翌日も坂井は、朝から迷い犬探しに奔走した。
カズが集めたのは結局5〜6人程度で、さほど大騒ぎにもならずに捜索は続いた。
「坂井」
給油をしようと、ガソリンスタンドに寄ったところで声をかけられた。
桜内だ。
「お前、昨日からうろうろしてるけど、探し物か?」
大いに含みのある言葉。
顔はニヤニヤと笑っている。
下村の愚痴をよく聞いてやっては、坂井にそれをばらしてくれるお節介な外科医。
下村の家出先候補ナンバーワン。
「ドクが予想してるのとは、違うと思いますけどね。探し物」
「そうなのか? 俺の予想してる探し物は昨日はうちにいたんだけどな」
やっぱり。
「夜中に押しかけてきて、今朝にはもういなかったぜ? 車もないのに、どこ行ったんだか」
「知りませんよ」
「そうか。ま、店にゃどうせ顔を出すんだろう。心配するな」
「してませんっ。俺、急いでるんで行きますよ」
坂井がムキになればなるほど、桜内の笑いは止まらなくなる。
「そりゃ、悪かったな。頑張って探せよ」
笑いながら、桜内は坂井を見送った。
エンジン音を響かせて去った背中は、淋しげ。
桜内と眼を合わさずに、慌しく去ったのは急ぎの用とやらのせいだけではないはずだ。
予感を、他人に指摘され自覚してしまうのが怖いのだ。
それも、時間の問題だろうが。
「迷い猫、か」
ちょっと惜しいなという気もしないでもないが、勝機はもうなさそうだと桜内は肩を揺すり上げて立ち込める雨雲を見上げた。
まいったと、坂井は舌打ちした。
視界が、降り注ぐ冷たい雨に遮られる。
時間も押してきた。
このまま、店に直行してもギリギリの時間だ。
安見に連絡を入れれば、泣き出しそうな声でもういいですと言う。
カズに連絡をしても、見当たらないと言う返事。
「遅刻しますって、言った方がいいか……」
安見の声を聞けば、ここで切り上げるわけにもいかない気になってくる。
店に連絡すれば、ひょっとしたら下村も来ているかもしれない。
電話をすると、なんと社長の川中が出た。
「しゃ、社長!?」
『なんだ、坂井か。重役が揃って欠勤か?』
「じゃ、下村、来てないんですか?」
『あぁ。連絡もない。お前のことは秋山から聞いてるから、今日はいいぞ。下村も一緒じゃないのか?』
川中は何も知らないらしい。
「……あ、いえ」
歯切れが悪くなった返事に、呆れたような笑い声が聞えてきた。
『仕方ないな。今日は二人とも欠勤だ。手に負えないようなら言えよ』
寛大な言葉にすみませんと礼を言って、坂井は電話を切った。
「ホント、どこに行っちまったんだよ」
独り言を口にして、ふっと気が付く。
俺は何を探してるんだっけ?
白い息が流れていく。
人気のないバス停で雨を凌いでいた坂井が、くしゃみをした。
寒いのだ。
突然の雨に体は、びっしょりと濡れていて重い。
冬の雨はたまらない。
ぎゃんっ!
「……へ?」
雨の音に混じって、聞きなれた鳴き声が聞えた気がした。
ぎゃんっ!!
まただ。
坂井は声のした方を凝視する。
雨に煙る道の向こうから、薄っすらと人影が見えてきた。
駆け足でやって来る人影が、だんだんとはっきりしてきた。
腕には、黄金色の毛並をしたケイ。
「……も、むら……」
パシャパシャと、水溜りを散らしながら。
「ひゃー、まいった。いきなり降ってくるんだもんなー。寒ぃー」
バス停の下に入り込んでくると、濡れた頭を振ってから顔を上げた。
置いていったコートの替わりに、おそらく桜内から借りたのであろう上着を着ている。
ワンっ。
腕の中のケイが嬉しそうに尾を振る。
下村の腕からはみだした脚には、白い包帯が巻かれている。
坂井の視線に気が付いた下村が、抱いたままのケイの鼻先を坂井に近づけながら言う。
「たまたま、怪我して蹲ってるこいつ見つけてさ。事故ったらしくて怪我してるから、動物病院に連れてってたんだ。大した事ないんだけどな。連絡すりゃよかったんだけど、安見が心配しちゃわりぃと思って、無事な姿を見せようとしたらこの雨だ」
ぺろりと、ケイが坂井の頬を舐める。
「タクシー拾おうにも、こいつが一緒だし、店にはさっき連絡入れた。そしたら、お前がこいつ探してるって聞いて……」
息を弾ませながら事情をおおまかに説明していた下村が、言葉を切る。
びっくりしたような顔をした下村の表情が、やがて困ったような顔になる。
「坂井?」
ケイをベンチに下ろして、坂井の顔を覗き込む。
「なんて顔してんだよ」
愛しそうな笑いを含んだ溜息が頬をかすめていった途端、坂井は俯いた。
「……っ、どこっ、ほっつき歩いてたんだよ! 散々探したんだぞ!」
俯いたまま吐き出される言葉に、下村は苦笑した。
「お前が探してるのは、こっちのケイじゃなかったのか?」
呼ばれたケイが、ぴくりと耳をたてた。
それを視界の端にとめながら、下村の手が冷え切った坂井の額に触れた。
振り払うように坂井が顔を背ける。
「……るさいっ。お前の声なんか聞きたくもない。顔も見たくないっ。さっさと行っちまえ」
駄々を捏ねる子供のような物言いに、下村の浮かべた笑みは深くなる。
本当に、店の外じゃわかりやすい男だ。
「こんな雨の中を?」
「知るかよ。いいから、行けよっ」
頬を押し包むように伸べられていた下村の手を跳ね除けようとするが、それを予想していた下村は手首をとった。
「探してくれたのか?」
顔を合わしたくないからか坂井は、手首は下村にとられたまま俯いている。
「淋しかった?」
少し上体を屈めて、寒そうな肩口に顔を埋めた。
逃げるかと思った坂井の体は、大人しくされるがままになっている。
眼を合わせれない体勢に安心したのかもしれない。
「びしょ濡れだな。寒い?」
僅かに触れ合った頬は、自分の左手のように冷たい。
尋ねれば、こくりと頷く。
不意にたまらなく愛しさが込み上げてきて、衝動的に坂井の冷え切った体を抱き締めた。
「……なんだよ……すげぇ、なんかムカツク」
安心している自分に。
泣き出しそうにくぐもった声で坂井が言う。
「俺はすげぇ、嬉しい」
ぎゅっと抱く腕に力を入れて耳元で囁くと、坂井の手も下村に縋って来た。
肩を抱く力がいつもより強い。
ほうっと坂井が安心したような息を吐いた。
それがまた下村の腕を強める。
「……苦しい」
「少し、我慢しろ」
クウンとケイが鳴いている。
今は、口付けもいらない。
こうして、冷え切った体を抱き締めあっているだけでいい。
だが、
「クシュンッ」
抱き締めた坂井が我慢し切れなかったくしゃみに、下村が破顔した。
もう少しこうしていたかったが、このままではお互い風邪をひいてしまう。
「さて、どうやって帰るかな」
バイクはあるが、この雨の中二人乗りは危険だろうし、何よりケイがいる。
誰かに迎えに来てもらうのが一番なのだが。
さて誰を呼ぼうかと思案していると、ライトで雨をキラキラと輝かせながら車が一台走ってきた。
「アレ、秋山さんの車じゃないか?」
聞きなれたエンジン音に反応したケイが、下村の言葉を裏付けるようにワンッと一声吠えた。
「迷い犬も迷い人も見つかったか。迷惑かけたな」
バス停につけて、秋山が降りてきた。
「俺もお尋ね者になってたんですか?」
「ドクがそう言ってたぜ?」
軽い言い合いをしながら、秋山が坂井にタオルを差し出す。
「さっき、お前んトコのカズって坊やが来て教えてくれたんだ。探し物は全部見つかったってな」
坂井の顔が複雑な色を見せた。
ここを知っているとなれば、カズはこの現場を目撃したということになる。
とんだ失態だ。
カズのことだから、言い触らしはしないだろうが。
「とりあえず、乗れよ。これで、お前に風邪なんかひかれたら俺は川中に謝罪しなきゃならなくなる」
秋山は持参したタオルケットにケイを抱き込んで、助手席に横たわらせた。
後部座席に、下村と坂井。
「安見にも連絡しといたぜ? そのお姫様からの一応のお礼は、うちのホテルで一泊ってことなんだが」
バックミラー越しに秋山が二人を見る。
「スウィートですか?」
と、下村。
「残念だが、今日は予約が入っててな。用意してるのはツインだ」
「シングルでもかまわないですよ」
「かまいます」
頭を拭いていた坂井が、すかさず反論する。
秋山の笑い声。
ケイはその傍らで眠っている。
散々はしゃいで回ったのだろう。
まったく、ケイといい敬といい、とんだお尋ねモノだ。
深い溜息をついた坂井は、暖房の効いた車内で重い瞼を閉じた。
心地良い振動に誘われて、睡魔はすぐに坂井を包んだ。
「素直になれないのはわかってるんだから、もう少し優しくしてやれよ。下村」
坂井が眠ったのをいいことに、秋山が下村に話をふる。
下村は心外だと眉を上下させた。
「優しくしてるじゃないですか」
「馬鹿なヤキモチなんか妬くなって言ってるんだよ。坂井はお前と違って、慕ってくる連中を邪険にできないんだからな」
「わかってます」
かたんと車が揺れたのにあわせて、坂井の体が傾き下村の肩に体重を預けるかっこうになる。
坂井は眼を醒まさない。
「意外に、独占欲が強いんだな」
「独占欲なんて、ぶつけるのは一人で充分ですからね。こんなになるまで追いかけられちゃあ、もう離れられませんケド」
バックミラーに向かって片目を閉じて見せた。
そりゃあ、ご馳走様と秋山はおどけて車をホテルの駐車場に滑り込ませた。
シモム登場です。しかし、坂井女々しい………普通にラブストーリー書いてますね(^^;)坂井がだんだん弱くなってきてるような………シモム、ちょっと確信犯ですし。次は、仲直りのラブラブシーンです(IN ホテル・キーラーゴ:笑)そんなにエロくはないです。例によっていちゃこいてます。