そんなこんなでテスト週間突入。
初っ端から生物のテストと言う時間割になった。
『問:甲状腺は次の図のどこに位置するか。図中の記号で答えなさい』
やら、体の名称を答える半ば保健体育的な問題で、生物にしてはいささか簡単すぎるのではないかと思われる問題が羅列した問題用紙を見て、坂井は頬を染めた。
いつぞやの情事そのままの問題に、顔が熱くなる。
背後の下村が肩を震わせて笑っているのが気配で感じられた。
問題一問解く度に、下村の指先や唇の感触までもが蘇るようで。
テスト時間も半ばに差し掛かったところで、桜内が教室を回ってきた。
「質問、ないかー?」
相変わらず気だるげで、崩れたように白衣を着こなす。
教室内を一周する途中、坂井の頭を意味ありげにポンと叩いて行く。
下村が教師を買収したのかと、よからぬ事を考え始めた思考を切り替えて、坂井はテストに再び集中した。
キーンコーンカーンコーン………
間延びしたチャイムが鳴って答案が回収される間、耐えかねたように下村が笑い出した。
「クソ、ムカツク」
振り返り様に言った坂井の顔はいまいち迫力に欠ける。
頬を染めていれば威力は半減だ。
「ど? できた?」
にっこりと笑って問う下村の確信犯的なソレに、坂井は絶句する。
「……できたよっ」
「80点以上の自信は?」
「あるっ」
そんなに怒って言うことじゃないのだが。
「よろしい。じゃ、次は英語だな」
英語にしたって、赤面モノの記憶がついてくる。
勉強中に眠いと呟けば、下村が早口の英語をまくし立てる。
何を言っているのかと問えば、日本語で口にしていようものなら坂井の鉄拳で制裁されているであろう口説き文句の数々を並べていたらしい。
何かと坂井の神経を逆撫でる男だ。
その日のテストはなんとか無事に終了した。
坂井は集中力は優れているのだ。
何事もやってできないことはない器用さはある。
ただその器用さを生かすトコロに好き嫌いがはっきりとでてくるから、成績は芳しくないのだ。
そんな底力を感じているうちに、最終試験・化学となった。
原子・分子が何かわからないと零していたが、問題はまさにそんな化学式中心。
さてさて出来栄えはいかがなものかと、下村はさっさと解き終えた問題用紙の上に突っ伏しながら坂井の背中を眺めた。
チャイムが鳴って、全てのテストの終了に生徒たちが一斉に溜息やら歓声をあげる。
坂井はと言えば、一度大きく肩を落すとそのまま振り向こうともしない。
「おい、坂井?」
後ろから声をかければ、背中を向けたまま疲れたとだけ呟く。
完全燃焼状態なのか、茫然自失としている。
「お疲れさん。あとは結果待ちだし、今日は一足早い打ち上げにでも行くか?」
笑いながら誘えば、ぱっと振り返った。
「行く」
現金な反応に下村はまた笑う。
今日の授業はこれで終わる。
明日からは補習を受けない者は、終業式まで休みになっている。
「とりあえず飯でも食いに行くか?」
「おう」
意気揚揚と気分を切り替えた坂井が立ち上がる。
そこへ、
「坂井、下村、ちょっと来い」
開けっ放しのドアから顔を覗かせた桜内が手招きしている。
生物は初日にあった。
採点できていても可笑しくはない。
一瞬で青ざめた坂井の背をぽんと押して、下村は促した。
引き摺られるように特別教室棟の生物室に足を踏み入れた坂井と下村に、桜内はニコニコと気味悪く笑って見せた。
合格したのかダメなのか、いまいち掴みきれないその笑顔。
坂井はまるで死刑判決を降される前の被告人のような悲痛な表情で、桜内の言葉を待つ。
下村も涼しい顔だが胸中は穏やかではない。
「83点だ」
坂井が顔を上げた。
下村も、まじまじと桜内の顔を見る。
「83点。ボーダーラインは超えてるからな。生物に関してはクリアだ」
ぱっと坂井の顔が輝いた。
「やったっ!!」
本当に嬉しそうに拳を固めた坂井の横で、下村はほうっと安堵の息を吐き出す。
「まぁ、あれだけ壊滅的な成績出しておいてよく頑張ったよ。で、な。次は秋山先生のトコ行って来い」
桜内も満足そうに裏のない顔で笑って、坂井の頭をテスト中にしたようにポンと叩く。
坂井も今はほっとしている様子。
今日はどうやらたらい回しにされそうだと思いながら、二人は退室した。
結局その日のうちに早速坂井と下村のクラスの答案だけ採点した教師陣は、二人を呼び出して結果を告げた。
宇野の現代社会の結果が大丈夫と聞いたところで、残すはさっき終えたばかりの化学となった。
「でも、今のところ全部クリアだからな。しかも、前科目平均を大いに上回ってる。大丈夫だろうよ」
「俺としては、赤点取ってもらった方がずっとありがたいがな」
憮然として呟いた宇野は、もう用は済んだとばかりにしっしと手を振る。
下村と坂井は顔をちらりと見合わせ笑いを噛み殺した。
そこへ、コンコンとノックの音。
そのノックの仕方で来訪者が誰か察知したのか、宇野の眉間にざっくりと皺が刻まれた。
「失礼♪」
白衣を着たままの叶が、意気揚揚と顔を覗かせた。
普段、ニヒルとクールを決め込む男の顔が今日はだらしなく緩んでいる。
「宇野センッセ。グッドニュースがあるんだが」
「俺にはバッドニュースだ」
辟易した顔。
叶はへらへらと笑いながら、紙切れ一枚を宇野の眼前に突きつけた。
「どうだっ」
子供のように威張りながら叶が言う。
「ちっ」
宇野の舌打ち。
「ちょっと、叶先生。ソレ、俺の答案でしょう? 見せてくださいよ!」
今、眼に入ったとでも言うように、叶が「おや?」と言いながら振り向いた。
「いたのか?」
「いたのか、じゃないですよ。何点ですか?」
上機嫌らしい叶は笑い声を上げながら、坂井の髪の毛をがしがしと掻き乱す。
「98てーん♪」
「98点!?」
「マジで?」
思わぬ高得点に、下村も当の本人の坂井も驚く。
宇野も突きつけられた答案をしげしげと眺める。
「なんでだ?」
失礼極まりない感想が吐き出される。
「さんきゅー、坂井。これで、俺は潤いある生活が送れるってもんだ」
やたらハイテンションの叶の膝裏に、宇野の蹴りが入る。
崩れ落ちた叶を無視して、宇野は肩を上下させた。
「俺としては非常に不本意だが、坂井の頑張りは認めるしかないな。よくやったよ」
普段、愛想の欠片もない宇野がどこか困ったように笑う。
自分はただ、半ば自棄になってやっていたことだが、こうして誉められるのも悪くない。
はにかんだように坂井は笑って応えた。
教師陣にとんだ幸せを振りまいて、坂井の進級を賭けたテストは無事に終了したのだった。
久しぶりに軽くなった体に自由を満喫させるかのように夜遊びして、下村と坂井が家に辿り着いたのは日付が変わった頃だった。
飯を食おうとファーストフード店に入りかけた所で、学園長でもあり体育教師でもある川中と藤木に出くわして、美味い飯をご馳走になった。
二人並んで重量たっぷりもステーキセットを食べる姿はまるで親子か兄弟のようで、下村は笑いを噛み殺すのに必死だったのだ。
坂井はそれですっかり満足して、おそらくは受験以来あまり酷使することのなかった脳みその疲労など吹っ飛ばしたようだった。
「坂井、泊まってくだろう?」
門灯の灯りだけでは坂井の表情ははっきりしないが、おそらくは真っ赤になっているだろう。
泊まりはほぼ日常茶飯だが、今日のお誘いの動機は明らかだ。
「家庭教師代を払ってもらってないぜ?」
「……お前っ、最初と途中、したじゃん」
睡眠学習だとか抜かして。
「馬鹿、これでも随分禁欲させてもらったんだぜ? 何時もみたいにがっつかなかっただろうが」
確かに、普段からしてみればそうかもしれない。
「クソっ、ケダモノめ」
「若いんだから仕方ない。それに、お前だって」
意図を持った手が慣れた仕草で坂井の腰を抱き寄せた。
ぐっと近付いた下村が、坂井の双眸を覗き込み唇に指先を這わす。
「発情期の雄だろう?」
ねっとりと低い声を吹き込むと、坂井が逃げるように喉を反らした。
それを下村が追う。
「馬鹿! ココどこだと思ってんだよ」
「じゃ、ベッド行こう」
すかさず応える下村に坂井の肩が上下した。
「仕方ねぇな。耳そろえて支払ってやるよ」
なんか損してないか? 自分。
そんな疑問が浮かんだが、嬉しそうに先を促す下村に素直について行った。
坂井が、柄にもなく頑張った今回のテストだって、下村の側にいたいからだったのだ。
肩を抱く、下村の手を振り払ってしまう理由を見つけることができないまま坂井はその腕の中に大人しくおさまった。
なんて終わり方だ。結局エロなしだし。やっぱり、次回は修学旅行編でしょうか。みなさんはドコへ行かれました?杉山は中学が沖縄で、高校が北海道でした。……覚えてないんだけど、あんまり。