Rised Dragon 2



「おい、タツ。飯まだか?」
 日高幸太郎は、六畳の居間の炬燵に足を突っ込んで上体を倒した格好で狭い台所を覗き込んだ。
 男一人がそこで作業をするのが精一杯の台所に立っている、タツと呼ばれた青年がその言葉にシカトを決め込んだ。
「腹減った。早くしてくれ」
 シカトを決め込むかに見えた青年は、二言目で振り返った。
「うるせぇなぁ! 俺だって夜勤明けで疲れてんだ。ちったぁ、待て! くそ親父!」
 烈火の如く吐き出された息子の言葉に、父親は余裕の笑みを返す。
「そうやってすぐに熱くなっちまうから、ホシにいいように黙秘なんぞ使われるんだろう」
「やっかましいなぁ! 人様にもの頼む態度かっ?」
「だから、早くしてくれって言ったじゃねぇか」
「ざけんなっ! 今日日、ヤクザの若衆だってもっとマシな言い方するぜ」
「父親が息子に頭なんざ下げてられっかよっ!」
「ばっくれんな! 今日の飯当番は親父じゃねぇか! なんで俺が仕度しなくちゃなんねぇんだよ」
「俺の飯は不味い」
 日常茶飯事の喧嘩は、父親の素直で事実でどうしようもない一言で幕を降ろした。
 達郎は、それでも反論しようと何度か口を開きかけたが、結局黙って台所に引っ込んだ。
 しばらくすると、男料理ながらも見た目も味も悪くはない夕食が出揃い、銚子とビール缶が食卓に並んだ。
 擦れてくたびれたこの年代の男独特の退廃的な空気を背負いながらも、内側に溢れんばかりの生気を秘めた中年刑事・日高幸太郎の生活のは、存分に退廃している。
 それを補うかのように息子は、言動こそぶっきらぼうだが意外な几帳面さと細やかさを持っている。
 長年連れ添いたくて擦れ添っているわけではない、複雑な父子家庭の為せる技なのだろうか。
 不意に父の方が至極真面目な顔を上げた。 
「お前、開世連合の幸田組に手を出したな」
 盃を口元に当てたまま、眼だけを上げて息子を見上げている。
 息子は缶ビールの飲み口を口唇に押し当て、暫し止まって親父の眼を見返した。
 睨み合いに近い見つめ合いが、数秒続いた。
 どちらも、親子と人目で分かる面構えに目つき。
 一般人でこの眼にこうして睨まれれば、誰だって怯むだろう。
「仕事してるだけだ」
 日高家は、父親も息子も刑事だが所属する課は異なる。
 父親は捜査一課の強行犯係りの刑事で、息子は捜査四課で暴力団を相手に日々奮闘している。
 どちらも、警察学校上がりのノンキャリアだ。
 一見、極平凡で見方によっては仲のいい父子家庭だが、その過去はなかなか壮絶だった。
 数十年前、日高の女房と娘が日高幸太郎刑事を逆恨みする者に殺害されたのだ。
 父親は職権を濫用し犯人を追跡し、射殺という結果を導き出した。
 あまつさえ、それを正当防衛と称して無罪を勝ち取った。
 その後に、生きる目的をなくして心神喪失状態に陥ったのだが、息子の一喝によって眼を醒まし職場復帰している。
 息子はその被害を被って、父親を知る者にはあまりいい顔をされていない。
 昇進も難しいとされている。
 しかし、持ち前の器用さのおかげか、仕事裁きは上等らしく気のいい年配の連中は一目置いてくれるし、後輩の面倒見も良いから慕われやすい。
 敵とも呼べる暴力団の連中からも、侮れない野朗としてブラックリストにランクインしているらしい。
「仕事、ね」
 開世連合は、国内屈指の巨大な暴力団組織だ。
 全国区で巨大組織の開世連合の傘下には、それはもう様々な種類の極道が集結している。
 インテリから武闘派、博徒から歴史に残っているようなヒットマン。
 幸田組は、資金稼ぎが上手い。
 開世連合の重大な資金源にもなっている、金のなる木だ。
 組長のは、しのぎにかけては右に出る者はいない。
 仕事も綺麗なもので、尻尾が出ない。
 頭脳と天性とで伸し上がり、会長の覚えめでたく一家を起こすことが出来た。
 歴史は浅いが、開世連合のキーマンではある。
「薬が最近、やたらと流れている。そこいらのガキが中毒になって、少年課が慌てるくらいだ。この辺の薬は大方幸田が仕切ってるからな。しかも、開世連合だ。他の組が回してるとも思えねぇし。それで、少し嗅ぎ回ってるだけ」
「ほう」
「仕事だ。勘繰るなよ」 
 達郎は歳にしては、年季の入った刑事達と同じ匂いをさせている。
 経験と世間の荒廃ぶりに擦り切れた何かを、この若さですでに身に付けてしまっている。
 青さのない若さとでも言うのだろうか。
 達郎が初めて暴力団の摘発に出た時の仕事振りには、年配の刑事も舌を巻いたらしい。
 ギャンギャン怒鳴り散らすわけでもない、暴力も一切ない。
 誰もが一瞬怯むような長身を、そこに存在させていただけだ。
 凄み。
 父親がたまに見せる片鱗を、息子もまた携えていた。
 その立ち姿の尋常でなさは、四課には即戦力に、組織には瘤となった。
「そう言う親父には、リタイアの誘いがくるんじゃねぇか?」
 同じ職場での親子の言動と言うのは広がりやすいのか、達郎がくつくつと喉を震わせながら尋ねると、日高は嫌な顔をして盃を呷った。
「余力残してリタイアして、誰が世話してくれるんだ。知ってるか? 二年前にリタイアした一課の長田さん。やめたとたんにボケちまったんだとさ。娘夫婦が老後はゆっくりと安穏な余生を送ってくれって田舎に家買って与えたら、とたんにこれだ」
「鬼の長田がぼけちまったか。いいなぁ、その手。家買ってやろうか?」
「いらねぇ。それよりもう一本、つけてくれ」
「自分でやれ」
「家を買うくらいなら、お銚子一本つけてくれるほうがいい」
 そんなやり取りはいつものことで、その夜も静かに更けていった。


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やっとこさ名前がでてきました。日高刑事の息子さん、達郎くんです。
親父さんもいい味が出せているんじゃないかなとおもいます。
また、まだまだなのですが(笑)、まずはホノボノから始まります(笑)だんだんハードにはなってくると思います。

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