「背中に、昇り竜を彫って欲しいんだが」
その背に注文通りの絵を描けばさぞかし似合うだろうと、年老いた刺青師は思った。
背丈がある。
肩幅も広い。
体格は申し分なかった。
それ以上に立ち姿がいい。
すらりと背を伸ばし、首から上は多少斜に構えてはいるが青臭さの抜けた、研ぎ澄まされた真摯さが全身から覗える。
ただ、彫り物を入れるような人種には見えなかった。
だが、堅気ではないだろう。
刺青を入れることが過ちになるのではなく、破滅につながる所に住んでいる男のような気がしたのだ。
傍らの死に桜がよく似合う。
「兄さん、後悔しなさるよ」
「入れてくれ。後悔するかどうかは俺が決める」
静かな眼だった。
尋常でない物を隠した眼だ。
たまに、こういう男が訪れる。
思い詰めたわけでもない。
人間として何か大切なものを欠いた男が、穏やかだが暗い眼をしてふらリとやって来るのだ。
そんな男は、その年が暮れない内にくたばるものだ。
この男もまた、例外ではないのだろう。
「後悔する。帰るなら今のうちだ」
「腕はいいんだろう? 心配しなくても金は用意してきた」
この笑みだ。
男達は、老人の前では酷く儚げに笑って見せる。
背中の彫り物で身元が証明され、警官が確認に老人の元を訪れることもある。
そんな時にさげてくる顔写真とは似ても似つかないほど、綺麗な笑みを見せる。
「金はいらんよ。兄さんのような客からは金は取らん。そう決めてある」
老人の言葉を聞いて、何人の男が困ったような笑みを浮かべては死んでいっただろう。
「替わりにあげられる物はないよ。生憎」
それでも老人に彼らと止める術も理由もなく、ただその傷だらけの背中やら肩やらに彼らの存在証明を刻むだけだ。
己の行く末と遺してきたものに思いを馳せながら、針がもたらす痛みに耐える男達へ、老人が要求することは決まっていた。
「金の替わりに、聞かせてもらおう。兄さんの昇り竜の曰くを」
静かに頷く者もいれば、困ったように笑って見せる者もいる。
この若者は、変わった爺さんだと声を出して笑った。
いい笑顔だと思ったが、周りを不幸にする笑顔だとも思った。
狭苦しい作業部屋に差し込む夕日に照らされる男のしなやかな背中を、老人は暫し眺めた。
01/3/24〜4/16
先輩方にアップしたらと勧められてのアップです。
いろいろ矛盾点などある話しですが、もっともっといいモノを書けるようになりたいと思ってます。
裏社会の勉強などしながら、もっと凝った事件を……(笑)
少々長いですが、お付き合いくだされば幸いです。
実は少々自信作(人物面においてのみ:笑)