に腰掛けた。
チェックアウトまでにはまだ時間がある。
ゆっくりさせるか。
とは思っても、こちらを向いた坂井の寝顔は下村を容赦なく誘う。
「……」
起きるなよと念じながら、体を曲げてそっと触れるだけのキスをした。
僅かに熱を持った唇の感触が心地いい。
「……ん」
坂井が身じろぐ。
思わずクスクスと笑い出してしまった。
その感触に坂井が目を覚ます。
薄っすら開いた目が下村を映して、蕩けそうな笑みを刻む。
「かわいいなぁ」
寝惚けているせいか、坂井の反抗はない。
触れるだけのキスを繰り返して再び坂井を眠りに誘おうとする。
……が、
ばったーんっ。
「しっもむらー、さっかいー、聞いてくれー」
間の悪い男はどこまでも間が悪い。
ドアを勢いよくあけたのは勿論斉木だった。
「………………………………あ」
ドアを開けた状態で、斉木が硬直する。
下村と坂井も硬直。
しばし時間が止まる。
「………………………ゴメン」
パタンと閉まったドアの音を合図にするように、坂井が下村を突き飛ばす。
「どうすんだよ!」
真っ赤になった顔で抗議する。
「いってぇなぁ。手加減しろよ」
「うるせぇな! お前が妙なことしなきゃ……ばれなかった……んじゃねぇのか、よ」
俯いてどんどん小さくなる声に、下村は苦笑を浮かべた。
「斉木さ、知ってるんだってさ」
言うと、坂井が顔を上げた。
きょとんとした顔が可愛い。
「知ってるって……」
「噂もあるらしいぜ?」
「うわさ……」
青ざめた坂井の顔にさすがに少し傷付いて、
「いや?」
淋しそうな顔をしてみせた。
坂井は下村のこんな表情に弱い。
眉を顰めて、下村を見上げる。
「だって……」
困惑した表情の坂井を追い詰めるのに更に言葉を重ねる。
「俺と付き合ってるって知られるのは、いやか?」
黒い双眸がぐらぐらと揺れる。
「…………や……じゃ、ないけど……」
「ならいいだろう? 俺は平気だし、お前が俺のもんって主張できて嬉しいんだけど?」
コツンと額をくっつけて、下村が笑う。
ほだされているような気もするが、いつもこの笑みに流される。
それが坂井は不快じゃないから。
「……いっか………」
怒ったような表情が気のぬけたものになる。
「でも、俺斉木の顔まともに見れらんねぇ」
「まぁ、それはそれで、俺の顔でも見てればいいじゃねぇか」
「……ばーか」
はにかむような笑顔がのぞいた。
そんなこんなでチェックアウト、そして沖縄を発つ時刻になった。
「しっかし、ホント無事に終わってよかった……」
そう零したのは宇野だった。
どこかげっそりしたような顔は、沖縄の熱にやられたせいかもしれない。
「お疲れだな。宇野先生は」
「誰のせいだ」
頭上で夫婦漫才を聞きながら、下村は坂井にこっそりと囁く。
「けっこう、楽しかったよな」
学校行事にはやたら消極的な姿勢しか持たない下村の言葉に、坂井はちょっと驚く。
考え込むような顔をして、なにかを諦めるような溜息をついた。
「まぁ……楽しかったよ」
いろいろと、心労のかさむことはあったけど。
悪くはないし。
南国の島が遠ざかる。
旅の疲れに飛行機の中で熟睡した坂井が、無意識に下村にもたれかかったことで噂をさらに意味深なものにしたことを、坂井は後に知ることになる。
そして、間の悪い男・斉木は呪われているのではと思うような運と間の悪さをその後もしばらく披露してくれたとか。
お預け解消編ではないですね(笑)下村さん、たまにゃいじらしい思いをしてください。旅行から帰ったときが下村、すごそうだ。というわけで、下村お預けの後お邪魔虫のせいで坂井くんの可愛い喘ぎが聞けませんでした編(爆)でした。