親友だとか親だとか  とにかくとても大切な人達はいるのだけれど



Rised Dragon 7



 眠れないままの夜が明けた頃、電話がなった。
「俺」
 と、順也。
 達郎が来なかったかと尋ねる声に、焦燥が混じっている。
 いつも隣にいてくれた仲のいい二人の身に何が起こっているのか、美和には想像もできない。
 刑事とヤクザと、相反する立場に自らの意志で立った親友同士。
 どんなに二人が大切にしてくれているとわかってはいても、全てを預けてくれない。
 達郎と順也の絆には劣るのだと、いつも思っていた。
 馬鹿なヤキモチを妬いているとも。
 やってきた順也は、達郎がやってきた時に似た疲労感を滲ませてやってきた。
 周囲を気にしてから、部屋に入ってくる。
「わりぃ」
 一言そう謝ってから、置き去りにされたままの封筒を目に留め手を伸ばす。
 僅かな逡巡の後に、中身を確かめた。
「あんの、馬鹿野郎が」
 数枚の紙切れに目を通してからの、第一声がそれだった。
 苦々しい面持ちで、美和を振り返った。
「なんか言ってたか? 達郎」
「順ちゃんを、助けたいんだって。それから、子供、産んでくれって」
 驚愕が顔に出る。
 達郎は美和を抱いて行ったのだろう。
 死ぬ気かもしれないと思っていたが、アレは本当に死ぬ気だ。
 確信した。三人の不可思議で微妙な関係に、終止符をうった。
 自分の首に組から、いや開世連合から賞金がかけられた。
 自分の兄貴分にあたる人間を殺してしまったのだから当然だ。
 それも、覚悟の上だった。
 達郎をこのヤクザ者の内部抗争に巻き込みたくなくて、あいつを壊すと知りながら覚醒剤を投与した。
 全てが裏目に出た。
 いや、出さされたと言う方が正しいだろう。
「ねぇ」
 封筒の中身を凝視したまま立ち尽くしていた順也の腕に、美和の手がかかった。
 怒ったような顔で見上げてくる。
「順ちゃん、教えて。何が起こってるのか。私にも教えて」
 言い募ってくる美和が、達郎に抱かれたのかと思うと、わけのわからない衝動が脳髄を駆け上がった。
「達っちゃん、死んじゃうの? ねぇ、そう言うことなんでしょう?」
 ちくしょう、タツの奴面倒事ばかり俺に押し付けやがる。
 舌打ちしたい気持ちを押さえて、順也は教えてやると肩を上下することで告げた。
 このままでは、美和は疎外感を感じたままだ。
 訂正してくれる人間はもういない。
 美和に全てを語ることのできる、ラストチャンスだ。
「達郎の上司と俺の組が取引をしてる。わかるか? 警察官と暴力団が覚醒剤を取引をしてるんだ」
 封筒の中に入っていたのは、報告書だった。     
 乱暴に書き殴られた文字には鬼気迫るような怒りのようなものが込められているようだった。
 その文字によって綴られていたのは、警察内部の汚職と暴力団の退廃の事実だった。
「最初に、俺の親父代わりだった人が組長に進言した。でも、殺された。達郎は、何時からかは知らないが全部気付いてて、首を突っ込んできてたらしい。最後に、三人で飯を食った時もそんなことを言ってたろう? アイツは二つの組織の繋がりをどうにかしようとしてるんだ」
 あの夜の、最後の晩餐。
 達郎は、順也に攻撃的で好戦的な笑みを湛えていた。
 不穏な空気はそのためだったのか。
「下手したら殺されるって言っただろう。でも、あいつはどうせ聞きっこない。だから……あいつに、覚醒剤を……」
 美和が息を飲んだ。
 驚愕の表情。
 軽蔑や非難の色はそこにない。
 それに安堵する。
「それで、病院で大人しくしてくれてれば良かったんだ。なのに、あの野郎無理して逆に燃えやがった。警察の方でタツのしてることに気が付いて、うちの組にどうにかしろって行ってきた。つまり、殺せって」
 自分の首にも、賞金がかかった。
 開世連合の関係者だけでなく、裏社会に住む連中の多くが狙っている。
 それには触れずに、順也は美和を座らせて話を続ける。
「達っちゃん、どうなるの? 警察の人には言えないこと? 達っちゃんのお父さんも刑事さんでしょ?」
「警察には言えない。タツの親父さんもタツのことを気にしてるだろうから動いてるだろうけど、今からじゃ汚職にはいきつけないだろうな。証拠もない。間に合わないんだ」
 どこへ?
 達郎は答えなかった。
 全てを物語る無言の返事。
「もしかしたら、あいつは、決定的な証拠を作ろうとしてるのかもしれない」
 苦々しく順也が言った。
「……決定的な、証拠?」
「自分の殺害を引き金にして、問題を世間に知らしめる」
 一度開きかけた美和の唇が、何も言わないままに閉じられた。
「そう言う、男だ」
 美和が強姦されたその日に、達郎の母親と姉が殺害された。
 けれど、悲しいと言う顔を一切見せることなく、禁欲的とも言える態度で乗り越えた。
 悲しみに暮れる美和の側で、達郎の帰りを待つことなく一人で突っ走って殺人前科を背負った順也の絆を絶つことなく、復讐に眼光だけをギラギラさせる父親からも目を離すこともなく。
 自己犠牲の精神を人一倍強く持つ男だった。
「……達っちゃんは、順ちゃんを助けたいって言ってたの。順ちゃんは、大丈夫なの?」
 順也を正面から見る美和の眼は、いつになく険しい。
 順也ですら、思わず怯む。
「大丈夫じゃない。そうよね。順ちゃんは、ヤクザだものね。大丈夫な時なんか、何時だってない」
 じわりと、美和の眼の縁を光が彩った。
 それでも、その溢れる涙を零すまいときつくにらんでくる。
「なんで、ヤクザなんかになったの? 達っちゃんが刑事になるってわかってたじゃない」
 それは、俺が達郎にぶつけてやりたい質問だ。
 順也が、苦渋に満ちた顔で美和を見た。
 今まで、三人の間に存在こそしていたが意味のなかった溝が、その深淵を見せ始めた。
 美和の成長と共に静止していた時間が、目まぐるしい早さで流れ始めている。
 自分達が追いつけないほどの速さで。
「人、殺したから? 順ちゃんのお父さんが人を殺してから?」
 重ねられる問いは全て正しい。
 顔も知らない男の血の呪縛に、自ら捕えられようとして捕えられた。
 達郎のことを笑えない破滅願望だ。
「達郎が警察官になることがわかってたから、俺はヤクザになれたんだよ」
「どうして」
「あいつになら、あいつにだけなら、手錠をうたれてもいいと思ったからだ」
 捜査一課を志願していたはずの達郎が、捜査四課を志願し配属された。
 自分のためだと直感した。
 考えることは同じだった。
 たかが、高校時代のルームメート。
 そう長い付き合いではない。
 けれどその短い期間で、親友と呼び合える仲になってしまった。
 人生を、預けあえる仲だ。
「順ちゃんも、やっぱり達っちゃんが一番なんだ」
 美和が、笑った。
 仕方ないなというように。
 達郎にそうしたように、順也にも手を伸ばした。
 握った手は、美和の頬へ導かれる。
 濡れていたのは、美和の頬だった。
「馬鹿だね。二人とも」
「……ごめんな」
 謝罪は口付けで絡めとって、子供を生みたいなと美和は思った。
 この部屋に、最後の別れを告げに来る男達の子供を。
 多分、達郎も順也も、自分には何一つ遺せないと思ったから自分を抱くのだと理解した。
 独りにさせたくなくて、自分に子供を産んで欲しいと言うのだろうと。
 不器用すぎる男達。
 こんな恋もあるのなら、そんな友情もあるのだろう。
 順也の背中が露わになった。
 彫り込まれた、一匹の竜。
 険しい形相をして、高見を目指す。
 薄暗い墨で描かれたその竜には、美和の小さな手が届いた。


 眠りつづける美和をそのままに、順也は部屋を出た。
 外の空気は冷たく硬質。
 順也の気持ちを凝り固める。
 携帯電話が鳴った。
「よう、滝上。羽振りよく逃げてんなぁ」
 濁声が順也の携帯電話に吹き込まれた。
 発進先は達郎の携帯電話だ。
 順也からかけた時は電源が切られていた。
 ぞわりと嫌な予感が背中を這う。
「……組長」
 絶望が胸を打つ。
「お前のダチ、預かってる」
「達郎、無事ですか?」
「生きてるぜ」
 生きている。
 その言い方が、順也の耳に残る。
 今すぐ電話を叩き壊したい気分に襲われるが、なんとか留まる。
「声、聞かせてください」
 順也も幸田組の武闘派だ。
 何度か、手酷い悪さをした。
 人ではない。
 そう思うようなことを自分から進んでしてきた。
 達郎がどんな仕打ちを受けたかは、想像し難くはない。
「お前も甘ちゃんだな。まぁ、いい。ホラ。声が聞きたいってよ」
 電話の向こうで物音と、人の声がする。
 罵声と肉を打つ音が一頻りしてから、荒い息遣いが聞えてきた。
「タツ」
「よぉ」
 掠れきった声が、吐き出すように発せられた。
「大丈夫か?」
「な、ワケねぇ」
 震える声が、達郎が負ったダメージを窺わせる。
「保つんだろうなぁ」
「死体を迎えに来いとは言わねぇよ」
 笑っている。
 その声が呻きに変わる。
「幸田ぁ!」
「なんだ? 順」
「これから、そいつを迎えに行く。預かってろ」
 体が震えだすのがわかった。
 武者震いではない。
 これは怒りだ。
 幸田へ対する怒りと、達郎を巻き込んだ自分への怒りだ。
「吠えるな。こいつはサツじゃねぇか。捨てちまえばいい」
「それはサツじゃねぇよ。俺の相棒だ」
「はっ、サツと組みやがったのか」
「そりゃあ、手前らだろうがよぉ」
 幸田の嘲笑が深くなった。
「せいぜい、早く来てやんな。死ぬぜ」
 順也の腕が弧を描いた。
 メタリックな色の携帯電話が宙を飛び、壁にぶち当たり砕けた。
 達郎なら笑うだろう。
 冷静になれよと肩を叩く。
 それじゃ、見えるものも見えなくなと。
 達郎はそう言う男だった。
 誰よりも熱く見えて、誰よりも冷静だ。
 やる気のなさそうに見えてしまうタレ目で、いつも全体を見渡している。
 真実を見抜く眼を持っているのだ。
 冷静且つ狡猾。
 そんな男だ。

 少年院に入っていたころの順也に面会に来た達郎は、
「俺は桜の大紋で、お前は何を背負うんだ?」
 そう尋ねたことがある。
 順也が、少年院を出た後を予測するような言葉に、
「何が似合うと思う?」
 と、意地悪く尋ね返した。
「桜、だな。そしたら、揃いのズミになるじゃねぇか」
 まったく確信犯的なタイミングで笑うから、余計に腹が立つ。
「昇り竜」
「それもいいな」
 子供のような顔と老人臭いくらい大人びた顔を、絶妙のタイミングで使い分ける。
「似合うだろうな。お前には」
「お前にも似合うさ」
 その、背中になら。
 颯爽と風の中を走りぬける背中にならば、昇天しようと高見を目指す竜の絵はさぞ似合うだろう。
「じゃあ、いつか背負ってやるよ」
「いつ?」
「お前が、俺の納得いかない理由で殺されそうになっている時に、俺からの精一杯の友情を示すために」

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BGM推奨 花*花「さよなら大好きな人」又は、SMAP「オレンジ」あたりかなと(笑)
この曲聞きながら書いてましたから。

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