明日すら脳裏に描くことができなくなった

あぁ、俺はそう長くは生きられないのだと思った

ワンカートンのハイライトと 着替えのシャツを持って家を出た

この足で 逝くために

ひたすらに 高みを目指す 薄墨色のRISED DORAGONと共に



Rised Dragon 10



 滝上順也はその場で逮捕された。
 警視庁捜査四課は二課の内部捜査を受け、早瀬四課長を始めとする数名の幹部が逮捕された。
 同時に開世連合に捜査のメスが入った。
 身内に甘いと言われ続けてきた警察の変動だった。


「刑事の背中に昇り竜たぁ、粋じゃねぇか。そう言うところなんか、お前さんにそっくりだ」
 山中の険しい道を進む車のハンドルを取る門脇が、車内にこもる煙に辟易しながら悪態をつく。
「俺の倅だからな」
 ぐらりと車体が揺れる度に落ちる灰に、一々文句を言いながらも日高は、喫煙を止めようとはせず新しい煙草に火を点けた。
 いつもの、濃紺のピースの箱ではなく水色のパッケージに入ったそれは、達郎がいつも吸っていた煙草の銘柄だった。
「おい、俺にも一本」
 門脇の自家用車の後部座席には、赤箱の煙草がワンカートンほど転がっているが日高の煙草に手を伸ばした。
「しっかし、なんてぇ道だ」
「黙って運転してろ。だいたい、お前が来る必要なんざなかったんだ。二課は猫の手も借りたいほどだって言うのによ」
「はっ。そんな時分に体力のねぇ老いぼれは邪魔だって厄介払いだ。まぁ、老いぼれ刑事どうしでドライブも悪くねぇな」
「よかねぇよ」
 軽い言い合いは続く。
 門脇の銜えた煙草に、日高がジッポの炎を差し出す。
 日高が犯人射殺と言う不祥事を仕出かしてから、数年ぶりの行為だった。
 くっくっくと気味の悪い笑い声が発せられる。
 途端、車が激しく傾いだ。
「しゃんと運転しろ!」
「やかましい。黙って乗ってろ」
 定年間近の老刑事が二人して喚き散らしながら辿り着いたのは、山中の掘っ立て小屋だった。
 ここに暴力団とマル暴には有名な刺青師がいる。
 偏屈と言うわけでもなく、頑固と言うわけでもない。
 過去にいわくを持つ、腕のいい刺青師の棲家だった。
 庭先に、ひょろりと立つ老木がある。
 桜だろうかと、日高は近寄りその樹皮を撫でた。
 水気のない樹皮は、触れると崩れ落ちる。
 ひび割れた樹肌に生気はないが、妙な迫力がある。
「じいさん、いるかい?」
 門脇が太い声を上げる。
 田舎屋の奥からガタガタと音がした。
「おるよ」
 乾涸びた声と皺だらけの顔が出てきた。
 小柄で骨ばかりの体を腰で曲げて、九十は越えたと思しき老人は、皺に隠れそうな眼をより細めて二人の刑事の姿を認めた。
「刑事さんかい?」
「桜田門の捜査二課の門脇と、こちら一課の日高です」
 ジャケットから、ひょいと黒革手帳を提示すると、老人が咳き込んでいるかと間違えるような声で笑う。
 組み合わせの奇妙さに笑ったのだろう。
 それから、見分するように日高の佇まいを見る。
「あんたの倅が年の暮れに来たな」
 門脇が振り返り日高を見る。
 日高はちょと方眉を上げてみせる。
 大して驚いてはいない顔だった。
「刑事さんだったのかい。あの兄さん」
「マル暴の刑事だった」
「死んだんだろう」
「昇っちまったよ」
 銜え煙草が、上下する。
 老人がすんと鼻をすりあげた。
「見事な昇り竜だったよ。どうせなら、アレが生きているうちに拝みたかったもんだがな」
 山風が吹き降ろしてくる。
 冷たい風。
 陽射しは温かく、庭に降り注いでいる。
 刑事の背中の昇り竜は、滝上順也と揃いの刺青だった。
 しなやかな背中を踏み台にして、今にも天へと昇り出しそうな二匹の竜。
 情交の時にこそ、その鮮やかさを発揮すると言う刺青を、落合美和はどんな気分で見たのだろうか。
 順也が背負い始めた罪悪感の代わりにと、達郎が自ら背負った刺青は最後の最後まで巧妙に隠されていたのだ。
 物を言わなくなった息子のスーツを剥いで魂消たものだ。
 誰もがいい背中だと言う背中に掘り込まれた一匹の竜に。
「じいさん、ありゃ、死に桜かい?」
 吸い慣れない煙草の煙を持て余すように口の中で転がして、日高が庭先の老木を見上げる。
 老人がくぐもった声を上げて笑った。
「死んどらんよ。しっかり生きとる。気まぐれに花を咲かせる」
「この樹がかい?」
 冬の澄んだ空に枝を伸ばす老木に、花。
「そうさ。今年は、もう咲いてすんだよ」
 老人の皺に隠れそうな眼が、誇らしげに笑みを浮かべた。
「じいさん、今は真冬だぜ」
「見事に咲いたさ。咲いて、ぱぁっと散って終わった」
 二人の刑事の銜えたままの煙草が、また不自然に上下した。
 流れる煙を北風がさらって掻き消す。
 一際強く吹いた風に、コートの裾がふうわりと翻った。 
 老木の枝が、ゆさゆさと揺れる。
 まるで、自己主張。
「桜みたいなもんだろう。あんたの倅みたいな男ってなぁ。過激に咲いて、惜しむ間もないくらいあっさりと散りやがる」
 煙草の煙に誘われて、一本おくれと言うように、枝は暫く揺れ続けた。





「なぁ、じいさん。こいつぁ、死に桜だろう?」
 ひょろりと細長い体を兄弟のように老木にそわせて、昇り竜を背負った男が言った。
「花ぁ、見たくないかい?」
 消えない模様を刻み込んだことで、自信と確信まで自らの中に取り込んだのか。
 いいと思っていた笑顔は、いっそう人の心を惹きつけるものになっていた。
「俺が、代わりに咲いて散ってやる。俺のつまらねぇ与太話だけじゃ、この刺青には安すぎる」
 ぽんと、樹皮を叩いて踵を返した。
 黒いコートに包まれた背中はやはり見惚れるような代物で、その背が颯爽と重荷を背負いながら去って行くのは感傷を誘った。
 もう二度と見ることのできないものだと思えば、殊更に。
 自ら過激に散ると宣言した背中は殊更に。




「早咲きの桜、か」
「でも、見事なもんだった」
 慰めるようなニュアンスで、日高の背中を門脇が叩いた。
「本当に、見事なもんだよ」
 日高達郎刑事の殉職の真相を知る全国のはみ出し者達が、調子に乗って次々と警察内部の汚職を告発・逮捕。
 さながら下克上のごとく、警察組織は混乱状態。警視庁捜査二課は事後処理に奔走した。
「あんなに鮮やかに散ってもらっちゃ、忘れられねぇよなぁ」
 老いぼれが言う。
 先の少ない人生で、忘れられないものが増える。
 もっと、若い連中に見せ付けてやればよかったと思う。
 達郎が聞けば、似合わないことを思うなと一笑するだろうが。
 門脇も、空を仰いだ。
 快晴。
 網膜を突き刺す光。
 時代の変換期に風が吹く。
 桜の枝が揺れる。
 コートの裾が翻る。
「いい日和になったな」
 ハイライトの煙が細く棚引き、消えていった。


end


Back 9


終わりましたー(>_<)
と言っても10話目はエピローグですけども。
「FLY」を書いた時点で、なんだかこの息子いいじゃんと思ってたのですが、まさかこんなにも成長してくれるとは。
後日談とか達っちゃんの関わった他の事件とか知人とか、これからもいっぱい話しにはでてくると思います。
達っちゃんと順ちゃん、美和ちゃんの子どもの話とか。
後書きにあまり書くことがないのは、きっと話の中に書ききったからだと思います。
こんな長い話にお付き合いいただきありがとうございますv
これからも、杉山ワールド展開していきたいです。

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