悦楽と疼痛のバランス 3



 平和なはずの江口家には、暗雲が立ち込めていた。
「携帯電話繋がらないぞ。どういうことだ、あの野郎!」
「どうせ、ガセでしょ? あの人にそんな甲斐性あるはずないじゃない」
 苛立ちを露わにする長男と、クールにそれを宥める末子の姿がある。
「でも、合成じゃあないよねぇ」
 机の上に広げられた一冊の写真週刊誌を手にとって、大黒柱は首を捻った。
「どうしたのかしら」
 母親も同じ方向へと首を捻る。


 英介が口にしていた不安が、形を成して圧し掛かってきた。
 河原で声をかけてきた男は、英介に一枚の写真を見せた。
 一組の男女がホテルに並んで入ろうとしている写真だった。
 はっきりと写っているわけではないが、男の顔は誰だか書かれなくても判別がついた。
 高山浩二だった。
 英介は差し出された写真を暫らく見てから、説明を求めるように勲を見上げていた。
 高山の隣に写っている女性は、人気女優の逢沢瑠璃子だと男は言った。
 写真が撮られた時間は深夜。
 この密会に対してのコメントをとりにきた記者を一喝して、英介の手を引きリベロの抗議は無視して散歩を切り上げて家に戻ったら、買い物から帰っていた友里が週刊誌を広げて見せた。
「別に入っていったのがラブホじゃないし、なんか事情があるんっしょ?」
 友里と母親は楽観姿勢。
 確かに二人が消えていったと書かれているのは、ラブホテルではなく神戸市内の高級ホテルだった。
 影になっていてよくわからないが、逢沢瑠璃子の手が高山の腕に絡まっているようにも見える。
「逢沢瑠璃子とどんな事情があるって言うんだ」
 穴が空くほど紙面を睨みつけて、勲は納得しないぞと友里に問う。
 ちょっと厚めの口唇が魅力的な逢沢瑠璃子は演技派女優で、キャリアウーマン役から母親役まで幅広い役をこなしている。
 英介の母親世代ではあるが、そうは見えないほど若い。
 明るさと色っぽさがある女性だった。
 女優中の女優である彼女と高山との接点は考えられない。
「英介なら芸能界に友達がちょっといたりするんだろ? でも浩二くんはどうなのかなぁ」
 江口家男性陣はややうろたえ気味だ。
 写真の下には、逢沢瑠璃子と高山浩二の簡単な恋愛歴が書かれていた。
 高山の方は、同性でありチームメイトでもある英介との付き合いを。
 逢沢瑠璃子は独身だが、かつて噂になった俳優やテレビ関係者の名前が三人ほど挙がっていた。
「誤解にしても、それならそれで弁解があるべきだろ」
「記事になってるって知らないんじゃない?」
「それでもだ! 英介を傷付けてるんだぞ! その責任はとるべきだ!」
「勲、落ち着きなさいな」
 勲がブラコンを発揮し始めたところで、やんわりと制止が入る。
 英介のことになったら止まらない人であることは、他でもない家族が一番良く知っている。
「婚約解消! 英介は嫁にやらん!」
「婚約もしてないし、嫁にもいけないよ、えっちゃんは」
「英介を泣かすような男とは交際禁止!」
「誰が泣いてるって?」
 呆れた声に振り返れば、風呂上りの英介が勲を上目に睨みつけていた。
「英介……」
「兄ちゃん、風呂入りなよ」
「……はい」
 いつもの調子の英介に、勲は何も言い募れなくなってとぼとぼと風呂に向かった。
「相変わらず英介至上主義」
 思わず母親が呟いてしまうほど哀愁漂う背中を見送って、一家の視線は英介に向く。
「英介」
「ん」
「平気?」
「タカの性格、よく知ってるからね。ま、あーんまり、いい気はしないけどさ。相手、すげぇ美人だし」
 正直な気持ちを口にして、英介はソファーに身を沈めて週刊誌に手を伸ばす。
「確かに美人だ。お母さんと同年代なんだよねぇ?」
「母さんは可愛いからな。トキちゃんの方が若く見えるだろ」
「もう、父さん、何言ってるの」
 いまだに恋人時代の慣れが抜けないのか、父は時々母を昔の愛称で呼ぶ。
 仲睦まじい様子は昔から変わらない。
 そんな夫婦の軽やかな笑い声を聞きながら英介は雑誌を閉じて、自分の左手に輝くシルバーの指輪を見た。
 いつかの優勝旅行の時に高山から貰ったと言っていたそれを、英介は肌身離さずつけている。
「電話、してみないの?」
 そんな視線の行方を観察していた友里が、そっと尋ねる。
「いいよ。この記事のことでいろんな人から連絡きてるだろうし。俺の携帯も電源切ってるし」
 主人の些細な心境の変化を敏感に読み取ったらしいリベロが、頭を摺り寄せた。
「心配してくれてんの? 平気だよー。もー、リベロはいい子だなぁ」
「英介、もう寝るの?」
「ん。まだシーズン中の疲れが溜まってるっぽいからさ。おやすみー」
 自室に向かう英介の言い訳地味た挨拶の真意を理解して、家族はおやすみとやさしい声で告げる。
 かけてもらえない電話。
 置いていかれた携帯電話は机の上。
 置いていかれた兄は風呂上りのビールを一人淋しく開けた。


 家族の前では恥ずかしさが先立ってなかなかかけられない電話。
 電源を切ったまま、リビングに置いてきたことを少し後悔した。
 ひょっとしたら高山は自分からの連絡を待っていてくれたかもしれないし、かけてくれているかもしれない。
 声を聞いたら、燻るような不安感は綺麗に消えたかもしれない。
 でも今更取りに降りるのも恥ずかしい。
 布団の上に転がって、英介は声のかわりに指輪を見つめる。
 離れることがあっても、これを見て安心できるからと照れながら渡してくれた。
 ずっと好きでいるからと告げてくれた言葉を信じている。
 でも、帰省前日の夜にいつもとは違う表情で繰り返された言葉が気になって仕方ない。
 好きだから、愛してるから。
 情事の熱や快楽のせいではなく顔を顰めて、いつもはあまり言わない言葉を繰り返した。
 言われて嬉しいはずの言葉なのに、あまりに普段使わないから逆に不安になってしまった。
 あの表情の意味はなんだろう。
 あの言葉の意味はなんだろう。
 冗談を言いながら、からかいあいながら、遊びの延長のように溶け合う睦みあいではなくて、あの日は胸が痛くなるほど求められて、なんでか切なくて涙が出た。
 オフ明けにはまた会えるんだよねと、確かめたくなるような。
 熱のこもった高山の腕がその日英介に与えたのは、安心感ではなく不安だった。
「……どういうことだよ」
 つい指輪に向かって呟いてしまう。
 好きだから、愛しているから何?
 あれは浮気の前置き?
 友里の前では平気だった気持ちが下を向く。
 こんな風に気持ちが弱るのが、英介は嫌いだった。
 昔の弱々しい自分に戻ったようで、気持ちが悪い。
 一つ、ゆっくりと息をつく。
 弱気や臆病な自分を心の奥に追いやって、目を閉じる。
 柔らかで温かいはずの毛布を重ねた寝床なのに、今夜はどんなに体を丸めても布団を引き寄せても寒かった。


 クリスマスからこっち、テレビは特番ばかりなのが救いだと勲は言った。
 高山と逢沢瑠璃子の疑惑を報じる暇がないらしい。
 しかし、スポーツ新聞や雑誌記の者は家の前をウロウロしている。
「うっとーしー」
 リビングのソファーに踏ん反り返って、勲は不機嫌を露わにして呟いた。
 追い払っても追い払ってもまたやってくる記者達に辟易気味だ。
 かけてもかけても電話のつながらない高山にも立腹している。
「逢沢瑠璃子もアレだな。誤解ですってさっさと言えばいいのによ。これだから女優はよ!」
「昔は逢沢瑠璃子好きだったじゃない。ドラマ見てたでしょ」
「昔の話」
 弟のためなら好きだった女優も貶す男は天井を指差して言った。
「英介、けっこうキテるだろ?」
「強がってるけどね。やっぱりちょっと不安なのかも」
「あぁああ、健気な英介! やっぱり高山浩二なんて付き合わせるんじゃなかった!」
 勲の絶叫にも反応しなかったリベロが、不意に顔を上げて階段へと駆けて行った。
「英介?」
 降りてきた英介の姿に、勲が首を傾げる。
 手には小さなスポーツバッグ。
「ちょっと、出てくる」
「なんだって?」
「年末年始の忙しい時にゴタゴタしちゃ申し訳ないもん」
「そんなこと気にするなよ」
「だって親戚とかさ、来れないじゃん。母さん、買い物行くのも大変だし」
 さっき買い物に出かけた母は、記者達を巻くのに隣町のスーパーまで出かけていった。
「どっかビジネスホテルにでも篭城しとくよ。落ち着いたら海外でも行ってみようかなって」
 いつでも出かけられる姿で、英介はローテーブルの上のクッキーを摘む。
 いつもの調子、いつもの仕草。
「えっちゃん、そこまでしなくてもすぐに収まるよ」
「ううん。俺もさ、ちょっと一人になりたかったりするから」
 本音を覗かせて、英介は兄妹を黙らせる。
 もう決めたからと、小さく英介は付け足した。
 不安に押し潰されまいと自分で解決策を模索する英介を暫らく見つめて、先に了解の溜息をついたのは友里だった。
「いいけどさ、父さんも母さんもいないうちに行く気?」
「早い方がいいかなって」
「そう。いいけどさ。えっちゃんがそうしたいって言うなら。ね、勲ちゃん」
 渋い顔で返事を渋る長兄だが、
「兄ちゃん……」
 押しには弱い。
「……わかったよ」
 渋々返事をした。
 このまま噂が去るまで英介を屋内に閉じ込めておくのは難しいし、確かにこの家では一人の時間を作りにくい。
 英介だって一人で考えたいことはあるだろう。

 それに。
 たぶん。
 英介は逃げ出したがっている。
 弱気な自分から。

 だから、がむしゃらに切り開いた打開策でも、走らせてやるべきなんだろう。
 そうすることで幾らかの『強さ』を取り戻せるのなら。


「でもどうやって行く気? 外には記者さんがべったりだよ?」
 動物の目で、英介は笑って答えた。

 待ち構えていたドアが開いた時、記者達は一瞬我が目を疑った。
 江口英介を張りに来たのだが、その人が白昼堂々姿を見せたのだ。
「どうも」
 彼らしい、誰にでも懐っこく笑いかける挨拶まで飛び出した。
 思わずどうもと返しそうになってから、慌てて質問を口にし始めた。
 高山浩二と逢沢瑠璃子の噂の真相についてどう思うのか。
 何か一言でもコメントをと迫る。
 意外なまでに無警戒に出て来た英介は、意味深な笑みを浮かべてゆっくりと屈伸をし、軽い足取りで走り出す。
 そのジョギングに付き合うように、記者達も小走りになりながら質問を繰り返した。
 英介は口を開かない。
 ただ、慎重な呼吸を繰り返す。
 一つ角を曲がり、コンビニの前に出る。
 立ち寄っていた高校生が何事かと注目していた。
 横断歩道を渡り、公園の前に辿り着いたところで英介は歩調を緩めて歩き出した。
 記者達の息は切れ、質問も止んでいた。
 公園の角で英介はしゃがみ込み、スニーカーの靴紐を結び直した。
 乱れた呼吸を幾つか聞きながら、英介は記憶を再生する。
 近付いてくるバイクのエンジン音、視界を殺す閃光とアスファルトとバイクの間に散る火花。
 体が凍り付く感覚と、痛みと絶望。
 十四歳の時にここで遭った事故は、英介の人生を大きく変えた。
 あの事故があったから、自分はプロになれたし代表にも呼ばれているし、サッカー人生を続けている。
 気弱な自分を振り切るのはここからだ。
 ぎゅっと靴紐を結んで立ち上がると、英介は記者の顔をしっかり見た。
「追いついてこれたら、コメントしますよ」
「は?」
「ただし、こけないでね」
 ぴしっと記者を指差して、英介はにぃと笑った。
 時々ピッチの上で見せる不敵な笑みだった。
 とんとんとその場で二度飛び跳ねた英介は、
「よーい、どん!」
 自分のスタートの合図で走り出した。
 一瞬呆気にとられた記者達は、我に返って走り出す。
 風を切って走り出した英介は、空気の抵抗も体の重さも感じさせないスピードで町を疾走し、一つ角を曲がった。
 記者達がその角を曲がった時、既にその姿は見えなくなっていた。
「……韋駄天」
 誰かが呟く。
 事故現場から起き上がった少年は、砕けた足を繋いで俊足という武器を手にしアスリートになったのだ。


 高山と付き合うようになってから初めて嫉妬したのは、街中で高山の昔の彼女に出くわした時。
 嫉妬なんて無縁の関係だと思っていたから、不意に湧き上がってきた感情に戸惑ってその場から逃げ出した。
 すぐに追いついてくれた高山は、ごめんと言った。
 好きだから、そのことを信じていてと言われて、信じてるからと答えた。
 信じてる。
 高山浩二という男に、浮気なんて不器用な真似はきっとできない。
 信じてる。
 信じてるよ。



『実家にいない?』
「そう。勲さんも友里ちゃんも、英介がどこ行ったのかも教えてくれねぇし、本人の携帯電話も繋がらない」
 長野にいるチームキャプテンは、律儀にも神戸の虹明寮に残っている同僚に事情を尋ねるために電話をかけた。
 虹明寮に残っているのは、昴をはじめとする独身の中堅からベテラン勢数名。
 今日は市内に住む自宅通いの選手も虹明寮に集まって、大掃除の手伝いをしてこれから忘年会らしい。
「家族に迷惑かけたくないのと、一人になって考えたいからって出たらしいから、無茶はしないと思うけど、タカから何の連絡が入ってないってのはどうだろう」
『あいつのことだから、逢沢さんと本気ってことはないだろうけどな。連絡ないのかー』
 長野でフィアンセの雑用係をしているらしいが、やはりチームメイトのことは気になるらしい。
 チームメイトだからというよりは、富永にとって英介も高山も弟分だから気になるのだろう。
「放っといて大丈夫かな?」
『まぁ、今は完全オフでプライベートだからなぁ。あんまり首を突っ込むべきじゃないんだろうけど、このまま英介を一人にしとくのもちょっとな』
「タカもあいつらしくないな。だいたい、逢沢瑠璃子みたいな大物と知り合いだったなんて知らなかった」
 昴にしてみれば羨ましいことなのかもしれない。
 口調にそんな響きがあって、富永は電話の向こうでこっそり苦笑する。
『俺、明日からノルウェーなんだよなぁ。どうすっかなぁ』
「あ? そりゃあ、行って来いよ。俺達がいたってどうこうできる問題じゃないし。彼女の応援しっかりして来い」
 どこまでもキャプテン気質な幼馴染の背中をしっかり押す。
『オフなのが駄目だな。サッカーしてりゃすぐに仲直りするんだけど』
「オフなのが救いかもよ。また英介に凹まれたら戦績に影響する」
『そうかもな。とにかく、そっちは頼むよ』
「頼まれるよ。オフくらいキャプテン返上して、彼女のパシリに徹してくれ」
 そうするよと笑った声は明るかった。
 そんな風に笑えるのは、周囲が高山と英介の絆を信頼しているからでもある。
 信頼はしているが、不安でいるなら力になりたいのだ。
「英介もタカも、愛されてるよなぁ」
 電話を切って昴が呟くのを寺井が聞きつけた。
「富永さんに?」
「そう」
「羨ましいんスか?」
「うん」
 そりゃ前科の数が違うよと、坂本が笑った。
 交友関係の広い昴は女性との噂が絶えない男だが、どれも本気にされない哀れな男でもある。
 女優や歌手やモデルから慕われているのに、友達以上の関係には発展しにくい。
 ワイドショーで取り上げられてもコメンテーターから『やぁ、これは恋愛関係じゃあないでしょう。片岡くんのことだから、友達関係だと思いますよぉ』と言われるのが定番となっている。
「でもタカと逢沢瑠璃子なんて、すげぇ組合わせじゃん」
「うん、想像できないな。逢沢サンの方はタカのこと可愛いとか思うかもしれないけど、タカは逢沢サンがタイプって感じじゃない。一緒に飯食うだけとかもありえなさそう」
 そうだよなぁと、忘年会の準備をすすめながら話題は絞られていく。
 英介と高山の関係は、何せサッカーが主軸だから仲睦まじいとは言い切れない。
 ロッカールームで剣呑なやり取りをしている時もある。
 上手く噛みあわないコンビネーションに苛立って、互いに互いをピッチ上で罵ることもある。
 それでも恋人同士であることには間違いがなく、子犬がじゃれ合うような姿を見せたり、時には熱い睦みあいなんかを感じさせたりする。
 ただ、
「どっちかって言うと、タカの方が英介に溺れてるように見えるけどな」
 愛情の比率に偏りが見えたりするだけで、二人は立派な恋人同士。
「タカは羞恥心ってものを知らない男だ。英介に関しては衝動的だな」
「英介は照れ屋だしな」
「でも時々、びっくりするぐらいに可愛いこと言ったりしたりする」
「問題発言デース」
 準備しながら既にビールは空き始めている。
「でも確かに英介は時々色っぽいんだよ。試合中とか、姿勢とかプレースタイルが綺麗だなぁって思う時もあるし」
「男として憧れる強さがあるんだよ。そういうところにタカも惚れてんだろうなぁ」
「じゃあ、英介はタカのどこに惚れてるんだって話ですよ」
 忘年会の話題のネタが、プロサッカーチームの同僚の恋愛沙汰というのも奇妙な話だが、みんなそれぞれに心配はしているのだ。
「高山浩二は無愛想無口。顔は悪くない」
「プレーも悪くないねぇ。いいパス出すし、視野も広いからゲームメイクできるし、流れをテクニックで変えられる」
「英介のことだから、タカのプレーに惚れてるところはあるだろうな」
「つか……、それが惚れてる理由の80%くらいな気がする」
「あとは気が合うとか?」
「それって友情の段階じゃん」
「……」
「……」
「……」
「……」
 高山浩二はいい奴だが、長所を見るけることが難しい男だということがわかってしまった。
「そうなるとますます噂の真相がわかんねぇ」
 首を傾げた面々は、とりあえずビールを煽って、
「ま、飲むべ」
 結論に辿り着いた。


 英介が篭城しているビジネスホテルに陣中見舞いにやって来たのは、友里一人だった。
「おなかすいてるでしょ? ご飯買ってきたから、食べよ?」
「んー」
「寝起き? シャワーでも浴びてきたら? 酒臭いよ?」
 大きな欠伸を零す兄をバスルームに押し込んで、空になったアルコールの缶を片付ける。
 兄が自分に見せる姿は意外と元気だ。
 信憑性のない記事だとしても、自分の恋人が他の女性と噂になるのはショックだろうに。
「男の子だなぁ」
 そう思わずにはいられない。
 男じゃなくて、男の子だけどとバスルームから出て来た英介に告げると、首を傾げた。
 腹が減ったと嘆いて二つ目のおにぎりを頬張りはじめる。
「実家にでも押しかけちゃえばいいのに」
「いーの」
「意地っ張り」
「いーの」
 友里が梳く英介の髪の毛はサラサラしていて綺麗な色で、我が兄ながら惚れ惚れする。
「ほんとに、好きなんだね」
「……好きだよー」
「素直なのに、意地っ張りだよね」
「男なんてそんなもんでしょ」
「馬鹿ってことか」
 溜息一つ。
「ねぇ、えっちゃん」
「ん?」
「えっちゃんは、高山さんを信じてるかもしれないけどさ」
「うん」
「私はね、二人を信じてるよ?」
「え?」
「二人のね、仲のよさとか、絆って言うの? 信じてるよ」
 友里がポンポンと頭を叩く。
 英介はどこか淋しそうに笑った。




 その年の終わりまであとほんの数日となった頃。
 江口英介はイングランドの曇天を見上げた。
「エースケ」
 一人のブンドヘアの青年が現われ、名前を呼ぶ。
「ようこそ、イングランドの名門チーム・トゥルーザーへ」


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浮気疑惑発覚。そして遠くへ行ってしまう江口サン。友里ちゃんの初恋の相手はきっと英介だろう、とか裏設定を膨らましつつ書いております。

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