※注意!!
この作品はBDのパラレルなお話しです。
バーテンとフロマネが幼馴染で退行してもらって高校生です。
こんなんでも許してくださる方のみ、ご覧下さい。
一つ前の机を眺めて、下村はそっと溜息をついた。
始業のベルの余韻が消えかけようとしている。
ざわざわとクラスメート達が席につき始めている。
なのに、下村の前の席の主は一向に姿を見せない。
喋り足りないと、ざわついていた教室の空気が一瞬変化する。
顔を上げれば、日本史の西尾教諭がやって来たところだった。
教室をざっと見渡してから、出席簿を開き点呼を始める。
間延びした、やる気のない返事が次々に答える。
「坂井」
返事が途切れる。
一つ前の席の生徒の名前で。
返事のないことに溜息を一つついた西尾が、下村をちらりと見た。
「学校には来てるのか? 下村」
「来てますよ」
頷いて、出席簿に坂井の欠席と下村の出席を記して、次の席の生徒を呼ぶ。
日常の時間の流れだ。
授業はいつも通りにすすみ、終わる。
今日、最後の授業の終わりを告げるチャイムがなった途端、教室内は開放的な空気に満ちた。
「下村」
その教室からいつもならさっさと出て行く西尾が、下村の方にやって来た。
「何ですか?」
「坂井の出席日数、ギリギリだ。伝えておいてくれ」
頷いくと用件はそれだけだったのか、西尾は教室を出た。
帰り支度をしていると、今度は隣のクラスの女の子がやって来る。
どこか緊張した面持ちで、用件は察することができる。
彼女は、下村が昨日別れを告げたガールフレンドの友達だ。
「下村くん、美紀に昨日別れようって言ったって本当?」
「本当」
帰り支度の手を止めずに答えると、暫し次の言葉につまる。
「あのさ、それって何で? あの子、理由がわかんないって泣いてるんだけど」
「俺、ベタベタするの嫌いなんだ」
カバンを閉じて、今度は前の机に引っ掛かっているカバンに手をかけた。
机の中は空。
カバンも軽い。
「用はそれだけ? 俺、帰ってもいい?」
素っ気のない言葉に、女の子は言葉を失ったようだった。
こくりとやっと頷かれ、その脇をすり抜けて下村は教室を出た。
廊下に溢れている生徒をかいくぐり、下村は階段を上がっていく。
カバンを二つ提げたままで。
不意に人気のない階段になる。
屋上への階段だ。
屋上は普段鍵がかけられていて、入れない。
しかし、下村が屋上への扉に手を掛ければ、ギシリと錆びた音をたててドアは開く。
ドアを開いた途端に風が吹き込んできた。
屋上の、決まった位置に転がっている生徒が一人。
コンクリートの寝床で、よく熟睡ができるものだと思う。
学ランを布団にして、ぽかぽかした春の陽射しの中で眠る幼馴染は猫に似ている。
傍らには、煙草とライターと律儀に携帯灰皿。
それから、どこで手に入れたのか屋上のドアの合鍵。
近くにカバンを置いて、そっと眼下に眼をやってみる。
生徒が群れながら校門をくぐっていく。
夏休みも終わり、学校行事が満載の秋がやってこようとしている。
メンドクサイ。
肩を落として、眠り猫の隣に座り込んだ。
勝手に煙草を拝借し、火を点けた。
もぞりと猫が身動きし、顔を上げた。
細めた眼で下村を見ると、
「何してんだよ」
ときた。
起き上がり、学ランと肩にかける。
「何してるって、授業も終わったし迎えに来てやったんじゃねぇか」
「彼女はいいのか?」
「別れた」
「何で?」
「あの子のニーズにゃ答えきれない」
美人でプロポーションもよかったが、電話を毎日していたり帰宅は必ず一緒でなければならなかったり、他の女の子と話せば怒るし。
重荷だと感じ始めたからだ。
「で、西尾センセからの伝言だ。出席日数やばいってよ」
「ふうん」
「このままじゃ、本当に留年するぞ」
「いいよ。そしたら、辞めるし」
あっさりとそう言って、自分も煙草を銜えた。
「お前みたいに、根性が腐れてるくせに、優等生の皮なんかかぶれねぇし」
にやりと笑って見せた。
坂井は問題児。
その幼馴染の下村は優等生。
どちらも本質は似ているのだが。
坂井は自分に素直な結果がこうで、下村はひねくれている結果だ。
「忍耐力があると言ってくれ」
煙が流れていく。
暫らくの沈黙が心地いい。
上っ面のいい下村の周りに寄ってくるクラスメートといる時には、感じない空気だ。
親友と呼べる奴は坂井一人でいいと思う。
坂井は外面が非常によくないから、つるむ奴はあまりいない。
学外では何人かいるらしいが、こうしていられる奴が下村だけであればいい。
「帰るか」
「腹も減ったしな」
そうして二人は腰を上げた。
二階の自分の部屋の窓を覗いてみた。
真横の家の部屋には電気が灯っていない。
下村はやれやれと肩を落す。
どうせ、今日もバイクを飛ばしているのだろう。
自由奔放なところは本当に猫のようだ。
昔からまったく変わらない。
微妙な距離かなと下村は思う。
幼馴染で親友で、腐れた根性を晒すことのできる相手だ。
心理的な距離は誰よりも近いはず。
けれど、時々下村は坂井に触れたくなる。
道端で日向ぼっこをする猫に、思わず手を出すような感覚で。
坂井は幼馴染で親友で、男だ。
なのに、そんなことを考えてしまう。
あの体を抱き締めたらどうなるだろう。
あの唇にキスしたらどうなるだろう。
好きだと言ってみたらどうなるだろう。
考え出したら止まらない。
いつの間にかそんな想いを抱くようになっていた。
そりゃまずいだろうと自分を叱咤して、他の興味もない女の子と付き合ってみるが、動機が不埒なせいもあり長くは続かない。
男に惚れたら、それはゲイだろう。
自分がその気があるのではないか、という悩みはなかった。
坂井だけだ。
他の野郎なんかはそんなことを考えもしない。
近くにいすぎるから。
手を伸ばせば、気軽に触れられるところに坂井がいるから。
自分を抑えるのは得意分野だ。
何時の頃からか自覚して持て余してきた感情は、自分の心の深いところに隠してある。
自分の感情に坂井が気がつけば、幼馴染としても親友としても、この絆は砕けてしまうだろう。
自制は得意。
灯りのない部屋の窓を、下村はじっと見つめた。
「好きだよ」
けれど、笑ってしまうくらい些細な捌け口は必要だった。
普段、問題児がいてもいなくてもいいクラスが、坂井と言う存在を必要とする季節の到来。
「じゃー、次は、走り高跳びに出場したい人―」
クラス委員が教室内を見渡す。
体育祭の季節だ。
こう言う時期になると、普段あまり統率されていないクラスもぼちぼち盛り上がってくる。
一同の視線は、窓際の席で堂々と昼寝をしている坂井をちらちらと気にしている。
去年の体育祭には面倒臭いといいつつ参加して、出場した走り高跳びで好成績をのこしたのだ。
夢の中の坂井に代わって下村が坂井を推薦し、出場選手はほぼ確定した。
隣のクラスとの合同練習には、坂井も参加した。
体育の授業には積極的に出てくる。
どうも担当教師をえらく気に入っているらしいが。
フィールドの真ん中にでんと設置された高跳び用のバーとマットの前で、坂井は屈伸を繰り返す。
半袖の体操服は、坂井のしなやかな背中のラインをくっきりと映す。
体を動かしている時は、のびのびしていていかにも楽しそうだった。
下村は400メートル走だ。
トラックは現在100メートル走の選手が使用しているため、暇を持て余していた。
助走位置で、坂井がトントンと軽く体を慣らしている。
バーやマットの補助役に片手を上げて合図して、ゆっくりと走り出した。
途中からスピードを上げ、踏み切る。
ふわりと浮いた体は仰向いて、弧を描きマットに沈む。
一連の動作は、スローモーションのように残像を残して下村の眼に焼きつく。
歓声が上がり、嬉しそうな笑顔を浮かべた坂井が跳ね起きる。
余裕だ。
下村の視線に自分の視線を絡めてきた。
見たかと言わんばかりの笑顔。
下村は笑みで答える。
「見てろよ」
さほど大きくない声で言えば、口の動きで理解したのか馬鹿にしたように肩を上下させた。
100メートル走の選手と交代で、スタートラインにつく。
パーンと雷管が鳴り、走り出す。
微妙なスピード調整をしながら。
一周200メートルのトラックを走って、回りのスピードがぐんと増してきた。
ぎりぎりまで我慢して、下村も加速する。
坂井には負けるが、並以上と自負する脚力にものを言わせて見事一位を獲得する。
乱れている呼吸を俯いて整え、顔を上げたら坂井がいた。
「お疲れ」
「誰が疲れてるんだよ」
「息が切れてるぜ?」
「うるさい」
この空気を失いたくない。
だから、気持ちは押さえ込んだままでいい。
なのに、日々増殖していく想い。
辟易してしまう。
バーの高さが上がって、何人目かの失敗者が出て、坂井が呼ばれる。
また、見てろよと言う視線だけを残して坂井が駆けて行く。
残暑の強烈な陽射しを受ける背中はやはり綺麗で、思わず見惚れた。
事件はその日の深夜に起きた。
携帯の着信音が鳴って、相手を坂井だと確かめてから通話ボタンを押した。
押しながら、隣の窓を覗けばやはり灯りはない。
「坂井?」
ノイズの向こうに耳を澄ませば、微かな気配だけが伝わってきた。
「坂井?」
もう一度呼びかけると、今度は苦しそうな呼吸。
「どうした?」
「……迎え、来て」
こもったような声がやっと届く。
「は?」
「迎え、来いって言ってんだよ」
随分と憔悴した声が異常を伝えるが、いまいち状況が掴みきれない。
「どこにいる?」
場所は坂井がよくバイクを走らせる海岸線だった。
坂井のものほどメンテナンスをしていないバイクを引っ張り出してきて、飛ばした。
酔っている風ではないが、何かあったのは確かだ。
海岸線に出てスピードを落とし、辺りを見渡しながら走行しているとライトの明かりの中に坂井が浮かんできた。
「どうしたんだよ」
見れば坂井は傷だらけで流血までしているし、隣に転がっているバイクは大破している。
見上げてくる坂井と目を合わすと苦い笑みを浮かべた。
「やられちまった」
唇の端から赤い血が線を引いて顎に向かっている。
暗がりだからわからないが、痣もあちらこちらにできているのだろう。
シャツの端で、顔を汚している血を拭うと痛いと小さな悲鳴をあげる。
「何があったんだよ。骨とかは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ちょっと、失敗しちまった」
「何を?」
畳み掛けるように問う口調が少し苛立っていることに気が付いて、坂井は僅かに下を向く。
「オンナ」
と、切り出して顔色を窺われる。
眉間に皺がよったのが下村自身にもわかった。
「……この前、オンナに声かけられて……そのオンナがこのへんの暴走族の頭のオンナでさ、ボコにされた」
「寝たのか?」
直截的な問いかけには、首を横に振られた。
「飲んだだけ。なんか、それっぽいオンナだったし」
「飲んだだけでこれかよ。病院行くか?」
「いい。それよりバイク……」
ライトも割れ、タイヤもへこんだバイクを泣きそうな目を向ける。
「馬鹿、お前下手したら殴殺されてたんだぞ。わかってんのかよ」
思わず低い声がでた。
ばつが悪そうに坂井は悪かったと呟く。
立ち上がろうとした途端、呻き声を上げる。
「おい」
「あー、痛」
随分痛めつけられたようだが、参った様子がないあたりが坂井らしい。
「バイクは置いて帰れよ。修理に出したって破棄だ、破棄」
「バイト、必死にして買ったのにな」
残念そうにまだバイクを惜しむ。
今度は呆れた笑いが零れた。
転がっていたヘルメットを拾い上げて渡してやる。
「お前のバイク乗るの久しぶりー」
リンチにあった男を迎えに来て、バイクのケツに乗せて喜ばれているこの状況。
脱力しそうになる。
「行くぞ」
「おう」
腰に回って腹のあたりで組まれる腕を、少し意識してしまう。
悟られようもない感情をもっと奥に隠して走り出した。
坂井は、学内の女子生徒には手を出さない。
外でのオンナ遊びはあるらしいが、下村は一切そのへんの事情は知らない。
付き合うと言うことはしていないらしいが。
別に、坂井が女と寝ているからと言ってショックはない。
自分も付き合っている女の子はころころ変わっている。
ただ、もどかしいようなはがゆいようなくすぐったい想いが渦巻くだけだ。
「痛い」
「わかったから、少し我慢してろ」
「お前、乱暴すぎっ。痛いんだよ」
「暴れるなって」
さっきから坂井は、下村の手から逃げてばかりいる。
ご丁寧にも、手当てをしてやろうと言うのに。
「リンチされてこれで済んでる方が奇跡だな」
上半身を脱いだ坂井の体には、無数の痣ができていた。
内出血の痕も痛々しい。
一応湿布を貼ってやり、擦り傷や切り傷の類は消毒して絆創膏をはりつける。
「災難だ。いつか絶対に仕返ししてやる」
バイクの恨みだと付け加える。
「その時は俺も呼べよ」
「ばーか、ばれたら退学だぜ。まぁ、お前の素行だったら謹慎とかで済むのかもしんねーけど」
手当てが終わると、下村が用意してやったシャツを羽織る。
体を動かすたびに顔を顰めている。
「かまうかよ。俺にも迷惑かけたんだ。そのくらいはさせろ」
暫らく坂井の、黒い切れ長の双眸が見つめてくる。
やがて、その目も細められる。
「さんきゅ」
にっと切れた唇が曲がる。
こんな顔を向けてくれなくなるよりは黙っていた方がずっといいはずなのに、体はその髪に指を絡めて見たくて仕方がないと訴える。
「泊まってっていい?」
なのに、駄目押し。
「玄関鍵しまってたんじゃ仕方ないだろう。怪我人にはベッドを譲るよ」
「お、優しい」
痛む体をなんとかベッドに乗り上げて、坂井はタオルケットの下に潜り込んだ。
「明日、休みだっけ?」
「お前な」
「アレ? 違った?」
「休みだよ。日曜日だからな」
ベッドから少し離れた場所に布団を敷いて転がると、枕に片頬を埋めた坂井と目が合う。
何かいいたそうな目だ。
「バイクか?」
「なんでわかったんだよ」
「わかるって」
それだけバイクを惜しんでいれば、わからないこともないだろう。
「いいよ、貸してやる。ただ、お前のと違って手入れとかしてないからな」
「ん、いい、いい。俺がするから」
にこにこと満足そうに笑っている。
「現金だな」
「なぁ、明日どっか行かねぇ?」
「はぁ?」
「日曜だろう? 久しぶりに行かねぇ?」
さっきリンチにあって、SOSの電話をかけてきた男が何を言い出すのか。
呆れたが、気が付けば頷いていた。
「決まり。遠出しようぜ。で、なんか美味いもん食おう」
嬉しそうに計画をすすめる坂井の声が、やがて聞えなくなる。
すうすうと寝息が聞え始めた。
ホント、気紛れな奴だと苦笑して下村も坂井に背を向けて眠りについた。
2001/02/10
3000HITはピカルウ様のリクエストでパラレル「幼馴染な下坂」でした。
山田詠美先生の「放課後の音符」の最後のシーンのような初々しさと言うことでしたので、友人に借りてちらりと勉強しました。ので、爽やか風味に(笑)山田詠美先生は本当に、思春期の子供の気持ちわかってるんですよねぇ。描写がホンマに絶妙です。頑張って下坂でその味を出そうとしたのですが、見事に別人化してますね(笑)下村に片思いしてもらいました。あ、体育教師は社長ってことで(爆)