「坂井さん」
海辺にバイクを停めて、煙草を吸っていた坂井の背中に声がかかる。
背中を丸めたまま、振り返る。
「なんだ。カズか」
銜えたままの煙草の先が上下する。
凛としたと言うのが似合った双眸は、静か過ぎる。
湖水。
夜の海。
そんな、淋しげで暗い形容を思いつかせる。
「また………、探し物ですか?」
ヘルメットを脇に抱えたカズが、数歩分の距離を置いて問い掛ける。
「あ?」
「今日、ずっとバイクで走り回ってたでしょう? みんな心配してます」
いろいろと。
そんな言葉が聞えてきそうだった。
坂井の顔に、薄い笑みが浮かんだ。
「俺の一挙一動でそんなに心配されちゃ、こっちが気を遣う。困った時は言うから」
風に吹かれてしまいそうな微笑。
弱さというのではなく、気安く触れさせない空気がある。
「で、今日は何を探してたんですか?」
「別に、何も探しちゃねぇよ」
「でも、探してるみたいでした」
言い募るカズから、眼を離して坂井は海を眺めて煙草をふかす。
吹き付けてきた潮風の冷たさを感じないのか、穏やかに眼を閉じて髪を煽らせる。
「そうかも、しれない」
「俺達には、見つけられないモンですか?」
煙に眼がしみるのか、顔を顰める。
「俺にも、無理さ」
「……いいんですか? そのままで」
痛々しくて、見ていられない。
見つめる背中は拒絶の色を見せる。
銜えたままだった煙草を指に挟み、背中を防波堤に預けて振り返った。
「いいさ」
短くなった煙草を足元に落として踏みつける。
「このままが、いい」
まるで、誰かの視線を受けるように坂井は、肩越しにゆっくりと海を振り返る。
数ヶ月前に見た、雨の日のバス停。
坂井が浮かべていたのは、愛しさ故の悔しさとか悲しさで。
今の坂井の表情は、過ぎ去りし日を彷彿とさせる。
「カズ、仕事じゃないのか?」
新しく銜えた煙草に火を点けながら顔を上げた時には、少年が痛そうだと感じた表情は欠片もない。
もう行けよと促す。
自分が坂井と言う男を慰め支えようなど、思い上がりもいいところか。
少年は一人納得も混じる溜息をつくと、両手に持ったヘルメットをくるりと反して、
「じゃ、行きます」
ぺこりと頭を下げて踵を返した。
「頑張れよ」
背中から聞えた声に答えるように、高くヘルメットを頭上に放った。
遠ざかるバイクの音。
変わらない波の音。
埋まらない胸の穴。
見つからないなくし物。
あるべきところに、あるはずのものが、ない。
いるべきところに、いるはずの男が、いない。
それは痛み。
坂井の痛覚を常に支配し続ける。
「いいさ」
この痛みは、このままで。
どんなにしたって、欠けたものは見つからない。
ポツンと胸に空いた空洞こそが、あの男の存在だ。
「このままで」
痛感。
「どうせ、お前は勝手な野郎だもんな」
あれだけ大切にするだの愛だの吠えておきながら、遺したのは痛みだけ。
それでも、空を仰いだ坂井の唇に浮かべられたのは苦いけれど、確かに笑みだった。
I miss you
曖昧な歌がふと浮かんできた。
あなたがいなくて、私は淋しい。
そんな歌だった。
淋しいよ。
辛いんだ。
小さな小さな弱音は聞く者も、聞かせる者もいない。
だから、坂井はもう一度、心の中で呟く。
I miss you
シリアスとも言い難く、甘いような苦いような(笑)こんなお話にお付き合いいただいてどうもでした♪