ルーツ・コンプレックス 6




 帰りたくない。
 言われてみたい台詞だが、それが孫の写真を嬉しげに自慢する世代の女性達からとなると話は別だ。
「旦那さん、待ってるんでしょー? 普段は気付かない奥さんの有難みに気付いて寂しがってる頃っすよ」
 駅のロータリーに停めたワゴンから荷物を降ろしては渡していく。亭主の甲斐性の無さや無骨さを滞在中愚痴りあっていたくせに、手渡す紙袋には土産物がどっさり詰まっている。ご近所付き合いのためよと言ってはいるが、持ち帰られる地酒は誰の晩酌として消費されるのか。夕食の魚介フルコースの中で、春海がこれまでの経験で培ったアイディアを控え目にアピールした小鉢のレシピを熱心に聞いていたのは誰のためだろう。
 微笑ましく思っていると、キャイキャイと女子高校生と変わらないテンションで続いていたお喋りがふと止んだ。
「朝子ちゃんとご主人のことを思うとね、私も帰ったら旦那に少しは優しくしようかなって、思ったわ」
「は?」
「朝子ちゃんが何を大事にしてるか、わかってるじゃない? 今、私に何かあったとしても、うちの旦那はわからないと思うのよね。私が大事にしてたものとか。それを守ってくれないんじゃないかって思うのよ」
「奥さんの大事なもんって、なんですか?」
 勘付きはしたが、ここは突いて言葉にさせる方が彼女の胸の内により実感を持って残るだろうと促せば、
「旦那、かしらね? 息子も可愛いけど。孫はもっと可愛いけど。アハハッ」
 一臣の腕をバンバン叩いて、元気な笑い声を弾けさせる。
「しんどいこともあるだろうけど、可愛い板前さんも来てくれたじゃない? また賑やかしに来るからね」
「ありがとうございます」
「朝子ちゃんのことは、残念で、悔しくて悲しいけど、あの娘に会えて良かった」
 一人がハンカチを取り出せば、連れ達もグスグスと鼻を鳴らし始める。
「それで、今の栄月館に来れて良かった」
「若い人の宿になっちゃうのかと思って、心配してたのよ」
「朝子ちゃんが大事にしてたものを、カズちゃんもわかってたってことよ」
 泣き笑いを笑いに染めながら、街へと向かう数少ない電車の出発時刻が迫っているのに慌てて別れの挨拶を終える。
 少女のように何度も振り返りながら手を振ってくれるおばちゃん達に同じように手を振りかえしながら、一臣は心の中で深く深く一礼した。
 栄月館を訪れる人たちは、女将の不在を実感する覚悟と宿の変わり様を想像して不安をあたため、栄月館の玄関を開けて安心してくれる。ふっと息をついて栄月館に漂う空気に身を浸す客たちの表情は、一臣の緊張も解いてくれる。
 秋からずっと腹の底に溜め続けていた重圧が、掛けられる声や見せられる表情によって徐々にかき消されていく。
 清々しくもある感覚が四肢を巡るのを楽しむように、一臣は暫くワゴンの運転席で煙草を銜えたまま海を眺めた。
 そんな時間をぶち壊すように、携帯電話が鳴り始める。家からの着信を確かめて通話ボタンを押せば、
『おっせーよ、カズ兄!』
 溢れ出すような二葉の大声が聞こえてきた。
『今、どこっ?』
「うるせー」
『今、どこにいるのかって聞いてんだよ!』
『カズ兄、はやく帰って来いよなー』
 あまりの賑やかさにスピーカーがビリビリと震えている。
 送迎に出かける前、日曜なのに妙に早起きをした弟達が午後からちょっと付き合えと企み顔で約束をとりつけてきたのだ。
 どうせ何を聞いたところで答えまいと、敢えて何も聞かずに適当な相槌を打っておいた。
「まぁ、ぼちぼち帰るよ」
『寄り道すんなよ!』
「うるせぇ、チビ!」
『これから伸びるんだ!』
 四恩の叫びを聞きながら一方的に通話を切ってやる。
 面倒だ、と思いながらワゴンを自宅へと走らせる。
 そうしながらもらった言葉を反芻すれば、知らず口角が上がって銜えた煙草の先が揺れた。




 帰宅するなり弟達に取り囲まれた一臣は、そのまま手を引かれ背中を押され、徒歩三分の浜辺へ向かう道を強制的に歩まされることとなった。元幸と春海も後から付いてくる。
 栄月館から海辺へ出るためには一旦国道の地下を横断する地下道を抜ける。地下道の階段を上がれば海沿いの歩道に出る。
 海を右手に見ながら視界のはるか先に見える岬までが美菜浜で、白い浜と岩礁が日本地図の輪郭を描き出している。
 地下道の入り口から五百メートル先で母は死んだ。
 そこへ向かおうとしているのだと気付いた瞬間に一臣の足は重くなり、弟達がちゃんと歩けと声を揃えて怒鳴った。
「カズ兄があそこに行きたくないの知ってるけど、今日は行ってもらわないと困るんだ」
 ぐいっとより強い背中で押しながら三咲が言う。
 知っていたのかと、どこか必死な響きをもった三咲らしくない声音に思う。
 朝子の事故以来、一臣は事故現場の前を歩いたことがない。車で通りかかることはあっても、自分の足で立ったことがないのだ。通らなければならない時は一旦浜辺に下りる。砂浜を歩いて現場の裏を通ってから、歩道へ上がる階段を使う。
 誰にも気づかせていないつもりだった。ささやかな傷痕を弟達に見抜かれていたという事実は、少なからず一臣の自尊心を傷つけた。自分の弱みを見せることを嫌う一臣が、特に隙を見せまいとするのが弟達だ。彼らの前で情けない姿を晒してはいけない、泣き言を聞かれてはいけない。自分は、歳の離れた兄なのだから。
「あの道だって、カズ兄の縄張りだろ」
 四恩の茶化しにも言い返すことはできなかった。
 硬い殻の奥深くに隠していた心臓が外気に晒される。どんどんと近付いてくる刑場へと自分を連れる三人分の手を振り払うことも逃げ出すこともできず、一臣の足は進む。
 美菜浜前のバス停を通りすぎ、十歩。
 潮風を浴び続けた貫禄を持って連なるガードレールが一部分だけ真新しい。その足元のブロックタイルが母の血を吸っていた。
「来たよー」
 二葉が防波堤から身を乗り出して砂浜に向かって声をかければ、五人ほど見知った顔が歩道へと上がってくる。
 観光協会の会長やら寺の住職、建材店の大将。現れた不思議な顔ぶれは、ニコニコと笑いながら模造紙大ほどの板を掲げている。
 身内の悪巧みかと思ったのに、町内の有志まで巻き込んでいるのかと呆然と弟達を見れば、滅多に拝めない長兄の間抜け面にご満悦の表情を浮かべている。
「本当は、お地蔵さんでも建てれたらいいなって思ったんだ。でもここにお地蔵さんじゃ交通の邪魔になるから、パネルにしてみた」
 建材店の大将とパネルを覆う梱包材を解きながらの三咲の説明では要領を得ない。
 自分だけ置いていかれて、周りはニコニコ笑っている。あまり気持ちのいい状況ではないが、今の一臣の思考は動きが鈍い。
「事故が起きた場所だから、子ども達もここを通るのを怖がっているらしいんだ。そういう恐怖心を拭ってあげれたらいいなって、二葉と三咲が言い出したんだ」
 元幸の補足を聞いている一臣の眼前では、厳重な梱包からパネルが顔を出していた。
 スカイブルーの背景の中、生成り色の肌の菩薩がにっこり笑っているモザイク画だ。
「お地蔵さんは地蔵菩薩と言うのが本当のお名前でね、大地が命を育むように、お地蔵さんは人々を慈しんで、安らかで健やかな暮らしへ導いてくださる。朝子ちゃんの別荘地さね。子どもらが帰る頃にはここに宿って、見守ってくれるだろう」
 モザイクで描かれた地蔵菩薩の無邪気なようで慈愛に満ちた、幸福そうな笑顔は確かに朝子の顔だった。
「三男坊が作ったんだぜ。二号と四号もちょっとばかり手伝ったがな」
 学校帰りに寄っては作っていたらしい。一臣には内緒にしてくれと頼まれて請け負ったはいいが、本来隠し事の苦手な大将は約束を守るのに難儀したぜとカラカラ笑った。
「なんで、黙ってた」
 ようやく出せた声は詰問口調にはなったが、いつもの迫力などありはしない。
「びっくりさせたかったし、あんまりこの場所に拘るところ見せちゃいけねーのかなって思ったんだよ」
 兄貴が避ける場所だから。
「だけどカズ兄が美菜浜で行けない場所があるのって、カズ兄らしくねぇじゃん。浜の隅から隅まで俺の庭って感じじゃないとさー」
「ここがカズ兄の鬼門になってるなら、御守になればいいなって」
 黙っていたことへの罪悪感を多少滲ませながら、弟達は口々に言い訳する。
 手を焼かせるばかりだと思っていたのに、意外にも人の心の内を思う気持ちは育っていたらしい。寂しいような喜ばしいような、そんな思いが一臣に笑いを含んだ溜め息をつかせた。優しく敗北させられるという事態もあるのだと知る。
「似てるよ」
 面白みのない簡潔すぎるコメントだったが、弟達には十分だったらしい。照れ臭そうな三人を補佐してくれたであろう建材店の大将が、共犯者としての親しみを込めて背中をバンバンと叩いて喜んだ。
ふと振り返った春海は見守るように微笑を浮かべている。知っていたということか。
「兄貴も喜んでくれたことだし、仕上げは俺に任せな」
 頼もしい大将がコンクリートの防波堤にモザイクパネルを取り付ける作業を始めた。
「……、これ、費用は?」
 ようやく回った頭に浮かんだのは金のことで、我ながら下賎かとは思ったが、普段自分がうけもつ青年団やイベント事の経費に頭を悩ませているから最早これは習性だ。
「母さんの友達とか町内会長とかにこそっと話したらカンパしてくれた。何せ美菜浜小町だからさ。別嬪に描くんだぞって脅されたりはしたけど」
 幾つか挙げられた協賛者の名前は若かりし頃に朝子に想いを寄せていた男ばかりで、元幸を窺えば、
「僕は果報者だ」
 へこたれる様子はない。
 大月朝子と言う女性が、美菜浜を愛し美菜浜に愛されたという証が公共の場にも刻まれることを許される。母は自分の想像よりもずっと偉大だった。

「じゃあ、ちょっと読もうかね」
 コンクリートの壁の中で微笑む地蔵菩薩の前に立った住職は手を合わせてよく響く声で読経を始める。
 波音に乗せる歌のような旋律に皆耳を傾け、手を合わせて瞑目する。
 一臣は目を開いたままでいた。
 足元のブロックに洗われた後があるのを認めてしまった。
 ここだ。
 この場所だ。
 蓋をして鍵をかけ、溶接して閉ざしたつもりの記憶はいとも簡単に蘇る。生傷がまた口を開く痛みに怯え、一臣は一歩退く。逃げられないことはわかっていても、そうせずにはいられなかった。咎めるように鈴が鳴る。
 しっかりしなければならないと言う義務感に押される気持ちもあったが、母を看取った自分が誰よりも早く事実を受け入れていたと思っていた。どうやらそれは誤認だったらしい。忙しさの中に身を置いて、頭を別のことで一杯にすることで目を逸らしていた。それをこんな風に突きつけられるとは、思っていなかった。
 駆けつけた一臣を見て、母は掠れた声で名前を呼んで、手を伸べてきた。縋るように握った小さな手は血で滑った。それでも母はきつく、きつく一臣の手を握り返してきたのだ。
 記憶がもたらす痛みに食いしばった歯の間から呻き声が零れた。ぴくりと目の前に並ぶ大小の背中がそれに反応するのもわかった。誤魔化してしまいたいと手持ち無沙汰を装ってジーパンのポケットを探り煙草を手に取るが、その手が震えていることに気付いた。
 焦る気持ちが動悸を早めるのか、妙に息苦しいと顔を顰める。
 父が振り返る。その視線を避けるために俯くと、膝から力が抜けた。
「一臣」
 へたり込んだ息子を心配する父の声の優しさが、一臣の中でさざめいていた感情をうねらせて大きな波を作り出す。浚われてしまうと身を硬くしたところに、大きな手が肩に置かれたのがとどめとなった。
 喉をせり上がってきたのは血塊だと思ったのに酷い嗚咽となり、耐え切れないと父のシャツの袖口に縋り、遂には泣いた。
 幸せだったから悔いはないのだと微笑んで見せた母の本心は、握り合った手に込められた力にあった。生きたいと、生に縋る手に込められた力は一臣の骨すら軋ませた。あの痛みには覚えがあった。
「一臣は昔から泣くのが下手で、人前で泣いたことは数えるほどしかない」
 誰に聞かせるつもりでもない、呟きのような父の独白は弟達に耳に届いているのだろう。
「二葉と三咲が生まれたのは、予定日より三日遅れたんだ。僕は出張中で、朝子は一臣に立ち合わせた。僕が急いで戻った時にはもう無事に二人は生まれていて、一臣は待合室で僕を迎えてくれた。それからね、僕の顔見ていきなり泣き始めたんだよ。母さんが痛がるのが心配で怖くて、それでも頑張るから母さんの前では泣けなくて。頑張れってずっと励ましてくれたんだって、母さんは喜んでたけど。四恩の時は一週間も早くて、やっぱり僕は出張中だった。一臣が立ち会って、また後でわんわん泣いた。一臣が物心ついて人前で泣いたのは、その二回だけ」
 命を生み出す時、死に際に生きたいと願う時、人は同じ思いの強さを抱くらしい。弟達をこの世に誕生せながら握られた手も痛かった。
 トラウマ的な記憶なのかもしれない。母親が悶え苦しむ姿は十歳の少年の不安を掻き立てたし、生れ落ちた赤ん坊の最初の呼吸と泣き声の大きさに驚いた。それを聞いて泣き笑う母の表情の清々しさは、最期の時を迎えた母の表情と重なる。
 苦痛に呻き悲鳴を上げながらも三つの命を生み出した強い人は、絶対的な存在にも見えた。その人がある日突然消えてしまった衝撃を、一臣は一つの季節をかけてようやく受け入れようとしていた。
「君は誰より命の大切さを知っている。強い子だ。僕や弟達を支えて守ってくれる、強い子だ。すごく頑張ってくれてるよ。僕の自慢の息子だ。だから、今くらい弱音吐いて泣いたって、かまうものか」
 大きく膨れた水風船を針で突かれるような破裂音を自分の中に聞いた気がした。
 泣き慣れない己の涙腺はジクジク疼きながら涙を流し、食い縛るばかりの口からは醜く引き連れた嗚咽が零れる。
 二十代の後半に差し掛かった男が声を上げて泣くなんてみっともないと思う余裕もない。
 見守るばかりだと思っていた父に頭を撫でられる。あぁ、こんなにも頼もしく力強い手をしていた人だったのかと今更心強く感じた。
 どうして逝ってしまったのだと、どうして母が命を絶たれねばならなかったのか、どうして自分が守ってやれなかったのか、誰を責めてみても詮無いことを上擦る声で繰り返しながら大いに泣いた。
 母はこの世を去り、時に居間の仏壇から賑やかな食卓を見守り、小高い丘の上の墓地から美菜浜を見下ろし、この壁画に宿り波音を聞き子ども達を見守る。そういう存在になったのだと、ようやく心が理解した。
 辛い、悲しい、助けて欲しい。飲み込んできた言葉をダラダラと吐き出せば、その度に父の手が宥めるように背中を摩ってくれた。
 散々泣いてようやく落ち着きを取り戻すと同時、威厳はどうやって取り戻すべきなのか、一臣は顔を上げることができないまま思案した。
「鬼の目にも涙だなぁ。いいもん見せてもらったぜ」
 大将らは気を利かせて退散してくれる。今度、どんな顔をして会えばいいのか。
「じゃあ、帰ろうか」
 最後にポンポンと頭を軽く叩いて元幸は立ち上がり、弟達を振り返ったようだ。
 スン、と鼻を鳴らす音が幾つか聞こえた。
「この人どーすんの」
 四恩の声は涙声だった。そのくせ、自分は泣いてませんとでも言いたげな口調で兄の始末を問う。
「ハルちゃん、カズをよろしく」
「はい」
 最初からそういう算段がついていたのかもしれない。春海も湿った声だったが即座に応じ、
「フゥとミィとシィは僕と一緒にご飯でも食べに行こうか」
 元幸は弟達を纏め上げる。
「やった! 俺、焼肉がいい」
「焼肉かぁ。じゃあ、ファミレス行こうか」
「ファミレスに焼肉ってあったっけ?」
「ハルー、その意地っ張り兄貴よろしく!」
 賑やかに去っていく一団は、大月家長兄の性質をよくよくご存知だ。
 人前で泣けやしないし、泣いたら泣いたで気まずさに身動きがとれなくなる。放っておかなければ立ち直らないが、一人にすればより落ち込んでしまう。お目付け役の春海になら、分厚い鉄板のような意地も少しだけ曲がることがある。
「家に帰りたくない……」
「大丈夫だよ。帰ったらみんな、何もなかった顔してくれるよ」
 傍らに膝を折ったのか、声が近くなった。
「叔父さんは二回って言ってたけど、違うよね?」
 からかうのではなく確かめるように春海が問うのに、その通りだよと認めてやる。
 春海の前でなら、何度か泣いたことがある。それも小学生の中学年くらいまでの話だ。朝子と喧嘩をしただとか、そういう理由で愚図った時は春海に傍にいて聞いてもらった。だが片手で数える程度の話だ。
 ヒーローでありたい。
 弟達にとって絶対な存在で、友人から信頼され、親から頼られる。そんな存在になって、誰かの役にたちたかった。それに涙は禁物だと思っていた。
「お前は、チビ達と違って茶々入れないし、黙っててくれるだろ」
 おそるおそる顔を上げれば、目の端を赤くした春海が猫のように目を細めて笑っていた。
「あー、格好悪い」
 恥ずかしさに両手で顔を覆うと、春海がクスクスと軽やかな笑い声を上げた。
「格好悪くないよ。みんな、安心してるよ。きっと」
「安心?」
「みんな、自分達があんまり泣いたもんだから、カズちゃんは泣き損ねたんじゃないかって心配してたんだ。特に叔父さんは、自分がしっかりできなくて葬儀の段取りとかカズちゃんにさせて申し分けなかったって、ずっと言ってた。だからカズちゃんが泣いたの、すごく安心したと思うよ」
 春海の元に集まった言葉は一臣の気恥ずかしさを和らげた。どうにか家に帰る決心がつきそうだ。
 防波堤に取り付けられた平面の地蔵の微笑みを改めて見ると、自然と感謝の気持ちが口をついた。
「お前が来てくれたから」
「ん?」
「お前が来てくれて、安心したんだよ。だから泣けたんだ」
 今度は自分が泣かせる番だったらしい。
 大きく見開かれた鼈甲色の瞳にはたちまち涙の膜が張り、ポロポロと白い肌を滑り落ちた。
 傾いた体を受け止める。
 目元を押し付けられた肩が熱く濡れるのを感じながら、これからも自分は完璧で最強とは言えないヒーローを演じ続けるのだろうと己の未来を想像し、微笑み続ける母に誓った。
 家も家族もこの浜も、自分の力が及ぶ限り守り続けるよ。



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2009/7/19更新

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