Missing 3


 部屋の鍵を渡しながら秋山が、含みのある声でこう告げた。
「夜食を後で届けてやるから、さっさと体温めてこい」
 用意してくれていたのは、ツインだった。
 そう言えば、ホテル・キーラーゴに宿泊するなど滅多にない。
 なんとなく得した気分で入った部屋は、やはり流石と言うべきか。


「坂井、服脱げ」
 さっきからくしゃみを繰り返す坂井に下村が極自然に声をかけ、極自然な手付きでびしょ濡れの革ジャンに手をかけた。
「い、いいっ。自分でやるっ」
 一歩後退って頬を紅潮させて、バスルームに消えた。
 バタンと閉まる扉を見ながら、下村は口元が盛大に緩んでいるのを自覚した。
 可愛い。
 可愛すぎる。
 バス停でも思ったが、今日の坂井はかなり下村をそそる。
 思わず坂井の部屋を飛び出してしまったことが、思わぬ結果を招いた。
 自分の不在が坂井を心細くさせたのかと思えば、普段から溢れんばかりの想いはいっそう募る。
 胸を一杯にする想いに、ひたすら幸せを感じた。

 体も温まり、空腹も満たされていかにも眠そうである。
 天使様が。
「おい、坂井」
 ベッドに仰向けになって天井を眺めている坂井を呼ぶと、重そうに視線を移動させて下村を見た。
「しねぇの?」
 露骨な問いに、顔も顰めることができない。
「……疲れた」
 イヤダと言わないところが坂井らしいが。
「じゃ、無理させないからしてもいい?」
 信憑性のない言葉を吐きながら下村は、坂井のベッドに片膝をのせた。
 ベッドが揺らぎ、坂井の上に下村の影がおちる。
「止めないんなら、抱くぞ」
 返答の時間を与えるために、下村はゆっくりと坂井に覆い被さる。
 青銅の手で軽く頤を支えて上向かせ、間近で双眸を覗き込む。
 眠いせいか、いつもは凛とした眼もどこかぼうっとしていて幼い。
 苦笑しながら、眼を閉じ唇を触れ合わせる。
 すぐに離してかさついた表皮を舐めて、顔を離すとワンテンポ遅れて坂井が目を開けた。
 投げ出された四肢は決して疲労のためだけではなく、自分の存在に安堵しているからこそ脱力しているのだと知る。
 無防備な姿。
 さぁ、どこからでも食らいついてくれと言っているように下村には映ってしまい、また、一人で苦笑を浮かべる。
 口付けては離し、坂井の表情を観察していると、虚ろな双眸がだんだんとはっきりとしてきた。
 目元に朱がのぼり、触れては離れる唇がだんだんとしっとりとしてくる。
 触れ合わせるだけの口付けを惜しむように、そっと頤を自ら持ち上げた。
「足りないのか?」
「……た……りない」
 薄く開いた唇が誘う。
「眠そうな顔だな」
 笑いながら舌先で歯列の裏を辿り、吐息を熱いものに変えようとする。
「途中で寝るなんて色気のないことするなよ」
「そりゃ……お前の技術問題だろ?」
 睡眠欲を上回ったらしい性欲に、坂井の双眸が煽情的に輝いた。


「……無理させないって……言ったのはウソか。おい」
 普段感じない、腕や脚の重みと言うのは疲労時にこそ感じられるもの。
 坂井はぐったりと、スプリングのほどよく効いたベッドに全体重を預けて息を整えている。
「いつもに増して丁寧に扱ったつもりなんですケド?」
「腰、痛い」
「体、硬くなってるんじゃねぇの?」
 軽口の応酬に、坂井の睨みが終止符を打った。
 うつ伏せになって、シーツの下から肩を露わにしている姿は色っぽくもある。
「ホント……ろくなことしねぇな。お前」
「元はと言えば、ケイが家出したのが発端じゃねぇのかよ」
「お前が妙なヤキモチ妬くからじゃねぇのかよ!」
 隣で、一人悠々と煙草をふかしていた下村の口の端が持ち上げられた。
「お前探してたの、やっぱ俺じゃねぇか」
 下村がくっくと喉を震わせて笑っている。
「もうそんなに嫉妬しないですみそうだ。天使様の気持ちはよぉくわかったからな」
 もう、外気を移してひんやりとした青銅の手が、坂井の頬を優しく撫でる。
 反論したいことは山のようにあるのだが、どうせ今の下村に何を言っても上手く言い返されるに決まっている。
「……今までわかってなかったのかよ。鈍感」
 寝返りながら、坂井がぽそりと漏らした言葉に下村の笑い声がぴたりと止まった。
 意表を見事につかれた。
 頬に滑らせていた手を首筋に移せば、その冷たさにびくりと首を竦ませる。
 調子にのってさらに手を下へ下へと滑らせて胸を弄れば、もういやだと言うように身を捩る。
「もう、相手しきれねぇよ。寝ようぜ。いい加減」
 愛撫の手を止めて、最終手段とばかりに下村の首に腕を回して引き寄せる。
 上手くやったなと思いながらも下村は、されるがままになって間近の坂井の寝顔を見つめた。
 不躾な視線に耐えられなくなったのか、坂井がふっと眼をあける。
 眠たそうな眼つきはどこか幼い。
「おやすみ」
「……おやすみ」

探し回ったモノを見つけた安堵の浮かぶ坂井の寝顔に、下村の顔に自然と幸せそうな笑みが浮かんだ。

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仲直り編でした。はい。変わらずいちゃついてます。なんか、この二人のキスシーンを書くのが楽しくて………(変態め)坂井が、女々しいどころか、幼いのは………何故だぁ!?(知るかぁ!)次は(まだ、続くのか)、ちょっとシリアス編で、10巻後の話です。

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