本州を飛び立った飛行機の中は無事に那覇空港に着陸した。
沖縄。
世界大戦時の痛々しい爪痕が残る島。
現在もアメリカ軍基地の問題が多々ある島。
独特の文化が色濃く残る島。
観光客も多く押し寄せている。
本州にはまだ雪がちらつく季節に海開きが行われる気温差。
半袖シャツ姿の生徒達は、いきなりの温度差にびっくり顔。
「あちー」
坂井もシャツのボタンをいくつか外そうとするが、思い当たってその手を下げた。
隣の下村をぎろっと睨みつける。
「なんだよ?」
「……なんでもねぇよっ」
ここで何か言えば、からかわれるのは必至。
昨日は、今日の出発が早いからと言う理由で拒んでいたのだが、そのかわりにスレスレの愛撫を施されたのだ。
首筋は避けたらしいが、胸元にははっきりとキスマークが残っている。
故意としか言い様がない。
「あっちーなぁ」
ふと頭の上から声がした。見上げてみると、サングラスをしっかりかけた叶が顔を顰めている。
背は高いしスマートだし顔はいいし。
それにサングラスに普段学校で見るよりラフな服装でいれば、モデルのよう。
数多いファンが黄色い声をあげている。
傍らにはこれもまた暑さに顔をしかめた宇野がいる。
下村は、顔をいつもの倍不機嫌のベールで覆った宇野の首筋に、またもや赤い鬱血痕を発見する。
いつもきっちりとしている宇野の服装が、ここに来ても崩れないのには理由が他にありそうだ。
「これから何するんですっけ?」
「ひめゆりの塔に行って、平和祈念公園とか回ってからチェックインだな」
バスに揺られてその通りの順に観光して回る。
普段はあまりマジメとも言えない素行の生徒も何も考えていないわけではない。
展示された傷、写真に見入る眼は真剣で『最近の若者は』、などとは言えない雰囲気を見せる。
聞いて想像するしかない戦争の話し。
その話しの裏付けのように突きつけられる証拠の数々に、暫し思考がショートする。
薄暗くライトアップされた館内から一歩出ると、強烈な陽射しに瞼が痛んだ。
「痛っー」
手の平で陽射しを遮りながら下村が呟く。
その背を叩く大きな手がある。
「さー。飯だ!」
沖縄の陽射しが誰よりも似合う男・川中学園長だ。
「チェックインですか?」
「あぁ」
笑うと白い歯が見える。
学園を所持しているくらいだから、船も持っている。
海焼けしている肌は地元の人とあまり変わらない。
「先生、飯!?」
その川中には何故かやたらと懐いている坂井が、逞しい腕に抱きつきながら問う。
「あぁ、飯だ。腹減ったのか?」
「減った」
川中も自分に自然に懐いてくる不良生徒を可愛く思うのか、くしゃくしゃと髪の毛を乱してやる。
今はいない父親の影を見ているのかもしれないが、下村にしてみればまったく面白くない。
すぐ近くにいる藤木――学校では事務員として勤務しているが、学園長が校外に出るときは必ずついて行く。
専属ボディガードだとかじいやだとかの噂がある男――は黙っている。
「坂井、お前のバスはこっち」
下村が坂井の腕を引くと、名残惜しそうな顔まで見せて坂井は大人しく川中から手を離す。
そんな二人のやり取りを、川中はニコニコと見送る。
多少坂井のコトに関しては敏感になり過ぎているのかもしれないが、なんせ坂井は可愛いのだ。 本人に自覚が一切ない可愛さというのは非常に危険。
しかも、坂井はどこかお人好しなところがある。
坂井が笑顔を見せるたびに、相手は誤解しやしないかと不安になる。
川中に限ってそんなことはないが、弟のように可愛がっているのは事実だ。
下村にしてみれば、それすらもヤキモチを妬くには充分な理由になる。
が、惚れた弱味で、坂井が食事の時に目聡く川中の座る席を見つけ、それに気付いた川中が手招きするのに素直に近寄るのを止められない。
ホテルのレストランの最奥のテーブル。
囲んでいるのは川中と藤木に秋山と菜摘だった。
「川中さん、坂井くんのこと好きねぇ」
菜摘はラフなワンピースで、普段教壇に立っている時よりもずっと若く見える。
秋山と菜摘が夫婦関係で、中等部に娘がいるのは周知のこと。
「可愛くないように見えて可愛いから、ついちょっかい出したくなるんだ」
言いながら隣に座った坂井の頭をまた撫でている。
本当ならその手を払ってしまいたいのだが、そうもいかない。
下村も川中は好きなのだ。
この学校のお偉いさんなのに、ちっとも偉そうに見えないしそう振舞うこともないところも、体育の授業にしても教え方が上手い。
坂井は確かにお気に入りだが、全校生徒の名前と顔は全て一致するくらいだろう。
夕飯は鉄板焼きで、大量の肉と野菜が運ばれてくる。
それを焼くのはもっぱら下村とと藤木と菜摘の仕事で、坂井と川中秋山はつぎから次へと口に運んでいく。
「下村くんも食べればいいのよ?」
途中菜摘の優しい言葉もあったが、
「いえ、暑さにやられてあんまり食欲ないもんですから」
「あら、大丈夫?」
「たいしたことないです」
そんな会話が交わされる間に秋山が腹八分目を満たした。
肉食動物を思わせる坂井と川中の食欲は見てて微笑ましい。
「「ごちそーさまでした」」
二人揃って箸を置く。
「よく食うな」
「先生に言われたくないよ」
そんなやり取りを聞きながら、ふっと外に眼をやる。
下村の視界に夕焼けの海が見えた。
女子生徒の笑い声も聞えてくる。
レストランが海に面しているから、よく聞えるのだ。
「海、出てもいいんですか?」
「あぁ、浜辺を歩くだけならな。遊泳は予定に入れれなかったんだ。ホントなら黙って泳がせてやってもいいんだが、最近クラゲが多いんだとさ」
つまらなそうに言う表情は子供のようだ。
「行ってみねぇ?」
言って下村を上目に見る坂井も子供のよう。
頷くだけで了承すれば、また嬉しそうに笑う。
がたりと椅子を引いて、坂井が先を行く。
それに何故か教師達も続く。
浜辺に出れば、他の生徒にも眼をやってなければならないからいいかと下村ものんびりと坂井の後を追った。
沖縄の海はあまりに綺麗で、思わず見惚れる。
夕焼けも眼を奪うほど綺麗で、壮絶。
本州ではまだまだ冷たい海水も、足首までを浸せば心地よい。
涼やかな波音をBGMに数組のカップルはここぞとばかりに甘い雰囲気を味わっている。
それを冷やかしたりの男子生徒と、沖縄の海に歓声を上げている女子生徒。
教師達はそれらに眼をやりながらも、のんびりと浜辺を散歩している。
「坂井っ、下村っ」
波打ち際を歩いていた二人に、いそいそと声をかけてきたのは、同じクラスの斉木だった。
野球部のエースで、明るい性格でどこか抜けているところが好かれている。
「彼女はどうしたんだよ?」
坂井の問いに、僅かに頬を紅潮させる。
斉木は最近、幼馴染の女子に告白して数十年越しの想いを成就させた。
よって最近、乗りに乗っている斉木クンであった。
「ちょっとさ、頼みがあるんだけどいいか?」
恥じを忍んでというように、生唾を飲み込んで斉木は直立不動体勢。
「なんだよ?」
下村が問えば、一瞬間を置いて口を開く。
「あのさ、今日さ、彼女がその……OK出してくれたんだ。それでさ……そのっ、部屋、一緒じゃん? 俺達。で、さ」
「部屋空けろって?」
さらりと下村が先を言えば、斉木は真っ赤になって頷いた。
「すっげぇ、勝手なのわかってんだけど……その……アイツ、気ィ強いからこのチャンス逃したら次のチャンスってなかなかこないんだよ」
修学旅行にバージン捧げます宣言するってのもどうかと思うが……とは思っても、斉木の彼女の気の強さはよく知っている。
それに、ここまで真っ赤になって必死になっている斉木の頼みを知らん顔してしまうのも可愛そうだし友達甲斐がない。
坂井と下村は顔を見合すと同時に肩を落した。
「で? 俺達の宿泊先はちゃんと用意してあるんだろうなぁ」
坂井がからかうように凄みを見せると、嬉しいのか恥ずかしいのかとにかく顔をくしゃりと歪めて斉木が笑った。
「あるある。さんきゅな。ホント。絶対、礼するからっ!!」
幸せそうな顔を見せる斉木をばしばしと叩きながら、三人は青春の1ページを飾るための計画を練り始めた。
夕陽は沈んでいた。
深夜に坂井と下村が訪れたのは、数部屋分離れた部屋だった。
そこは斉木と同じ野球部員の三人部屋で和室。
雑魚寝をするにはうってつけ。
「いらっしゃーい」
テンションの高い歓迎に、坂井と下村は苦笑する。
「まったく、うちの野球部にはろくな野郎がいないな」
三組敷かれた布団の上に座り込んで、下村が笑うと爆笑がかえってくる。
「言うなよ。今、独り者同士で傷を癒してたんだ」
大方女の話だろう。
普段、練習練習でろくに出会いの場も得られないものだからこう言う場では大いに盛り上がるらしい。
県内でもぼちぼち強豪とされている野球部だからもてないことはないのだが、恋人候補にはあがりにくい連中のようだ。
斉木はその点運がいい。
「お前らだって、彼女いないじゃねぇか」
「ほっとけ」
坂井が瞬間、硬直するのをフォローするかのような即答。
ちらりと投げられる坂井の視線には、坂井にだけわかるような笑みを浮かべて応えた。
「お前らだってもてるだろうに。下村なんか、隣のクラスの子とかと付き合ってたりしてたけど、最近ぱったり校内には手を出してないだろう? 外で彼女捕まえたのか?」
向けられる興味に、下村は少し考えてそうだなと声を出した。
「いるのはいるんだけどな。コイビト」
「なに!? この野郎、やっぱりか」
「なんだよー。やっぱりいると思ったんだ。最近、お前やったらと機嫌もいいし丸くなっただろー? ちくしょー、先越されたかぁ」
「どんな子だよ? 年上? 年下?」
次々に吹っかけられる質問に下村は余裕の笑みで、坂井は枕に顔を突っ伏している。
なんて野郎だと内心で思いながら。
「タメ」
「同級かよ!?」
「可愛い系? 綺麗系?」
「あー、どうだろうなぁ。普段はすっげぇ可愛いけど、時々すっげぇ綺麗」
普段涼しい顔の下村が、幸せそうに口元を緩めると、一斉にブーイングが起きる。
「なんだよー。幸せそうだなぁ。うらやましー!」
「聞かせろよ! 今日は眠らせねぇからな!」
「どんな感じの子?」
「んー? 気がやったら強くて芯が通ってて、気だけじゃなくて実際も強いしな。あぁ、ネコ。ネコみたいな奴」
見たこともないくらいににこやかな下村の笑顔に、野球部員は絶句。
隣で、枕に突っ伏している坂井は耳まで真っ赤だ。
確信犯、なのだ。
下村は。
「外見もネコみたいだな。しなやかでさ。眼もちょっときつめで。仕草もまるっきりそう」
「あー、もう黙れ。惚気になってきた」
「俺はむかついてきたぞ」
「坂井は? 坂井はコイビトいんの?」
眠らせるものかと、一人の腕が坂井の首に回る。
ひょいっと下村の眉が跳ね上がるが、他意のない彼には察知できない。
さっきから押し黙っていた坂井は、のろのろと顔を上げて、半分枕に顔を埋めたまま視線だけを上げた。
「いるよっ」
くぐもった声で、怒ったように応える。
いないと言う対応を予想していた下村は、驚いて坂井を凝視する。
坂井はさり気無くその眼を見ないようにしている。
「なーんだよう! 坂井もいるのかよ」
「聞かせろよ。どんな子だ? お前だから年上っぽいけどな」
「タメ」
「お前もタメかよー」
「どんなタイプだ?」
さすがに下村のように口は回らない。
たっぷりの沈黙を置く。
「…………すっげぇ、性格悪い」
そして、その間を置いて坂井が言ったのがこの言葉。
なんだそれと笑いが起こる。
「性悪女か?」
「性悪っつーか、なんか……俺をからかって楽しんでるって感じで、でも、なんか……時々優しい……かも」
坂井らしくなく口篭もった説明に、やはりほうっと溜息が漏れる。
「いーなぁ。外見とかは?」
更に重なる問いに、坂井の眉間に皺が寄る。
ちらっと下村に視線を投げるが、すぐにそらされた。
下村は嬉しくてたまらないと言った風に、緩んでしまう口元を隠している。
「…………っ、すかした面ってーの? なんかいっつも平然としててムカツク顔」
「なんだソレ。素直じゃねぇなぁ。坂井は」
「うるせぇ」
言って、坂井は枕に顔を伏せる。
「もう寝るからなっ」
「照れるなよ、坂井―。可愛いなぁ」
大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられる。
坂井は頭を振ってそれを拒んで、布団を一枚掴んで被った。
「しゃーねー、寝るか。明日もあるしな」
「布団足りてるか?」
「いらねぇよ。熱いし」
ごそごそと蠢きながら、がたいのいい野球部部員と並んで三人分の布団に転がる。
「電気消すぞー」
「おう」
「おやすみー」
修学旅行の高揚感をなんとかおさめて、眠りの時は訪れた。
熱気は室内のほどよい空調で和らいで、眠るには丁度いい室温になっている。
狭いのは狭いが、さほど苦にはならない。
何が下村から睡魔を遠ざけるかと言うと、横になっている位置だ。
入り口に一番近い所に下村で、その次が坂井。
それから、野球部の三人が連なっているのだが……
坂井の隣の奴が、ごろりと寝返りをうって坂井の間近に迫ったのだ。
おまけに女の話しをしていたせいか、ふらりと伸びたごつい腕が坂井の首に巻きついて抱き寄せようとする。
熟睡している坂井は起きようともしない。
「ん〜、あゆちゃーん……」
そんな寝言を吐いて、より坂井を抱き込もうとする。
下村の中で何かが切れた。
坂井の体越しに足を伸ばすと、彼の体を思い切り蹴飛ばす。
呻き声を上げて唸ってごろりと向こうを向いた。
奪回した坂井をしっかりと抱き込んで、下村はやっと眠りについた。
の、だが………………
早起きの苦手な坂井と多少疲労のたまっていた下村が、朝練になれている野球部よりも早く起きれるはずもなく。
カシャッ!
と言う音と光に起こされる。
「……っ……あぁ?」
不機嫌に瞼を持ち上げた下村が見たのは、面白そうにしている野球部三人と朝帰りの斉木だった。
「おはよーございまぁす」
寝起きリポートを真似たような挨拶に、
「あぁ」
と不機嫌に返す。
音と光はカメラのシャッターかと思い当たり、しまったと顔に出してしまう。
腕の中にはまだ坂井がいるのだ。
しかも、友達同士で雑魚寝の様相ではないはず。
恋人の添い寝状態だ。
「下村くーん、いくら彼女が恋しいからって幼馴染と間違えちゃダメでしょう?」
きししーと笑いながら、カメラを目の前にちらつかせる。
「あぁ、クソッ。やられた」
さり気なさを装って坂井を抱きしめていた腕を解く。
どうやら、誤解をしてくれているらしい。
「……ん……?」
寝乱れた坂井が仰向いて、ネコのような仕草で伸びをする。
それから面倒臭そうに薄っすら眼を開けた。
「おはよー、坂井」
「んー、おはよー」
寝惚けたように坂井が挨拶するのに、くっくと笑いが起こる。
最近、坂井は強面と言う印象から可愛いと言うイメージになっている。
それが面白いやら面白くないやらの下村は、顔にはださないが胸中ではハラハラしているのだ。
「そろそろ朝飯だぜ? 起きて仕度してこいよ」
「朝飯?」
ピクリと反応を示すと、坂井は寝起きとは思えない俊敏さを見せて洗面台に消えた。
下村は呆れつつも、乱れた髪を後ろに梳きながら斉木の方へ向き直った。
「で? 首尾はどうなんだ?」
そう尋ねられて、斉木が押し黙った。
「……まさか、てめぇ、役に立ちませんでしたとか言う気か?」
「いやっ、そうじゃないっ。そうじゃないんだけど……それ以前の問題と言うか……」
彼らしくなく口篭もるから、下村は回りの面々に視線を投げた。
そのうちの一人がほとほと呆れたとでも言い出しそうに、
「喧嘩したんだと」
と、真相を話してくれた。
とたんに下村の眉間に皺が寄る。
「喧嘩だぁ?」
「……そうなんだよぉ。もう原因とか思い出せないんだけど、その……気兼ねしない仲だからさ、軽い言い合いのつもりが……険悪になっちまって……」
小さくなる斉木をよしよしと宥めながら、忍び笑いが漏れる。
が、下村にしてみれば迷惑なこと極まりない。
そう……下村もこの大きな学校行事中にステキな思いで作りをと思わないわけでもないのだ。
昨夜は斉木に譲って、今日は俺の我儘を聞かせてやろうと画策していたのだが……。
「情けねぇ」
「悪かった……」
傷心らしい斉木に辛辣な言葉をかけて、下村は仕方ねぇと溜息をつく。
どうせ、二人きりになれたとしても、坂井が許してくれるとはあまり思えない。
それに、自分達にはいくらでも時間はあるし、初めての〜なんて言うのはとっくに済ました。
ここは、苦労している斉木クンに譲ろう。
「今夜、頑張れよ」
「……おう、さんきゅ」
ここで挫けないのが野球部のエースだ。

Do Not Disturb!
「Sugarless Sugar」の行南ママに捧げてもらったステキなイラストですーv
俺のもの!って大書してますね。シモムの手がv
可愛すぎて悶絶ですよ。ありがとう(><)ママ!!
そんな愛するママのサイトはリンクからどうぞ。
……なんだかなぁ(笑)学校ってこんな感じですっけ?ちょっと年齢が違うだけで、随分中身の違う学園生活になるじゃないですか。なかなか……難しいですね(^^;)しかし本当に学園モノになったら屈託ない人達になるなぁ。シモム、お預け編でした。