Study 2



「ちがう」
 声はいつもよりも低く容赦がなかった。
「学習能力低いな」
 オマケの罵声までついてくる。
 坂井の書いた化学式には大きなバッテンが記された。
「うるせぇっ」
 思わず声が小さくなるのは、ここが図書室だから。
 やたらと優位にたっている下村を、睨みつけるだけしかできないはがゆさを坂井は感じている。
 下村もそれは承知しているのか、ニヤニヤと笑いながらやり直しを命じる。
 憮然としたまま問題集を受け取って、坂井は再び思案顔になる。
 こんなに難しそうな顔で勉強している坂井など初めて見る。
 眉間に深い皺を寄せ、シャーペンを折れそうな力で握り締めている。
 集中力だけは人一倍あるのだ。
 後はやる気になりさえすれば、80点以上は無茶な話ではない。
 低い唸り声を上げて参考書を捲る坂井の横顔を眺めている内に、思わず手を出しそうになる。
 坂井と親友以上の関係になってからと言うもの、下村はこうした衝動に自分自身で参っていた。
 昔からの習慣か、ついつい気安く坂井の触れてしまう。
 友達同士のじゃれ合いまでならいいのだが、それ以上になってしまった今では些細で気安い接触だけでは物足りなくなってしまうことがあるのだ。
 こればかりは自粛しなければ。
「できたっ」
 一問解ける度に坂井は、嬉しそうに下村に解答を出してくる。
「どれ」
 と、下村が採点していく。
 いつものコンビが、普段は絶対にいない場所に揃っている。
 図書室にいる生徒は、横目でそんな風景を盗み見ている。
「正解」
「やった!」
「やればできるじゃねぇかよ。この調子ならいけるだろう」
 にっと笑ってやると、当然だとでも言うようににっと笑い返した。
「じゃ、後は帰ってやるか」
「おう」
 ぐっと伸びをしながら、坂井が立ち上がる。
 本当は下村にしてみれば、図書室のように人目のあるところでの勉強会の方が都合はよかったのだが、そろそろ最終下校時間だ。
 互いの部屋はまさに無法状態。
 下村のやりたい放題。
 勉強どころではなくなってしまう。
 坂井が頑張っているのだから、自分もしっかりしなければと、こっそり気合を入れて立ち上がった。


「お、頑張ってるか? 下村、坂井」
 帰り道、背後から迫り来る腹に響くエンジン音が近付いてきて二人乗りの自転車と並走しはじめる。
 真っ赤なフェラーリは、叶のトレードマークのようなものだった。
 この学校にはやたらと、高級車でやってくる教師が多い。
 車好きの坂井にはたまらない。
「せんせー、乗せて下さいよ」
 などと口走る。
「いいけど、そのまま家に連れてって朝まで眠らせないぜ? お勉強で」
 叶も叶で妙なことを口にする。
 いくらでも誤解を呼べそうな言い方だ。
 叶が言うと余計にシャレにならない。
「後一週間だけど、大丈夫そうか?」
「大丈夫ですよ。俺がついてるし」
「そりゃ、頼もしいな。余計なことせずに勉強だけしてろよ? 下村」
 含蓄のある叶の言葉に、背後の坂井が絶句する。
「先生も、宇野先生に無理させないようにしてくださいよ。今日の授業での機嫌は、最低ラインきってましたから」
 憎まれ口に、叶は声を上げて笑う。
 この余裕は大人のソレ。
「自覚してるんじゃないか。下村。若い時は自制もきかないもんだが、テスト前くらいは控えろよ」
 言い捨てると、エンジン音もけたたましく去っていった。
 跳ね馬の姿が見えなくなってから、坂井が何か言いたそうな気配を見せる。
「洞察力が素晴らしいんだろう? 酸いも甘いも味わってきた先生方は」
 言ってやると坂井は唸るような逡巡の後、諦めたような溜息をついた。
「まぁ………同級生に言われるよりは………マシか」
 無意識なのか、コツンと額を背中につけてくる。
 そう言う仕草に、何人の女子生徒が喜んでいることか。
 本人に自覚がないのだから仕方がない。
 もしも生徒にばれているとすれば、それは大方坂井のせいだ。
 苦笑を浮かべたまま、下村はペダルを漕ぎ出す力を強めた。
 こうして二人乗りの自転車で通学するようになったのは、二人が一線を超えてからのことだ。
 情事の翌日には、体が痛いしだるいと訴える坂井の運転手に甘んじているうちに、添い寝だけで終わった日や何事もせずに終わった日の翌日も、こうして二人で夫婦宜しく通学と言うのが習慣になっている。
 この行為だけで、いったい何人の生徒が勘繰るのだろう。
 跳ね馬のせいで、余計に集めた視線を感じながら下村はスピードを上げた。


 物心ついた時から常に一緒だったせいか、両親はどちらの家に上がり込もうがお構いなしの状態。
 それをいいことに、二人は互いの家に入り浸る。
 今日も坂井は、下村の部屋にパジャマだけ持って上がり込んできている。
 下村が風呂から上がると、ノートと教科書を広げたその上に突っ伏して寝息を立てていた。
 下村の長年の片思いが叶った時は、この寝顔に誘われて思わずキスをして怒らせたのだが、今はやりたい放題。
 癖っ毛の髪に指を絡めた。
 起きない。
 髪の毛に口付けてみても、身動ぎしない。
 調子に乗って頬や首筋を辿っていくと、鬱陶しそうに僅かに首を竦めた。
 眠っているネコがまさにこの通りだと思う。
 あんまり気持よさそうに眠っているから、ついちょっかいを出したくなる。
 反応を示せば、よりからかいたくなる。
 後ろからすっぽりと抱き込むようにして首筋への軽い愛撫を繰り返していると、さすがに坂井も嫌がるように身じろぎ始めた。
「……んっ」
 思い瞼を開いたが、寝惚けているのか擦り寄るようにして下村に体を預けてくる。
「坂井、寝るか?」
「ん………」
 普段使わない脳みその酷使で疲れたのか、いつもに増して甘えてくる。
 その甘えに煽られてしまう。
 明日は休日なのだ。
 ここ数日、一緒にいながら坂井のテスト勉強のためと禁欲していたが、そろそろ我慢の限界だ。
 叶の言を借りれば、若いから仕方がない。
「坂井、抱いてもいい?」
 寝惚けている坂井の聴覚を刺激しないように、低く小さく囁くと何も理解しないまま、こくんと頷く。
 よいしょと脱力したままの坂井の体を抱き上げて、ベッドに横たわらせる。
 さっき着たばかりのパジャマのボタンを外していく。
 ぼうっとした坂井の眼が下村をじっと見上げている。
 苦笑して、触れるだけのキスをした。
「眠いか?」
 問えばまた素直に頷く。
「寝ててもいいぜ? 睡眠学習ってのも効くかもしれないしな」
 喉仏に噛み付くように唇を寄せた。
「ここが、甲状腺」
 直接伝わる振動に、坂井が緩やかな反応を見せる。
「食道に、肺。ココ、心臓」
 鼓動を感じる箇所に鬱血痕を残す。
 物足りなくなって、頚動脈の血流を遮るようにしてそこにもキスマークを残そうとすると、息苦しくなったのか坂井の反応が敏感になってきた。
「ちょ、苦し………」
 発せられた声がはっきりとしていて、眼が覚めたことを知らせる。
「坂井、ココ、頚動脈」
 唇を肌に押し付けたまま喋ると、いやいやと喉を反らして逃れようとする。
「そんなの………範囲じゃねぇんだろう?」
「桜内センセ、ひねくれてるからわかんねぇぜ? で、ココがお前の無尽蔵な胃」
 だんだんと下降してくる唇の下で、坂井のほどよくついた筋肉が反応を示す。
「しもむら………、やるの?」
 小さな声での問い掛けが、まるで初めての女の子のもののようで、下村はふっと口元を緩めた。
「俺はすごくやる気なんだけど?」
 見下ろした坂井に、呆れとも困惑ともとれる表情が浮かぶ。
「今まで覚えたこと、全部飛んだらどうしてくれるんだ?」
「そんなにいいか? 俺と寝るの」
 からかいに、坂井が真っ赤になって拳を向けてくる。
 それを受け止めて笑うと、罵声が降りかかってくる。
 それも笑い流し、キスで抗議の全ては絡めとる。
 たっぷりの躊躇を持った手が、下村のパジャマの裾を掴んだ。
 肌に触れたら踏ん切りがついたのか、もどかしそうに下村のパジャマを剥ごうとする。
 下村は一度愛撫の手を休めて、坂井の手がボタンを外すのを待った。
 沈黙の時間に坂井が居心地悪そうに見上げてくる。
 不器用な仕草が余計に愛しい。
 全部外してもらうと下村が、さんきゅと小さく笑って口付けてきた。
 学校ではポーカーフェイスを決め込む下村が自分の前では、こんなに表情豊かになることに、坂井は優越を覚える。
「おさらいしてみろよ。甲状腺はどこでしょう?」
 いやらしく笑う下村を軽く睨みつけながら、坂井は首を持ち上げると笑いに震えるその喉に噛み付いたのだった。

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勉強内容が思いつかなかったのですよ(笑)高校時代の生物のノートが発見されたので、それをもとに書きましたが………馬鹿丸出し♪睡眠学習のあたりが、少しいやらしく書けたかなと思ったりします。

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